第13話・第一回イベント後半戦とのこと



 夜九時。ゲームにログインしていた上位三チームのメンバーは、それぞれ別のところにいても、運営……つまり神の力によって別のサーバーに飛ばされていた。

 飛ばされた場所フィールドは深紅に染まった街だった。石畳の溝が赤く染まっており、街の雰囲気も鬱蒼とした気持ち悪さがある。

 …………血。

 それが最初の感想。人間が襲われたのか、はたまた獣たちが狂い獲物の血をこぼしたのか、よくわからないがそんな雰囲気。


「赤はドイツ語でロートrotといいますから」


 オレの隣に立っているビコウがそう言う。


ロートロードをかけたっけか」


 フィールドマップに目を配ると、オレとビコウ、ケンレン、テンポウの現在位置を示すポイントは四つとも一箇所に集まっており、そのポイントは赤で表示されている。

 他にも別のところに青と緑で出されており、その二色のチームもオレたちと同様、色別に集められていた。

 どちらかがナツカとセイエイのチームだということになる。



「場所的に一番近いのは緑のチームか」


 オレたちがいる場所は街のマップから南に位置する聖堂がある場所だ。それから二キロほど離れた場所に緑のチームがいる。



 ◇ゲーム開始まで、残り【三〇】秒です



 というアナウンス。


「さてと、そろそろ覚悟決めておかないとなぁ」


 オレは腕を伸ばし、ギュッと武器である[初心者用の錫杖]を握りしめた。


「ちょっといいかな?」


 ビコウに呼びかけられ、オレは彼女を一瞥する。

 テンポウとケンレンも同様にビコウを見ている。


「ゲームが始まったら、三人はまず聖堂の中に入って守備固めを。わたしは[ステップダンス]で、赤と緑がどのチームの色なのかを調べてみる」


 ビコウの提案にオレはすこし心配になった。


「相手が警戒とか察知があるスキルを使っていたらどうするんだ?」


「それは大丈夫。[火眼金睛かがんきんせい]という、遠くを見渡すことができる体現スキルを持っていますから、一キロ先までなら、余程のことがないかぎりは見つからないと思いますし」


 一キロ先まで見渡せるというのは、詮索するさいには有利なスキルだとは思う。


「いや、待ってくれ。オレはその提案に同意できない。ここはビコウがいてもらったほうがいいと思う」


 オレはビコウの提案を否定した。

 いや否定したほうがよかったのだ。

 イベントの中休みハーフタイムの時、商店街で彼女たちが見せた魔法を考えれば……。


「ど、どうしてですか?」


 ビコウがおどろいた表情を見せる。

 もちろん偵察という案自体は賛成だ。

 だけど、ここはビコウにいてもらったほうがいい。

 その考えはすぐに、オレをふくめて、ビコウたちにも理解できた。



 ◇ゲーム開始【五】秒前



 【四】【三】【二】【一】



 【決勝戦スタート】



 ブザーとともに、アナウンスが後半戦スタートの合図を告げる。

 その一瞬後だった。



 オレたちを中心に、大爆発が起きた。


「くぅううっ?」


 突然のことで、オレたちはなにもできなかった。

 HPがありえないくらい減る。19くらい。一気に残り6になり、バーは赤くなっている。すぐにアイテム欄に高級回復薬を使い、ビコウたちにもトレードで渡した。


「これって爆発魔法……セイエイ?」


 ビコウは咄嗟に上空を見渡した。敵との間合いのレベルを表示している▼はイエローとレッドで点滅している。


「…………」


 目の前のセイエイが印を組み、詠唱を始めている。



 ◇セイエイ/Lv:44/【魔剣士】

 【STR↑(残り04:43)】

 【AGI↑(残り04:42)】

 【貧乏神】



 敵ステータスを見ると、職業に[魔剣士]と出ている。

 通常攻撃に魔法の効果を詠唱なしでつかえる職業。

 しかもかなりの上位魔術も長けているのか、詠唱が普段オレが使っている補助魔法とは比べ物にならないほどに継続時間が長い。

 多分、オレが取得した[チャージ]も重ねているのだろう。



「もしかして、ゲーム開始前から詠唱してたりして?」


「よくお気付きで。ビコウさんが偵察で十秒ほどいなくなると思っていましたが、なるほどあなたが呼び止めていましたか」


 フードを被ったマントの女性がそう応える。


「ビコウがいなくなって戦闘力が減ったところを狙っていたということか」


 オレの考えが当たっていたのはいいとして、さすがにこれは奇襲すぎる。



「はぁあっ!」


 ビコウが武器である金箍棒を振り回し、セイエイに襲いかかった。

 魔法の詠唱中、動くことはできない。


「[水竜神リヴァイアサン]ッ!」


 蛇のような大きな召喚獣が出た。……というわけではなく、大波が吹き荒れ、ビコウを飲み込んでいく。


「くっ!」


 仲間のHPも管理することができ、最初に受けた攻撃にさきほどの魔法を受けたのだが、ビコウのHPはいまだに不明だ。

 だから危険なのかどうなのかという判断ができない。



「ここは一時撤退するぞ」


 そう提案するが、テンポウとケンレンは険しい表情を見せている。

 二人の目の前には戦士系プレイヤーが二人、ケンレンたちと対峙するように刃を向けている。

 それと同時に魔法の詠唱。そのあいだに攻撃を加えることも可能だが、[チャージ]と違い、普通に魔法を使う場合は詠唱し、放つまでMPが減ることがない。

 つまり攻撃を仕掛ければ手に持った刃で反撃されるという瀬戸際だ。


「てあぁああああああっ!」


 大波に飲まれていたビコウが三つにわかれた棒を振り回す。チェーンの長さは遠くまで飛ばせるのか、まるで無尽蔵だが、攻撃範囲どうなってるんですか?

 その金箍棒の先が戦士系プレイヤーの腹部に当たり、ダメージを食らったのと、突然の奇襲に、戦士系プレイヤーは身を悶絶させている。



 それを見てすこし違和感。

 攻撃を受けたのが予期せぬことだったとはいえ、ダメージくらい過ぎじゃないか?

 ビコウのSTRが基礎で44。武器で+10だから55だ。

 VITが高く、STRをまさっていればダメージはそれだけ低減される。

 倍以上違っていればノーダメもありえるだろう。

 だからこそ、この反応に違和感がある。

 とても上位チームのメンバーだとは思えない。


「彼らはたぶん一時的にチームに入っただけだと思います。レベルはシャミセンさんより高いかもしれませんが、それでも上位といえるレベルではないと思います」


 オレの横に陣取ったビコウにそう言われ、オレは目の前の、戦士系プレイヤー二人のレベルを見る。



 ◇鎌々/Lv:25/【戦士】

 ◇マサマル/Lv:29/【戦士】



 セイエイのレベルは、前に聞いていることがまだ通じるなら[レベル44]。

 問題はフードを被った魔術系職業の女性。

 一番うしろを陣取っているせいか、近寄らない以上、彼女のレベルが見えない。

 しかもなにかとんでもなく長い詠唱をしております。


「くそっ!」


 オレは魔術師のほうへと走っていく。さきほどの奇襲で[火の法衣]の効果が発揮されている。時間にして残り三秒。それが切れたと同時に[火鼠の牙]で同じことをする。もしものことを考えて持てる分だけ持っておいてよかった。


「……っ!」


 法術士が接近戦を持ち込んだことがやはり珍しいらしく、マントの女性は顔には見えないが、おどろいた空気を出している。

 いや、奇襲をしたのはあなたたちもだけどね。

 [武闘術者]のスキルでSTRが増えている。ただ実を言うと13/13であまり増加しません。まさに宝の持ち腐れ。

 INTが高かったら、結構使えるんだろうなぁ。

 なので完全に素のSTRで攻撃しないといけない。



 突然、敵プレイヤーとの間合いがレッドゾーンに入ったという警告音が鳴り響く。


「……[火炎行燈]」


 炎を宿した双剣を手に、セイエイがオレに襲いかかっていた。

 それをオレは、本当に既のところで避けた。

 [刹那の見切り]が生きたのだ。

 これに関してはセイエイも予想していなかったらしく、おどろいた表情を見せる。あ、別に朴念仁ってわけじゃないのな。


「はぁっ!」


 ビコウが金箍棒を振り下ろし、セイエイに攻撃をしかけた。それをセイエイが受け止め、反撃にかかる。

 二対一だが、実際はビコウとセイエイの一騎打ち。

 オレはすぐにマントの女性に意識を向けた。


「魔法効果そろそろ切れるな。今度はさすがに魔法を使うか」


 だがそれではマントの女性の詠唱が終わってしまう。こうなったら素で攻撃するしかない。


「くそっ!」


 オレは駆ける。マントの女性に手を伸ばすように。

 マントの女性との間合いは一気に詰め寄る。この場所からなら[刹那の見切り]で避けることができる。



「残念でした……」


 マントの女性は不敵な笑みを浮かべる。

 と同時に、足元にオレンジ色の魔法エフェクトが現れた。


「まさか、トラップ系の魔法?」


 それに気付いた時にはすでに遅し、土色の枝が伸び、オレの身体を突き刺した。



 ……はずだった。


「[偽造人形モンタージュ]」


 オレの身体をどこその骸骨がかばうように捕まえており、木の枝に骸骨の身体が突き破っているのが視界に入った。


「[スロウ]……か」


 マントの女性が悔しそうな表情を見せている。


「ケンレン、ナイスッ!」


 セイエイと対峙しているビコウが、視線をケンレンに向けずそう言う。

 おそらく[スロウ]という相手の動きを遅くする魔法をオレにかけ、伸び始める既のところで骸骨を使ったのだろう。

 ケンレンの職業である死霊術師の特性は、前半戦の映像でなんとなく理解はできていた。

 だからこそ呼び出した死霊をみがわりにすることも可能だ。

 前半終了後、ケンレンから死霊の元となっているプレイヤーのステータスの30%だそうだ。

 というか、オレのAGI、もしかして遅すぎ? いや13はこの中では遅いな。うん、それは認める。

 マントの女性も予想していなかったようで、すこし身を退いている。オレが罠にかかり自滅すると思っていたのだろう。

 すみません、オレもこれに関しては予想すらしてませんでした。


「[チャージ]ッ!」


 とっさに魔法をチャージする。オレの周りに骸骨が陣取り、攻撃をうけないように守っている。


「くそっ! …………」


 マントの女性も魔法の詠唱を始める。


「くらえっ!」


「……えっ?」


 突然のことでマントの女性、詠唱中断し、魔法を切り替え防御に入る。


「[ファイア]ッ!」


 この中ではたぶん一番しょぼい魔法で攻撃を仕掛けようとは思っていない。骸骨の垣根を飛び出したオレは、拳を握りしめ、マントの女性に襲いかかる。


「えっ? ちょ、ちょっと待って? なんで? なんでぇっ?」


 あまりのことにおどろいているマントの女性。

 魔法詠唱どころか、防御も忘れておられる様子。

 うんごめん。本当はチャージどころか魔法の詠唱もしていませんでした。

 普通の物理攻撃です。男女平等。



 ♯



 ところ変わって、こちらはナツカ率いる『ソラビト』の陣営。


「えっと、もう戦闘はじめてるみたいですよ」


 慌てた様子で法衣を羽織った、小学生ほどの幼いプレイヤーが、ベンチに坐っているナツカに問いかける。


「いや、私がほしいのは[水神の首飾り]だからね。二位じゃないともらえないのよ」


 ナツカが考えていたのは、セイエイのチームのポイントが減らないことを祈ることだった。

 プレイヤーが負ければポイントがその分減る。

 いやひとりくらいやられてもさほど差に変わりはないだろう。

 問題はセイエイが負けることだ。

 その心配はない。そうナツカは踏んでいた。

 彼女の名前に恐れをなして逃げているプレイヤーの多さに、そしてそれにともなってポイントをほとんど取っていないことを知らずに。



「た、大変です」


 他のチームの偵察に出ていた[弓師]が慌てた表情でナツカの前に現れる。

 その姿は、先ほどナツカに声をかけた法術士と顔の作りが似ていた。


「先ほどセイエイ陣営に動きが……セイエイ以外のプレイヤー三人がやられたそうです」


 それを聞いて、ナツカは唖然とする。


「えっ? でもセイエイだけでもかなりのポイントを持っているはずよ。順位に変動がなければ気にすることなんて」


 ナツカはハッとした表情を見せる。


「あの子……もしかして戦っていないんじゃ?」


 その推測は大当たりであった。



 セイエイ個人のポイントは対峙したプレイヤー五百人分の[1000ポイント]のみだった。

 なにせ名の知れたトッププレイヤーであるセイエイを知らないプレイヤーというのは、星天遊戯をはじめて間もないプレイヤーくらいなもので、他にも色々と危険視されていたため自ら死地に飛び込もうという物好きはいなかった。

 セイエイもセイエイで、学校から帰って疲れていた時に知り合いから呼ばれて参加したようなもので、正直いって気乗りではなかった。

 もちろん向かってくれば倒すのだが、ほとんどは素通りするだけで、セイエイに向かってくるプレイヤーが極端に少なかったのである。



 マイマイカグラの総合ポイントは[5200ポイント]。

 そのほとんどがマントの女性であり、連続魔法など、高いINTを活かした、魔法による魔法、魔法のみの攻撃手段。

 状況に応じて、[木][火][土][金][水]に[陰][陽]という七つの属性を使い分け、相手を完膚なきまでに倒している。

 だからこそ、接近戦は不向き。それをかばうためにセイエイが彼女のそばを離れられなかったが、ビコウとの対決に夢中になっていて、マントの女性が倒されたことに気付いていなかった。



 それからしばらくして、後半戦終了。……最終結果が発表された。



 ◇【試合終了】

  ・皆様お疲れ様でした。

  ・チーム戦イベント決勝戦の結果が出ましたのでお知らせいたします。



  ・壹位 『ソラビト』    3500P

  ・貳位 『施餓鬼』     3000P

  ・參位 『マイマイカグラ』 1500P



  ・*これから皆様を第一ログインポイントへと転送いたします。



 というアナウンスが流れ、シャミセンたち、決勝戦出場チームのプレイヤーは粒子となって元のフィールドに戻された。


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