第39話・魔獣演武とのこと



 火曜日。予定通り午後十時にバイトが終わってくれた。


「おい、ナズナ」


 バイト先の先輩、兼、オレの高校のころからの悪友である出間鉄門が、従業員の制服姿でオレを呼び止める。

 こっちは早く帰りたいという、そんな顔を彼に向けた。


「お前、あのゲームどこまで進んだ?」


「あのゲームって?」


「ほら[星天遊戯]だよ。この前やっとプレイを始めたんだけど、まだ戦闘とかの勝手がつかめなくてな」


 そういえば、こいつから教えてもらったから、てっきりやってるのかという連絡をしなかった。


「いちおう名前を言っておいてくれよ。オレはまぁいつもの名前だ」


「お、あのベンベン草か?」


「当たってるからなんともいえないがね」


 オレはメガネの位置を直すように頭を抱えた。

 出間とは、前にMMORPGでギルドマスターとサブマスターをやっていたことがある。だからお互いの名前に関してはなんとなくわかっていた。

 といっても、少人数のちっぽけなギルドだから、あまり有名じゃない。


「もしかして、斑鳩って名前でやってるのか?」


 そうたずねるや、出間はうなずいてみせた。



「お前、最近大学とかバイトが休みの時、遊びに誘っても乗らねぇから、お兄さん寂しかったんだぜ」


 出間はまるで猫なで声のような口調で言う。


「やめろ、気持ち悪い」


「まぁ、冗談はいいとしてだ。それでどこまで進んでる?」


「そうだな。いまのところ20ってところだな」


「ほぅ、結構進んでるのな。おれは前のゲームのキャラが使えるってことでそれを使ってる。たしか40はいってるかな」


 なにそれ? こわい。


「えっ? あれ? 前のキャラが使える?」


 オレはすこしばかり首をかしげた。


「もしかして[魔獣演武]のキャラか?」


 そう聞き返すと出間は応えるようにうなずいた。


「そうそう、サービスが終わった時はなんかこう、心が通じあっていたモンスターと離ればなれになるって思ったんだけど、コンバートの予定ありって聞いた時は喜んだよ。またちびちびと行動ができるんだってさぁ」


 あ、なんか一人で盛り上がりだした。



 そういえば、こいつのペット自慢は、耳にタコができるくらい聞かされていたのを思い出す。

 家でも猫と犬を一匹ずつ買っているくせに、ゲームはたいてい育成もの。

 CDとかDVDを読み込んでモンスターを召喚するやつとか、オレと出間の家にある音楽やらゲームCDを全部つかって、モンスターリストの作成を協力させられたくらいだ。



「ところでさぁ、おまえ、なんて名前でやってるの?」


 いちおうフレンド以外には名前を出さないように設定はしている。

 でも、出間はリア友だし、言っておいてもいいだろう。


「あぁ、シャミセンって名前だ。って、オレこの名前が多いんだからすぐに気付くだろ?」


「まぁいいや。今日はどうするんだ? 少しは入るんだろ?」


「んっ? まぁな……」


 この時間だと、双子はログインしていないだろうし、多分ナツカたちも入っていない。……セイエイは入ってそうだな。付き添いでサクラさんも。


「いちおうログインはするよ」


「そうか、それじゃぁてっぺんあたりで、はじまりの町の噴水で待っていてくれ」


 なんか誘われましたけど? テッペンってことは午前〇時だな。


「お前に自慢のちびちびを見せてやるよ」


 出間は満面の笑みを見せる。というかお互い学生なんだから勉強しようや?

 たしか単位取れないって、泣いてませんでしたっけ?



 家に帰ったのは夜の十一時を過ぎたころだった。

 着替えもそこそこに、VRギアをつけて、ゲームにログインする。

 いつもの、はじまりの町の宿屋で目を覚ますと、早速インフォメーションを確認した。



[プレゼントボックスにアイテムが届いています]

[フレンド以外からのメッセージを遮断しました]

[セイエイさまからメッセージが届いています]

[メイゲツさまからメッセージが届いています]

[セイフウさまからメッセージが届いています]



 フレンドは全員ログアウトしてる。

 そりゃぁそうだ。平日だもの。

 はて、フレンド以外は誰だろうか? 最近そんなに目立った行動はしていないはずなんだけど。

 自分を通してセイエイたちに迷惑はかけられないから、設定をしたんだが、好い加減受信可能にしておいたほうがいいだろうか。



『シャミセン、大丈夫? 今日会えなかったからちょっとさみしい。

 リアルで忙しいのわかるけど、また魔光鳥の探索やりたい。

 わたしは夕方から夜の十時までで、ご飯を食べてないときとお風呂に呼ばれなかったら、いつでもログインしてるから、いつでも誘って。というかやっぱりひまだよ(´Д`)

 学校の友だちがあまりゲームやらないみたいで、仲間がいない(・_;)

 VRギアって実際に買うと高いからかな? いや別に他のゲームの話でもいいんだけどね。



 それからハウルがシャミセンともフレンド登録したいって言ってた。( ・_・)r鹵~<巛巛巛(ToT

 どうする? いちおうフレンド登録してるからメッセージ送れるよ。』



 顔文字を見るかぎり、本当にひまなんだなと思う。

 というか勉強したほうがいいんじゃないか? いちおう学生なんだし。

 とりあえずセイエイには、勉強でわからないことがあったらなんでも聞いてと送っておく。いや、なんでもは無理ですけどね。


「これでもいちおう大学生だ。中学一年の問題なんて大丈夫……のはず」


 実を言うと、ちょっと自信ない。



 ハウルからのフレンド登録は、今度会えたらとメッセージに付け加えておこう。

 ただ、セイエイからの、最後の顔文字については気にしないでおこう。

 セイエイみたいな、人付き合いが苦手な子は、逆にいろんな人と会って耐性を付けたほうがいい。ソースはオレ。



『シャミセンさん、昨日はお話できなくてすみませんでした。

 ナツカさんたちから聞いたんですけど、デスペナにならなかったのが奇跡らしいです。これってシャミセンさんの近くにいたからでしょうか?

 ところで、魔光鳥のドロップアイテムについてですが、どうも鶏肉の品質が高ければ高いほど、高値で取引されているせいか、それを狙って強奪しているプレイヤーもいるみたいです』



『もしかすると姉のメッセージを先に見ているのでしたら、オレのメッセージも同じです。……助けてくれてありがとうございます。』



 メイゲツ、セイフウのメッセージを読んでいく。

 ナツカが言っていたプレイヤーキラーとは遭遇しなかったが、不幸中の幸いといえるだろう。


「怖い思いしてるからなぁ。それでもゲーム自体は嫌いにならないだけいいのかな?」


 オレは『今度あったらお茶くらいごちそうするよ』と代表してメイゲツにメッセージを送った。

 え、リアルで? いや、双子とはリアルで会ってるけど、この子たちの連絡先知りませんがな。あくまでゲームの中で、ですよ?



 さて、メッセージの確認と返信がすんだところで、出間との待ち合わせ時間まで、そこらへんをぶらぶらすることにしましょうかね。



 いちおうMP関係の回復アイテムを一式買い揃えておく。

 あと、昨夜セイエイが売って欲しいと言っていたアイテムとか装備品も、ローロさんとシュエットさんのところに行って売却。

 売上金の一割をオレがもらい、残りはセイエイに渡した。


「リアルマネーじゃないだけまだいいのかな?」


 そう思いながらも、自分がもし悪いプレイヤーだったらと思うとゾッとする。

 特にセイエイは、オレを信頼してお願いしてくれているのだから、あの子の悲しむ目はあまり見たくはなかった。



「っと、ここで待ってればいいのかな?」


 オレのうしろで一人の、黒い鎧をまとった男性が、噴水の縁に腰を下ろした。

 プレイヤーネームを確認する。


 ◇斑鳩/剣士/Lv:40


 ……斑鳩だった。

 オレは一度フレンド以外にも見えるように名前を表示させる。


「結構早かったな」


 そう声をかけると、斑鳩はオレを見上げるや、


「おっ? なんだシャミセンか? なんだよお前、法術士なんてやってるの?」


 と首をかしげた。


「まぁな。とりあえずフレンド登録しよう」


 オレがそう言うと、斑鳩は慌てた表情でオレからのフレンド登録を承認した。


「――ありがとう」


 オレは斑鳩がフレンドになったことを確認すると、急いでフレンド以外に自分の名前が見えないように設定しなおした。


「……なんかあったのか? フレンド以外に見えないようにしてるみたいだけど、っていうかそんなことできたの?」


 オレは斑鳩にメニューのプロフィールから、[フレンド以外からの簡易ステータス鑑定を不可にする]という項目を見せた。


「あ、そこをこうするのか」


 斑鳩は、まだこのゲームに慣れていないようだった。


「実はさ、昨夜掲示板で名前出したらすごい数のフレンド登録が来て困ってたんだよ」


「ほぅ、モテモテだね」


 オレはからかうように揶揄を入れた。


「冗談、みんなおれの近くで名を挙げたいだけだよ」


 斑鳩はため息混じりに言う。


「それって[魔獣演武]から知ってるプレイヤーがいたってことか?」


「いや、オレのレベル晒したのが悪かった」


 それは、ご愁傷さまです。


「でもそれって前のゲームからだろ?」


「まぁな、でも装備品をさっきやっと買い揃えた。というか高いな」


「その時はギルド会館の鍛冶屋を覗いてみたらどうだ? アイテムを持ってくればいいし……」


 そうだ、こいつにローロさんを紹介した方がいいかもしれないな。

 レベル40でも、[魔獣演武]からのコンバーターだ。

 ハウルみたいに、いきなりキツいところに間違って入ってしまう可能性もある。


「お、そうだ。そういえばお前、他のゲームはやっていても、[魔獣演舞]はやってなかっただろ?」


「まぁ、あんまり興味がなかったとしか言えないけど」


「だったら、お前にちびちびを見せてやるよ」


 斑鳩はそう言うと、ピュイと指笛を吹いた。

 大きな羽音が聞こえ、斑鳩以外の、オレを含めたほとんどのプレイヤーが上空を見上げ、衝撃を受けていた。



 とりあえず言っておく。

 ……斑鳩、お前はあの状態でも、ちびちびって言い張るのか?

 そうツッコミを入れたくなるほどに、空をおおうほどの大きな両翼をひろた黒竜が、上空で浮揚していた。


「……………………」


 あまりの衝撃に言葉が出ない。



 そういえば、このゲームって中国の会社が作っているから、てっきりリュウといえば細長い、蛇のようなものをイメージしていたのだけども。

 見事に裏切られました。西洋の竜とは思わなかった。



「でけぇっ?」


 なんか感想が子供だ。でもそれしか出ない。


「きゅいっ」


 黒竜は斑鳩の目の前に降り立ち、そっと顔を近づける。

 鳴き声が想像を裏切るレベルに可愛らしい。



「どうだ? オレのかわいいちびちびだ」


 斑鳩は満面の笑みでちびちびをオレに紹介する。


「あ、あぁ、かわいいな。うん、かわいい」


 なんだろうね。ペットを自慢する人って、彼氏とか彼女を自慢する人と変わらないんだろうな。

 かわいいと思ってるからかわいく見える。

 それはまぁ認めるさ。

 でも、名前変えたほうがいいぞ。その子の今後のためにも……。



「これからちょっとレベル上げに行ってくる」


「えっ? あ、ああ……」


 斑鳩は、オレのあきれた声に耳も貸さず、意気揚々とちびちびの背中に乗るや、それこそ竜騎士のように飛び上がり、裏山の方へと飛んでいった。

 それこそ頂上付近に。…………



「あっ……」


 オレはふとナツカたちが言っていたことを思い出していた。

 裏山の頂上にはレベル30以上でないと入れないようになっているので、斑鳩のレベルなら入れるようになっているはずだ。

 ただ、昨夜ハウルを通して知っていることなので、なんとなく斑鳩がどうなるかが、わかっていた。


「大丈夫かなぁアイツ……」


 心配しつつも、今日はあまり討伐に行く時間もなかったので、今日はこのままログアウトすることにした。



 翌朝早くにログインしてみると、斑鳩から、


『このゲーム鬼畜すぎじゃね?。モンスターのレベルが30だから、余裕かましてたら10ターンで死にました。ちびちびと二人仲良くデスペナ中だわぁ(´Д⊂』


 というメッセージが来ていた。


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