第9話・第一回イベント前半開始とのこと



 夕方五時半になり、そろそろログインしようと部屋にはいる。

 VRギアを頭にはめようと、パソコンの前を通った時、メールが来ているのがポップアップで表示されているのに気付いた。


「あれ? めずらしいな、パソコンにメールなんて」


 メールはほとんど携帯に来るから、なんとなく新鮮に感じる。

 椅子に座り、メールを確認し、オレは「ふぅ……」と、ためいきをついていた。


「鉄門のやつ、勉強大丈夫かねぇ?」


 メールには添付ファイルが貼られており、それを開いてみると、英語の問題集の写真が点いていた。

 メール本文には『わからん。教えろ』の一言。

 はっきり言って、人に物を頼む態度じゃない。


「えっと、なになに……」


 写真より、文字に起こしてメールしろと言いたくなったが、オレは簡略的に説明し、メールを送った。


「さて、本当にそろそろ入らないとイベントに間に合わんぞ」


 オレは急いでVRギアをはめ、[星天遊戯]にログインした。



 ログインすると、イベント開始ギリギリ五分前だった。


「あ、やっと来た」


 声が聞こえ、そちらに目をやる。

 ビコウが大きく手を振っており、オレを見つけて嬉しいのか、はしゃぐように笑を浮かべていた。


「ごめん、ちょっと野暮用で遅くなった」


「いいですよ。わたしも今し方ログインしましたしね」


 ビコウは小さく笑みを浮かべ、



「参加は昨日のうちにしていたんですから大丈夫ですよ。それにあの時も言いましたけど、参加しただけでチーム全員にちょっとした回復アイテムがもらえるから、参加表明だけしておいて、あとは敵に倒されないよう身を潜めているチームもあるんですよ」


 と説明してくれた。



 ビコウの話では、どうやら参加者は別のサーバーに飛ばされ、イベントに出るようだ。


「それ以外は観戦ってことか……」


「そういうことですね……」


 ビコウはすこしばかり目を伏せる。


「ちょっとこちらに来てください」


 手を引っ張られるように、オレの顔はビコウの顔に触れる。


「これをお渡しいたしますので、ステージに入ったらすぐにこれを地面に描いてください」


 そう言われ、ビコウに一枚の紙を渡された。



 ◇【*****】を手に入れました。



 というアナウンス。いつもなら音声が入っているのだが、どうも雑音ノイズが混じっていて、聞き取れない。


「なぁ、ちょっと……」


 オレがビコウに、彼女たちのステータスについて聞こうとした時だった。不意に彼女がこちらへと振り返る。


「そろそろですね。大丈夫、それがあればすこしの時間は耐えられると思いますから。ただ、あくまでもシャミセンさんの運に委ねますけど……ね――」


 小さく笑みを浮かべ、彼女は粒子となる。


「……っ!」


 それと同時に、オレの身体も粒子となり、散った。…………



 オレの姿のデータが再構築されたのは、ちょうど岩肌険しい山の中腹だった。

 フィールドマップの中心に、自分のいる場所が点滅しており、その周りに何人かのプレイヤーがいることが確認できた。

 どうやら、本当に全員バラバラになった状態でチーム戦をやるようだ。


「これって、シングルと対して変わらないんじゃ?」


 と思ったのと同時に、ビコウと別れる前にもらった一枚の紙をアイテム欄から選び、手に表した。


「えっと、なんか魔法陣みたいな絵だな」


 その絵の下には、


『イベント前半が終わるまではできるだけこの円の中から出ないでください。それからシャミセンさんがやっている火の法衣を使った方法ですが、結構掲示板で噂になってるようでしたよ』


 という、可愛らしい丸みを帯びた文字が書かれていた。


「……マジですか?」


 一瞬おどろきはしたが、気を取り直して、早速ビコウが描いたと思われる魔法陣を地面に書き始めた。

 さいわい[はやぶさの筆]という無尽蔵にインクが出る羽根つきペンを、はやぶさのモンスターからゲットしていたため、それを使って地面に魔法陣を描く。



『それでは第一回イベント・バァトォルゥゥ・ロワァイアルゥゥゥ……開始ぃいいいいいいいっ!』


 アナウンスが巻き舌で開始を宣伝した。

 それと同時に魔法陣も完成する。


「……っと、あとはこの中に入るんだっけか?」


 イベント開始と同時に、オレを中心に周囲にいたプレイヤーがこちらへとかけてきた。

 もちろんAGIの違いで、速いのもいれば、遅いのもやっぱりいる。


「くらえっ!」


 遠くから弓の弦を弾いた音が聞こえた。[弓師アーチャー]だろう。

 放たれた矢には炎が付けられている。魔法効果の点いた特殊装備だ。

 しかも何人もいたのか、四方八方から火の矢が雨のように降り注いでくる。

 いくらなんでもちょっとひどすぎやしませんかねぇ?

 これで板とかあったら、それに当たった矢を再利用できるんだけど。

 弓矢って消耗品だから、再利用できたらかなり戦力変わるぞ。



 ただ、オレの噂を聞いているのか、警戒してグリーンゾーンから放っている。

 武器なので間髪入れずに攻撃。一本の矢が当たる前に、もう一本を放つ。


「あぁ言うのは、使用制限をつけるべきだと思うのですよ」


 オレは逃げ惑うかどうか迷ったが、ビコウの言葉を信じて魔法陣の中から出ないことにした。


「素のLUKで避けられたら、それはそれでスゴイと思うけどな」


 オレがそう思った時、彼女が渡したこの魔方陣がどれだけスゴイのかがわかった。



 一本の矢がオレの頭上に落ちようとしている。

 それに気付いた時にはオレとの距離はすでに五メートル……四メートル……三メートル……二メートル……一メートル――

 落ちてくる矢は頭部に刺さるどころか、一センチのところで消滅した。


「……えっ?」


 オレ呆然。それを見ていた他のプレイヤーさんたちもポカンとしている。


「もしかして、これって結界?」


「くらええええっ!」


 今度は戦士が両手剣を振りかざし、オレを目掛けて振り下ろした。

 オレに刃が触れようとした瞬間、ガキンという音とともに、戦士はうしろへと吹き飛ばされていく。


「な、なんだ? どうなってるんだ?」


 さっきの矢といい、今の戦士が仕掛けた攻撃といい、それを見て戸惑う他のプレイヤー。もちろんオレだってなにがなんだかさっぱりだ。


「でもこれだとオレはやられなくなるけど、出られないわけだから他のプレイヤーが倒せないってことだよな?」


 ポイントがどんどん加算されていき、おおむね[50]くらいまで集まってきた。

 ただ、それはどうも腑に落ちないし、やっぱり勝負はしてみたい。

 ふと法衣の懐に手を忍ばせた。さっきの紙が入ったままだった。



「これって、他の場所でも使えるのかね?」


 オレは魔法陣に出ようと腰を上げる。が、それを狙っているのか、他のプレイヤーは魔法の詠唱を始めた。

 ただ、オレのうわさを聞いてか、火の魔法は使わないだろう。


「それくらいこっちも予想してるっての」


 オレは不敵な笑みを浮かべ、魔法スキルのウィンドゥを開いた。


「さてと、蜂蜜を大量に売りさばいたお金で購入した魔法スキルを見せてやる」


 魔法スキルのストックからその魔法を選ぶ。


「[テンプテーション]ッ! [ファイア]ッ!」


 オレが新しく覚えた魔法スキルを唱える。

 [テンプテーション]は、オレよりレベルの低いプレイヤーにかぎり、詠唱時の魔法を変えることができるという便利な魔法だ。


「ただ、LUKに依存してるから成功するとは限らないけどな」


 その呪文が成功したのか、何人かが水系の魔法を詠唱している時の水色のエフェクトから、炎系の魔法を詠唱する時のオレンジ色のエフェクトに変わった。


「な、なんだよ? これぇ?」


 おどろいた魔法使いが何人もいる。それもそうだ。自分が出そうとしている魔法とは違うエフェクトが出ている。


「さぁ、火の魔法が当てられてもすこしは耐えられる。しかも……」


 オレはアイテム欄から[火鼠の牙]を取り出し、自分にぶつけた。

 これは敵にぶつければ爆発する魔法アイテム。

 棒にぶつければ、先に火が付いて松明になるという、使い勝手が良いアイテムだ。

 つまり、自分にぶつけるということは、[火の法衣]の効果が発動するということだ。


「ただ、魔法と違って五秒しか効果がないのかネックだけどな」


 だが、その五秒でどれだけここから離れられるか。

 魔法陣から飛び出すと同時に、戦士や武闘家系のプレイヤーがオレに攻撃を仕掛けてきた。

 間合いはイエローからレッドに変わる。

 振り下ろされた剣や拳を、オレはかわしていく。

 AGIとLUKが重なって、攻撃が避けられている。


「な、なんだと? ぐぅえぇええっ?」


 すれ違いざまに一人の戦士プレイヤーに火拳をお見舞いする。

 クリティカルヒット。さらにレッドゾーンによる補正で、合計[313%]のダメージ計算。



 かなりのダメージは与えられたが、相手を倒すことはできなかった。それでもひるませることはでき、相手はフラフラになっている。

 他にもかかってくるプレイヤーを火拳で倒していく。

 何人かが倒せたのか、粒子となってそこから消えていった。

 その何人かと対峙していると、



 ◇体現スキル【刹那の見切り】を取得しました。



 というウィンドゥとアナウンスが現れた。


「スキルは……あとで確認しよう。まぁ名前のとおり、攻撃を避けやすくなるってことか」


 スキルを確認する余裕が今のオレにはない。



「な、なんだぁ?」


 そんな中、この光景におどろきとまどう魔法使いたち。詠唱が終わり、オレに火の魔法がぶつかってきた。

 その一瞬前、[火鼠の牙]による魔法効果が切れる。


「……っ!」


 [火の法衣]は、罠や自分が放った火をぶつければ、その火を纏うことができる。

 だが、相手から攻撃を受ける場合、ダメージを軽減するだけで、攻撃が防げるというわけではない。…………


「集中攻撃だぁっ!」


 それを合図に、潜んでいた魔法使いたちが、いっせいに魔法を繰り出し、オレに集中業火を見舞わせた。



「ああはははっ! やったぞ。今回のダークホースを倒すことができた」


 一人の戦士系プレイヤーが安堵した表情で、ゆっくりと前に現れる。


「そうだな。それにしてもさっきのはなんだったんだ? あんな魔法陣スキルがあるなんて聞いてないぞ?」


 もう一人、今度は魔法使いがフラフラになって現れる。


「しかも[テンプテーション]持ってやがった。あいつよりレベルが高くて助かったわ」


 爆炎による砂煙が徐々に晴れていく。倒せたなら粒子が出ていたが、そのエフェクトがなかったため、もしかしたらギリギリ耐えているかもしれない。

 [火の法衣]をモンスターからゲットしたといううわさを考えての警戒だった。



 煙は徐々に晴れていく。

 その中心には、倒したと思われるシャミセンとはあまりにもかけ離れた、小柄な少女が立っていた。


「……っ? えっ?」


 それを見て、全員が唖然とする。

 そこに立っていたのは、桃花色の髪をしたツインテールの女の子……テンポウであった。


「な、い、いつのまに?」


 突然の来訪者に、テンポウ以外のプレイヤーたちはその場から動けなくなる。

 彼女の……ただならぬ恐怖に足がすくみ、動けずにいた。


「いただきます……………………」


 テンポウの口が大きく裂けると、そこを中心にサイクロンが巻き起こり、周囲にいるプレイヤーを有無をいわさずに吸い込んでいった。



 それから三十分が経った。

 岩肌の中腹には血のエフェクトが無数に展開され、その場にいたのはテンポウただ一人。

 それと同時に、



 【チーム名・施餓鬼……討伐ポイント[+2000]】



 という文字が虚空に、ウィンドゥとなって表示される。

 敵プレイヤーひとりを倒せばポイントが[2]増える。

 つまりは、ものの数分で一千人ものプレイヤーを喰らい殺したということである。


「ごちそうさまでした」


 テンポウは手を合わせ、丁寧にお辞儀をする。

 その瞬間、「ゲプゥッ」とかわいらしいゲップをし、テンポウは恥ずかしさのあまり顔をうつむかせ、そそくさとその場から走り去っていった。



 三十分で一千人ものプレイヤーを一瞬で倒した。

 その光景がなんとも理解できず、モニターで見ていた不参加の観戦者たちを恐怖させるのには十分すぎるほどだった。

 ……と同時に、さきほどのゲップでうつむいた様子がかわいらしく見えたことで、その日の掲示板に[謎の美少女ブラックホール]というスレが立てられ、すこしばかり盛り上がりを見せた。


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