第19話・川の主とのこと



 はじまりの町の裏山を登っていく。その道中、何人かのプレイヤーを見たが、ほとんど野良パーティを組んでいた。

 おそらく昨日の事件で話が変な方向に広まってしまい、レベル制限のフィールドをクリアできないとか、もしかするとクエスト報酬があるかもしれないという話がちらほら聞こえていた。

 ボースさん、はやく対応しないと大変なことになりそうです。

 と言っても、今日、オレが行こうとしているのは川のほうだった。

 耳を澄ますと聞こえてくる滝壺の音。

 そこでも何人かが集まっており、みな各々持参した釣り竿を持って釣りを楽しんでいるようだ。

 川を見つけ、そこから川沿いに上流へと登っていく。

 それに連ねて滝壺の音も強くなってきた。


「モンスターの気配がないな」


 どうもそれが気になっていた。町のようなセーフティースポットになっているのかもしれない。

 時間にして三十分。結構長く登山していた気がする。



 目の前には轟々と音を鳴らしている滝があった。

 周りは森で囲まれている。モンスターの気配もどことなくしてきた。


「さてと、ちょっと試してみますか」


 オレは魔法の詠唱を始めた。


「[アクアラング]ッ!」


 そう唱えるや、オレの周りを泡が包み込み、次第にオレの身体に密着した。

 これで水中でも息ができる……はずだ。

 いやセイエイのことを信じていないわけではない。

 でも水の中で息ができるということが、実際やってみないと信じられない。

 それを試すために、近場で一番水が深いこの場所へとやってきたのだった。



「よっとっ!」


 オレは水の中に勢い良く飛び込む。

 さて、ゲームとはいえ溺れるのは嫌だが……その心配はなかった。

 身体が浮かない。おそらく魔法の効果で身体が重たくなっているのだろう。

 と言っても、水の中を自由に動くことはできるし、若干浮揚はできるようだ。

 なにより、


「あえいうえおあお、かけきくけこかこ、さっせぇしぃすぅせっそっ!」


 と、喋ることができた。

 周りを見渡すとニジマスとかアユなどの色々な川魚が回遊しており、一匹一匹がそれぞれ思い思いに泳いでいて、一種のプラネタリウムのようにも見えた。

 夕日が水面に差し込み、オレンジ色の輝きを放っている。

 こんな水の中に、プレイヤーはオレ一人。

 時間の許す限り堪能したい。



 ……前言撤回。川魚の群れの前にオオナマズが現れるや、泳いでいる川魚を大きな口でパクリ。


「なんかすごいの来た」


 [米猫魚]Lv5 属性・水/金


 モンスター判定あり。というか、[米猫魚]ってどう読むの?


「えっと、たしかナマズってアメリカンキャットフィッシュって言うんだっけ?」


 あぁ、だから[米猫魚]……安直すぎやしないかね?

 モンスターもオレに気付いたようだ。

 動きは鈍い……わけないわな。思いっきりホームグラウンドだ。

 AGI13ではさすがにつらい。泳いで避けられないのは分かっているので、ここは接近戦に持っていく。

 が、どうもうまくはいきませんでした。


「ちょ、ちょっと待て?」


 オレはおどろきのあまり、その場から浮上しようとした。

 オオナマズの周りで、パチパチと電気が発する音が聞こえたのだ。

 デンキナマズでした。水の中で電気モンスターとかありえん。

 いや、海だったらそうじゃないかもしれないけど。



 魔法攻撃判定。[刹那の見切り]の効果もなし。

 素で避けられた。あぶねぇ……。

 なんでこんなのがレベル5なのか。

 ……あ、みんな釣り上げるからか。

 そりゃぁそうだわなぁ、こんな水の中に潜るって人いませんやね。

 と冷静に分析している場合じゃない。

 デンキナマズの周りの電気が、最初より激しく火花を散らしてる。


「水の中でも電気ってパチパチするのね。すごい綺麗。ロマンチック……」


 などとうっとりしてる場合じゃない。今度はマジで避けられるかどうかわからん。

 この前の戦闘で自分のLUKに裏切られたようなところがあったから、不安があるんだよ。



 魔法も攻撃魔法はファイアしかない。自然の摂理。水の中で使えるわけがない。

 素で攻撃? ゴム手袋とか電気を通さないやつならできるかもしれんけど、今のオレの装備品、[初心者用の錫杖]だ。

 とてもじゃないけど勝てる気がしません。逃げ一択。

 どこかに逃げられるような場所はないだろうか。浮上しようにも、オレの頭上をグルグルとデンキナマズが陣取ってる。


「あぁっと、どうする?」


 あたふたと周りを見渡す。

 ちょうど滝壺のところになんか妙なくぼみがあった。

 人一人がなんとなく通れるくらいの穴。


「……もしかして――」


 オレはそこへと全力で泳ぐ。デンキナマズが追いかけてきた。

 電気発射。かろうじてギリギリのところで避けられた。

 あ、これはセイエイの剣技みたいに魔法判定はされないのか。

 電気の魔法って五行だとなにになるんだろ?

 あとで調べるとして、今はそれどころじゃない。

 滝壺の妙なくぼみへと全力で泳ぐ。

 デンキナマズは泳ぎながらもチャージしていた。

 大きなエレキボール。光の速さでぶつかってきた。

 が、命中しない。


「あっぶねぇ」


 間一髪でオレはくぼみのほうへと逃げ切れた。



 くぼみの先は空洞だった。


「滝の裏にこんなダンジョンがあったんだな」


 こういう隠しダンジョンとかってレベル制限があるかと思ったのだが、そういう鳥居とか、ゲートのようなものはなかった。

 [玉兎の法衣]で常にHPが回復しているとはいえ、ちょっとやばかった。


「あれ、まともに食らってたらどれくらいだったんだ?」


 深呼吸して心を落ち着かせる。


「さてとマップは……あれ?」


 フィールドマップでは[はじまりの町の裏山]ということになっている。

 その気になれば誰でも来られるような場所なのだろう。



「…………」


 人の気配がし、オレは身を構えた。敵との間合いを示している▼はグリーンからイエローになろうとしている。

 洞窟の奥は暗闇でなにも見えない。

 目を凝らし、ジッと先を見据える。

 ぼんやりと、ランタンのようなものが暗闇の先にぼんやりと現れたのが見えた。


「ランタンじゃないな……火の玉?」


 それが怖いものと感じなかったのは、そういう魔法があるのだろうと思ったからだ。ゲームなんだしありだよなぁ。



「お嬢、お嬢」


 聞き覚えのある声が聞こえ、オレは怪訝な表情を浮かべた。


「サクラさん?」


 暗闇の先に声をかける。


「その声は……シャミセンさんですか?」


 やっぱりそうだ。オレはすこしばかり肩の力を落とす。

 暗闇の中から現れたのは、マントを羽織ったサクラさんだった。


「こんなところでなにを?」


 サクラさんが訝しげな目でオレを見る。


「アクアラングのテストで川の中に入ったんですけど、デンキナマズに追われてここまで逃げてきました」


 そう説明すると、サクラさんは頭を抱えた。


「あなたって運がいいんですか? それとも悪いんですか?」


「どっちなんですかね? まぁここまで逃げられたからいいほうじゃないですかね」


 オレは苦笑いを浮かべるしかなかった。


「それはそうと、ちょっとお嬢を探すのを手伝ってくれませんか?」


「手伝うって、セイエイのやつどうかしたんですか?」


「このダンジョンで強力なモンスターが出るという情報がありまして、その確認をしようとお嬢と何人かで探索をしていたんです。さきほど魔法が切れて暗闇になったのであらためて[ライト]という周りを明るくする魔法を使ったのですが」


「そのあいだにセイエイがどこかに行ったと?」


 応えるようにサクラさんはうなずいた。

 本当にマイペースな子だ。


「わかりました。オレも探してみます」


 さいわい周りを明るくするランタンがアイテム欄にあった。

 道具を持ち運ぶ必要がないので便利だ。


「ありがとうございます。お嬢を見つけたら連絡をください」


「了解です」


 オレはランタンに火を灯す。ぼんやりと目の前に明かりが灯り始めた。


「[ライト]の魔法覚えておいたほうがいいな」


 こういうのは多分町のスキル屋で売ってるだろうから、戻ったら確認しよう。



 さて、とりあえず勘だ。なにせはじめてのダンジョンでどこがどこだかさっぱりわからない。

 たしか迷路って右に曲がっていけばいいって、なにかで聞いたことあったな。

 ということで右手を壁に当てながら、ゆっくりと進んでいく。

 手に壁の冷たさを感じなくなる。


「右だな」


 と、右へと曲がっていく。明かりが広がったらこれ以上道はないということで、左に曲がってみる。

 それがかれこれ二十分くらい探索することになった。



 しばらく歩いていると水が滴り落ちる音が聞こえ、オレは立ち止まり耳を澄ませる。音は……左から聞こえている。


「こっちか?」


 [アクアラング]の効果はすでに切れていて、戻ろうにも一時間くらいのラグがある。

 さすがにまたあのデンキナマズの相手をする気にはならなかった。

 しばらく歩いていると、うっすらと光が見えた。

 それと同様に水が弾いた音が聞こえてくる。

 足を踏み出した時、布団で寝ていて、突然身体が落ちたみたいな感覚におちいる。

 ようするに足元が崩れたのだ。


「のわぁああああああああああっ?」


 オレの悲鳴は暗闇に飲まれていった。



「…………っ!」


 バシャンッ! と大きな音。

 下が池で助かった……とかのんきなことを考えてる場合じゃない。


「かぁぼぉっ! だぁっ! すぅっ!」


 ジタバタとオレは水の中でもがく。

 実を言うとあんまり泳げんのよ。

 まぁ泳げる人でも突然のことで動揺して泳げないそうだ。

 人間覚悟って必要なのな。

 そんなオレの手をギュッと、なにかが掴んだ。


「落ち着いて、ここ浅いから」


 ふと聞き覚えのある声。


「えっ? あ、本当だ」


「[ヒーリング]」


 そして回復魔法。なんか落ち着きました。



 落ち着いたところで状況を確認する。

 オレ、穴から落ちて池にハマッた。

 泥鰌ドジョウが出てきて……もといセイエイが出てきてこんばんわ……じゃない。

 そのセイエイの姿に、オレは目を背けるよりも頭を抱えてしまった。



「あの、セイエイさん?」


「なに?」


 セイエイはキョトンとした表情でオレを見ている。


「なんでここにいるんですかね?」


「このダンジョンで強いモンスター出るって噂を聞いた」


「それは入り口でサクラさんから聞いた」


 このマイペース娘は、自分の格好を気にしていないのか?


「そうじゃなくてだな、えっとこの池の中でなにやってたの?」


「穴から落ちて、服が濡れた。乾かしてるあいだ暇だったから泳いでた」


 うんそうだね。水の中だものね。泳ぎたくもなるよね。



「じゃなくてだなっ! というか服を着なさい。もしくは水着だぁっ! 花も恥じらう乙女が、なんで裸で泳いでるんだ?」


 そうツッコミをせざるをえなかった。

 なにせ今のセイエイは本当に、一糸まとわぬ姿なのだ。


「服が濡れるのいや。今そこで乾かしてる」


 セイエイは特に前を隠すような仕草もせず、岸のほうを指差した。

 そこでは魔法で出したと思われる焚き火と、その近くには彼女の服と下着と思われるものが干してある。

 子供ですか? 子供みたいな理由ですか?

 それは百歩ゆずる。セイエイのマイペースな性格もここまで来るともはや神レベルだ。

 だが、しかしそれでもだ。


「悲鳴くらいあげてくれ。なんかこっちが恥ずかしいから」


「いやん……これでいい?」


 本人はさほどオレに見られて恥ずかしくないのだろう。

 表情がほとんど変わってなかった。

 というか今も綺麗なお椀くらいの、形のよろしいお胸が見えてます。隠してないから乳頭も見えてる。

 下半身はさいわい水の中に隠れてるけど、角度によっては下腹部のほうまで見えてる。水綺麗すぎだ。もうすこし仕事してください。

 うん。もうね……キミの場合はなんかもう……疲れた。

 今日、色々なことがあったけど、これが一番疲れたよ。


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