第33話・枯れた手蔓とのこと



 [星天遊戯]をログアウトし、パソコンの電源をつける。

 そしてゲームの情報掲示板にある鍛冶スレを覗いてみた。

 面倒なので[土毒蛾の指環]を検索にかけて、調べてみることにする。



 ================



【鍛冶】情報依頼スレ【生産】



 324 トウマ

 [土毒蛾の指環]という装飾品について、いちおうレシピ乗せておく。

 [蝶の鱗粉]×4+[夜光虫]+アクアクリスタル。

 ただ高いDEXと鍛冶スキル「アクセサリー+5」じゃないと無理っぽい。



 451 今際凶刃

 [土毒蛾の指環]をオレも作ってみたけど失敗した。アクアクリスタル持ったいねぇ。でもいまのところ324のレシピ以外で作れたっていう情報もない。

 かなりDEXには自信があったんだけど、スキルが足らんかった。



 467 マリオン

 [土毒蛾の指環]の効果ってなに?



 469 トウマ

 >>467

 聞いた話だとAGI+10増加。それから夜目も使えるようになる。



 470 バイオン

 かゆい うま



 612 泰院

 [土毒蛾の指環]についてだが、ちょっと作れるプレイヤーが知り合いにいた。

 本人はあまりギルドのメンバーに迷惑を掛けたくないからって、名前を出したくないらしいからヒントだけ言う。

 メガネかけてる。職業は狙撃手。トッププレイヤーの近くにいる。

 これだけだ。本人は見つけた人がいた場合はできるだけ応対するらしいが、あまり期待するな。



 ================



 掲示板を読んでいき、ふとある人物を思い浮かべる。


「メガネをかけていて、職業は狙撃手スナイパー。そしてトッププレイヤーの近くにいる」


 というか、あの人しかいない。


「ダメ元だ」


 オレはもう一度[星天遊戯]にログインした。



 ログインすると、すぐにフレンド一覧を見る。

 さいわいナツカがログインしていた。双子は時間が時間だけにログインはしていないようだ。


「さっそくメッセージを送ってみるか」


 ナツカに


『白水さんはログインしてる?』


 とメッセージを送った。

 一分ほどしてメッセージが返ってきた。


『ログインしてるけど、彼女になにか用事?』


 文章の中にムッという顔文字が付いている。


『彼女にお願いがあるんだけど、ちょっと仲介を頼む』


 そうメッセージを送り返す。三十秒ほどして返ってきた。


『いちおう歳上なんだけど、なにタメ口で話してるのかな?』


 さすがにこれは人付き合いとしては間違っている。

 というか、リアルで会っているので、ナツカがオレより年上だということは知っている。


『すみません。以後気をつけます。実はある装飾品についてご相談がありまして、誰か作れる人はいないかと掲示板を覗いていたら、白水さんを思わせるヒントがあったので彼女ではないかと』


 とメッセージを送る。


『白水だったらログインしてるわよ。場所はうちのギルドにいて、なんか新しい作品かなんか作ってるみたい。でも早くしないと明日仕事だからね』


 返事が戻ってくる。


「マジですか?」


 あいにく転移アイテムを所持していなかったので、ダッシュで睡蓮の洞窟に向かった。



 その道中、モンスターに襲われたりとかしたが、[刹那の見切り]でなんとか回避していく。

 急いでいるので戦闘はしない。遭遇するモンスターは全部無視だ。

 麻痺とか毒を喰らったりもしているが[玉兎の法衣]の効果ですぐに回復。HPはすぐに回復するからもはや無敵状態だ。



 メッセージのやり取りをしてから十五分。ようやく睡蓮の洞窟に到着。

 中に入り、ナツカたちのギルドがあるテントへと向かう。


「……いてくれよぉ」


 オレがテントの中に入ると、人の気配はほとんどしなかった。

 いちおうギルドマスターであるナツカから許可証をもらっているので、ギルドメンバーでなくても施設に入れるようになっている。

 おそらくG7といった、ギルド間での会議をするためのアイテムだろう。


「白水さん、いますか?」


 周りを見渡しながらそう呼びかける。



「シャミセンさん、お待ちしていました」


 声が聞こえ、そちらに振り返る。

 そこには作業用のエプロンを着た白水さんのすがたがあり、メガネは一眼レフみたいなものになっている。どうやら細かい作業をしていたようだ。


「よかった、まだログアウトしていなかったんですね」


「はい。ナツカからすこし待ってほしいと言われていましたので。なんでもわたくしに聞きたいことがあるとか」


 白水さんは目を細め、オレに、テーブルに坐るようにうながす。

 オレは素直にそれにしたがい、テーブルの椅子に坐った。



「実はちょっとお願いがありまして」


「お願い、ですか?」


 白水さんは首をかしげ、聞き返す。


「鍛冶依頼のスレで[土毒蛾の指環]という装飾品を調べていたんですけど、かなり作れる人が限られてくるってあったんです。それであるコメントであなたに該当するものがあったんです」


 さぁ、これが間違っていたら、多分あとがない。



「材料は?」


 白水さんはすこし顔をうつむかせたが、上目でそうたずねてきた。


「――えっ?」


「その[土毒蛾の指環]の材料は持っているんですか?」


「はい。[蝶の鱗粉]も二十個ありますし、さっき[夜光虫]も手に入れました。[アクアクリスタル]もいちおう持ってます」


 それを聞くや、白水さんは、


「嘘っ?」


 といったように目を見開き、オレをマジマジと見つめた。

 嘘を言ってどうする?


「なんなら証拠を見せましょうか」


 オレは所持している[蝶の鱗粉]二十個と[夜光虫]。そして[アクアクリスタル]をテーブルの上に広げた。


「…………本当に? [夜光虫]なんて普通に攻略していると、手に入らないと思っていたのに」


 どうやら白水さんは[夜光虫]の取り方を知っていたということだろう。


「これで作れませんか?」


「ナツカやセイエイちゃんたちの共通の知り合いであるシャミセンさんのお願いですので、こちらもお聞きしたいのですが、実はもうひとつ必要なアイテムがあるんです」


「もうひとつ? でも掲示板だとこれ以外にはなにも書いてませんでしたよ?」


「より作成の確率を高くするために見つけたんです。[土毒蛾の指環]には[蜜蜂の羽根]というアイテムが必要になるんです」


 あれ? それって……たしか持っていたような気がするんだけど。

 オレはアイテムボックスの一覧のスライドしていく。



「あ、あった」


「ほ、ほんとうに?」


 白水さんは身を乗り出す。

 オレはアイテムボックスから[蜜蜂の羽根]を取り出し、テーブルに置いた。


「これで大丈夫ですか?」


「はい。これで[土毒蛾の指環]を作ることができます。ただ仕事をしている手前、作成に時間がかかってしまいますが」


 白水さんは申し訳ない表情を見せる。


「別に構いませんよ。こっちは作ってくれる人が見つかっただけでも嬉しいんですから」


「そうですか。できるだけ頑張ってみます」


 白水さんは作成に必要な分を自分のところへと引き寄せる。余ったものはオレがふたたびアイテムボックスに直した。



「それでは今日はもうログアウトしないと明日に響きますので」


「すみません、急な話で」


 オレは頭を下げる。


「いえ、久しぶりに確率の低い作業ですので、失敗しても運がなかったと思ってください」


「それはないと思いますよ」


 オレがそう言うや、白水さんは怪訝な表情を見せる。


「オレ、自分の運にはちょっと自信がありますから」


「そうですか。それじゃぁあまり期待はしないでおきますね」


 白水さんはそう言い残すと、ログアウトした。

 それを見届けてから……


「あ、フレンド登録するの忘れてた」


 と思い出したが後の祭だった。



 時間はさかのぼって、煌乃が恋華たちとオフ会をしていた日曜日の昼、[星天遊戯]のゲーム内。


「よ、よし頑張るぞ」


 一人の初心者プレイヤーの男の子が初心者用の剣を握りしめてフィールドに出ている。緊張で手は震えており、足もガクガクだ。


「ははは、緊張しなくてもいいよ。リラックスして」


 その少年のうしろに一人の戦士が笑いながら声をかけている。


「ほら、あそこにいる犬のモンスターに近づいて攻撃をしかけるんだ」


 戦士は[カーネ]という犬のモンスターを指さした。

 レベルは……3。

 しかしまだ始めたばかりの少年に、モンスターのレベルを見られるほどの余裕がない。


「てやぁあああああっ!」


 まだ剣の構えすらできていなかった少年は、無我夢中に剣を振り回す。


「きゃはははマジで初心者じゃねぇか、バカだろアイツ、剣はイエローに入らねぇと攻撃したって当たんねぇって」


 戦士はケラケラと嘲笑わらう。そしてゆっくりと柄頭に手を添え、剣を鞘から抜いた。



「うおりゃぁっ!」


 ターンにして四ターン。のち最初の何回かは少年の気配に気付いたモンスターが襲ってきたのだが、偶然攻撃が当たったといえる。


[プレイヤーのレベルが上昇しました]


 というアナウンス。


「やったぁレベル2だ」


 はじめての戦闘でレベルが上ったため、少年は素直に喜ぶ。


[レアアイテム[魔犬の爪]を手に入れました]


「わっ? アイテムまで? しかもレアだって。運がいいな」


 少年はドロップアイテムを手に取り、アイテムボックスにしまった。


「良かったじゃないか。はじめての戦闘でレアアイテムを手に入れるなんて……それじゃぁ……記念にデスルーラをプレゼントしよう」


 戦士は不気味な笑みを浮かべ、少年の背中を一刀する。

 少年のレベルは2。対して戦士のレベルは20。

 差がありすぎた。

 少年の身体は粒子となり、町へと飛ばされていく。

 少年がいた場所にはアイテムが転がっており、戦士はそれを拾い集めていく。


「まぁ、[魔犬の爪]は一千Nで売れるからな。また一儲けさせてもらったぜ」


 戦士がそう言った時だった。



 戦士の、モンスターや敵意を持ったプレイヤーとの間合いが点滅する。


「な、なんだ?」


 戦士が慌てて立ち上がると、首を一閃される。


「……う、嘘だろ?」


 あまりにも一瞬のことで、戦士は粒子となって町の方へと飛ばされていった。



 戦士を殺したのは……ローロであった。

 そのローロは落ちているドロップアイテムから[魔犬の爪]だけを手に取る。

 戦士が落としたアイテムには目も向けない。



 それを製作ルームで、パソコンのモニターを通して見ていたのはボースであった。


「しかし不思議なものですね」


 製作者がそうボースに言う。ローロの行動を見ていたのだが、彼が私利私欲のためにPKKをしていない。


「自分が殺したプレイヤーのアイテムには目を向けず、殺されたプレイヤーが奪われたアイテムのみを取っている」


「しかしせんな。暗殺者としての技術もそうだが、まるでプレイヤーに自分の姿を見せずに殺している」


 ボースはすこしばかり疑問に思う。プレイヤーキラーにあったプレイヤーからは誰が殺したのかはわからない。

 しかもこのゲームはフレンド以外に名前が見えないようにしているため、殺されたプレイヤーは誰に殺されたのかがわからないのだ。

 これはレッドネームにも適用されている。


「表の顔は初心者に優しい鍛冶屋。たいして裏の顔はPKを狙うPKK」


 ますますローロの正体に違和感を覚えるボースであった。


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