第15話・玉女穿梭とのこと



 セイエイに引きずられるように連れて来られた露店に近い古びたお店のショーウィンドウを見て、すこしばかりおどろいた。

 飾られている防具のほとんどが、魔術系の職業プレイヤーが着ているような衣装が飾られているのだ。


「ここ法衣専門の鍛冶屋」


 布製品なのに鍛冶屋とはこれいかに。

 まぁ装備品を鍛えているという意味では、鍛冶屋でも合っているんだろうな。

 店の名前は『玉女穿梭ぎょくじょせんさ』というようだ。

 はて、どこかで聞いたような……。


「ここのマスターに話は通してる。シャミセンだったらもしかしたら[うさぎの毛皮]持ってると思った」


 のんびりとした子だなと思っていたが、頭はいいほうなんだろうな。

 オレの幸運値LUKなら敵からドロップしていると思ったのだろう。

 よく考えたら[火の法衣]も買ったんじゃなくてドロップ品なわけだしな。


「足りない材料があればわたしが出す。というか捨てたい,,,,


 はて、どういうことでしょうか?


「なんか三日に一回、上位プレイヤーには恩恵としてステータスをひとつ上げることができるアイテムがプレゼントボックスに入ってくる。今はこれといって強いモンスターがいないから、ほとんど宝の持ち腐れ。だからシャミセンに渡そうと思った」


 あ、そういうことだったんですか? それならそうと言ってくれればよかったのにと思ったのだが、彼女が人と喋るのが苦手というのを、ビコウや他のフレンドプレイヤーとの会話でなんとなくわかっているつもりだった。

 周りもそんなセイエイの性格を知っているようで、単刀直入といった感じであまり難しく遠回りな言い方をしていなかったし。


「トッププレイヤーもそれなりに大変なんだな」


 応えるようにセイエイはうなずいてみせた。

 ちなみにステータスを上げることができる、いわゆる『クリスタルシリーズ』というアイテムは露店などで売ることはできないらしい。

 誰かに渡したり、鍛冶や錬金のアイテムにすることは可能とのこと。

 トッププレイヤー間におけるレベルひとつの差で違うというのは、こういうのが無償でもらえるので、これを使ってより強く成長させているからだということがわかった。



 店の中に入ると、法衣を羽織った男性がレジカウンターに坐っていた。

 それ以外に、店の中にいる客はオレとセイエイだけ。


「いらっしゃい、待っていたよ」


 オレたちが入ったことに気付いたのか、店主がジッとオレとセイエイを見ている。

 声からしてすこし渇いた男性の声だった。

 あれかな、渋い老人のような声。


「マスター、約束のアイテム用意した。[火の法衣]の熟練値もかなり高いと思う」


 セイエイがマスターと呼んでいる男性店員(?)に話しかける。


「えっと熟練値って? そんなのステータス画面にないけど」


「あんた、もしかしてこのゲームは初めてなのかい?」


 店主にこれをかけられたオレは、素直にうなずく。

 そういえばまだ初めて一週間も経っていなかった。

 周囲とフレンド登録したプレイヤーがトッププレイヤーすぎて自分がまだこのゲームのルーキーだったことを忘れがちになる。


「装備欄の時、装備品を押し続けると熟練値が出てくる。日本語の攻略サイトにも載ってる」


 セイエイの説明を聞き、ためしに言われたとおりやってみた。



 ◇火の法衣/【防具】/ランクR/VIT+10

  ・炎系攻撃を一定の確率でレベル/VIT%に軽減できる。

  ・また炎に関する罠や、自分や仲間の炎系魔法を受けた場合、その炎を一定時間まとうことができる。

  ・その場合の攻撃力は+レベル/VITとなる。

 ◇火の法衣/熟練値100%



「うわ、[火の法衣]の熟練度がマックスになってる?」


 確認してみて一番びっくりしているのは装備しているオレだった。

 そういえば蜂蜜を手に入れる時は他の虫モンスターから邪魔されないように、法衣にファイアや火鼠の牙をぶつけて、魔法効果で虫除けにしていたんだっけ?

 それが熟練度にプラスされていたんだろう。

 知らないうちに育ててたのな。


「ほう、熟練値はマックスか。それとセイエイから話を聞いているが[うさぎの毛皮]をかなりもっているようじゃないか。あんた[ミントクリスタル]は持っているかい?」


「ミントクリスタル?」


 しかし今日は知らないことばかりだな。

 まぁ運営からのDMダイレクトメールをまったくといって読まないオレが悪いのだけど。


「[ミントクリスタル]はわたしが出す。いくつくらい必要?」


「そうさのう……知能値INTの数字にもよるけど、だいたいレベルひとつにつき一個かな」


 セイエイの質問に、マスターがそう応える。

 どうやら装備品にはランクがあるらしく、鍛冶で鍛えることでランクが上がるそうだ。


「それじゃぁマックス。レベル5までならミントクリスタル五個で大丈夫?」


「ほう、どうやらかなりこの人を気に入っているみたいだねぇ。セイエイがこんなに積極的になるとは思わなんだ」


 店主がからかっているようで、セイエイは表情を変えないが、恥ずかしいらしく顔をうつむかせた。


「この前取ってきてほしいって言ってた[火蜥蜴の尻尾サラマンダーテール]があとひとつなんだけど……全部破棄しようか? あれ結構取るの大変だし、売るとかなりお金が入る」


「わ、わかった。からかってすまない。それだけはやめてくれ。依頼しようにも火蜥蜴サラマンダー自体が討伐レベル高くて誰もしようとしないんだから」


 マスターが慌てた表情を見せる。

 というより、オレ、完全に蚊帳の外なんですけど?



「っと、それじゃぁ[火の法衣]と[うさぎの毛皮]をこっちに渡しな。新しい法衣にしてやるよ。それからちょっと聞くがあんちゃん?」


「な、なんでしょうか?」


「セイエイとはどこで知り合ったんだい?」


 オレは素直に今日のイベントでと答える。

 それを聞いてマスターは目を大きく開き、オレを隅々まで見る。


「そうかい。どうやら噂どおりのプレイヤーのようだ」


 いったいどんな噂が流れているんだろうか?


「そうだな、できるだけ急ぐが、早くて今日の朝方だな」


 遅くないです。というか速いと思います。


「わたし、明日の午前中は用事があってログインできない。だからあなたが一人で取りに来て」


 セイエイはそう言うと、粒子となって消えた。

 フレンド登録をしたプレイヤー一覧を見ると、全員の名前がグレーになっている。

 時間はもう午前様だ。


「そういえば[ミントクリスタル]は?」


「あぁ、あの子から前もってもらっているよ。まぁ十個もらった時はおどろいたけどね」


 結構頻繁に利用してるのなと思いながら、オレは店主に[火の法衣]と[うさぎの毛皮]をマスターにわたした。


「足りない場合はどうしたら良いですかね?」


「いや、一度品を作り上げたら、あとはクリスタルでなんとかなるよ」


 あ、だから『クリスタルシリーズ』は、セイエイみたいなトッププレイヤー以外には課金専用なのかと納得。

 ようするに鍛冶における装備のレベルを上げるのは、なにもアイテムでなくても、クリスタルで事足りるというのだ。

 もちろんアイテムでも可能らしいが、レアアイテムは取りにくいため、鍛冶で作り上げた装備品はあまりレベルが高くないとのこと。

 逆にクリスタルのほうが効率がよく、より強く仕立てられるらしい。


「それじゃぁおねがいします」


 オレは装備品から[火の法衣]をはずし、代わりに[初心者用の法衣]を装備し直す。

 INTが減ったが、それも今日一日、新しい法具が完成するまでだ。

 後はマスターにまかせて、オレもゲームをログアウトした。

 ……あ、鍛冶の依頼金を聞くの忘れていた。



 翌日、夕方四時ごろ。

 星天遊戯にログインしたオレが最初に確認したのは、インフォメーションメッセージだった。



 ◇フレンド以外からのメッセージを遮断しました。

 ◇ビコウさまからメッセージが届いています。

 ◇ナツカさまからメッセージが届いています。

 ◇セイエイさまからメッセージが届いています。

 ◇プレゼントボックスにアイテムが届いています。



 という報告。フレンド以外はおそらく『玉女穿梭』の店主からだろう。


「フレンド登録しておけばよかったな」


 とはいえ、用事があるとすれば『玉女穿梭』の店主くらいだろうと思い、ギルド会館へと向かった。ビコウたちのメールは後で確認しよう。



 ……と、その必要はなかった。


「あ、やっときた」


 『玉女穿梭』の前にビコウとセイエイ、ナツカの姿があり、オレに気付いたビコウが手を振る。

 一緒にいるナツカは学校のセーラー服みたいな格好にメガネをかけており、セイエイは昨夜ゆうべ見た時と同様、ゴスロリファッション。ただし今日は紅白だった。

 討伐やイベントの中休み中は、いつでも出られるようアーマードレスを着ているそうだが、普段はこういう少女チックな服を好むらしい。



「えっと、なんかさっきメッセージが来てたんだけど」


「読む必要はないですよ。キミの新しい防具を見に来たわけですから」


 それでもメッセージを確認する。

 ビコウとナツカの二人は、オレが新しい法具を仕立ててもらっていることをセイエイからメッセージで聞いたのだという内容だった。


「まぁ、ここのマスターなら最高の法衣に仕立ててくれるさ」


 ナツカがジッと俺を見つめる。


「ところで[水神の首飾り]は? もう装備したの?」


 と詰め寄ってきた。


「いや、まだだけど?」


 俺はプレゼントボックスからアイテムを取り出す。



 ◇【水神の首飾り】を手に入れました。



 とアナウンス。

 早速装備してみる。



  ◇装 備

   ・【頭 部】

   ・【身 体】初心者の法具(I+2)

   ・【右 手】

   ・【左 手】初心者用の錫杖(I+3)

   ・【装飾品】【女王蜂のイヤリング(L+10)】

   ・【装飾品】【水神の首飾り(L+20(+9)】



 というステータス。これでLUKは基礎で105、装備品の30+αということになった。


「えっと、[水神の首飾り]の付加はLUK/レベルだから、135/15で+9になるんだな」


「基礎どころか装備品追加でLUKが144。レベル詐欺にもほどがあるわ」


 とあきれた表情のナツカさん。

 オレもまさかここまで運良くLUKが育ってくれるとは思わんかった。


「マスターからメッセージが来てた。シャミセンにメッセージ送ったら受信拒否されていたって」


「あ、やっぱりマスターからだったか」


 セイエイの話では、仕立てていた法衣が最高レベルで完成したとのこと。


「あと信じられないことが起きたって」


「信じられないこと?」


「なんか予想してなかったことが起きたらしい」


 いったいなんだろうか?



「おう、やっときたな。というかお前どんだけLUK高いんだ。オレもけっこう法衣を作ってきたが、こんな形になるとは思わなかった」


 『玉女穿梭』に入るや、店主が慌てた様子でオレに声をかけてきた。


「セイエイから聞きましたけど、どういうことですか?」


「どうもこうもねぇ。こんなにレベルが最高状態で上がるとは思わなかったぜ」


 興奮気味に店主は手に持った、折りたたまれた法衣をオレに渡した。



 ◇[玉兎ぎょくとの法衣+5]を手に入れました。



 とアナウンス。さっそく調べてみた。



 ◇玉兎の法衣+5/【防具】/ランクSR/I+20 VIT+30 LUK+10

  ・昔々、地上に落ちた月のうさぎの毛皮を施した法衣。

  ・これを着ているだけでワンターンにつき、現段階のLUKに対して、一定の確率で瀕死、死亡以外の状態異常を自動で回復することができる。

  ・また常時最大HPの10%ほど回復する。



 装備品の名前の横に記されている数字は、鍛錬した回数らしい。


「玉兎の法衣か。これってたしか課金じゃないと手に入らないんじゃなかったっけ?」


「いや仕立てることも可能さ。でもここまでいい状態で仕立てられるとは思ってもいなかった。あんた本当に運がいいよ」


 作り上げた法衣のステータスがあまりにもすごいらしく、ソレに関しておどろいているナツカと店主。

 ビコウもオレを羨んだ目で見ていた。

 一人無反応なセイエイ。……だと思ったのだが、


「すごい」


 と一言だけ。

 もうすこし顔に変化をください。



「あ、マスター。仕立ててもらった時の依頼金だけど」


「あぁ、それなら大丈夫。先にセイエイからもらってるから」


 セイエイって、見た目ぼんやりしているようだけども、意外に手廻しがよろしいようだ。


「でもそういうわけには」


「うん、それじゃぁ言うけど」


 せっかくセイエイが依頼料を払おうとしているのに、年上だとかそういう理由で彼女の厚意を渋ろうとしているオレに、店主は人差し指と中指を二本立て、手の甲を向けるように見せた。

 そのかたちがなんかちょっと卑猥だ。


「えっと、二万ですか?」


「バカなことを言っちゃいけねぇぜ。総額で二十五万だ」


 それを聞いて、気持ち的に卒倒しそうになった。


「に、二十五万? マジですか?」


「仕立てた法衣が本来なら課金でしか手に入れられない高級品だ。その仕立て一回につき五万。五回鍛錬しているから合計で二五万だな」


 内心、聞かなければよかったと思った。というかどんだけ金持ちなんですか? セイエイさん?


「大丈夫。五万くらいなら[バッファローの大角ビッグホーン]を売ればすぐに貯まる。二十五万なら大体五十匹くらい倒せばいい。というかお金そんなに持ってても意味ないし、相手にするのが面倒」


 多分、彼女のレベルなら強い装備品がなくても、基礎ステータスでココらへんの敵なら倒せるだろうし、回復もサクラさんが担当していて回復アイテムはほとんどMP回復のやつだけだろう。

 お金を狙ってプレイヤーキラーにやられる。というよりやり返すと言ったほうがいいかもしれない。


「仕立てによる依頼金が無料ただ。クリスタルも人から譲渡してもらうって、どんだけ運がいいんだか。ちょっと脅威に感じてきたわよ」


 ナツカの言うとおり、もう自分でもこの運の良さが恐ろしく思えてきた。


「恋華、あんたこの人が気にいったのはいいけど、あんまりやり過ぎないようにね。こういうヒモ、、に尽くすような子になっちゃダメよ」


 ビコウがそんなことを言ってるが、言われているセイエイはキョトンと首をかしげている。

 ってかヒモってなんだ? ヒモって。



 【シャミセン】/【職業:法術士】/4903N

  ◇Lv/15

  ◇HP:30/30 ◇MP:20/20

   ・【STR:14】

   ・【VIT:9】

   ・【DEX:19】

   ・【AGI:13】

   ・【INT:10】

   ・【LUK:105】



  ◇装 備

   ・【頭 部】

   ・【身 体】玉兎の法衣+5(I+20 V+30 L+10)

   ・【右 手】

   ・【左 手】初心者用の錫杖(I+3)

   ・【装飾品】女王蜂のイヤリング(L+10)

   ・【装飾品】水神の首飾り(L+20(+9)


 ◇体現スキル

  ・忍び足

  ・蜂の王

  ・武闘術者


 ◇魔法スキル

  ◇取得済魔法スキル

   *回復補助系魔法スキル

    ・ヒール

    ・キュア

   *攻撃補助系魔法スキル

    ・ファイア

    ・チャージ

    ・テンプテーション


 ◇魔法スキルストック

  ・【ヒール】・【ファイア】・【チャージ】・【キュア】

  ・【*ステータスが達していません】



 というステータスだ。ちなみに[水神の首飾り]の付加は現在+9となっている。


「おぅ、似合ってる」


 [玉兎の法衣]を装備したオレは、ぐるっとその場で一回転。

 マントがひらりと舞っている。

 背中の、金糸で縫った月とウサギがなんとも可愛らしい。


「お、男の子が着る法衣じゃないけどね」


 ナツカがかけていたメガネを人差し指で整えながら、笑いをこらえている様子。まぁ見た目より実用性ですよ奥さん。


「これで魔法もひとつは覚えられる」


 セイエイは虚空にウィンドゥを表示し、なにか作業をしている。


「……ん? あぁ了解」


 今度はナツカがなにか手を動かしていく。


 ◇ナツカさまからプレゼントが送られました。


 というアナウンスが聞こえ、オレはプレゼントボックスを開いた。


 ◇【アクアラングの書】がナツカさまから送られました。


「[アクアラングの書]か……これってどんな魔法だ?」


「水中でも自由に動ける魔法。十分の制限がある」


 いつものようにセイエイは淡々とした口調で説明する。

 制限付きだけど十分は意外に長いな。


「いちおうアイテムでもおなじものがあるにはあるけど、その魔法はMP消費が2%だから、利便性があるし、魚モンスターを倒す時に便利なのよ」


 つまりこれからは地上じゃなく、水のモンスターとも戦わないとキツいってことになるんだな。

 成長させるためにも必要ということか。

 オレは早速、[アクアラングの書]を読んだ。


 ◇【アクアラング】を覚えました。


 ……らしい。まったく覚えたという実感がないけど。


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