第32話・夜光虫とのこと



 愛理沙たちと別れてから二時間くらい。現在夕方六時だ。


「うーん、まさかあんなにするとは思わなかった」


 あらかじめいくらか余裕を持っていたとはいえ、さすがにちょっと失敗した。女子の胃袋はバカにできん。


「でも美味しかったなぁ。あのパンケーキ」


 厚さは五センチはゆうに超えていて、フォークで簡単に切れるほど柔らかい。ひとくち入れれば、ほどよい甘みが口の中に広がっている。


「やべっ、思い出しただけでよだれ出てきた」


 オレは危うくノートの上にヨダレを落としそうになり、慌てて口を腕で拭いた。

 大学の勉強もそこそこに、オレは時間を見る。

 そろそろみんなログインし始めたか、狩りに出ているところだろう。


「よし、ちょっとログインしてみるか」


 オレはノートを片付けると、VRギアを頭にはめ、ベッドに横たわった。



[ローロさまからメッセージが届いています]

[セイエイさまからメッセージが届いています]



 インフォメーションを確認すると、ローロさんとセイエイからメッセージが届いていた。

 フレンド一覧を確認すると、ビコウ以外は全員ログインしているようだ。

 行動を開始する前にメッセージの確認。

 まずはローロさんからだ。



『依頼されていた[緋炎の錫杖]が完成いたしました。午後六時くらいからログインしていますので、よろしければお店に来てください』



 とのこと。ちょうどいい時間なのでギルド会館に行ってみることにする。



『シャミセン今日は楽しかったまた会いたい。それからちょっと聞きたいことがあるけど、[スケープ・モール]っていうアイテム持ってる?』



 これはセイエイからのメッセージだな。


「[スケープ・モール]かぁ……スケープ・ゴートだったらわかるけど」


 スケープは罪から逃れる。ゴートは山羊のことを言う。

 身代わりや、相手に濡れ衣を着せられるといった意味だ。


「聞いたことがないな。でもたしかモールはモグラって意味だから、もしかしたらモグラのモンスター持ってるんじゃないか?」


 オレはそう予想する。セイエイには、


『持っていない。モールはモグラって意味だから、モグラのモンスターのドロップアイテムじゃないかな』


 とメッセージを送った。



 しばらく待ってみる。二分経っても届かないということは、すこし考えているということだろう。


「セイエイのことだから、ほかにもフレンドはいると思うんだけどなぁ」


 オレに聞いてくるってことは[スケープ・モール]というのはレアアイテムということだろうか。


「うーん、ドロップアイテムの整理とかもしておいたほうがいいかもしれないな」


 あまりメモとかしていなかったので、もしかしたら取っていた可能性もある。アイテムボックスを確認すればいいだけの話だが、けっこう時間がかかりそうだ。

 それはあとに回すとして、オレはギルド会館へと向かった。



 ギルド会館の、ローロさんがやっている鍛冶屋の前では初心者プレイヤーが情報交換をしていた。


「結構並んでるな。オレの番になるのは結構後になりそうだぞ」


 オレは覗きこむように列の先頭を見る。



「おや、セクハラさんじゃないですか?」


 聞き覚えのある声が聞こえたが、あえてスルー。


「ちょっと無視しないでください。セクハラさ~ん」


 うん、いくら小学生でもね。そんな堂々と言わなくてもいいと思うんだ。


「みなさーん、気をつけてくださいね。この人池で泳いでいた女性プレイヤーを襲おうとしたんですから」


 さすがにイラッときた。



「セイフウ、何のつもりかな?」


 あくまで穏便に。というかオレこの子になにかしたか?


「ありゃ、これはシャミセンさんじゃないですか? オレはなにもしてませんよ。ちょっとリーダーからお願いされて、知り合いのギルドにアイテムを取りに行っていただけですよ」


 セイフウはオレから視線を逸らす。


「そうかい。それで……あのことはちゃんと説明したよね?」


「偶然を偽って女の子の裸を見たってやつですよね?」


「偽ってないからね? というかオレもある意味被害者だからな」


 病室で殴られそうになるとは思わんかった。特にキミには。


「それはいいとして」


 いいのかよ。とツッコミたかったが、セイフウの話を続けさせることにする。


「今日はこれから暇ですか? ちょっとメイゲツがおもしろいものを手に入れたんですよ」


「おもしろいもの?」


「はい。以前から裏山にあるレベル制限の山道でレベルあげをしているって話したじゃないですか、そこで[スケープ・モール]っていうアイテムを手に入れたんです」


 意外なところで思わぬ情報。


「それって、どのモンスターから手に入れたのかわかる?」


「いえ、それが炎系の魔法スキルと命中率をあげようと思って、色々と戦闘していたら偶然手に入れちゃったみたいで」


 ようするに、なにからゲットしたのかわからないということか。


「ところでどうかしたんですか?」


 オレはセイエイからのメッセージを説明した。


「でも私たちでも取れるってことは、シャミセンさんならちょっと戦闘すればすぐに手に入れられるんじゃないんですか? ほらLUKがおかしいですから」


 セイフウは嗤いながら言う。いや自分のLUKがおかしいのは自覚してるけどね。


「でもなにから手に入れられるかわからないんだろ? それって効率的によろしくないかと」


「レベルが上がるんですから一石二鳥じゃないですか。それにちょっとは彼女のお願いを聞いてあげるのもいいですよ」


 いや、彼女じゃないからね。でも行ってみる価値はありそうだ。



「シャミセンさん、お待たせしました」


 鍛冶屋のほうからローロさんの声が聞こえ、オレはそっちに目を向けた。


「あ、オレはリーダーから頼まれていたお使いの最中だった。それじゃぁ失礼しますね。セクハラさん」


 そう言うや、セイフウはササッと走り去っていった。

 うん、実際にあったことがあるから普段は『私』って言っているのを知っているからいいけど、ゲーム内での一人称が定まってないぞ。


「おや、あの子はナツカさんところの双子の一人じゃないですか」


 ローロさんがそうつぶやくように言う。


「知ってるんですか?」


「ええ、ナツカさんからあの子たちの武器をすこしこしらえてほしいとお願いをされたことがあるんですよ。……っと忘れるところでした」


 ローロさんはメニューを虚空に表示し、アイテムボックスから錫杖を取り出した。その錫杖は赤く燃えている。


「これが[緋炎の錫杖]です」


 オレはそれを受け取り、装備品の確認をした。



 [緋炎の錫杖] S+10 I+20 ランクR

 ファイアの魔法効果がある錫杖。魔法チャージと連動している。

 モンスターや相手に装備者のLUKに依存した確率で、火傷を追わせることができる。



「あ、これは依頼料です」


 オレは一千Nにすこし色を付けた一千五百Nをローロさんに渡した。


「いえいえこちらが提示したとおり、依頼料は一千Nでよろしいですよ」


 これはさすがにローロさんの顔を立てるしかないな。

 というかこの人、欲がなさすぎる。


「わかりました。それじゃぁまたお世話になった時にでも」


「はい。またのご贔屓に」


 ローロさんは深々とオレに頭を下げる。



 オレは早速[緋炎の錫杖]を装備した。



 【シャミセン】/【職業:法術士】/5115N

  ◇Lv:20

  ◇HP:30/30 ◇:MP20/20

   ・【STR:14】

   ・【VIT:9】

   ・【DEX:19】

   ・【AGI:13】

   ・【INT:10】

   ・【LUK:130】


  ◇装 備

   ・【頭 部】

   ・【身 体】玉兎の法衣+5(I+20 V+30 L+10)

   ・【右 手】

   ・【左 手】緋炎の錫杖(S+10 I+20)

   ・【装飾品】女王蜂のイヤリング(L+10)

         水神の首飾り(L+20(+8))



 これでSTRは24。INTが50になった。

 LUKは変わっていないから、[水神の首飾り]の付加は+8。

 掲示板で調べたが、[緋炎の錫杖]のダメージ付加の確率は、[合計LUK数×30%]みたいなので、だいたい[53%]らしい。



「セイエイにちょっとメッセージを送っておくか」


 忘れないうちに、メイゲツが[スケープ・モール]を持っているかもしれないと言うのを彼女に連絡しておく。


「さてと、[夜光虫]の探索をしますか」


 掲示板を調べてみると、だいたい夜の森の川で手に入れたという証言が多かった。なのでそっちに行ってみる。



 で一時間くらい、そこを中心に探索をしてみた。

 遭遇したモンスターを一覧で説明すると、


 [魔狼]Lv10から15。木と陽の属性がある。

 [リンチェ]Lv12から16。火の属性。大山猫だけにAGI高い。

 [マント・レリジュース]Lv9から14。木の属性。カマキリみたいなやつ。

 あと[アピス]という蜂モンスターが頻繁に見かけた。

 多分蜂の巣がどこかにあるのだろうけど、今は特に必要と思っていない。それに蜂は[蜂の王]の体現スキルがあるから、ほとんど襲ってこなかった。



「リンチェ以外は木属性だったおかけか、[緋炎の錫杖]の魔法効果と急所クリティカルで一撃は無理でもだいたい三ターンで倒せるようになってきたな」


 それでも遭遇するレベルにもよるけど。


「っていうか、[夜光虫]が出ねぇ」


 オレは今日はそれが目的で狩りをしている。

 ドロップアイテムもノーマルランクからレアまで色々と手に入れられたが、目的の[夜光虫]がまったくと言っていいほど出てきてくれない。


「さすがに一時間も粘って出ないってのはどういうことだ?」


 オレはすこし川の水面を覗きこむ。そしてすこし思い出す。

 [夜光虫]が本来、どういったものなのかを…………。


「まさか……なぁ――」


 ちょっとした賭けだ。


「[アクアラング]ッ!」


 オレは水中移動の魔法を唱え、川の中に入った。



 目の前には月明かりに照らされた水面。

 その周りにモンスター反応があった。しかもイエロー。


「でもモンスターの姿は見えないな」


 オレは警戒するように周りを見渡した。それでもモンスターの姿が見えない。


「…………」


 オレはモンスターの正体に気付くや、そっと腕を伸ばし、両手で水を包み込むように閉じた。



[レアアイテム[夜光虫]を手に入れました]


 とアナウンス。


「よっしゃ[夜光虫]ゲットッ!」


 どうやら蜂の巣に触れると[蜂蜜]が手に入れられるのと同じように、[夜光虫]も、夜光虫に触れれば手に入れられるということだろう。

 でも本当に偶然だった。なにせ夜光虫は海面近くに現れるプランクトンの一種で、刺激を加えると発光するという特性がある。



 [夜光虫] 素材アイテム ランクR

 水の中で人知れず暮らしている水蟲。

 危険を察知すると発光し、周囲の水流を狂わせる。

 生息している水の気温以上を感じたら死滅するデリケートな部分がある。



「ということは、水の中でしか手に入れられないってことか」


 オレは水の中からあがり、川のそばに坐った。[アクアラング]の効果のおかげか、法衣はほとんど濡れていない。


「さてと、これで[土毒蛾の指環]が手に入れられるけど」


 ふと、装飾品の鍛冶屋に知り合いがいないことに気付く。


「ローロさんか、シュエットさんだったらもしかしたら知ってるかもしれないな」


 オレはその二人に、


『今装飾品の鍛冶をお願いしたいんですけど、可能か、もし[土毒蛾の指環]が作れるっていう鍛冶スキルのあるプレイヤーがいたら情報希望』


 とメッセージを送った。



 しばらくしてローロさんとシュエットさんがメッセージを送ってきた。



『またレアな装備品をご希望みたいだね、[土毒蛾の指環]はかなり鍛冶スキルとDEXを必要としている。残念ながらオレのフレンドの中にそういった人はいないし、噂を聞いたこともないね』



 という返事を送ってきたのはローロさんだった。



『[土毒蛾の指環]はかなり難しいと聞いています。というか[夜光虫]をお持ちなのですか? それ自体が見つけられにくいドロップアイテムですから、鍛冶レシピに載っていても、見つけられる人がすくないんですよ』



 シュエットさんからのメッセージも似たようなものだった。


「こうなったら、ちょっと掲示板の鍛冶スレあたりを見てみるか」


 それでもし[土毒蛾の指環]が作れるというプレイヤーがいたらすこし話をしてみよう。

 そう思い、オレは一度さいしょの町に戻り、宿屋でログアウトした。


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