第36話・鳳蝶とのこと
シャミセンがセイエイと、偶然出会ったハウルという、少女プレイヤーと一緒に、レベル制限がある裏山の山道で魔光鳥の探索をしていたころのこと――
「こんばんわ」
と、夕食と宿題を終えて、星天遊戯にログインしたメイゲツとセイフウが、睡蓮の洞窟にあるナツカのギルドテントへとやってきていた。
「あれ? 今日はまだ誰も来てないのかな?」
首をかしげながら、メイゲツは、自分が登録しているフレンドリストのウィンドゥを虚空に表示させ、上から下へと流すように目で読んでいく。
現在、午後七時。
登録しているフレンドには、横にいるセイフウ以外では、シャミセンとセイエイ、ナツカと白水がログインしている。
「リーダー、いますか?」
セイフウがそう呼びかけたが、声はホールの中を響き渡っていくが、セイフウの声が空しく響き渡るだけ。
テントの中は広々としており、ざっと説明するとマンションのワンフロアくらいの広さがある。
入り口から中央にかけて、およそ十二畳ほどのホールがあり、それから目の前と左右に、各みっつずつドアが設けられている。
ほとんどは客間として使われている部屋なのだが、入り口からみて北側のドアは、それぞれ、左から副リーダーである白水に宛がわれている部屋、ギルドマスターであるナツカに宛がわれている部屋、そしてギルドメンバーが戦闘を行ったさい、
左に宛がわれているみっつの部屋のうち、右端の部屋は、構造上白水の部屋と通じているが、メンバーが自由に使える鍛冶をするための部屋とされている。
ギルドハウスのマップでは、双子がいる場所のほかに、その鍛冶室にプレイヤーのアイコンが点滅していた。
「こっちって、たしか白水さんの作業場だっけ?」
双子は、白水から自分が作業場にいる時は緊急以外はあまり覗き込まないでと云われている。なのでその部屋に白水がいるということがわかっていても、部屋に入れなかった。
白水の現在地は『ギルドハウス』となっている。となれば、部屋にこもっているのは白水で間違いはない。
「メイゲツ、みんな出かけているみたいだし、オレたちもレベルあげに行こう」
セイフウがそう誘う。
「そうだね。早くしないとイベントに不安があるし」
メイゲツは装備品を選んでいく。装飾品に[鳳蝶の耳飾り]を装備した。アゲハチョウの煌びやかな羽根の光沢を施したイヤリングであった。
双子が出かけてからすぐ、約五分後のことだ。
「んっ……」
部屋から出てきた白水の姿は……艶やかであった。
黄金色の髪は濡れており、身体も湯気で赤みかかっている。
白水は一仕事終えたのち、仕事場に設けたシャワー室で汚れを落としていた。
ゲームなのだから実際汚れるというわけではないのだが、そこは女性である。たとえゲームであろうと汚れたまま人の前に出るということはあまりしたくなかった。
格好は肌着にちょっとしたズボンを履いているため、見ようによってはだらしない格好でもあった。
「白水、ちょっといいかしら?」
ギルドハウスに入ってきたナツカが、部屋から出てきた白水に、あきれた表情でたずねる。
「どうかした?」
髪を手櫛でかきあげるように
「これからちょっとドロップアイテムを狩りに行こうかなって。狙撃手としてついてきてほしいのよ」
ナツカが狙っていたのは[ナイトバロン]という、はじまりの山の裏山の最上層で、夜の時間帯にしか出ないレベル30以上のモンスターであった。
それでなくても、そこに出てくるモンスターはレベル20以上が多いため、レベル制限として30以上でないと入れないようになっている。
「二人で大丈夫?」
「時間はかかるだろうね。でもまぁ白水が遠くから狙撃して、私が近距離で叩く。かなり厳しいだろうけど」
「もしかして[夕霧の飴]狙い?」
そう聞き返され、ナツカはうなずいてみせる。
夕霧の飴という、ドロップ限定のアイテムで、舐めれば一定時間モンスターから見つからないというものであった。
「わかった。でも先に彼に連絡させて」
「彼? もしかして彼氏?」
ナツカがからかうように言う。
「シャミセンさんよ。彼から頼まれていた[
そう言うと、白水はメッセージをシャミセンに送った。
◇送信したプレイヤーは、現在フレンド以外からの受信拒否をしています。
これには白水も目を点にする。
「あ、そういえばシャミセンって、フレンド以外は受信拒否をしてるんだった」
「……なんで?」
怪訝な表情で白水はたずねる。
「あっと、ほらシャミセンって、私以外にビコウたちやセイエイとかともフレンド登録してるでしょ? それで噂を聞いた人が自分のところにメッセージを送って、わたしやセイエイに会わせろみたいなことにならないよう、気を使っているみたい」
そうでなくてもフレンド以外に自分のレベルが見られない機能が実装されるまで、ナツカとセイエイは攻略組として前線に出ていたため、そういった楽にレベル上げをしようと考えているやからからの勧誘が跡を絶たなかった。
「……もしかしてシャミセンさんって自意識過剰?」
白水が肩をすくめる。
「まぁ相手を選んでいるって思えばね。それに結構セイエイとは頻繁に会っているみたいだし」
「あの子、気に入ってるよね? シャミセンさんのこと」
「なんでかはわからないけど、ビコウと同じで居心地がいいんじゃない?」
ナツカは苦笑を見せる。それを見て白水は、
「さて、この装飾品どうしようかしら」
と片眉をしかめた。
「ちょっと待ってね……」
そう言いながら、ナツカはフレンドがどこにいるのかを調べる。
シャミセンとセイエイがともにはじまりの町の裏山にいることがわかった。
「直接、わたしにいけるわね」
「もしかして、彼も裏山に?」
その問いかけにナツカはうなずいてみせた。
$
「えっと、なにか見えますか?」
山道に戻り、蜂の巣がある木を探す。
周りの蜂モンスターはオレの武器と魔法効果で焼きつくした。
どうやら[蜂の王]の効果は、それを持っているプレイヤーのパーティーにも影響を与えるらしい。
そしてその木のてっぺんにセイエイは一蹴で駆け登っていき、周りを見渡していた。
おそらくビコウと同じ[火眼金睛]という体現スキルを使っているのだろう。
ただ、集中しているのか、それともハウルと話したくないのか、セイエイは返事をしなかった。
「レベル、上がったね」
先ほどの戦闘でレベルが上ったチルルを見ながら、オレはハウルに声をかけた。
「は、はい。といってもわたしじゃなくてチルルがですけど」
ハウルは自分の足元に陣取っているチルルに目を向ける。
どうやらテイムモンスター自体も戦闘をすればレベルが上がるようだ。ハウルの話ではさらにレベルが上がれば[魔霊]という術が使えるらしい。最終的に九尾の狐に進化するんですかね?
「あとでご褒美に油揚げを作ってやろう」
ちょうどアイテム欄に食材として持っていた豆腐があった。たしかこれで油揚げが作れるはず。……たぶん。
「本当ですか。よかったねチルル」
飛び跳ねるように喜んでいるハウル。それにならってかチルルも尻尾を振っている。
飼い犬(この場合は飼い狐か?)は主人に似るとはよく言うけど、まさにそうだった。
「…………」
と、なにやら殺気を感じ、オレはそちらに目をやった。
「ふたりでなんの話をしてるの?」
ムッとした表情でセイエイが頬を膨らませながら、木の上から落ちるように戻ってきた。
ストンと綺麗に着地しているので、落下時のダメージはなかったらしい。
「あっと、チルルのレベルがあがったから、なんか美味しいものでも作ってやろうかなって」
「なんかやさしい。シャミセン、ハウルとチルルになんかやさしい」
あら、これは嫉妬ですかな? と
セイエイの反応が、なんとなく気に入っていたおもちゃを、母親から弟か妹に貸してあげなさいと云われて不貞腐れているみたいに見えて、ちょっと笑ってしまう。
「す、すみません」
ハウルはオレとセイエイに頭を下げる。
「別にハウルが悪いわけじゃない。この
……すけ? 無垢な少女になにを教えた? あの娘らは……。
「すけこまし……ですか?」
首をかしげるハウル。突然そう言われれば誰だって困惑する。
「なにかいたか?」
話題を変えようとオレはそうたずねた。
「なにもいない。やっぱりレアモンスターだけにすぐには見つからない」
[火眼金睛]を使っても見つからないって、どういうことだ?
オレの[蜂の王]による察知スキルと、チルルの探索スキル。
これを使えばもしかするとすぐに見つかると思ったのだけど、さすがレア食材をドロップするモンスターだけに、そうやすやすと出てきてはくれないようだ。
「しかたない。セイエイ、MPは足りなくなってきたらオレがアイテムで回復させてやるから、ハウルとチルルのHPを回復してやってくれないか?」
正直、HP自体は月兎の法衣の効果で、常備回復している。いちおうMP回復用のアイテムは持ってるけど、いまのところ使い道がない。
「やだ」とセイエイは頬をふくらませた。
うん。言うと思ったよ。オレが原因なんだろうが、それでもちょっとわがままがすぎる。
「あのなぁ、MPがきつくなってきたらオレがアイテムで回復するって言っただろ? それともなにか? パーティーの一人をHP回復させないってわがままでデスペナ食らわしていいと思ってるのか?」
いちおう年長組として、これだけは言っておく。
セイエイのステータスなら、ココらへんのモンスターは太刀打ちすらできないだろう。
それでもパーティーともなれば、ひとりよがりな行動はできない。
個が強すぎれば、周りはそれに振り回されるが、逆に周りが強くては個の弱さが目立ってくる。なにこともバランスだ。
「セイエイ、お前だってこの前一人で勝手にどっかに行ったから、あんな危険な目に遭ったんだろ」
「……あれは――」
セイエイはバツが悪い表情でハウルを見る。
はじまりの町の裏山にある隠しダンジョンで、セイエイはサクラさんたちからはぐれた。
もともとセイエイがみんなと別行動しなければ、マミマミとあんな面倒なことは起きていなかったはず。
結果的にセイエイは[凶神状態]というバッドステータスに陥り、危うくプレイヤーキラーになりかけていた。
「――ごめんハウル。ポーション使うね」
わかってくれたのか、セイエイはアイテムボックスからポーションを取り出す。
どうやら簡単な魔法は、魔法ストックに入れていなかったようだ。
「あ、ありがとう。でも無理しないでね」
ハウルがセイエイに向かってお礼を言う。
「ふたりは大丈夫なんですか?」
「あぁ、大丈夫。セイエイはそこらへんのプレイヤーに退けを取らないから。それにオレはHP回復いらないんだわ。自動回復状態だから」
オレが笑みを浮かべ、ハウルに言う。
「っと、どういうことですか?」
ハウルはキョトンとした目でセイエイを見据える。
「やっぱりこの人ちょっと苦手」
それに慣れていないせいか、セイエイは困惑した表情でオレに助けを求めていた。
$
「[フレア]ッ!」
目の前の魔熊に向けて、メイゲツが炎を放つ。
「[シャイニング・スピア]ッ!」
その後方から、セイフウが光の矢を放ち、とどめをさした。
◇セイフウのレベルが上昇しました。
◇メイゲツのレベルが上昇しました。
レベルアップの情報がポップアップされる。
しかも二人同時にだ。
「やったっ!」
これにより、メイゲツはレベル20。セイフウはレベル21へと上昇し、双子はおたがいに、今日の目標としていたレベルまで到達する。
「これで最低ラインにはいけたね」
「うん。あとはイベントまでできるだけレベルを上げておこう」
そう意気込んでいる双子が、次はどこに行こうかと相談していた時だった。
「ちょっと君たち、すこしいいかな?」
そう声をかけたのは赤い鎧を着た金髪の戦士だった。
「なんですか?」
セイフウは応対をしつつも、戦士の名前を見ようとしたが、
◇**** Lv:**
フレンド登録以外には見えないようになっており、名前とレベルがわからなかった。
「実はちょっとココらへんで魔光鳥というモンスターが出るという話を聞いてね、今それを探しているんだ」
「見たことないですね」
セイフウは素直に答える。
「わたしも見たことはありません」
メイゲツも同様だった。
戦士はそれを見て、ちいさくためいきをつく。
「くそぉ無駄骨かよ。ココらへんに出るって聞いたんだけどなぁ」
戦士はゆっくりとメイゲツに近寄る。
「えっ? どうかしたんですか?」
その問いかけを無視するかのように、戦士はメイゲツの胸元を掴みあげた。
「あがぁっ?」
「あのよぉ、お前らの中で魔光鳥の肉を持ってるヤツいないのか? あれは食べると美味しいらしいが、売れば十万Nはくだらないシロモノだ。こっちはちょっと金に困ってんだよ」
戦士は歪んだ表情でそうメイゲツに問いかける。
「おいっ! メイゲツから離れろっ!」
セイフウは矢を戦士に向け、言い放つ。
「いいのかぁ? プレイヤーに武器を向けて」
「女の子をいじめてるお前にだけは言われたくないっ!」
セイフウの身体は震えていた。すこしでも外してしまえばメイゲツにあたってしまう。
それがわかっているからこそ、戦士は動揺しなかった。
「あのさぁ、お前らレベルの差ってわかってる?」
戦士はあいた手でメニュー画面を広げる。そして自分の名前とレベルが、双子にもわかるように設定を変えた。
◇クレマシオン Lv34
*レッド・ネーム *NPCキラー
「レッ、レッド・ネーム?」
戦士の正体にセイフウとメイゲツの顔は青褪める。
プレイヤーキラーであったこともそうだったが、レベルの差がありすぎる。
「そうだ。ほら、いい子だから助けを求めろ」
クレマシオンが片方の手でセイフウに攻撃をしようとした時だった。
…………なにかが大きく羽ばたく音。
「えっ?」
クレマシオンがそちらへと振り返るや、黒いなにかが身体にぶつかった。
「ぐぅえぇっ?」
そのはずみで、掴んでいたメイゲツは地面にたたきつけられる。
「メイゲツッ!」
セイフウは警戒をしつつも、メイゲツに駆け寄った。
「ぐぅはぁ、な、なんだ? いっったいなにが?」
クレマシオンは自分のHPを確認する。10ほどのダメージを食らっていた。
「い、いったい、いったいなにがいやがる?」
混乱状態に陥ったクレマシオンは大剣を手に持ち構える。
その混乱にしょうじて、セイフウとメイゲツはその場から逃げ出す。
「くそっ! 逃すかよ」
クレマシオンはアイテム欄から毒針を取り出し、それを双子に向けて投げた。
「くっ?」
針はセイフウの肩に刺さり、彼女はその場に倒れこんだ。
「楓っ?」
メイゲツは、思わず妹を本名で叫んでしまった。
それだけ彼女たちは、どうしてこんな目に遭わないといけないのかわからず、困惑している。
「早く、早く逃げないと……」
朦朧とした意識の中、セイフウはメイゲツの手をギュッと握っている。メイゲツもクレマシオンによる掴みでダメージ判定をもらっており、意識が朦朧としていた。
そして意識がなくなろうとした時、二人はともに脇道の茂みへと落ちていった。
「ははは、勝手に自滅しやがった。こんだけ暗いんだ、デスペナ確定だな」
クレマシオンはムダな戦闘は極力したくはなかった。だからこそ、あの黒い塊が周りにいないことに気付くや、体力を回復させ、その場から立ち去っていく。
誰もいない山道には、地面にたたきつけられたはずみでとれた[鳳蝶の耳飾り]が月明かりに照らされていた。
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