第35話・黒狐とのこと



「はぁ……はぁ……」


 ひらひらとしたフリルをほどこした、コジック調のロリータファッションを身にまとった、高校生ほどの少女が、畏怖した表情で目の前のモンスターを見据えていた。


「シュルルルル」


 そのモンスターは大蜘蛛のモンスターで、顔は女性という名状しがたい。

 その大蜘蛛は口から糸を吐き出し、少女の肢体に絡まらせた。


「あがぁああっ?」


 糸から電流が走り、少女のHPをけずりとるとともに[麻痺]を与えた。


「はぁ、はぁ……」


 少女の目は虚ろとなる。レベルの差があったというわけではない。

 あまりに力の差がありすぎた。



 少女はモンスターの鑑定をする。



 [バンシレイ]Lv20 属性・木/陰

 HP?/? MP?/?



 と出ている。まだ倒したことのないモンスターだったため、少女の知識ではモンスターのHPがわからなかったのである。

 バンシレイは八本の足で地面に踏ん張るや、バネのように高々と飛び上がった。

 麻痺状態の少女は動くことができない。

 今ダメージをくらえばHPが0になり、デスルーラは確定である。


「くっ!」


 少女は絶望し、目をつむった。



「[チャージ]ッ! [フレア]ァアアアアッ!」


 ゴッと熱い日差しが少女の肌に触れる。

 少女はゆっくりと目を開けた。


「……っ?」


 目の前では炎に焼かれた大蜘蛛がのたうち回っている。


「[我龍転生がりょうてんしょう]ッ!」


 パッとなにかが少女の頭上を駆けるように飛び越えた。そして炎に焼かれている大蜘蛛に双剣を食らわしていく。


「くぅぎゃぁああああああっ!」


 大蜘蛛は悲鳴を上げ、光の粒子となって散った。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「おい、セイエイッ! 大丈夫か?」


 オレは山の斜面を滑り落ちるように下りながら、セイエイが駆けていった川の方へと走っていく。


「大丈夫。というかシャミセンの命中率おかしい。グリーンの端っこから攻撃して当たった場所が急所とかありえない」


 双剣をしまうセイエイが、いつものように淡々とした口調で言う。


「お前があそこから奇襲しろって言ったんだろうが?」


 オレはあきれた表情でセイエイを見る。オレがチャージをかけたフレアで大蜘蛛に攻撃を与え、そのスキにセイエイが攻撃する。

 攻撃が当たらなくてもセイエイの攻撃力なら一撃だろう。



 さて、この女の子をどうするべきか。みたところ初心者っぽいんだけど、レベルは最低でも10はあるよな?

 だってここ、レベル制限されているフィールドの中だし。


「そんなことより早く魔光鳥の討伐がしたい」


 そんなことを考えているすきもなく、セイエイが退屈そうに行ってきた。

 本当にブレないねキミ。


「あのなぁ、その前にやることがあるだろ」


 オレはアイテム欄から万能薬を取り出し、川の中で腰を抜かすように座り込んでいた少女プレイヤーに手を差し伸べる。

 さいわい顔が出ていたので川の水で溺れてはいないようだ。


「ほら、これで麻痺とか状態異常が治るはずだから、ゆっくり飲んで」


 少女の身体を支えながら、瓶の口を少女の唇に添えた。

 中の薬が、少女の口の中へと入っていく。


「ん、んぐぅ、んぐぅ……」


 少女は薬を飲むと、顔色が徐々に良くなっていく。


「……[ヒーリング]」


 セイエイが少女に回復魔法を放つ。

 その時見せたセイエイの表情はどことなくつまらなさそうだった。



「あ、ありがとうございます」


 少女は水から上がると、オレとセイエイに向かって頭を下げるや、「ルルル」と口笛を吹いた。


「えっと、いったいなにを?」


 けげんな表情で少女を見すえたときだった。


「……ッ! シャミセン、なにか……くる」


 セイエイが警戒した表情で周囲を見渡し始めた。


「あ、心配しないでください」


 少女は静かに笑みを浮かべる。いったいなんのことやら?


「グキュルルル」


 と、すこし喉を鳴らしたような声が聞こえ、オレとセイエイはそっちに目を向けると、……そこには黒い毛並みをした狐がいた。



「これって[黒狐ネグロソロ]?」


 セイエイがおどろいた表情で黒い毛並みの狐に目をやる。


「知っているのか? 雷電っ!」


「……えっと、雷電ってなに? じゃなくて、[黒狐]っていうのは、[魔獣演武]に出てくる狐族のテイムモンスターのこと」


 セイエイは唖然とした表情でツッコミを入れながらも、説明してくれた。

 そういえば、悲鳴の先に行こうとした時、セイエイが見たモンスターは狐だと言っていた。


「もしかして、セイエイが見たのって」


「たぶん、この子だと思う」


 ……このゲームでは初めて見ると言っていたってことは……


「君って、もしかしてコンバーター?」


 オレがそうたずねると、少女は首をかしげた。


「あ、ごめん。オレやこのセイエイみたいに最初から[星天遊戯]でキャラを育てているんだけど、[魔獣演武]のデータをこっちにコンバートしたプレイヤーを区別するようにそういうふうに言っているんだ」


「そうだったんですか? すみません。実はこのゲームにコンバートしたのは今日からだったので、こんな最初の町の近くでレベル制限があるとは知らなかったんです」


 どうやら[魔獣演武]をやっていたが、高校受験とかでゲームを禁止されていた。

 で、再開しようと思った矢先にサービス終了。

 今回、[星天遊戯]とのデータコンバートでゲームを再開したとのこと。

 レベルは以前と変わっておらず15らしい。

 これだとレベル制限があるこっちのゾーンに入る時に警戒文章は出てこない。



「ログアウトしたらフチンに言ってみる。すこしコンバートしたプレイヤーのことも考えたほうがいいって。[魔獣演武]にもレベル制限はあったけど、かなり高いレベルじゃないと入れない場所だったから」


 セイエイがそうオレに耳打ちする。


「たのんだ」


 オレがそうお願いすると、セイエイはうなずいてみせた。


「えっとキミの名前はなんていうのかな? このまま名無しのゴンベエじゃあれだしね」


 ハッとした表情で少女は背筋を伸ばした。


「あ、はい。ハウルといいます。職業は[吟遊詩人ミンストレル]です」


 おやまた聞いたことのない職業ですこと。

 オレはセイエイに視線を向けた。


「魔銃士と同じで[魔獣演武]に出てくる職業。竪琴ハープを使ってモンスターを弱くしたり、一時的に仲間にすることができる」


 その説明を聞いて、オレはすこし首をかしげた。


「えっと、ハウルだっけ? その武器はどうしたの?」


 それだけ強いアイテムを持っているのなら、さっきの大蜘蛛だって操れていたはずだ。


「それがコンバートした時にその時まで使っていた装備品はデータデリートですかね? それで消えたみたいで、短剣を購入したんです」


 どうやらキャラデータはコンバートできたようだが、まだ装備品とかは実装されていないようだ。

 つまりレベルの差もそうだけど、STRが弱かったということか。

 よくよく見てみるとハウルの着ている装備品は初心者が着けているものと大差ない。

 これでよくプレイヤーキラーに遭わなかったなと思う。


「どうする? ここからだと町に戻るまでだいぶあるけど」


「なんとか生き延びてみます。それにチルルも一緒ですから」


 そう言いながら、ハウルは中腰になり、黒狐のくびもとをさすった。気持ちいいのか黒狐は目を細めている。


「わたしも何回か[魔獣演武]をやったことがあったけど、[黒狐]をテイムモンスターにしているプレイヤーって見たことがない」


「あ、この子はちいさい時から育ってていたんです」


 セイエイの質問に、ハウルは笑顔で答える。


「えっと、ようするに成長過程によっては思いかけないモンスターに進化するってことか」


 なんか一時期爆発的なブームになった、携帯型の育成ゲームみたいなんだが?


「[黒狐]を捕まえても、主との信頼度なんてほとんどなくて警戒心も強いし、探索に送ったら逃げる。でも逆にちいさい時から育てていたから、ハウルとの信頼度はかなり高い」


 たしかにセイエイの言うとおりなら、さっきまで周りにいなかった黒狐が、ハウルの呼びかけを素直に応じ、姿を見せている。

 おそらくだが、黒狐を探索に出しているあいだ、思いかげず大蜘蛛に襲われた。

 黒狐もハウルの臭いを追いかけていたが、最悪水の中にいたせいで見失ってしまっていたってところだな。においがどこかで途切れてしまっていたということだ。

 ……それを考えて、ふと、ちょっとしたことを思い浮かべる。


「あのさ、そのチルルだっけ? モンスターの探索とかできる?」


「えっと、はい。大丈夫だと思います」


 ハウルはキョトンとした表情でオレを見る。チルルも同様で、すこし首をかしげたような仕草を見せた。


「もしかしたらだけど、[魔獣演武]にも出てきているモンスターだったら、臭いで感知ができるとか。たとえば魔光鳥とか……」


「あ、はいできます。ただあのクモははじめてあったモンスターだったので、気配がわからなかったんです」


 おどろいた表情でハウルは応えてくれた。


「シャミセン、なんか考えてる?」


 セイエイがいぶかしげな視線を向けながらオレに聞いてきた。


「オレの[蜂の王]のスキルと、チルルの嗅覚なら、もしかしたらあの鳥を見つけることが可能だってことだ」


 オレはジッと薄闇に染まっていく山を見上げ、笑みを浮かべた。


「高級食材、ゲットしてやるっ!」


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