第10話・第一回イベント前半終了とのこと



 シャミセンが、ビコウから教えてもらった魔法陣から出て、なかば自滅同然のことをしていたあたりのこと。

 所変わって、シャミセンがいた北部の山奥よりもはるか南。

 建物も、それこそ木々という障害物がなにもない砂丘フィールドでのことであった。



「おい、なんだあれ」


 一人の戦士系プレイヤーが目の前の女性を指差す。

 その女性はジッと動きはせず、座禅を組むように佇んでいる。

 法衣のフードを被っており、顔は見えない。

 武器は持っておらず、罠を張っているという魔法やアイテムのエフェクトもなかった。


「まて、なにかおかしい。もしかするとエフェクトが出ない罠を張っているかもしれん」


 女性を見つけたプレイヤーを止めるように、もう一人の剣士と思われるプレイヤーは女性を警戒する。

 砂漠(ステージはあくまで砂丘だが)の中心で獲物を待ち構えている。それはたとえるとすれば蟻地獄のようだった。


「……でもよ、あいつのレベルたったの5だぜ? オレたちに勝てるわけがないさ」


 戦士系プレイヤーがちいさく笑う。彼のレベルは20。レベル5は課金で強力な装備を着けていない以上、負けるわけがないという自信があった。


「見たところ、そんなにレアなアイテムは着けていないし、完全に初期時のままじゃないか」


 戦士系プレイヤーは視線を女性に向ける。

 女性のつけている装備は[初心者用の法衣]と[初心者用の杖]だった。


「それに罠があったらエフェクトが出ているはずだ。ちょっと奇抜だからって慎重になり過ぎなんだよ」


 そう言うや、戦士系プレイヤーは意を決して女性に近寄った。


「お、おいっ! あぁくそっ!」


 剣士系プレイヤーもその後を追った。



 戦士系プレイヤーの視点で説明する。

 彼の頭上には▼が出ており、色は現在グリーンだ。

 目の前の魔法系の女性プレイヤーを敵と認識すると、▼は次第にグリーンからイエローに変わる。

 ――よし。ここからだったら[瞬星クイック・スター]で仕留められる。

 戦士系プレイヤーは剣を構え、ゆっくりと女性プレイヤーに近寄った。



 警戒範囲は職業によって違う。

 戦士や剣士など近距離攻撃が主な職業は、相手との間合いが約二メートルになるとレッドゾーンに入る。

 逆に魔法使いや弓師といった遠距離攻撃が主な職業は、間合いが約十メートルの間合いからイエローとなるが、場合によってはレッドとなる。

 以前シャミセンが疑問に思っていた距離判定による魔法の攻撃力判定がこれに当たる。

 つまりは攻撃魔法を遠くに放つと、それに気付き避けられるというデメリットがあるが、強力な魔法はその攻撃判定の範囲がひろいというメリットがあった。



 ……だが、女性プレイヤー自身の攻撃範囲は現在意味をなしていない。


「行くぞっ! [瞬星クイック・スター]」


 戦士系プレイヤーはパッと足を踏み出し、女性プレイヤーに飛びかかった。――その瞬間である。


「……っ!」


 戦士系プレイヤーのうしろからなにかが飛び上がり、彼の身体に砂の雨が降り注ぐ。


「…………っ、えっ?」


 振り向きさまに戦士系プレイヤーが見たものは骸骨だった。

 その骸骨は戦士系プレイヤーの身体を掴み、砂の中へと引きずり込んでいく。


「う、うわぁああああああっ! …………」


 ズブズブと砂の沼に飲み込まれ、溺死した戦士系プレイヤーは粒子となって散り、別の場所フィールドで復活する。


「な、なんだよ……こ、れ……は――――」


 戦士系プレイヤーを追いかけていた剣士系プレイヤーも同様、突然現れた骸骨に身体を捕まれ、砂の中へと引きずり込まれる。

 それだけではない。

 同様のことが、女性プレイヤーを中心に、半径約五十メートルにいたプレイヤー全員が、この死霊たちによる地獄への片道旅行を、強制的に招待されていた。



 【チーム名・[施餓鬼]……討伐ポイント[+500]】


 という文字が虚空に、ウィンドゥとなって表示される。


「うーん、二五〇人かぁ……。ちょっと警戒されていたのもあるし、さいわい攻撃範囲外にいた人もいたってことか」


 思ったほど引っかからなかったことに愚痴をこぼすと、女性プレイヤーはフードをはずし、素顔を見せた。

 …………ケンレンであった。

 彼女の職業は死霊術師。死者を自由にあやつることができる上位に位置する職業である。

 倒したプレイヤーの数が、使える死霊の数となる。

 つまりはその死霊でプレイヤーを倒せば、それだけ減ることがない。

 もちろんプレイヤーを一撃で倒せればの話だが、彼女の、いや、ビコウ・テンポウ・ケンレンの桁違いな基礎パラメータを考えれば、レベル20台のプレイヤーは最悪瀕死で助かる。

 その証拠に、砂に引きずり込んだはずのプレイヤーが助かったのか、その場にひざまずき、口の中に入った砂の咳き込むように吐き出していた。

 おそらく、勝利ポイントがすくなかったのはそのせいだろうとケンレンは思う。

 が、それでも相手に瀕死状態にまでダメージを与えたことに変わりはない。通常攻撃だけでも倒せるくらいだ。

 しかし、それが彼女にはできない。

 なぜなら……死霊術師は術が強力な反面、次の術を使うまでのタイムロスが長いのだ。その時間は使用した死霊の数×二秒。

 ただし呼び出してからはいつでも使用が可能のため、エフェクトのないNPCとして、身を潜めさせることができる。



「ちょっとこのタイムロスは考えものかなぁ。使える数を制限して、その分、次の死霊を呼び出せるまでを短くするか……」


 ケンレンは、それこそまるでデバッグをしているかのようなつぶやきをした。

 ふと、ケンレンは周りを見渡すや、自分の周りにプレイヤーがいないことに気付く。


「あら? 逃げちゃったみたいね」


 苦笑を浮かべながらケンレンはフィールドマップを見る。

 勝利すればポイントは[2]増えるが、遭遇しただけでもポイントがひとつもらえる。無理して勝負を仕掛け、ポイントをひとつ減らすよりは賢明な判断だ。


「まだもうすこし時間があるし、さっきので使える死霊も増えたから、同じように罠を張っておきますか」


 ケンレンはふたたびフードを被り、素顔を見せず座禅を組んだ。



 しかしケンレンを中心、半径百メートルの中、何人かが現れたが、他のところへと離れるように去っている。

 すでにチーム内でのチャットで、ケンレンのことが知れ渡っており、彼女の周囲にいると巻き込まれるという警告文が出されている。

 それを知らないケンレンは、イベント前半が終了するまで、その場からジッと動きはしなかった。



 いや……というよりは――


「すぅ……すぅ……すぅ……」


 あまりにも熱い砂丘のステージで、常に冷気を帯びている[フリージアの指環ゆびわ]の効果で、体の周りを冷気でひんやりとなっていた。

 その心地よさと、ここ最近通っている大学の疲れもあってか、彼女は前半終了の合図を聞くまでぐっすりと眠っていたのだった。



「う、う~~ん……」


 唸り声をあげながら、シャミセンは目を覚ました。


「あ、起きた」


 声が聞こえ、シャミセンはそちらへと目を動かす。

 そこにはビコウが、キョトンとした表情でシャミセンを見ている。


「あれ? なんでビコウが? それにここは?」


 周りはゴツゴツとした岩肌が露出している。それにどことなくひんやりとしていて、水の音が聞こえていた。


「ここは戦闘系イベント専用のサーバーにある西側の洞窟です。というか人の話聞いてました?」


 ビコウは場所の説明をすると、ムッとした表情でシャミセンを睨む。


「ごめん。自分でもできるかぎりポイントを取りたいなと思ったからさ」


 なにに対して怒っているのか、すぐに理解できたシャミセンは、ビコウに向かってちいさく頭を下げる。


「その考えは間違ってませんけど、シャミセンさんって法術士ですよね? 魔法を使えばよかったんじゃ? あの中は時間制限があるにしろ、よほど強いSTRを持っているプレイヤーでないかぎりは無傷ですみますよ」


 シャミセンはそれを聞いて、やはり言うとおり動かないほうがよかったのだろうと後悔する。なにせ自分のHPを見ると、HP5/25と表示されており、バーが赤く点滅していたからだ。

 あの集中攻撃を受けて、ダメージが20ですんだのは、ひとえに余りあるLUKゆえの回避である。

 もしくはあの時の戦闘で取得できた[刹那の見切り]によるものでもあった。



「ヒールっ!」


 オレは自分に回復魔法を唱える。HPは10ほど回復した。



 ◇魔法スキル【キュア】を覚えました。



 というアナウンス。


「お、スキルアップした?」


 予想外なことが起き、オレはおどろく。


「[キュア]は[ヒール]の[150%]の回復力くらいだと思えばいいですよ。ヒールは軽く回復したり、クエストで回復魔法を使う場合がありますから、MP消費の低いほうを残しておくのはいいことです。ただ魔法スロットの数にもよりますけどね」


「なるほどな、それはそうと、オレはどうやってここに?」


 そうたずねるや、ビコウは「まだデバッグ中の新しいスキルを使うなってゲームマスターから言われてるけど、チームリーダーが倒されると、メンバーが無事でも強制退場になるからなぁ」

 というつぶやきが聞こえた。


「えっと、チームリーダーがやられると強制退場って、今はじめて聞いたんだけど?」


 オレはギョッとした表情で聞き返した。


「まぁ、シャミセンさんのLUKがあれば、最悪やられるということはなかったと思いますけど、そろそろ反魔法装備の効果も考えなおさないといけませんね」


 ビコウの言葉に、オレはついていけない。


「それって、プレイヤーがやるものじゃないだろ? さっきデバッグとか言っていたけど、そういうのはやる側じゃなくて、作る側が気にすることじゃ?」


 そう質問を投げかけたが、もしかすると彼女はテストプレイヤーなのかもしれない。

 ネットゲームなど、常にアップデートされるゲームはプログラムのさいに、別のイベントに不具合が起きる場合がある。大量にプレイヤーがあつまるゲームではなおのことだ。

 デバッグはゲームを先にできるという反面、同じことを延々繰り返したり、予期せぬことを、それこそ虱潰しで調べるという。

 羨ましい反面、地獄の日々を送っているようだ。


「昔のゲームはそうだったらしいけど、今は全世界のプレイヤーがデバッガーでもありますからね」


 ビコウがカラカラと明るい声で笑ってみせる。


「まぁ星天遊戯はもともと日本のシナリオライターが作ったゲームを、中国のゲーム会社社長が気に入り、VRMMORPGとして発展させたという歴史がありますから」


「ゲームのサイトは中文だよね? もしかして得意だったりする?」


「いえ、読めなくはないですけど……あまり……」


 そう言うと、ビコウは表情に陰りを見せた。……その時だ。



『前半終了。トップはセイエイ率いる『マイマイカグラ』。二位はナツカ率いる『ソラビト』。三位はシャミセン率いる『施餓鬼』となっております。これよりみなさんは一度通常フィールドのログインポイントへと転移されます』


 アナウンスが聞こえ、オレとビコウは粒子となり、はじまりの町にある噴水広場へと飛ばされていた。


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