第21話・凶神とのこと
セイエイからメッセージを受け取ったボースこと孫丑仁は、急ぎ[はじまりの町の裏山]に設定していた、アップデートのさいに追加されるダンジョンについて調べていた。
「誰かが情報を
考えられるとしたらそれしかなかった。
いくらセイエイが自分の娘だとしても、まだ実装していないことを話すほど、彼は親バカではない。
「映像、映せるか?」
スタッフにそうたずねる。
「やってみます」
カチカチッとキーボードが叩かれていく音が騒々とした開発ルームの中で響き渡る。
ものの数秒でモニターにシャミセンたちが映しだされた。
ちょうど[ヒャクガンマクン]が氷柱にやられ、集中攻撃を受けている時だった。
「……ちょっと待て、こんな戦いかた想定してなかったぞ?」
戦いの様子に、唖然としている製作者一同。
なにせ池の水面を凍らせて、その氷を砕いて池の中に落とし、その時に上がった水柱を凍らせて氷柱にし、その氷柱をアポートでオオムカデの頭上に出して首根っこに突き落としたのだ。
いくら自然の摂理が利用できると謳い文句にできるシステムであったとしても、こんな戦い方を、あんな緊張した一瞬で決められるとは思っていなかった。
「ど、どんだけ運がいいんだ?」
弱点となる首のところに落ちなければ、この方法はなんの意味もなさない。オオムカデの硬い甲冑は氷柱くらいでは突き破ることもできないからだ。
「た、倒しました」
ホッと一息つく面々。だがひとつ、孫丑仁は思った。
「おい、モンスターを倒した場合、身体の一部を残さず、全部が消えるはずだ……が?」
それを聞こうとした時、画面に見てはいけないものが映し出される。
いくらゲームとはいえ、これはすこしやり過ぎだ。
モンスターが最後の力を振り絞って、プレイヤーのひとりを咀嚼しているのだから。
そして鎌々がマミマミに変貌していく。
「おいっ! 変身魔法なんて覚えてるプレイヤーなんてそうそういないはずだろ? 誰があんなことを」
孫丑仁はハッとした表情で言葉を失う。
可能なのだ。[星天遊戯]にコンバートを予定されている[魔獣演武]にはプレイヤーが獣に変化することができ、さらに獣も人間に変身させる魔法スキルが。
「まさか、彼女が? 彼女が[魔獣演武]のコンバーターか?」
その予想は当たっていた。
「リーダー、マミマミのステータスデータが出ました」
「すぐに画面に表示してくれッ!」
そう言われ、製作者は画面にマミマミのデータを出した。
【マミマミ】/【職業:魔銃士】
◇Lv/5
◇HP20/20 ◇MP15/15
・【STR:13】
・【VIT:10】
・【DEX:9】
・【AGI:10】
・【INT:13】
・【LUK:40】
というステータスだった。
「あまり強いとは言えませんね」
それでもLUKが異常に高い。
「待て、たしか[魔獣演武]はTRPGを基準にしているはずだ」
TRPGのステータス設定の場合、外見以外はダイスで振り分けられる。LUKとINT以外は3D6で決まる。そのさい、VITは頑丈を意味する[CON]の変換とされていた。
「まるで彼女たちみたいですね」
「それは言うな。彼女たちはいわゆるビーターなのだ。それに今回のアップデートで追加される新しい職業のテストプレイもしてくれている。彼女たちがこれに気に入らなければ無償で元の職業に転職はさせるつもりだ」
テンポウとケンレンのステータスがデタラメだったのは、まだその職業がテスト段階だったからである。
ただしステータスは[星天遊戯]に依存しており、職業は[魔獣演武]のものであった。
[魔獣演武]のサービスが終了し、ステータスや職業、それにともなうスキルなどを[星天遊戯]にコンバートする。
その不具合がなければ実装しようと前々から、各製作チームどうしで話に話し合っていた。
「……っ? リーダー、ちょっとこれを見てください」
製作者がマウスカーソルをある数値の上にのせた。
そこには[48:35]という数字が出ており、今もカウントは動いている。
「ロ、ログインが四八時間以上? おいっ! このマミマミのアカウントを調べろっ!」
このゲームはログイン時間に制限がある。ゲームにハマりすぎて私生活に支障がないよう、一日で最大、合計十二時間と定められていた。
なので一日に何回もログインすることは可能だが、ログイン時間の累計が十二時間を過ぎれば、その日のログインができず、日を跨がなければ再ログインができないのだ。
すぐさまマミマミのアカウント名が出てきた。
[@dreaming_Town]
「これって、たしか夢都さんのアカウントだ。……っ!」
孫丑仁はすぐさま夢都に連絡を入れる。……が、なにも反応がない。
「おいっ! すぐに彼女の家に行ってくれ! もしかしたら彼女、バカなことをしてるぞっ!」
マミマミの魔銃から炎の玉が打ち出される。
「きゃははっはあっ! 踊れ、踊れぇっ!」
ケタケタと笑みを浮かべながら、その銃口をオレやセイエイたちに向けており、魔法属性のある弾丸を撃ちまくっている。
セイエイとサクラさんは普通に弾道を見切って避けているが、オレは完全に勘です。まぁ当たっていないだけまだいいか?
「くそっ! いったいなんだよ? これもゲームのイベントかぁ?」
ボスを倒したら仲間が裏切りました。
まぁ、ゲームではよくある話だわなぁ。
「イベント? 違うわね。これはイベントじゃないわ強制参加よ」
いや、それもイベントといえばイベントなんだけどね。
「シャミセンさん、いったい彼女は何者なんですか? それにあんな武器、このゲームでははじめてみます」
サクラさんが防御系の魔法をオレやセイエイにかける。
「このゲームではってことは、他のゲームでは見たことがあるってことですか?」
そう聞き返すとサクラさんはうなずく。
「たぶん[魔獣演武]に出てくる[魔銃士]の武器だと思う。魔法の属性はこのゲームと同じで[五行]に[陰陽]を加えた七つだったから」
セイエイは飛んでくる魔弾を剣で払い落とす。
「魔法を覚えておけば、いくらでも使えるってことか?」
「たしかに[魔銃]のように魔法を弾丸にして敵に撃つと言っても、使用する魔法にはやはりMPの消費があります。あれだけ乱射していてはMPがジリ貧に……」
サクラさんが唖然とした表情を見せる。
「MPが減っていない?」
マミマミのステータスにはレベルとHP、MPの数値が表示されている。
そのさい、HPは20。MPは15と表示されていた。
「ほらぁ、さっさと逃げないと死ぬわよっ?」
マミマミの魔銃にチャージがかけられる。
「Atomic Canon……Fireッ!」
壮絶な地響きと直径一メートルほどのレーザービームが狭い洞窟の中で轟く。
かろうじて三人とも避けることができたが、あんなのをまともに食らったら一撃で死ぬ。
さすがに二日連続でデスペナは喰らいたくない。
「くそっ! ここは一時撤退だ」
オレはサクラさんを見据える。
「わかっています。私たちとてこんな意味のない戦闘をする気はありません。[チャージ]・[テレポート]ッ!」
サクラさんが錫杖を天高く上げ、転移魔法を唱えた。
……はずだ。
「えっ?」
誰一人とて、[テレポート]などしていない。
「ど、どういうこと?」
おどろきと焦燥の顔色を浮かべるサクラさん。オレとセイエイも同じだった。
「サクラ、シャミセン。ダンジョンステータスを見て。脱出不可能って出ている」
セイエイの言葉に、オレとサクラさんは互いを見渡した。
「で、でもさっきは転移魔法は可能だって」
オレはマミマミのほうを一瞥する。
その彼女は、気味が悪いほどに口角を上げている。
「どうかしたのかしら? もしかして逃げられない? 言ったでしょ? 逃げるなって……」
その言葉の意味にようやく気付いた。
オレが彼女に『逃げるな』と言ったという意味じゃない。
彼女がオレたちに『逃げるな』と言ったという事実だったんだ。
「ここは私の絶対領域だからね。つまり私を殺さないかぎりここから逃げることはできない。さらに言えば、あなた達も死ねば生きて帰ることはできない」
「それはいったい、どういうことだ?」
オレは怪訝な表情でたずねる。
「そのままの意味よ。まぁそこのお姫様が一番わかってるんじゃないかしら?」
マミマミはニヤァと、セイエイに向かって歪んだ笑みを見せる。
「セイエイ、どういう意味だ?」
「…………」
セイエイはなにも応えない。が、その目の色は怯えを見せていた。
「そうね。まぁ簡単にいえば、彼女は自分を助けてくれた叔母を見殺しにした」
「……っ!」
セイエイは一瞬でマミマミとの間合いを詰め、斬りかかる。
「うああああああああっ!」
その攻撃に、レベルの低いオレでもムダ弾が多いことに気付く。
いつもの、セイエイの冷静な戦いではなかった。
心の底に眠っている幼い感情が剥き出しになった戦い方だった。
「バカなやつほどよく吠えるわ」
マミマミは銃口をセイエイに向け、五発、彼女の腹部に打ち込んだ。
「くっ!」
血しぶき。彼女の身体から血のエフェクトが出ている。
HPも50あったものが今では10になっていた。
「な、なんだよ? あの破壊力」
「違います。全部急所とクリティカルヒットがかさなっているんです。それでもお嬢のVITが銃のSTRを上回った」
不幸中の幸いと言いたいが、状況はさらに悪い。
「世間知らずのお姫様は、冷静になるって言葉を知らないのかしら? そんなデタラメな攻撃で私に勝てるわけがないでしょ?」
銃口をセイエイの頭部に向けながら、マミマミは破顔する。
「さぁ、眠り姫を助ける王子様はここで退場を願うわ」
オレは、それを止めようと走った。
勝てるとは思っていない。
だけど、もしかすると……。
「運で勝てると思ってる? そんなのを自惚れっていうのよ?」
銃口はオレに向けられた。
「ひとつ勘違いしてもらっちゃ困るな。オレはたしかに運で勝てたらいいと思ってる。運を味方にできたらってなぁ。でも……運を味方にするんじゃない。運が味方になるんだよ」
オレは懇親の思いを拳に込めた。
「だから自惚れだって言うのよ。接近戦に銃が負けるわけないでしょ?」
銃口から煙が吹く。
それと同時に、オレの身体が空中で仰け反った。
「…………っ!」
誰かの悲鳴が聞こえる。オレのHPが一気に0になろうとしていた。
くそっ! またデスペナ喰らうのかよ。
[玉兎の法衣]をつけているからHPを心配はしていない。
でも一気に0になれば……、ダメージはギリギリ1でとどまった。
「ちっ、運がいいわね」
マミマミがあからさまに嫌味を見せる。
どうやら運が味方になってくれたようだ。
「[玉兎の法衣]の効果でダメージは回復する。でもね、もうその状態で戦えるとは思えないけど」
たしかに、自分の力が弱いということは理解している。
だけど、しばらく待っていれば全回復して、ふたたび戦うことは可能だ。
「動けるならね?」
「……っ?」
その言葉に、オレは唖然とする。
「う、動けねぇ?」
自分のステータス画面を確認する。状態異常に[麻痺]が追加されていた。
「今アナタに撃ち込んだ弾丸には瀕死、死亡以外のステータス異常すべてを相手にランダムで与えることができる。[魔獣演武]でモンスターを捕まえる時に使う攻撃方法でね、その中のひとつの麻痺に当たったみたいね」
マミマミはケラケラと笑う。
「どうやら、今度は私に運が味方してくれたみたいね」
マミマミは銃口をサクラさんに向け、撃った。
突然のことで、サクラさんは避けることができず、その場にひざまずく。
オレと同様、状態異常を喰らった。偶然にも[麻痺]を……。
「さぁて、もう仲間は助けてくれないわよ」
ゆっくりとマミマミはセイエイに近寄る。
「こんなゲームなんてやめて……早くお姉さんのところにいって死になさいよ。このポコペンの合いの子が」
その言葉は聞く者にとっては、さほど意味はなしていなかった。
だが、彼女の心を殺すことに関しては他愛もない鍵となっていた。
「あ、はあ、あ、ああ……」
過呼吸。セイエイの表情は青褪め、眼の焦点が狂っている。
目の前の恐怖に悲鳴をあげようにもあげられないでいた。
それをモニターで見ていたセイエイの父親である孫丑仁は、あることに恐怖していた。
「やめろ……やめてくれ。夢都さん……なにを考えている? キミは私たちから聞いているはずだろ? 我々スタッフが危惧しているVRギアのシステムを」
それは懇願だった。VRギアは人間の脳波に強く依存する。
最初からプレイヤーキラーになろうとしても、ただレッドネームというマイナスのステータスが付くだけ。それを目的にわざとやっているプレイヤーもおり、ゲームを楽しむという意味では否定はできない。
しかし、たとえどんなに強くやさしいプレイヤーでも、たったひとつの心の狂いでプレイヤーキラーに成り下がってしまう。
「リーダーッ!
製作者が悲鳴にも似た声を上げる。
その声が、少女の父親をさらに焦燥させた。
「落ち着け恋華っ! これはゲームだっ! お前はそのゲームのトッププレイヤーとして名を連ねているセイエイなんだ。お前をいじめるやつなんていないんだっ!」
だが父親の声は聞こえず、ただ一人のプレイヤーの[恐怖値]が振り切った警告音だけが響きわたっていた。
「――っ!」
それは突然おとずれた。
「…………っ、え?」
なにが起きたのかわからず、マミマミは自分の右腕を見やった。
「ああああああああっ?」
そして突然の悲鳴。そこに、彼女の右腕はなかった。
「えっ? なに? なんなの? なんなのよこれはぁああああっ?」
あまりにも一瞬で見えなかったセイエイの一刀。
目の前にいるセイエイを見るや、マミマミは喉を鳴らした。
そこに存在していたのは、少女ではない。
…………鬼だった。
「がああああああああああああああっ!」
セイエイは咆哮をあげ、手に持った双剣でマミマミに一刀を食らわせる。
マミマミのHPが一気に、一桁へと下がっていく。
が、セイエイがすぐさま魔法でマミマミのHPを回復させる。
そして身動きがとれないマミマミの身体を、ふたたび切り掛ける。
ふたたび回復させ、斬りかかる。
それはかつて、シャミセンが魔熊に襲われたときとおなじように……。
「な、なんだよ……あれ?」
オレはこの状況が悪夢だと信じたかった。
オンオフが激しいとはいえ、セイエイが一方的に相手を甚振り続ける姿なんて見たくない。
「あれは、このゲームの隠しパラメーターである[恐怖値]が一定の量に達すると、特定の相手を
サクラさんがゆっくりと、這いずるようにしてオレのところへとやってきた。
「[凶神状態]?」
「リリース前の段階では[狂人状態]と付けられていたのですが、論理コードにひっかかるという理由で、名前が変わっています」
意味は一緒ってことか。
つまり、今のセイエイはその[恐怖値]の臨界点を振り切り、発狂したということになる。
「どうにかできないのか?」
そうたずねると、サクラさんは応えるように首を横に振った。
「私たちの力ではどうすることも。なにせ[凶神状態]になったプレイヤーのSTRとAGIは、基礎の三倍と言われていますから」
なにその紅い彗星。
「ほ、他の方法で止めることはできないのか?」
「無理ですね。攻撃対象が倒されるか、[凶神状態]になったプレイヤーのHPが0にならない以上、止めることはできません」
オレはセイエイを見据えた。
セイエイの目はどこも見ていない。光がなかった。
あの優しそうな雰囲気なんてどこにも……。
「や、やめ……」
マミマミはそれこそ首だけになっていた。もちろん首と身体は繋がっている。
しかし次の一撃をくらえば、確実に首が飛ぶ。
「……死ねっ!」
セイエイの目はよどみ、綺麗だった身体は血で汚れている。
その左手に持ち、血に染まられた剣の、なんと
その赤い閃光は、戦意喪失となったマミマミの身体を一刀両断した。
「…………っ!」
唖然とする少女。それをセイエイ以外の全員もだった。
いや、セイエイ以外ではない。彼女の左手首を掴んだ少女もだった。
「ダメでしょ恋華。感情に任せて人を傷つけるのは負けだって」
声が聞こえ、セイエイはそちらに振り向く。
そこにはジッとセイエイを見つめるビコウの姿があった。
「お、おねえ……ちゃ、ん……」
セイエイはおどろいた表情とともに、ゆっくりと瞼を落としていく。
そして粒子となってその場から消えた。
「あ、ああ、な、なんで? なんであんたがここに?」
マミマミはさらなる恐怖を覚える。
「夢都さん、こんなところでなにをやってるの?」
その声色は冷たかった。
「ど、どうして? あんたは今イベントのデバッグでこっちのサーバーにはいないはずじゃ?」
マミマミは顔を震わせ、そうビコウに問う。
「あれ? このゲームの元ネタを知らないわけじゃないでしょ? 孫悟空はその気になれば一瞬で世界の裏側にだって行けるのよ。別のサーバーにいても、かわいい姪っ子の悲鳴くらい感じるわよ」
ビコウは手に持った金箍棒をマミマミの胸に突き刺した。
マミマミのHPは一気に0となる。
「ば、バカねぇ……私を殺したらレッドネームになることくらい」
「このゲームにアカウントもないプレイヤーを殺したって、プレイヤーキラーのレッテルは貼られないわよ」
ビコウはゆっくりと金箍棒を抜き取る。
それとともに、マミマミの姿は粒子となって消えた。
デスペナルティではない。
本当に……死んだのだ。
それがわかったのは、これより二時間後のこと。
夢都は自室で死んでいた。
だが、脳だけが生きており、[星天遊戯]の中をさまよい続けていた。たとえるならば地縛霊。
そのことをビコウは、マミマミ……夢都を憐れみはしなかった。
彼女もまた、[星天遊戯]に取り入れられた地縛霊なのだから。…………
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