第31話・荊姫とのこと
病院の中に入り、オレたちは二階へと上がっていく。
ナースセンターで咲夢が受付を済ませ、オレたちを病室へと案内した。
目の前にあるドアは重苦しい。しかも横にはキーロックがかけられており、番号を打ち込んでいる。
ピーという、無機質な機械音が、静寂な病棟の廊下に響き渡った。
病室に入ると、心拍数がわかる機械につながってベッドに横たわっている一人の少女の姿があった。
年齢的にはオレと同じくらいか、すこし年下といった雰囲気。
そして、彼女は頭にVRギアを付けており、それがモニターに映し出されていた。
オレはこの時、病院に入る前に言っていた咲夢の言葉の意味に気付き、おどろきを隠せないでいた。
それはオレだけじゃない。双子も同様に言葉を失っていた。
「恋華、もしかして……彼女がビコウなのか?」
オレの問いに恋華はちいさく、応えるようにうなずく。
「ビコウの本名は孫
愛理沙がそうオレと双子に説明する。
オレと同い年か、ひとつ上ってことか。
恋華はモニターの下に置かれているキーボードに手を伸ばし、文字を入力しはじめた。
どうやら[星天遊戯]のサーバーの中にいるビコウと連絡が取れるようだ。
『おねえちゃん、恋華だけど、今大丈夫?』
そう打ち込まれた文字が、サーバーにいるビコウに見えているのだろう。
『今デバッグも一段落したから、すこし話せるよ』
と返ってきた。
『今日はわたし以外に、サクラとケンレン、テンポウ、ナツカ、双子とシャミセンも一緒』
『ウソッ?』
うん、文字だけでもかなりおどろいているのが目に見える。
普段は恋華と咲夢さんがよく来るのだろうが、さすがにこの大所帯は予想していなかったんだろうな。
『それでさ、ちょっと聞きたいんだけど』
『今度のイベントについて?』
そう聞き返され、恋華はすこしためらう。
『うん』
『いいわよ。明日のメンテナンスが終わったらアナウンスをするつもりだったみたいだから』
そう文字が打ち込まれたあと、モニターの画面が一瞬だけ消え、ゆっくりと地図が浮かび上がった。
中心にひとつの島があり、その四方を囲むように島が置かれている。
『この四方に囲まれた島に、それぞれ龍神というレイドボスが存在してる。今度のイベントは日曜日の夕方六時から九時までの三時間。現実の時間より早くなって七二時間、三日間のうち、この四つの島を攻略することになる。どこから攻略してもいいけど、レイドボスひとつを倒すには最低でもレベル20以上、さらに工夫が必要になる。運だけじゃ勝てないように調整してる』
おそらく、オレのLUKを考えてのことだろう。
だが、工夫次第でと星藍は証言している。
『ところでそれってチーム? それとも個人?』
『どっちでもいいけど、できれば個人で倒したほうがいいかもしれない。もらえる恩恵はまだ決まっていないけど、レイドボスを倒せばメダルのかけらがもらえるの。それでそれを四つ集めると』
突然、星藍の反応が遅くなる。
『どうかした?』
『あ、いや……これはまだ内緒だった。まぁみんな頑張って』
「頑張ってって、星藍は出ないのか?」
オレがそうたずねると、代わりに恋華が訊いてくれた。
『わたしは今回デバッグしたがわだから色々知っていて参加はできないんだ。レイドボスの効率的な倒し方とか、ちょっとした謎解きの答えとかわかっているし』
ようするにスピードクリアによる恩恵もあるということか。
「ネタバレはさすがにダメだな」
「そうですね。それがわかっていると面白くはないですし」
楓ちゃんはグッと両手を握り、決意した表情を見せている。姉である流凪ちゃんも一緒だった。
双子のレベルはたしか18と17だったはずだから、ギリギリ間に合うかどうかだ。
「イベント始まる前にできるだけレベルを上げないと」
「オレもできるだけレベルを上げておかないと」
オレはモニターに目をやると、彼女のログイン時間が表示されているのに気付く。前に聞いた時と同様[99:99]とカンストしている。
「ちょっといいかな?」
オレは恋華に変わって、キーボードを打ち込んだ。
『そっちってつまんなくないか?』
オレの率直な質問だった。
いくら脳が生きていて、VRゲームに参加できると言っても、オレたちの本当の顔を知らない。
『実を言うと、わたしとケンレンとテンポウ、ナツカは魔獣演武の時から知り合いなんです。だから何度かオフ会で会ったことがあるんですよ。シャミセンさんや双子とはまだ会ったことがないですけどね』
そういえば、愛理沙が星藍のことを紹介していたので、実際に会ったことがあることはなんとなくわかっていたが、まさか陽花もあのゲームのプレイヤーだったのかと、若干おどろいている。
『それからシャミセンさん、わたしはつまらないってできるだけ思わないようにしているし、つまらないならおもしろくすればいいんじゃないかなって思ってます』
そう返答を受け、オレは苦笑を浮かべてしまう。
「まぁ本人がそう考えているんじゃ、文句は言えないな」
「実際、まだ生きてるからね。もしかしたらちょっとしたキッカケで目を覚ますかもしれないわよ」
愛理沙も苦笑を見せている。そして視線を心電図に向けた。
心電図は今もゆっくりとテンポのよいリズムを鳴らしている。
星藍が生きているという証拠だ。
「その時はもう一回、みんなでオフ会をしたらどうですかね」
里桜は笑みを浮かべる。その時はぜひとも参加したいものだ。
「さぁ、時間も時間ですし、これで失礼しましょう」
咲夢がオレたちに退室をうながす。
『おねえちゃん、また時間ができたら来るね』
と恋華がメッセージを送る。
『了解。それから恋華、すこしは前くらい隠しなさい』
そのメッセージを読むや、恋華は首をかしげた。
「え、なに? なんのこと?」
興味津々な愛理沙たち……、なんか嫌な予感がしてきた。
『えっと、なんのこと?』
たずねるように恋華はキーボードを叩く。
『あんた、洞窟のたまり池でシャミセンさんに
おそらくモニターの奥にいる星藍はあきれた表情を浮かべているだろう。
その言葉を読むや、恋華と咲夢さん以外のみんなが、いっせいにオレを見た。
…………みなさん目が怒ってらっしゃいます。
「……最低。もしかして裸の中学生に欲情して襲ったとか」
「女の子を襲うとかいけないと思います」
「お姉ちゃんどいてっ! そいつ殴れないっ!」
「まさかそんな人だったなんてねぇ。すこし幻滅したわ」
「というかキミねぇ、やっぱり女難の相がありすぎでしょ?」
里桜、流凪ちゃん、楓ちゃん、愛理沙、陽花の順でオレに詰め寄ってくる。
三者三様……違うな、五者五様な反応がオレにかえってくる。
「ちょ、ちょっとみんな……落ち着いて」
オレは冷や汗を垂らしながら、病室の壁に背中を付ける。
そしてずるずると床に尻をつけた。
咲夢さんは恋華のことを理解しているためか、あまりオレを責めるようなことはしなかったが、軽蔑したような目を向けている。
あれ? そういえばあなたボースさんのところで聞いてたよね?
なんで今さらそんな目でオレを見る?
「っていうかビコウッ! お前なんでそれを知って……」
そういえば、星藍は別のサーバーにいても、他のサーバーに自分で移動できると言っていた。
つまり……なにかしらの方法で、さいしょの町の裏山にある隠しダンジョンでの、オレと恋華のやりとりを見ていたということだ。
『おねえちゃん、なんでそのことを知ってるの?』
恋華がそうたずねたが、星藍は応えなかった。
というか無垢な恋華の反応と、オレの慌てた反応を見て楽しんでただろ?
そうたずねようと思ったが、
「どういうことか、キッチリ説明してもらいましょうか?」
と、鬼の形相を向けている陽花たちに詰め寄られ、オレは苦笑を浮かべるしかなかった。
いくら男と女でもね、多勢に無勢。数の暴力に勝てるわけがありませんでした。
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