第16話・エリア拡大とのこと



 新しい魔法を覚え、いざ試してみるかと思ったのだが、ナツカからの説明だと水中移動にもちいる魔法だから戦闘向きじゃないとのこと。

 そうなると、海か水の深い場所に行かないとダメなんじゃないか?

 と、ふと、心当たりがあった。ちょっとそっちに行ってみようかな。


「海に行くならそこそこレベル上げしといた方がいい。近くの浜辺でもレベルが高いから」


 毎度のことながら淡々としたセイエイの説明。


「どんだけ強いの?」


「たしかレベル15くらい」


 まぁギリギリといったところか。

 それでもまれに強いモンスターが混ざっているから、最低でも20くらいは上げといたほうがいいということだな。


「レベル上げに適した場所ってある?」


「それだったらはじまりの町の裏手にある山に行ってみるといい」


 あれ? そこってそんなに強いモンスターいない気が。

 そう聞き返そうとした時、


「このゲームにはレベル制限というのがあって、弱いプレイヤーが調子に乗ってフィールドの奥に行かないように、ある程度のレベルに達していないと通ることができないエリアがあるんです。今のシャミセンさんだったら裏手の山の奥地までは行けると思います」


 とビコウが口を挟んだ。


「初期の頃は設定されてなかったんだけど、新しい場所ほど危険だってのが先人の教えでもあるからね。無茶してデスペナを頻繁にするとクソゲーだとか言ってゲームをやめる人もいるから、仕方なく入れられたシステムなのよ」


 ナツカがビコウの説明に補足を入れる。

 まぁオレはそういうのは気にしないから大丈夫だけど。


「そうか。それじゃぁ行ってみるよ。できれば誰かが案内してくれるとありがたいのだけど」


 場所がわからない以上、そう聞くしかないんだけど。



「あ、ごめん。私これから書類の整理しないと」


 とナツカ。


「ありゃ、そうか」


 リアルに用事があるなら呼び止めるのも悪いな。


「わたしは学校の宿題があるから落ちる」


「わたしもちょっとこれから用事がありますので」


 最初はセイエイ。その次がビコウだ。

 二人とも用事があるのなら、これ以上呼び止めるのは無粋だな。

 しかたない、一人でどうにかしますか。



 〆 〆 〆 〆 〆 〆 〆 〆 〆 〆



 リアルでは現在夜の八時。それなのにゲームの中は周りが日が昇っていて明るい。気をつけないと感覚が昼夜逆転しそうだ。

 さて、オレはあれからはじまりの町の裏手にある山の中腹に来ていた。

 道の先にゲートと思わしき鳥居がそびえたっているのが目に入る。

 その前を何人かのプレイヤーが集まっていた。


「どうかしたんですか?」


 オレは無造作に、一人のプレイヤーに声をかけた。

 見た目は金色の髪をサイドに巻いている、中学生くらいの少女だった。


 ◇マミマミ/Lv5


「えっと、鳥居をくぐって進めないんです。インフォメーションではレベルが低いって」


「あぁ、なんでもこの先はそのレベルじゃないと進めないようになっているみたいですよ」


「そうなんですか?」


 オレの説明を聞いてキョトンとしているマミマミ。

 オレもついさっき知り合いから聞いたばかりなのだけど。


「うーん、でもそんなにゲームする時間がないしなぁ」


「無理にレベルを上げて攻略はしなくてもいいんじゃないですかね? このゲームはエンディングがあるっていうわけではないみたいだし、のんびり生産ライフなんてのも乙なものです」


「そうですね。それじゃぁもうすこしレベルが上がったらまた来てみます……あのフレンド登録しておいていいでしょうか?」


 そう言われ、特に断る理由なし。



「シャミセン……もしかしてこの前のイベントで二位になった?」


「っ? ええ、まぁそうですけど」


「あぁ運が良かったなぁ。試合面白かったです。法術士なのに素手で攻撃するなんて。しかもそれが決定打になるなんて」


 なんともまぁ、よほどに予想外な戦いだったんだろうな。

 マミマミの職業も見ておく。魔銃士というちょっと聞き慣れない職業。どうやら同会社の別ゲームからコンバートしてきたらしい。


「それじゃぁ、私は失礼します」


 マミマミは深々と頭を下げ、その場から立ち去っていった。



「さてと、行ってみますか」


 オレは意を決して鳥居をくぐった。

 視界が一気に真っ白になり、徐々に良くなっていく。

 周りは左程変わらない山道だった。

 うしろを見ると鳥居があり、その先が見えない。


「マヨイガか?」


 本当にそんな気持ちだった。

 この世とあの世の境目にあるような場所。

 ゲームだけどレベルの低い人には到達できない場所ということだ。


「これだと[熊蜂の蜂蜜]は簡単に取れそうにないな」


 とオレは頭を抱えた。



 ……途端、オレはゾッと背筋を凍らせる。

 そしてレベルが低いと入れないという理由をイヤというほど理解した。



 ◇[魔熊]/Lv10/属性【木】

 ◇[魔熊]/Lv12/属性【木】

 ◇[藪蛇]/Lv11/属性【木】

 ◇[藪蛇]/Lv10/属性【木】

 ◇[藪蛇]/Lv13/属性【木】



 各二種類のモンスター。平均してだいたいレベル11。

 倒せないわけではないが、警戒はしておく。


「きしゃぁあああああああっ!」


 魔熊Aの先制攻撃。

 それを[刹那の見切り]で避け……られなかった?


「まさか魔法持ち?」


 オレはそれをもろに受ける。HPが5くらい減った。

 [玉兎の法衣]の効果で回復する。

 最大HPの10%だから、回復量は3。ちょっときつそうだ。


「ファイアッ!」


 オレはすぐさま魔法で反撃。錫杖から放たれた炎が魔熊Aを包み込む。


「おごぁッ!」


 魔熊が悲鳴のような咆哮を上げる。

 HPを見ると大ダメージを食らっていたようだ。

 どうやら弱点属性によるものらしい。火は木に強いってことか。

 魔熊だけではなく、木属性のモンスターは、その炎にたじろんでいるのか、あたふたとしている。

 そのあいだに[玉兎の法衣]の効果でHP回復。

 現在HP30のフル状態。


「くそっ! 一撃じゃやっぱりダメか……っく?」


 気付いたら三匹の藪蛇に噛まれていた?

 [玉兎の法衣]の効果で常に回復してるけど、なんか……すごい眠気が……。

 ステータスウィンドゥを確認する。

 …………紫になっていた。


「や、べぇ……毒喰らってる?」


 いや、それだけじゃない。

 毒・麻痺のステータス異常も入っていた。

 [玉兎の法衣]の効果では常にHPは回復する。

 だけど状態異常はワンターンにつき、一定の確率で回復するとなっている。

 ちょっと待て? オレたしか今、LUKって145だよな?

 [水神の首飾り]の付加を加えても、結構高いはずだぞ?

 それがどういうわけか、ステータス異常の回復がされない。


「くそ、動けねぇ」


 ほとんどレベル10以下のモンスターしか相手にしたことがなかった。

 だからこそわかる。目の前のモンスターは、しっかりと役割分担をしているということに。


「がはぁっ!」


 魔熊の無情な攻撃。

 しかもこいつら、そのモンスター自体が魔力を帯びているから[刹那の見切り]がまったく通じていない。

 HPは常に回復する。だからこそ……つらかった。



 毒によるダメージ。

 魔熊二匹による二重の攻撃。

 それを【玉兎の法衣】による自動HP回復によって、延々と続いている。



「なんだよ、このエンドレスターン」


 HPが減っては増え、減っては増えを繰り返す。

 そうしていくうち、徐々に回復が間に合わなくなる。

 次第にHP回復がダメージ量に追いつけなくなっていた。

 とうとう残りHPが3になる。

 回復で6……ダメージで2……回復で5……ダメージで1……回復で4――――0。

 プツンと、オレの視界すべてが闇に落ちた。



 ……気が付くと、オレははじまりの町にある宿屋のベッドに横たわっていた。


 ◇デスペナルティにつき、これから24時間の行動制限をします。


 ステータス横には23:58という赤い文字で時刻が出ている。

 今は夜の八時半だから、だいたい明日の同時刻まで身動きがとれないということになる。

 どうやら主にモンスター退治などには出られないようだ。



 初めての完全敗北。まぁ特に気にはしない。

 所持金が半分ほど消えたが、あらかじめこうなることを予想してビコウに五万Nほど預けていたのだ。

 こういうのは信頼がないとできない。信頼はしているし、あの訳の分からないステータスのビコウだ。

 たぶんプレイヤーキラーにやられるなんて想像ができない。

 アイテムを確認するとそちらは減っていなかった。

 どうやらプレイヤーキラーからは盗まれるようだが、モンスターからは取られないようだ。



「くそっ油断したっ! っていうかちょっとやばいぞ」


 自分のVITの低さを甘く見てた。

 装備品による増加があっても40にも満たない。

 ほとんどLUKによる付加で、モンスターの攻撃を避けられるという運任せだった。

 でもここですこし違和感を持つ。


「いくらなんでも強すぎないか?」


 鳥居をくぐるにはプレイヤ-のレベルが10に達していなければいけない。ということはそれでも工夫次第では攻略できるということだ。今のオレのレベルは15。十分攻略できるレベルに達している。

 それなのに一方的に負けた。

 遭遇したモンスターは連携ができていた。

 魔熊が自分に注意を向け、藪蛇の存在をオレの意識から消す。

 ソロだからこそ、いやこういう対峙するRPGだからこそ見落としがちなことだ。

 だからこそ……くやしい。

 ゲームだからとかじゃない。こう一方的に負けるのがくやしかった。

 なにもできず、無様に負けたことが、自分の運の良さを過信していた自分を……ぶん殴りたいほどにくやしかった。



 † † † † † †



 ここは[星天遊戯]を製作、並びにサーバー運営をしているゲーム会社[セーフティーロング]の日本支部。

 ここでは毎日、日本サーバーにおけるゲームのアップデートやメンテナンス、イベントシナリオの整理が行われている。

 今は一ヶ月後に開催される大型アップデートに合わせたイベント『四龍討伐』のチェック中であった。


「おい、はじまりの町の裏山の、レベル10から入れる制限場所のシステム管理をしてるの誰だ?」


 一人のスタッフが、誰に聞くわけでもなく慌ただしい口調でたずねる。


「たしか夢都むつさんじゃなかったっけ?」


「どうかしたのか?」


 製作者たちは手を動かしながらも耳をかたむけている。


「さっき、プレイヤーがデスペナルティを喰らった。その山のプレイヤーレベル10から入れる山道の先でモンスターにやられたようだ」


「誰がやられたんだ?」


「シャミセンだ」


 それを聞くや、その場にいた全員がギョッとする。


「ちょ、ちょっと待て? ありえんだろ? たしかあのプレイヤーは[玉兎の法衣]の効果で常にHPが回復しているはずだ」


 シャミセンの噂は運営にまで広まっており、すこしばかり目をつけていた。


「まさか、モンスターからのダメージが回復を上回っているというのか? いやそれでも彼の高いLUKなら避けられていたはずだ」


 すぐさまその様子がモニターに映し出された。



 その映像を見るやスタッフは呆然と、既遂の状況を見る以外、選択肢がなかった。

 シャミセンだけではない。彼同様に初めて鳥居をくぐったレベル10を達したプレイヤーが、一方的にやられており、身動きがとれないでいる。

 VRゲームの真の恐ろしさは、プレイアブルキャラクターのステータスの高さではなく、それを動かすプレイヤーの心理に依存していることだ。

 つまり目の前に恐怖があれば、プレイヤーの脳がそれに怖れ、足がすくみ動けなくなる。

 レベルの差ではない圧倒的な【恐怖】。ゲームにしろ殺されるという【恐怖】というシステムではどうすることもできない隠しパラメータ。

 それはまるで野生の熊に殺される登山者のように無抵抗だった。



「おい、急いでデバックしろ。というかモンスターのステータスを再確認だっ!」


 すぐにプログラマーのパソコンの画面がプログラムと16進数の数字列に切り替わった。

 画面の角には『MAP_FIRST_TOWN_LEVEL_10』と表示されている。


「出ました。[魔熊]……STR――5A? VIT3C、AGI18……」


 ステータスの数字は16進数で表示されている。

 普段私たちが使う数字は10進数であるため、それに直すと、順に、[STR90]、[VIT60]、[AGI24]となる。


「待てっ! どんだけデタラメなんだ? そんなのにレベル10のプレイヤーが勝てるわけがない」


 いな、下手をすればレベル40以上のトッププレイヤーでも太刀打ちできるかどうか。…………


「おいっ! 夢都さんを呼べっ! どういうつもりか知らんが、これが本社の孫社長に知られたら大変なことになるぞ」


「イベントシナリオの他国翻訳の整理は後に回して、他のレベル制限フィールドのデバッグと調整をしてくれ。今こんなデタラメなデータをそのままにしていたら、デスペナルティが相次いて大変なことになる」


 チームリーダーにそう命じられ、プログラマーの何人かで、はじまりの町の裏山のみならず、レベル制限がされているフィールドに生息しているモンスターすべてのステータス調整をおこなった。

 まず、そのフィールドに出没する最低レベルのモンスターを基礎レベルのステータスとして調整する。そうすることで他の同じモンスターはレベルによる変化のみで調律される。


「くそ、数が多い。すみませんリーダー。現在ログインしているプレイヤーをログアウトしてください」


「やむをえまい。プレイヤー各自に『ゲームに不具合が発見され、これから緊急メンテナンスに入ります』とインフォメーションメッセージを送ってくれ。五分後に強制ログアウトだ。メンテナンスが終わったら全員に回復薬の譲渡をしろ。もしボス戦で回復薬を使っていたと考えて、ポーションを十個に加えてくれ」


 チームリーダーにそう言われ、プログラマーが作業を始める。

 デバッグ作業は、その日一日以上を費やすほどだった。



 チームリーダーの読みは正しかった。

 その場所で運良く逃げられたプレイヤーもいたが、百人が挑戦して、無事に戻ってきたのは一割にも満たさなかった。

 この一連の騒動を、あまりにも理解不能な、奇っ怪な事件として、ゲーム情報を交換しあっている掲示板では炎上のように盛り上がっていた。

 この日のことを鮮明に覚えているプレイヤーたちは、口々に『魔の日曜日』と述べたという。


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