第73話・照魔鏡とのこと


 [運営からメッセージが届いています]



 というインフォメッセージ以外に、セイエイと双子からメッセージが届いていた。

 今、そのみっつ(正確にはふたつだが)のメッセージを読み終えたところだ。

 内容は主に[四龍討伐]におけるクエストエラーについて。

 掲示板にも書かれていたが、どうやらトッププレイヤーや、それに近いプレイヤー以外は見つけられなかったんだと。

 双子からのメッセージにもそのようなことが書かれていた。

 オレとセイエイは二度の死亡により、メダルのかけらは消失したため、追加されるステータスポイントは参加賞の5Pのみ。

 双子はセイエイの機転により、メダルひとつ手に入れているため、ステータスポイントは10Pになる。

 それからセイエイからボースさんとコウマさんといった運営が、マミマミのアカウントについて色々と調べているということも教えてもらった。

 ビコウがオレの前に、法術士として姿を見せた時に使ったと思われる[化魂の経]以外に、コンバーター以外が[魔獣演武]で覚えた変身魔法以外に例がない。

 さらに言えば[魔獣演武]でもINTとDEXが高くなければ無理に等しいともあった。



『魔獣演武の時、変身魔法はどれくらいのステータスで覚えた?』


 という内容のメッセージを、今回起きた事例を前提として、ハウルにメッセージを送ったのだが、


『変身魔法でしたら、たしかINTが200以上、DEXが150以上じゃないと無理ですね。変身できるって聞いてから、そのふたつを重視してレベル上げと装備を整えてました。』


 とのことらしい。

 ハウルの本来のレベルは32なので、それくらいのステータスにはなっているかもしれないだろう。

 ついでに言うと、装備品はエラーで失ってはいるものの、魔法や体現スキル、テイムモンスターのデータは消えなかった。

 これによって、ハウルは[星天遊戯]でも変身魔法が使えたということになる。



 それよりも、まず気になることがふたつある。

 ひとつはマミマミが生きていたことだ。

 アカウントは停止されているらしいが、それをどうやって使ったのか。

 コウマさんの話では中国サーバーから紛れ込んできたというが、未だに調査中とのこと。

 もうひとつは、どうしてイベント専用のサーバーから、通常のサーバーに入ったのか。

 そういうエフェクトがまったくなかったし、一回目の死に戻りのさい、現在のセーブポイントとしている『魔宮庵』にあるオレとセイエイの部屋ではなく、イベントの、東海のフィールドだった。

 つまり、システム的にオレとセイエイはイベントの中で死んだことになっているということだ。

 現にイベント終了の後も、戻ってきたのはギルド会館の受付ロビーだった。



「さて、どうするかなぁ」


 失ったものは仕方がないし、こちらから手を出せない以上、取り返すということはできない。


「悩んでるところ悪いのだけど、手伝ってくれません?」


 対面するように白水さんが言う。

 彼女は装飾品を作るさいのエプロン姿に一眼レフのようなメガネをかけている。


 現在、オレは睡蓮の洞窟にある、ナツカのギルドハウスで、セイエイや双子の帰りを待っていた。

 その三人は、クエストボスを倒した恩恵としてもらえるスキルのためし撃ちをしに出かけていて、最初はオレも誘われていたのだが、冷静になって考えたいことがあったので、ここで待っていたというわけだ。


「あぁすみません。それでどうするんですか?」


「そこにある小刀を研磨してくださるとありがたいですね」


 白水さんは視線を錆びついた小刀を目で示す。

 今回のイベントでセイフウが拾ったものらしいが、かなり錆び付いていて、普通だったら拾ってくるようなものではないそうだ。


「これって、DEXがいるんじゃ?」


「プレイヤースキルにもよりますけど、シャミセンさん、今どれくらいなんですか?」


 そう聞かれ、オレはステータスを確認する。

 イベントの参加賞としてもらった5Pは、当然すべてLUKに振り分けていて、基礎値で150。装備品による増加で200になっている。

 そのため[玉龍の髪飾り]による恩恵は変わらず10ということになる。

 他にDEXを上げる装備品は持っていないので、合計で29だな。


「……怪我だけは気をつけてくださいね」


 ステータスを聞いた途端、嫌そうな顔するのはやめてくれませんかね? 完全にプレイヤースキル頼りじゃないか。



 とりあえず研磨開始。

 研磨機のストーン自体も白水さん特性で、使用しているのは[金剛雪ダイヤモンド・スノー]という、ダイヤモンドでダイヤモンドを砕いた粉を散りばめたものらしい。

 たしかに鉱石で一番固いのはダイヤモンドで、それを砕くにしても、削るにしてもダイヤモンドのほうがいいだろう。

 実際、ダイヤモンドを研磨するさいにダイヤモンドの粉をまぶした砥石を使うらしいし。

 そんな砥石を使っているからか、サビがよく取れる。

 考えたら、包丁を研ぐのって生まれて初めてだな。

 バイト先は飲食店で、調理師がよく包丁を研いでいるのを見ているが、オレどっちかというと事務員だし、斑鳩は店内を駆けまわって、客の注文をとっている印象しかない。

 二人して包丁を持つなんてことなかった。

 ふたりとも実家暮らしだしね。



 しかしまぁ、研げば研ぐほど磨きがかかるとはよくいったもので、最初は鈍色だった包丁も、今では自分の顔が映り込むくらいに輝いております。しかもかなり切れ味良さそう。


「紙あります?」


 なんか包丁を研ぎ終わった後、その切れ味を確認するために職人が紙を使っていた記憶がある。


「ちょっと待ってください」


 そう言うと、白水さんはウィンドウを開いて、アイテムボックスを確認しはじめた。別に紙ならなんでもいいのだけど。


「はい。これだったらいいですよ」


 そう言って、白水さんがオレに渡したのは15センチの正方形になっている紙だった。

 普通の紙というよりは折り紙と説明したほうが、なんとなく伝わりやすいかもしれない。

 オレは言いたそうな表情で白水さんを見る。


「まぁ、切れればいいや」


 そうつぶやきながら、オレは包丁の刃で紙を切ろうとした時だった。



 ……ピリッとした。



「いってぇっ?」


 オレはオドロキのあまり、小刀を放り投げてしまう。

 その一瞬後、金属がぶつかる音が部屋の中でこだまする。


「シャミセン、いきなり包丁放り投げるの危ない」


 淡々とした声で、誰が入ってきたのかすぐにわかった。

 振り返ると、キョトンとした表情のセイエイと、いきなり包丁が飛んできたものだから恐怖で顔が青ざめている双子が、ハウスの入口のところに立ちすくんでいた。


「あぁ、悪い悪い。怪我はないか?」


 聞くだけ野暮だけど、いちおうたずねてみる。


「なんかやってた?」


 質問には応えるつもりはないようだ。

 というか、セイエイの場合、包丁が自分のところに落ちてくる五秒前なら瞬時に反応してそうだし。


「そうだった。あの白水さん? 今のってなんですの?」


 オレはテーブルの上に落ちた折り紙を手に持って、ニンマリとした表情を浮かべている白水さんに視線を向ける。


「なんかビリっとしたんですけど?」


「あぁ、これですか? ちょっと紙を作ろうかなと思って、ためしに魔法を込めてみたんですよ」


 なんでそんなの作れるの?


「しかもこれ、紙が破けない以上は半永久的に、色々な形にすることができるんですよ」


 そう言うや、実践と言わんばかりに、紙を折り始めた。



「はい。こんなのが出来ました」


 そう言って、白水さんが作ったのは……細長い風船だった。

 見た目はクリスタルとか宝石に近く、ホログラム仕様の折り紙だったら、宝石に見えなくもない。


「それで、これを放り投げると」


 なにを思いやがったのか、白水さんはその風船をオレに向けて放り投げた。

 身体にそれが当たった途端、身体全体を襲うほどの電気ショックが生じ、オレは、それこそ漫画のような表現か、口から煙を出していた。

 ただひとつ、言えることがひとつだけある。


「すごい。えっ? なにこれ? どういう仕組み?」


 と、セイエイと双子の興味は、オレにではなく、魔法の紙に行っており、倒れこんだオレを、誰一人心配するような人がいなかったということだけだった。



「……ほんとうあなたが関わるとつまらないって言葉が逃げ出しそうですよね」


 声が聞こえ、オレはそちらに目を向けた。

 視界の先にある薄闇の中に、うっすらと躑躅色のガーターベルトが見える。


「あの……どこ見てるんですか?」


 その声の主……ビコウがなんとも言えぬ表情でオレを見下ろす。

 見下すというよりは、そうなることをわかってやってるみたいな目だった。

 見られて当然だろう。彼女は短いスカートを履いてるわけだし、オレは現在倒れこんでいる。

 起き上がるにもまだ身体に電気が走っていて、しびれて動けん。



「偽物……じゃないよな?」


 ちょっと警戒。


「それは大丈夫。さっきこてんぱんにやられてきた」


 セイエイが淡々と説明した。というかやりあったの?


「私たちも手合わせしましたけど、色々教えてもらいましたよ」


「メイゲツは魔法発動のタイミングが遅いとか、オレは少し相手を見てから攻撃をしろとか」


 なんとなくその様子が思い浮かぶ。

 本気出してなさそうだ。


「まぁ、セイエイはとにかく、双子くらいのステータスなら基礎値でも全然負ける気はしませんけどね」


 そう言いながら、ビコウはクスクスと笑う。


「でも双子特有の以心伝心みたいなものは、やはりゲームの中でもありえるのかなと。ちょっと油断はしてしまいましたけどね」


 これを見て、あぁこっちは本物だなと思った。

 人をバカにしつつも、ちゃんとフォローを入れるあたり、こちらは本物だな。


「それって、プレイヤースキルで十分ってことじゃないの?」


「プレイヤースキルでなら、セイエイには負けますよ」


 そう言い返すビコウは、一瞬にして険しい表情を浮かべた。



「それはそうと。シャミセンさん、マミマミから盗られた[紫雲の法衣]のことですけど」


「マミマミが持っているのはわかっても、どこにいるかわからんだろ?」


 ようやくしびれが切れ、いくらか身体の自由が取り戻されながら、オレは身体を起こし、胡座あぐらをかいた。


「いえ、おそらくですが動いていないと思いますよ」


「それってどういう意味ですか?」


「簡単な推論。マミマミはアカウントを消されているし、このゲームは二重IDが禁止されているから、同じVRギアを使うことはまず不可能。つまりマミマミのデータが魔獣演武からのコンバートだったとしても、そのゲームも同じVRギアを使うことはできないように設定されている」


 ビコウはメイゲツの問いかけに対して、そう答えた。


「ということはコンバートするためには、同じVRギアでないとダメということですか?」


「あくまで[星天遊戯]を始めていないことが条件だけどね。いくらスタッフだったとはいえ、同じVRギアを使うことはまずできないわ」


「でもおねえちゃん、夢都さんが動いていないって、どうしてそういえるの?」


「それは……コウマさんが言っていたことを思い出して」


 オレとセイエイは互いを見やる。



『実は[四龍討伐]が始まる前に一日だけサーバーメンテナンスでログインができない状態になっていましたよね。その時一時間だけ中国サーバーにあるフィールドの一部分にエラーが出ていたんです』



「もしかして、中国サーバーでおきたエラーって」


 オレは唖然とした表情を浮かべる。


「ええ。まぁこの予想だけは外れてほしいものだけど」


 ビコウは嘆息をつく。


「夢都さんは……おねえちゃんと同じで意識だけがゲームの中に残った?」


「そんな夢物語な……いやビコウさんを考えるとって、生きてますよね?」


「生きてるわよ。まぁ本体は今も病院の暗い部屋で一人だけど」


 ビコウはケラケラと笑う。笑えない冗談なんだけど。



「でももし夢都さん……マミマミからシャミセンの[紫雲の法衣]を取り戻そうにも、どうやったらいいのか」


 セイエイが顔を俯かせる。

 彼女の持っている装備品でも倒せなかった相手だ。

 さらに言えば、マミマミが持っている体現スキル[幻影]がある以上、セイエイの敏捷性上昇の体現スキル[韋駄天]は封じられている。


「そうね。自分で言うのもなんだけど、天界で暴れた時の孫悟空に対抗できるなんてのはお釈迦様くらいだったしね」


「それじゃぁ打つ手はないってことか?」


「そうじゃないですよ。そもそもそれってちょっと不公平じゃないですか?」


 その言葉に、オレは目を見開いた。



「打開策があるのか?」


「打開策……というより、魔獣演武とのコンバートが決まった時、変身能力が使える以上、それを見破るアイテムも必要になる」


 ビコウの言葉に、セイエイと白水さんがなにかに気付いたのか、二人ともおどろいた表情を浮かべた。


「あ、あの……もしかして――でもこのゲームでそれがあるなんて聞いたこと」


「ないわよね。だって[照魔鏡]自体、魔獣演武でもイベント限定のレアアイテムだったからね。中国サーバーを管理しているスタッフに連絡して、データをサルベージするの大変だったわよ」


 ビコウは肩を揉みながらいう。


「照魔鏡って、たしか人に化けた妖怪の正体を映すっていうやつですよね?」


「[照妖鏡しょうようきょう]というのが正しいわね。まぁ効果は変わらないからどっちでもいいわ」


 ビコウは視線を白水さんに向けた。


「それで白水さんにお願いがあるのだけど、それを作る手伝いをしてほしいのよ。データのサルベージはできてもしばらく時間がかかりそうだし」


「どれくらいかかるんだ?」


 オレはビコウを睨んだ。


「そうですね。白水さんの高いDEXを考えても……次のミニイベントが終わるあたりですか」


 ビコウの口角が、ゆらりと上がった。


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