第40話・頓狂とのこと
水曜日の夕方六時。今日はバイトがないので、大学を終えてすぐに帰宅した。夕方からのログインですよ。
大学からの帰路の最中、
『デスペナでもログインしてるから、ちょっと付き合ってくれ』
という内容のメールが出間から届いていたため、それを確かめるため、[星天遊戯]にログインした。
ログインして、インフォメーションを開いてみる。
[ハウルさまからフレンド申請が届いています]
[セイエイさまからメッセージが届いています]
とのこと。省略してるけどほかにも何件かフレンド申請が来てた。
早速ハウルとのフレンド登録を済ませて、ふたたびフレンド申請拒否の設定にしておく。
来る者拒まず、去る者追わずの気持ちだけど、会ったことのない人は基本的に登録しないでおこう。
『ハウルにフレンド申請のやり方を教えておいた。たぶん申請が来てると思う。
まだコンバーター自体がめずらしいから、あまり目立った行動はしないほうがいいって教えてある。テイムモンスターがいる時点で目立ってるけど。
それからキュウトウダバのことだけど、情報掲示板ですこし盛り上がってた。
ただフチンによると、レベル制限はかけているはずだから、またなんかバグが出たんじゃないかって。
それからレベル制限のフィールドはどのレベルでも警告が出るのと、ステータスで判断するように調整するって』
セイエイからのメッセージを読みながら、いよいよこのゲームって、大丈夫なのかなと思えてきた。
現に、レベル40の出間が黒竜とともにデスペナ中ですからなぁ。
……オレも死にかけてましたけどね。
フレンド一覧を確認すると、時間が時間だけに、リアルで夕食を食べているのか、セイエイと双子、テンポウの四人はログインしていなかった。
大学生の愛理沙ははじまりの町からすこし離れたレベル制限が30以上とされている墓地にいるらしいから、おそらくレベル上げ中だと思う。
「というか、レベル30以上あったのね」
それにすこしおどろいてしまった。
本来はそれくらいまで成長させていたらしい。
社会人の陽花は睡蓮の洞窟にあるギルドハウスにいるようだ。
ハウルははじまりの町にいて、出間はログインしていない。
「どうしようかな」
レベル上げを先行にして、それからどうしようか。
LUKを利用して、レアドロップを手に入れて、売ってしまうか。
ただ、プレイヤーどうしだとトレードはできるが、鍛冶スキルを持っていて、店を出す許可証を持っているプレイヤーでなければ売買はできないようになっている。
まぁ、レアアイテムとかだったらRMTされているだろう。
逆にプレイヤーキルで奪われることも多いそうだ。
たまに掲示板をのぞくけど、オレのことが火男から結界法術士になってた。
「ビコウからもらった結界魔法陣は完全に使えなくなってるんだけどね」
魔法陣スキル買いに行こうかな。…………
[ハウルさまからメッセージが届いています]
のんびりと討伐の準備をしていたら、ハウルからメッセージが届いてました。
『シャミセンさん、フレンド登録ありがとうございます。それからナツカさん、セイフウちゃん、メイゲツちゃん、白水さんともフレンド登録できました。皆さんに色々教えてもらって、なんとか近くの森あたりまでなら一人で行けるようになってきましたよ。
セイエイさんがいつもパーティーを組んでくれるので、すごい頼りになります。
【画像】
ちょっとおもしろいものが撮れました。
チルルの背中に顔を埋めて、うっとりしてるセイエイさんかわいいよ(*´ω`*)』
「あら、意外な一面」
と素直に思った。そんで可愛いとも思った。
本当にオンとオフの落差が激しいよね、この子。
そしてなんだかんだで世話好きでもあると思う。
オレ自身、何回も助けられてるし、いやいやながらもハウルのことを気にかけている証拠でもあった。
本人はハウルがゲームに慣れるまでと思ってるだろうけど。
『斑鳩さまさまからメッセージが届いています]
メッセージ欄に戻ったら、出間からのメッセージが新着で届いてた。
『シャミセン、ログインしてるのか? だったらどっか討伐行こうぜ。デスペナ中だから経験値に期待はできんが、ゲームのシステムに慣れたい』
らしい。フレンド一覧で出間を確認すると、はじまりの町にいた。
「さてどうしようか」
ハウルもはじまりの町にログインしているようだし、彼女がどういった感じに成長しているのかすこし気にはなっている。
「テイムモンスターを連れているコンバーターが二人ねぇ」
ちょっと会わせてみるか。
そう考えると、ハウルと斑鳩に連絡。
セイエイにもログインしたら、ここらへんで野良パーティー組んでると連絡を入れておいた。
それから三十分くらいあとのこと。
はじまりの町から南に二キロほど離れたちいさな草むら。
オレはここですこし面白いアイテムをドロップしたことがある。
「さてと、ハウルたちにはメッセージを送ってあるし、そろそろ来るだろう」
三人のうち、いったい誰が先に来るのやら。
「シャミセン」
聞こえてきたのはセイエイの声だった。
「早いな」
「転移アイテムを使えば早さなんて関係ない」
……らしい。いつもどおりの淡々とした声だった。
たぶんフィールドを指定してから転移したあと、[韋駄天]を使ってオレを探したんだろうな。
「今日はレベルあげ? でもここ今のシャミセンのレベルだと物足りないと思う」
セイエイは首をかしげながらオレを見る。
「レベルあげもあるけどな、ちょっとココらへんで出てくるモンスターからおもしろいドロップアイテムを手に入れたんだよ」
オレの説明に、セイエイはさらに「どういうこと?」といった、複雑な表情を見せた。
「はぁ、はぁ……」
二番目に来たのは、息も絶え絶えのハウルだった。
「シャ、シャミセンさん、フレンド申請に承諾してくれてありがとうございます。……あれ?」
ハウルがうつむいていた顔をあげると、オレの横にセイエイがいることに気付く。
「ふぁれ? なんでセイエイさんが先に?」
怪訝な表情でセイエイを見つめるハウル。そのうしろにはチルルの姿があった。
ハウルからもらった画像を見ているせいか、チルルの柔らかそうな毛並みに顔をうずめたくなった。
「チルルおいでぇ」
セイエイは中腰になるやチルルを自分のところへと呼び寄せる。
主の友人だからか、それとも純粋にチルルと遊びたいとセイエイが思っているのを察したのか、チルルはセイエイの伸ばした手に顔をうずめた。
「もふもふ気持ちいいよもふもふ」
そうつぶやきながら、チルルの頭を触りまくるセイエイ。
オレも触ってみたいが、彼女たちより年上だという威厳がなくなってしまう。
しかもチルルもチルルで、触られて気持ちいいのだろう。目を細めてる。この無自覚殺人毛玉め。
「それじゃぁ、今日はこの三人で?」
ハウルがオレに声をかけてきた。
セイエイはいまだにチルルの身体に触れている。
興味が完全に、オレがここに呼んだ理由よりもチルルに向けられているようだ。
「いや、実はもう一人呼んでるんだよ。ハウルと同じコンバーターなんだ」
「へぇ、いったいどんなモンスターを連れているんでしょうか?」
ハウルの目がキラキラとしてる。
おそらく、まだテイムモンスターを従えているプレイヤーと会ったことがなかったのだろう。
「うぅぅぅう」
チルルが突然唸り声を上げた。
「きゃっ?」
それにおどろくセイエイ。おもわず尻もちをついている。
「どうかしたのか? 触ってほしくないところに触れたとか」
そうたずねるとセイエイは首を横に振った。
「それよりシャミセンさん……空を見てください」
ハウルが指で天を差した。
オレたちの上空だけ、日が遮られていた。
「あわわわ……」
「グゥルルルル」
「[阿吽の呼吸]・[韋駄天]・[刹那の構え]」
慌てふためくハウル。
さらに喉を鳴らし、上空のものを警戒しているチルル。
そしてステータス上昇スキルを唱えて、戦闘態勢に入っているセイエイ。
目が鋭くなっており、完全にバトキチになってる。
「おちつけ。知り合いだから」
オレがそう言うや、ハウルたちが目を点にする。
「えっ? どういうこと?」
ハウルが口を開けた時、その大きな塊がオレたちのあいだを割って入ったように降りてきた。
「おぅ、こんなところにいたのか」
羽根を閉じたちびちびが大きな首を下げると、主である斑鳩が背中から首にかけて、滑り落ちてきた。
「でかい」
セイエイとハウルが同じことを発する。
たぶん、人間というのはあまりにおどろくことがあると、言葉が幼稚化するようだ。オレと同じ感想ですからな。
でもそれ以外になにか感想があるのかというと、ないのだからしかたがない。
「え、っと? シャミセン、もしかしてこの人もコンバーター?」
セイエイの目がオフの状態になってる。
「あぁ、名前は斑鳩。職業は……なんだっけ?」
そういえば、昨夜会うには会っているのだが、顔見せとフレンド登録くらいしかしていないから、詳しいことは聞いてなかった。
「あぁ、オレの職業は剣士だ。まぁ見た目からして、今は竜騎士だけどな」
「きゅん」
と、主とともに自分にも注目してくれと云わんばかりに、ちびちびがちいさく鳴いている。
ほんと、見た目と違う鳴き声をする黒竜だ。
「か、かわいい」
案の定、女子受けはよろしいようです。
「っと、あれ? 斑鳩? 竜使い?」
ハウルが首をかしげる。
「もしかして、竜使いの斑鳩さんですか?」
「むっ? その赤ずきんに[黒狐]……、もしかしてハウルか?」
斑鳩とハウルがおたがいを見つめ合っている。
「あれ? 知り合いだったのか?」
オレがそうふたりに聞くや、首を激しく縦に振っている。
「前に一度だけパーティーを組んだことがあるんだ。すごかったぜチルルの咆哮に、雑魚どもは恐れをなして逃げやがる」
「ザコ相手に時間は取れないからなぁ」
「ちびちびちゃんだってすごかったじゃないですか。あの龍神の咆哮にはいつもしびれてました」
同じゲームをやっていた者どうしだからなのか、それともひさしぶりに会ったからなのか、二人は[魔獣演武]での思い出話に花を咲かせているようだ。
「まさかこんなところで会えるとは思わなかった」
「わ、わたしもです。でもあれ? ちびちびちゃんってこんなに大きかったですか?」
ハウルはちびちびを見上げる。オレとセイエイも同じように見上げていた。
あまりの大きさに首が痛くなりそうだ。
「そういえば、ハウルと会った時はまだ小さかったな。サービスの最終週あたりで進化したんだよ」
斑鳩がそう説明する。
その時のちびちびを見てみたかったぞ。
「シャミセン、今日はなにか目的? ここらへんはホンバオシ・ラビットっていうウサギのモンスターくらいしか強いのがいない」
それでも自分たちのレベルだと物足りないのでは? とセイエイは続けるように、オレに尋ねた。
「あぁ、そのホンバオシ・ラビットが目的だ。レアドロップアイテムは知ってるよな?」
「知ってる。ルビーが極稀にドロップできる。だから中国語のルビーを意味してる『
セイエイはそこまで言ってから、
「もしかしてシャミセン、ドロップしたことある?」
と聞いてきた。
その質問に答えよう。答えは『YES』だ。
「売ればかなりの金額だけど、あまりに出ないからみんな諦めてる」
「確率はどれくらいなんだ?」
「ここらへんのやつなら、五百匹倒して一回出るかどうか」
斑鳩の質問に、セイエイが応える。
「え? 実際はそんなにかかるの?」
オレがあぜんとした表情を浮かべていると、セイエイが怪訝な表情、というよりは疑ったような目をオレに向けた。
「シャミセン、どれくらいで手に入れた? というか本当に持ってる? 手に入れてたらアイテム図鑑に登録されているはず」
「っと、たしか五匹目で手に入れた気がする」
それを聞くや、セイエイは頭を抱えた。
「ほんと、シャミセンのLUKおかしい。チートとかしてないよね?」
そんな愚痴を聞き流しながら、オレは自分のアイテム図鑑をみんなに見せた。
「たしかにルビーの名前が記されてる。現物は?」
「ちょっと待ってくれ」
オレはアイテム欄からルビーを取り出す。
ルビーの、赫々としたきらめきが夕日に照らされていて、結構綺麗に見える。
「これがルビーか」
「売れば五万Nくらいする。でもルビーでしか作れない装飾品があるから、あまり売ろうって人がいない」
持っていればなにかあるとは思っていたが、装備品の素材アイテムだったか。
[紅宝石] 宝石/素材アイテム ランクSR
ホンバオシ・ラビットの体内に眠っているとされている宝石。
売ればかなりの高額で取引されるが、この宝石を装備品の素材として使った場合、通常より多くのAGIが付加される。
あらためてアイテムを鑑定してみた。
かなりのレア度におどろく。
実を言うと、あまりドロップアイテムの鑑定はしていなかったので、もしかしたら知らないうちにレアなアイテムもゲットしていたと思う。
いちおうレアアイテムとしてアナウンスもされるのだが、話を聞いてからじゃないとその価値がわからないアイテムもあるようだ。
「もしかしたらほかにもありそうだな」
「たしか私ももってたと思う」
セイエイは自分のアイテム欄の中から五つの宝石を取り出した。
それらを鑑定してみる。
[
ハイランバオシという怪鳥の体内に眠っているとされている宝石。
売ればかなりの高額で取引されるが、この宝石を装備品の素材として使った場合、通常より多くのINTが付加される。
[
ズムリュカイトという翠眼の魚の体内に眠っているとされている宝石。
売ればかなりの高額で取引されるが、この宝石を装備品の素材として使った場合、通常より多くのDEXが付加される。
[
シリウシという黒牛の体内に眠っているとされている宝石。
売ればかなりの高額で取引されるが、この宝石を装備品の素材として使った場合、通常より多くのVITが付加される。
[
ズアンシというゴーレムの体内に眠っているとされている宝石。
売ればかなりの高額で取引されるが、この宝石を装備品の素材として使った場合、通常より多くのSTRが付加される。
[
ジシュイジンという沼地の主の体内に眠っているとされている宝石。
売ればかなりの高額で取引されるが、この宝石を装備品の素材として使った場合、通常より多くのAGIが付加される。
ザッと見ていったが、さすがにSRクラスのドロップアイテムだけに、セイエイですら1つずつしか持っていない。
素でドロップアイテムとして手に入れるには、かなりのLUKが必要になるか、プレイヤー自身の強運だろう。
「町の宝石店でも手に入れることはできる。でもかなり高い。最低でも五千Nは見ておいたほうがいい。それに上質なダイヤモンドだと百万Nは下らない」
うん、そこはリアルと一緒ですな。
「それに課金では手に入れられないようになってる。そこまでフチンも鬼じゃない」
「えっと、どういうことですか?」
ハウルがキョトンとした表情を見せる。
オレと斑鳩も、どういうことなのか、そこはかとなく気にはなっていた。
「課金だと通常より良質な宝石が安く手に入れられる。初期のころから宝石による、装備品に付加がかけられるシステムがあったから、それを知った課金プレイヤーが宝石店で買い占めてた。そのせいで無課金プレイヤーによるNPCキラーが出てきて、最悪宝石店を取り壊されそうになったことがある。町のはずれになる闇市に売ればかなりのお金で取引されるけど、良質なものでも安く買い取られて、悪質なものはゴミ扱いされる」
なんとも世知辛い。しかも宝石はこちらが採掘なりしない限りは店頭に並ばないらしい。
なので、プレイヤーが宝石を手に入れ、それを宝石店で売る。
そうすると他のプレイヤーに行き渡るということだろう。
「それにプレイヤーが宝石のレベルを観るには[宝石鑑定]っていう体現スキルが必要。それと正規の取引はスタッフが認めている良店の宝石店でしかできない」
つまりクリスタルシリーズと同じようなものなのだろう。
ちなみに鍛冶依頼のさいに宝石を使った場合、宝石自体は消えることがない。
鍛冶屋に[剥離]という、装備品から宝石を取り外す依頼をすれば取ってもらえるそうだ。
その際の費用もかかるのも、リアルだなと思える。
ただし、宝石による耐久性もあるようだ。ここもリアルよりなのだろう。
宝石自体のアイテムランクはSR固定だが、良質かつ、上質な宝石を素材アイテムとして使った場合は、通常の宝石よりも150%近く増加し、逆に悪質なものだと付加はないらしいし、見た目も悪いようだ。
「いい宝石ほど手に入れにくいのはわかったけど、そこまでとはな」
「モンスターのレベルによって出てくる確率も変わる。おなじホンバオシ・ラビットでも、ここらへんにいるのは十匹で一個の確率で出ても、良質なのはその百倍って思ったほうがいい。レベルの高い奥地に生息してるのは五十匹に一匹の確率って云われてる」
「なんか金が含まれている鉱物でも、良質な金が取れるのは1トンで0.1グラムしかないって云われてるのと同じような気が」
ハウルが頭を抱える。
「ま、まぁ、まだプレイに慣れてない二人のレベルなら、ココらへんのモンスターはそんなに厳しくないだろうし、運良く宝石が手に入れられたらいいんじゃないかな」
「最初の目的とちょっと違ってる」
今日の討伐内容を聞いていたセイエイが、めずらしくオレにツッコミを入れる。
「あの二人には内緒な」
オレがそうお願いする。セイエイはうなずいてくれた。
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