第12話・中休み(ハーフタイム)とのこと



 第一回イベント前半が終わったのは、八時をすこし過ぎたころだった。

 後半戦が始まる九時までまだ時間があったため、オレはそのあいだ町を探索していた。


「そういえば、あまり武器を買ってなかったな」


 自分の装備品を見てそう思った。

 というか魔術師の装備品はたいていINTを増加させる設定になっている。

 まぁ、魔術師の装備品なので当たり前といえばそうなのだけど。


「こうなったら鍛冶屋にお願いするかねぇ」


 そう考えていると、はじまりの町の中心にあるギルド会館へと足を向けた。



 ギルド会館というのは、町一番の大きな建物全体のことを言う。

 総髙十メートルは優に超えている。巨大なショッピングモールみたいなもの。

 中に入れば二メートル感覚で間取りがされており、鍛冶系や生産系ギルドが出している店が並んでいる。

 オレはそれらの店の前を適当に覗きながら、めぼしいものがないか探してみる。

 VRMMOは、さいわい店に入って商品を手に取らなくても、店の前の看板代わりのディスプレイで、装備品の名前と装備時におけるステータスの増加や特性を紹介している。


「こういうのって嬉しいんだよね。店に入ってなにも買わないってのは、なんか申し訳ないし」


 コンビニを出ると、とくになにも買ってもいないのに「ありがとうございました」なんて言われると、なんとなく申し訳なく思う。



「お、これいいな」


 ブラブラと歩いていると、めぼしいステータスの武器が見え、武器の生産をしているギルドが出している店の前に立ち止まる。


「えっとなになに? [霊廟れいびょうの錫杖]か、INT+50 LUK+25……値段は、一十万?」


 他の武器を見ると、下は五百Nの短剣、上は二万Nの日本刀と、ピンからキリまでだ。

 それ以前に、ここって中世ファンタジーなのに、普通に刀剣があるんだけど?


「あぁっと、なんか書いてあるな、『当店はお客さまがお持ちである武器や装備、装飾品とアイテムを使って錬金をおこなっております。予想もしない組み合わせで、素晴らしい装備品ができます』と書かれている」


 ……と、ここまでならちょっと試しにと店の中に入りそうだが、次の文章まで、三行ほど間がいていた。


「こういうところは見逃しちゃいけないんだよな」


 オレはその部分の文字を反転させる。

 すると『なお保証はしません』という文字が表示された。


「とどのつまり失敗する可能性もあるってことか。まぁ相手の錬金術や鍛冶作業でのDEXとスキルレベルだろうな」


 よく見てみると、装備品の詳細に材料の詳細が記入されている。

 それをひととおり目で追いかけていくと、身に覚えのあるアイテムが載っていた。


「お、[女王蜂のイヤリング]と[初心者用の錫杖]か、このふたつと[ミントクリスタル]というアイテムを組み合わせると[|女王蜂の錫杖]というINT+10、LUK+15の武器になるのか」


 このふたつなら今持っているし、[女王蜂のイヤリング]を失っても、LUKに5もお釣りがくる。

 まぁ、装備時の効果であるレベル以下の蜂モンスターは襲ってこないというのは、[蜂の王]というスキルがあるから大丈夫だ。

 でも[ミントクリスタル]なんてもっていないし、聞いたことがない。

 ほとんど攻略サイトなんて見ないからなぁ。そこまで攻略しようとは思っていないし、[蜂の王]の特性を活かして、養蜂でもやってみますか? 卵作ってるギルドと話してみて、はちみつたっぷりのスウィートハニーケーキなんてできたらおもしろそうだけど。

 ……DEXとか復職サブジョブが関係してくるだろうな。


「うーむ、どうしたものか」


 オレが店の前でなかば脱線気味に悩んでいると、一人の、ボーッとした眠気眼の少女が、フラフラと千鳥足でストリートを歩いているのが見えた。



 ◇****/Lv**



 少女のステータスを見ようとしたが、どうやらフレンド登録している人以外には見えないようになっていて、名前どころかレベルもわからない。



 ひとつ言えることは……ただならぬ強さがあった。

 彼女が上位プレイヤーだということは間違いない。

 もしくは、ただボーッとしているだけなのかもしれない。

 ようはつかみどころがないということだ。



 ◇ビコウさまからメッセージが届いています。



 というメール受信のお知らせ。

 オレはすぐにそのメールを開いた。



 ◇送り主:ビコウ

 ◇件 名:申し訳ありませんでした

  ・わたしがシャミセンさんに渡した『結界陣』の魔法陣ですが、前半戦終了後に運営スタッフから注意を受けました。

  ・まだテスト段階の魔法陣スキルを使うなとのこと。

  ・すみませんが今回これ以上魔法陣スキルは使えませんので決勝の時はもしかすると護ることができないかもしれませんから、決勝戦は自分でなんとかしてください。



 というメッセージだった。別に謝らなくてもいいよとメッセージを返しておく。

 やっぱりビコウはプレイヤーというより、NPCに近いものを感じる。


「まぁNPCがプレイヤーキャラになることなんてよくあるしなぁ」


 オレは近くのペンチに座った。

 そして後半戦、どう戦おうか考える。

 考えとしては、まず[はやぶさの筆]で、フィールド上にいくつかの魔法陣を描いておく。

 そしてその中にヒールの魔法を放っておけば、もし攻撃されてもすぐに回復ができる。つまりはビコウの話を思い出せば、そこが回復場所になるということだ。

 が、先ほど受信したビコウからのメッセージで、それが使えなくなっていることがわかった。

 ためしにビコウからもらっていた魔法陣が描かれた紙を手に取った。


「あ、全然読めなくなってる」


 我輩は紙である。なにも書かれていない。といわんばかりに紙の表裏は真っ白だった。それこそ新品といわんばかりに。

 どういう図だったのか覚えてはいるが、たぶん意味はないだろう。

 ここはあきらめて、後日アップデートで実装されることを祈ろう。

 ただモンスターには使わせないでください。たぶん死にます。


「結界に捕まって集中業火はもうやめてほしい」


 オレは、よくあの状態で生きていれたなと思った。

 などと考えていると、横に誰かが坐ったのを感じ、ゆっくりとそちらへと目を向けた。



「…………」


 先ほど町を歩いていた名前もレベルもわからない少女だった。

 顔立ちは幼く、かと思えば大人っぽい微妙な雰囲気。

 上がり始めの中学生なのか、もしくはすこし大人びた小学生なのか。

 スラっとした赤髪に胸元を開いたアーマードレス。

 見た目スタイルが良さそうなので、もしかすると高校生なのかもしれない。

 それでもなんか怖いというよりは、よくしつけられたドーベルマンといった感じだった。

 ドーベルマンといえば、怖い犬と思われているが、実際の性格は好奇心旺盛で、飼い主や知り合いを信頼していると人懐っこいという。

 少女はまさにそんな感じだった。

 普段はどことなく頼りにならないが、いざという時は頼りになる。そんな雰囲気。



 その少女は、拳みっつくらいは空けていたオレとの隙間を、ひとつ、またひとつと詰めていく。


「えっと、なんすか?」


 オレがそうたずねると、少女は首をかしげる。


「お嬢……お嬢……っ!」


 ストリートの奥から声が聞こえ、オレはそちらへと目を向ける。

 そこには魔導師のような、黒に紫煙の模様をほどこしたマントを羽織っており、そのフードで顔を隠した人物が、ゆっくりとこちらへと近寄ってきた。


「こんなところにいらっしゃったのですか? まったくリーダーなのですから、すこしは自覚を持ってくださいませ」


「眠い……」


 声からして二十歳くらいの女性から注意を受けながら、少女はコクリコクリと首を動かしている。


「まったく、だから昨日は早く寝てくださいと申したのに、朝方までスキルアップしていた挙句、学校から帰ってきたらイベントが始まるまで食事をせずに……」


 マントの女性が、愚痴々と少女に小言をぶつけている。

 それを聞いて、どんだけ廃人なんですか? と心の中でツッコミを入れてしまった。

 が、当の少女は朧気に聞いているだけで、たぶん左耳から右耳へと流れていて、覚えてもいないだろう。



 ◇*運営からメッセージが届いています。



 というアナウンス。オレがそれに気付いたと同時に、目の前のマントの女性と、横に坐っている少女も、同様にメールを確認していた。



 ◇送り主:運営より

 ◇件 名:『第一回イベントバトル・ロワイアル』について

  ・*このメッセージは送信専用のため、返信いただいても対応いたしかねます。ご了承ください。

  ・『第一回イベントバトル・ロワイアル』について。

  ・上位チームはこれより五分後にイベント用サーバーに飛ばされます。

  ・そこから一時間、敵プレイヤーから倒されないよう、またポイントの高いメンバーを守るなどしてポイントを減らさないようにしてください。

  ・また敵プレイヤーを倒してもポイントは増えません



 ――ようするにプレイヤーというよりはポイントを守れってことか。

 要約するとそういうことだろう。

 敵プレイヤーを倒したところでポイントも入らない。

 そうなると守備力、言い換えれば生命力が総合的に強いチームが有利だ。

 ただし上位チームのメンバーを倒せば、そのチームのポイントが減るわけだが、ここで疑問がある。


「敵チームのポイントがまったくわからん」


 テンポウの大量飲食(?)はモニターで観戦していたようだから、彼女が一番ポイントを稼いでいることは知られている。

 だからテンポウを守りながらという方向で後半戦を進めていくことになっていた。



「そろそろ時間ですわね……」


 マントの女性は、オレの横に坐っていた少女の手を取る。


「ほら起きてください、セイエイ、、、、


 それを聞くや、オレはギョッとする。同じ名前のプレイヤーが二人もいては、どちらかの評判が悪くなってしまう。だからこそ同名は禁止となっている。

 つまりは、この頼りない少女こそが、現在一位のチーム『マイマイカグラ』のリーダーで、トッププレイヤーであるセイエイだというのだ。


「あなたも急いだほうがいいですよ」


 マントの女性がオレに視線を向ける。


「オレのこと、知っていたんですか?」


「ええ、あなたに攻撃をしようとしていた知り合いのプレイヤーが面白いことを言っておりましたから。結界が使え、法術士なのに徒手格闘に長けている面白いプレイヤーがいると」


 あらら、自分が思っている以上に噂が広まっているようです。

 まぁ、持っているスキルもどちらかといえば格闘系が多い。


「まぁ、まだ始めたばかりでそんなにスキルをもってないですけどね」


 オレは苦笑を浮かべる。


「スキルが多ければいいというわけではないですよ。適材適所というじゃないですか。ただ闇雲にスキルを増やしても、魔法はストック制限がありますから」


 ストックはINTのパラメーター値で増えるようで、最大で八個が限度だという。

 これは課金、無課金問わず、レベルを上げていけば平等にもらえるそうだ。

 そうなると回復、状態異常、攻撃の三つのグループをどう割り振るかが重要になるな。

 さて、そろそろ自分のスタイルを決めておかないと、これからきつくなるかもしれん。



 ふと周りを見ると、セイエイとマントの女性がいなくなっていることに気付く。


転移魔法テレポートでどこかに行ったのかな」


 そう思いながら、さて自分もそろそろビコウたちが待っているかもしれない噴水のところに行こうと、腰を上げた時だった。

 コツンと指になにかが当たる。


「なんだ?」


 そちらに目をやると、黄緑色の宝石が落ちていた。

 それに手を取ると、



 ◇【ミントクリスタル】を手に入れました。



 というアナウンス。


「坐った時にこんなの落ちてなかったし、セイエイって子が落としたのかな?」


 でもそんな素振りはなかったし、アイテムを落とすなんてことはたぶんない。手に持っていれば別だが……。


「これがあれば武器を作ってもらえるけど……」


 オレはどうも気に乗らない。課金でしか手に入れられないアイテムだと聞いていたからだ。


「今度あった時にちゃんと本人からもらおう。こういうのはあとから文句言われそうだからな」


 オレはアイテム欄の、重要という項目にミントクリスタルをスワイプして保管する。

 そのさい、アイテムメモには『おとしもの。たぶんセイエイ』と簡略的に書いておいた。


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