第4話

——————翌週——————


教室はある意味騒然としていた。

先週の有紗の行動が広まったのは言うまでもないが、それだけではなくもう一つ付加要素があった。


「なぁ俺と付き合おうぜ?君みたいな強くて綺麗な子ここにはそういないって」

「誰があんたなんかと付き合うのよ。面倒くさい上にナルシストだしそういう人に興味ないから」

「そう言うなって。な?」


どういう理由か大四宮君は登校してからすぐの有紗に言い寄っている。

何が目的なのかよくわからないが、純粋な恋心でないのはよくわかる。

有紗が登校してからもう二十分近くなるがそれはまだ続いていた。

有紗も付き合う気が無いらしく、うんざりした表情で適当にあしらっている。

しつこく言い寄っていた大四宮君だが、丁度一限のチャイムが鳴ったことから自分の教室に戻っていった。


「一限終わったらまた来るね、有紗」

「来なくていい。あと気安く名前で呼ばないで」


冷たくあしらわれても笑顔で大四宮君は去っていった。





噂によると、あの後有紗は大四宮君相手に150手ほどで中押し勝ちしたという。

その後、約束通り謝罪をさせ、彼女は教室を去ろうとした。しかし、部員の方からの勧誘に引き留められすぐには帰れなかったらしい。

部員が歯が立たなかった相手に中押しで勝ったのだから勧誘したくなるのも頷ける。

部に入ったのか蹴ったのかはまだ聞いていないが、大四宮君から告白されたのはその後だとか。


(なんで喧嘩売った相手に告白するのか理解できないけど、まぁ見た目だけ言えば有紗は美人だしなぁ)


今は真面目に授業を受けているが内心どう思っているのだろうか。

何にせよ、面倒くさい奴に目をつけられたのは確かだ。

有紗のことだからまた愚痴を聞かなくてはならないような気がする。

予感めいたものを感じ、俺は溜息をついた。










——————昼休み——————


有紗は疲労感からか机に突っ伏していた。

毎時間休憩になると大四宮君がやってきて好き勝手話して去ってゆく。口説くことも忘れない。

それを繰り返されたからか彼女はぐったりしていた。


「どきたまえ。僕は有紗に用があるだけだ。君たちに用はないんだよ」

「あんたねぇ、普通に考えて拒否られてるの分かるでしょ!?いい加減にしなさいよ!」

「有紗泣いてんじゃん!さっさと自分の教室戻れば!?」


泣いてはいないがぐったりはしている。

机に突っ伏しているので泣いているように見えなくも無い...か?

今は懲りずにやってきた大四宮君に対し、有紗と仲のいい友達数名が入り口にバリケードを作っている。その後ろに男子が数名。

思いっきり敵対されてるのに大四宮君に引く気は全く感じられない。

当事者じゃないが、いい加減うるさいし立ち去ってほしい。

と、思っているとスマホが振動した。


『気分悪い 保健室行く』


差出人は有紗。

内容は一言だけだったが『わかった』とだけ返信をした。

有紗はそれを確認すると、むくりと起き上がりバリケードのできている出口の反対側から出て行った。

大四宮君はバリケードで有紗が出て行ったことに気が付かなかった。






有紗が教室を出てから少しして俺は保健室を訪れた。

丁度保健医は不在で、中はシンとしている。

室内をぐるりと見渡すと、有紗は窓際のベッドに横になっていた。


「大丈夫か?」

「大丈夫に見える?」

「見えない。購買で昼買ってきたぞ。食ってなかったろ」

「うん。ありがと」


手に持っていた菓子パンとジュースをベッド横の机に置く。

彼女は上体を起こすとジュースを一口呷った。


「なんでお茶じゃないかなぁ…私昼は紅茶派なのに」

「売り切れだったんだよ。文句言うなら俺が飲むぞ」

「それは勘弁、あむぅ…」


むっすりと不貞腐れたような表情のままパンをかじった。

俺は有紗が食べ終わるまで何も言わず座って待っていた。

量があったわけじゃないが、彼女はあっさりとパンを食べ終えた。



「……ごちそうさま。ありがとね」

「別にいいよ。それよりどうすんだ、あれ」

「さぁね。断ってんのにしつこく来るんだもん。どうしようもないじゃない」

「それは…そうだけどさぁ」

「昨日のこと、ましろ君も聞いたんでしょ?」

「…まぁ一応」


というか現場にいたし。途中で帰ったけど。

でも当時の現状はある程度想像できる。


「アイツ自分より弱い人相手に手加減無しで打って馬鹿にしてたんだもん。見てて凄いイライラしててつい口…というか手が出ちゃったんだよね…」

「で、こうなるとは思わなかったと。まあ気持ちはわからないでもないけどさ」

「でしょ?だから叩き潰してやったらコロッと手のひら返してきて今度は告白って頭おかしいと思わない?」

「う、うん」


あ、やばい。愚痴りモードに入った。

こうなってしまった有紗は終わるまで付き合わないと引きずるのだ。


「そもそも学校の部活なんだからアマでやってた人が有利なのは分かることじゃん。なんでそれで調子に乗れるのよ」

「そ、そうねぇ…」

「だからさぁ……」


結局五時限目のチャイムが鳴るまで有紗の愚痴は続いたのだった。










——————放課後——————


新歓週間は先週で終わった為、今日は水泳部に顔を出すことはやめた。

部に入るわけでも無いしね。

普段通り帰宅しようと思い昇降口まで降りる。


「あ、いたいた!おーい白くーん」

「うん?あ、えっと…橘さん、でしたっけ」


靴を履き替えた時、後ろから声をかけられた。

先週会ったばかりの橘さんだ。

声を掛けられる理由は何かあったかなと考える。


「今帰り?」

「えぇまあ新歓週間も終わりましたし」

「じゃあ今からうちの部活来ない?」

「えっと見学ということですか?新歓週間は先週までですよ?」

「細かいことは気にすんなって!今日は水泳部休みで冴木のやつもいるからさ。な?」

「いや別に冴木先輩目当てで水泳部見学に行ってたわけじゃ無いんですけど…」


口には出していないが橘さんの顔には『是非うちの部に!』という文字が見て取れる。

部に入ることはできるだろうが、プロである以上僕が部活の大会に出ることはできない。


「なぁ頼むよ〜今年まだ二人しかぶいんの入ってないからさぁ」

「先輩方合わせて10人くらいなら廃部とかの心配は無いんじゃないですか?」


確かこの間行った時は男子が4・5人、女子が3・4人いたはずだ。

少なく見積もっても計9人はいると思う。

廃部になるには部員数が3人以下になった時だったと思うが。


「いや実はさぁ先週までいた男子が俺と部長以外全員辞めちゃって…今うちの部男子二人しかいないわけよ。おかげで部の空気悪くてさぁ」

「尚更行きたくなくなったんですけど」

「そんな硬いこと言わずにさ!な?行こうぜ?」

「…はぁ。今日だけですよ」


なんか不憫に思い、やむなく僕は今日だけ顔を出すことにした。

決して冴木先輩目当てで行くわけではないということだけ言っておく。










——————囲碁部室——————


橘さんの言っていた通り、部室には部長しか男子がいなかった。

女子は5人いたが、全員が冴木先輩の方に群がっている。


「部長〜連れてきましたよ〜」

「来たか!いや〜入部ありがとう!これからよろしくな!」

「いや、入部はしてないですけど…」

「なにぃ⁉︎どういうことだ橘!」

「ひぃ⁉︎いや無茶言わんでくださいよ部長!」


…やっぱりそういう目的だったんだな。

若干予想はしていたけども。

橘さんは両手で襟首を掴まれガクンガクン揺すられている。


「男の部員数が極端に減ったから部員連れてこいっつったろ!」

「無理ですって!大体新歓週間終わったんだからフリーな奴自体見つかんなかったんですよ!」

「全く、普段から押しが弱いから逃げ腰の碁になるんだお前は」

「はぁもうなんでもいっすよ…」


(本当に不憫だな、橘さんは)


半泣き状態の橘さんは部屋の隅っこに逃げていった…。

それを見て部長は溜息を吐く。


「で、君は囲碁打てるのかい?」

「え、まぁはい。一応」

「なら俺と一局打たないか?」

「えぇ…っと一局だけなら」

「そうか、ほいじゃこっちで打つぞ」


嫌そうな声を上げそうになったのはどうやらバレなかったらしい。

取り敢えず勧誘されない程度の碁を打とう…。







十数手打って部長の棋力は大体見当がついた。

やはり有紗よりは弱いが、部活でやる分には十分なんじゃないだろうか。

失着は割と多いが荒らしがうまい。

ただ、穴が多くそこを突いたら一気に崩れるような打ち方だ。


(あえてそこを打たなければこっちの棋力はわからないかな)


ちょっとずつ相手側に地を稼がせていき中押し負けでいいかと思う。

とはいえ、うまく誘導してもこちらの思った通りには行かず、失着をしてくる辺りが惜しいところだ。


「うーん、ありません」

「ありがとうございました。はっはっは。まだまだだなぁ君!」


終盤手前でようやく地を明確にできたので、僕は中押し負けを宣言した。

思った通り部長は僕の棋力を見誤ってくれたようだ。

これで安心して勧誘されても自体出来る。


「部長さん荒らしうまいですね」

「そうだろう。今日は気持ちよく碁が打てた!調子がいいらしい!」


(なるほど…いつもは穴を突かれてるんだな)


そこに気づいてるかどうかは知らないがこの人は別の意味で調子がいい人だ。


「どうだ、囲碁部うちに入らないか?」

「申し訳ないですけど遠慮しておきます」

「そうか、そいつは残念だ。まあ打ちたくなったらまた来い。いつでも相手してやるから」

「あ、はい」


部長はガハハと笑うと今の盤面の棋譜を書き始めた。

真面目な人だなぁと思ったのも束の間、手順が間違っている。


「部長、そこじゃなくこっちの手が先です」

「おぉそうだったそうだった。すまんな」

「いえ…あ、そこも応手はそこじゃないですよ。ここを打ってからこっち打ってその後にそこです」

「む、そうだったか?あぁそうかうん」


真面目ではあるが記憶力は乏しいらしい…。

結局僕は部長の棋譜の修正をしてから部室を後にした。










涼香Side——————


対局と検討が終わった時には白君は部室を後にしていた。

部長と橘が迷惑をかけたようだから声を掛けようと思っていたが、今度会った時でもいいだろうか。


「部長、部員でもない後輩に迷惑をかけたら後で怒られますよ」

「まあそう言うな冴木。それよりこれを見てくれんか」

「先の棋譜ですか」


棋譜によると先番が白君でコミは6目半の互先だったようだ。


(相変わらず穴だらけの荒らしだ…)


来るたびに指導はしているがこの人の荒らしの穴が埋まることはない。

今日はうまいこと突かれなかったようだが...。


「どうだ今日の俺の碁は!中押し勝ちだ。終始こっちのペースで打てたぞ」

「…そうみたいですね。まだまだ失着と穴は多いですが」

「まあそういうな」

「この棋譜、少し借りますよ」

「後で返してくれればいいさ!今日は気分がいい!」


(……)


空いている碁盤で棋譜を並べる。

盤面が進むにつれ、部長の手はともかくとして、白君の手に違和感を感じる。


(なんというかこれは…指導碁に近いな)


穴はあえて突かず、相手に地を稼がせるために打っているかのようだ。

自分の石の薄いところを補強するように見えて、部長に若干多く地を稼がせる。

終盤は特にそれが顕著に現れている。

自分で打ってみれば白君は普通に打っているように見せているが、わざと部長を勝たせているのは明らかだ。


(これを部長に言うとまた面倒くさいことになるなぁ…)


どうしてこんな事をしたのかは分からないが、白君が強い碁打ちである事は明白だ。

一度対局をすれば分かるだろうか。

好敵手との対局は胸が高鳴る。


それにしても…


「それにしても指導碁でよくこれだけ失着ができるな…」


白君には後で必ず謝罪をしておこう…。

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