第37話・廻廊とのこと



 次に魔光鳥がいそうな場所を探索していると、オレたちを先導していたチルルが足を止めた。


「なにか見つけたのか?」


 そうたずねたが、チルルは耳を立てただけで反応を見せない。


「なにか音がしたんでしょうか?」


 人間と動物では聞こえる音の周波数が異なる。

 人間が聞こえない高い周波数。一般的には超音波を感知できるらしい。また遠くの音も聞こえるようだ。


「くぅん」


 チルルがオレたちのほうに、というよりは飼い主であるハウルのほうへと振り返ったといったほうが正しい。

 自分の判断ではどうしていいかわからないといったところだろう。


「…………」


 これを見て、すこしセイエイがオレに視線を向けていた。

 彼女が言いたいことがなんとなくわかった。

 自分が言われたことを、チルルは自然とやってのけているのだから。


「チルル、魔光鳥の探索は一旦中止だ。音がしたほうにオレたちを案内してくれ」


 それを聞いて、セイエイが言いたそうな目をオレに向ける。


「モンスターなら倒せばいいし、もし前のオレみたいにレベル10になったばかりのプレイヤーが襲われているかもしれないだろ」


「……シャミセンがそうしたいなら」


 セイエイはそう言いながらも、なんとも納得のいっていない表情だった。

 ただわがままを言わなくなっただけ成長したといえるだろう。



 しばらくチルルに案内されたが、プレイヤーどころかモンスターにも遭遇はしなかった。


「誰も……いませんね」


 オレたちは周りを警戒しながら周囲を見渡した。

 [蜂の王]のスキルでも周りに蜂の気配はせず、チルルの様子を見ても、近くにプレイヤーやモンスターの臭いはしないようだ。


「くぅん」


 チルルが一回鳴いた。


「なにか、見つけたようです」


 ハウルがそちらへと駆け寄る。

 それを目で追いながら、セイエイは険しい表情を見せていた。


「どうかしたのか?」


「シャミセン、これを見て」


 セイエイが指さした木を見て、オレはゾッとする。


「木の枝が全部折れてる?」


 木の葉がすべて落ちたのではない。枝の根っこがおられたように落ちているのだ。


「ここでなにかがあったってことだと思う」


 とてもじゃないがただのモンスターとの戦闘ではない。

 なにか、ボスレベルのモンスターがいる可能性がある。



「シャミセンさん、セイエイちゃんっ! こっちに来てください」


 ハウルの声が聞こえ、オレとセイエイはそっちへと駆け寄った。


「チルルがこんなのを見つけました」


 そう言って、ハウルがてのひらにのせた装飾品をオレたちに見せた。……蝶をかたどったイヤリングだ。


「…………ッ!」


 オレはこれに見覚えがあった。


「な、なんでこんなのが?」


 オレはハウルの手に乗ったイヤリングに触れ、アイテムを鑑定した。



 [鳳蝶の耳飾り] I+10 ランク?

 アゲハチョウをかたどった可愛らしいイヤリング。



「間違いない。これってメイゲツが装備してたやつだ。たしか白水さんがこしらえたっていうオリジナルのやつ」


 オレの言葉を聞くや、セイエイがギョッとした表情を浮かべる。


「オリジナルって、そのメイゲツって人しか持っていないってことですか?」


「あぁ、でもなんでこんなところに?」


 まさか、ここで戦闘があったってことか?

 オレは急いでメイゲツとセイフウに電話をかけた。

 ――くそっ! でねぇっ!

 オレはイライラが募り、それが悟られないように木の方に身体をもたらせた。



「あ、ナツカッ! そっちにメイゲツかセイフウいない?」


 セイエイがナツカに連絡を入れているのだろう。


「……う、うん。わかった。シャミセンにはそう伝えておく」


 一言二言会話をするや、セイエイは一度電話を切った。


「シャミセン、ちょっといい?」


「なんだ?」


 オレはすこし苛立った表情でセイエイを見据える。


「……ふたりのHP、ほとんど残ってないって」


 ――えっ?

 オレは唖然とした表情をうかべる。


「なんで、そんなこと……」


「ナツカに、メイゲツから連絡があったみたい。ふたりともプレイヤーキラーに襲われたみたいなんだけど、そのプレイヤーキラーが黒い塊に襲われたみたいなの。メイゲツとセイフウは茂みに入ってそのモンスターと戦闘に逃れたみたいだけど、セイフウが毒をやられていて回復はできても、ふたりとも足を挫いていて、身動きがとれないって」


「おい待てよっ! それってかなりまずいんじゃ」


 セイエイは震えた表情でうなずいた。



「あ、あの……」


「……なに? こっちはいそがしいんだけど」


 オレたちに声をかけてきたハウルに向かって、セイエイが敵意丸出しの目で睨み返した。


「こらっ!」


 これにはさすがに叱る。今は内輪もめしている場合じゃない。


「ふたりと連絡が取れない以上、モンスターに襲われている可能性だってある。今は二人の捜索が先決だろ?」


 セイエイはちいさくうなずく。


「ふたりがオレみたいに魔除けみたいなスキルを持っていればいいんだけど」


 オレの場合は永続的に発動されているから大丈夫だけど、魔法だと時間制限がある。


「チルル、この耳飾りから感じるにおいを探してくれないか」


 オレはハウルから[鳳蝶の耳飾り]を受け取り、それをチルルの鼻元に近づけた。

 狐はイヌ科の動物だ。もしかしたら臭いが追えるかもしれない。

 チルルは[鳳蝶の耳飾り]に鼻を近付け、ひくつかせる。

 そして地面に鼻をつけるや、ゆっくりと歩き始め、しばらく周りの臭いをかいていくと、脇道の茂みに目を向けた。



「こーん、こーん」


 ハウルがおおきく二回鳴く。


「こっちから転げ落ちたみたいだ」


 オレはそちらへと覗きこむ。深い茂みになっていて、人がいるかどうかもわからない。もしかしたら虫モンスターがいそうな雰囲気だった。


「セイエイ、なにか見えるか?」


「ふたりが動いているなら、風とは違う動きがして見付けやすいけど、動いてないからちょっとした草むらの変化がわからない」


 セイエイの目は赤くなっている。[火眼金睛]のスキルが発動されているようだ。



「セイエイ、シャミセン」


 聞き覚えのある声が聞こえ、オレとセイエイはそちらへと振り返った。


「ナツカ、それに白水さんも」


 そこにいたのはナツカと白水だった。

 ふたりとも焦燥とした表情をしている。


「ふたりは見つかったの?」


「それが、ここから転げ落ちたみたいで」


 オレは茂みのほうを一瞥する。


「メイゲツの話だと近くにプレイヤーキラーがいるみたいだから、警戒はしておいたほうがいいけど」


 ナツカがハウルに気付く。ついでにチルルにも。


「えっと、あなたは?」


「あ、はじめまして。ハウルといいます。この子はチルルです」


 ハウルはチルルの身体を撫でながら自己紹介をする。


「はじめまして、もしかして[魔獣演武]のコンバーター?」


「あ、はい」


 慌てた表情でハウルは返事をする。



「それはいいとして、なんでシャミセンさんたちがこちらに?」


 白水さんは首をかしげ、そうたずねる。オレは今までの経緯を説明した。


「もう、キミのLUKって神がかってるよね? たしかゲームを初めて一週間くらいでしょ? そのあいだにいったい何人の女性プレイヤーをナンパしてるのよ?」


 ナツカから、皮肉たっぷりのことを言われた。


「ナ、ナンパ?」


 これにはハウルもドン引きしている。


「ナツカ、今はそんなことを話してる場合じゃないだろ? 双子から連絡があったのはいつなんだ?」


「……今から十分くらい前ね」


 オレはそれを聞いて、[緋炎の錫杖]を暗闇に掲げた。

 ぼんやりと錫杖から仄かな光が放たれている。


「……なにか見える?」


 チルルはおそらく夜目のようなスキルを持っているだろう。


「チルル、あの中に入れるか?」


 オレがそうお願いする。若しチルルよりも強いレベルの虫モンスターが出てくれば、やられてアウトになる。

 だが、二人が茂みの中に入ったということは、どこかにいることは確実だ。

 遭難で一番やってはいけないことは動きまわること。

 だからこそ、二人は動いていないと思っていいだろう。

 もしくは……。


「……チルル、ここからその臭いがしたんだな?」


 もう一度確認。チルルは応えるように「こーん」と鳴いた。



「えっ、ちょっと待って? シャミセン、なに考えてるの?」


 セイエイが怯えた表情を見せている。


「双子がここに入ったってことは、茂みの奥まで落ちたってことになる」


 これは一種の賭けだった。さすがにLUKで助かるとは思っていない。


「……でしたらこれを」


 白水さんがアイテムボックスからなにかを取り出し、オレに渡した。

 よく、プロポーズのときに、男性が女性の前に差し出す箱のようなものだ。


「これは?」


「頼まれていたものです」


 オレは箱を開ける。中には綺麗な指輪が入っていた。



 [土毒蛾の指環] A+20 ランク?

 土毒蛾の羽根を思わせる極彩色の宝石をこしらえた指環。

 LUK×50%秒のあいだ、身体を浮かすことができる。

 次の効果まで三分のラグがある。



「もし谷から落ちても、あなたの運だったらゆっくり落ちるはずです」


 あ、落ちるということは確定なのね?

 でも、これで落下によるデスペナの危険性がすくなくなるということだろう。迷わず右手の人差指に装備。

 後は……自分の運に任せる。


「ほんじゃま、行ってきます」


 オレはかるくストレッチをする。


「双子がいたら連絡して、シャミセンに転移アイテムを転送するから」


 オレはうなずいてみせると、茂みへと勢いよく入り込んだ。



 茂みの草がむき出しになっている顔にぶつかっていく。

 坂だけに足の踏み出す勢いが徐々に早くなってきた。

 このままだと転げ落ちる以前に、滑ってダメージを食らいそうなんですが。



 そんなオレの気持ちなんて無視したように、地面の感触がなくなった。



「あっ……」


 身体が宙に放り投げられる。これ普通だったらデスペナ確定ですよ。信じてるからな、白水さん?

 オレは指輪をはめた右手を天にかざした。



 ふわりとオレの身体は宙に浮いた。


「浮いたっ! 浮いたよこれっ!」


 さすがにこれにはおどろいた。白水さまざまだ。


「っと浮かれてる場合じゃない」


 浮揚できる時間はざっと計算して一分くらいだ。しかも飛ぶというよりは風船みたいにフワフワと浮かんでいると言ったほうがいい。

 オレは周りになにか、人が引っかかるような出っ張りがないか、目をさらにするようにして見渡した。


「……っ! あった」


 オレはそちらへと手を伸ばす。身体は思った方向へと向かってくれた。



 崖の出っ張りに足を踏み入れ、周りを見渡すと、メイゲツとセイフウがうつ伏せになった状態で倒れていた。


「メイゲツッ! セイフウッ!」


 二人の周りに血のエフェクトが残っている。

 HPを確認するとふたりとも5になっていた。

 オレの[玉兎の法衣]と同様、自動回復の装備をしていたのだろう。ただ気を失っているようだ。

 急いでナツカに連絡を入れた。


「ふたりとも気を失っているけど、デスペナになっていない」


 オレは[ライトニング]を空に放ち、上にいるセイエイたちに居場所を知らせた。


「了解。急いで転移アイテムを送るから、行き場所を[睡蓮の洞窟]に合わせて」


 早速ナツカから転移アイテムがトレードでプレゼントボックスに送られる。


「よし、これで大丈夫だ」


 メイゲツとセイフウがはぐれないよう、オレは二人の手を合わせた。

 あとはオレが転移アイテムで目的地を念じればいい。



 その時、どこからともなく、大きな羽音が聞こえた。



 オレは咄嗟に双子をかばった。

 そしてなにかがオレの身体を突き破る。

 HPが一気に5まで下がった。



「がはぁっ?」


 その勢いそのままに、オレは崖の石壁に叩きつけられる。

 その衝撃で更にHPが下がる。ギリギリ1でとどまった。


「な、なんだ?」


 あまりにも理不尽すぎて、意識が朦朧とする。

 [玉兎の法衣]の効果で、HPは回復するけど、急いで魔法とアイテムで全回復。

 双子には使わないのかというと、気絶状態では回復しても、本人が覚醒していないかぎり意味がないそうだ。

 オレは目の前のモンスターに目をやった。



 ここのつの顔を持った大怪鳥だった。



 [キュウトウダバ]Lv30 属性・火/陰

 HP?/? MP?/?



「レベル……30……だと?」


 これにはオレも恐怖を覚える。

 自分のLUKが高くても、他のステータスに自信はない。

 しかも属性は得意の火属性に相性がいい木ではなく、同属性。

 魔法による攻撃が通じるとは思えない。

 それよりAGIの差がありすぎるだろう。

 大怪鳥の、ここのつある顔のうちのひとつが、口から炎を吐き出す。

 ひとりでなら避けるが、今は気を失っている双子がうしろにいて、避けることができない。

 どう考えても積んでいる。レベルの差で。

 しかも転移アイテムが使えない状態ときたものだ。


「ど、どうかしたの?」


 通話はつながったままだった。

 ナツカが慌てた様子でオレに声をかけてきている。


「予定変更だ。最悪な状態になった」


 錫杖を構え、臨戦態勢に入る。



 ふと、オレはちょっと気狂いなことを思い浮かべる。


「二人を殺したら、確実にレッドネームだろうなぁ」


 それでも目の前のボスモンスターに、ソロで勝てる見込みはない。

 しかも足場が足場だけにセイエイとナツカ、白水さんの三人が来てもお互いに足場の位置が狭すぎて、うまく動くこともできないだろう。

 仲良く全員デスペナになるくらいなら……すこし自分の運にかける。

 オレはセイフウを背中に背負い、ロープで固定する。

 小学生とはいえ、さすがに高学年ともなれば重い。しかも二人抱えるわけだから、重さは二倍だ。


「くぅぎゅるるるるっ」


 なんかとんでもないものを吐き出そうとしているのか、さきほどの火の玉よりラグが長い。

 そのスキをついて、オレはゆっくりと崖っぷちのほうへと歩み寄る。……そして。

 身を投げ出すように空へと落ちた。



 最後に聞いたのは、川の水面が激しく叩きつけられる音だった。


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