第16話 月夜の休息

 気づけば、コンビニの前まで来ていた。


 駐車を始める俺の車の他には、2台の車が駐車されており、コンビニの電飾看板がぼんやりと光りながら、車内を照らし出す。

 

 ……信じられるわけないだろ。これからの人間の生活はどうなる。お金はどうなる。それに、ペナルティを受けた人間はこれからどうなるんだ。……くそっ、いったいこんなシステムを誰が認めるっていうんだよ。もし、仮に本当だとしても国が許すわけがない。

 

 そうただ、信じたくない思いでいっぱいの俺は、額を手で押さえながら、一度、まぶたをゆっくりと閉じた。

  

 もう、俺のこの小さな頭では、世界規模で何が起きているのか全く理解できなかった……。


 そして、数秒後、落ち着きとともに、俺は車に『電源を切る』と指示を出す。


 ライトが消え、静まり返る車内。


「そうか……」


 当然、俺にはもう他人事のように口に出し、受け入れることしかできなかった。と言うのも、アニマが嘘をつく理由はなく、否定しようにも、実際に今まで目の前に起きた事実が俺に嘘だと思わせなかったからだ。

 

 いや、でも待てよ……


「そうだ、コンタクト自体を目から取り外せば、脳に信号が送られることはなくなるはずだろ。よっし、これでもうペナルティを受けることも、バトルをすることもせずに済むはずだ」


 首を横に振るウル。


「残念だけど、それもだめ。コンタクトARを一度でも装着した時点で、すでに信号によってペナルティファイルが脳内に送られているの。まぁ、簡単に言うと、そのペナルティファイルという名の爆弾が、ある合図で爆発する……。つまり、その合図によってペナルティが発動するってことなの。そして、その合図と言うものが、例えば『所持金が0円以下になったり』、『3日間バトルをしない』というものになるわけ。だから、コンタクトARを外したところで、3日間バトルをしなければ、それが必然的に起爆の合図となり、ペナルティが自動的に発動するわ」


 もう、無理だ……。逃げられない。こんなの、脳内に時限爆弾を抱え込んで生きているのと変わらない。


「何をしても、逃げられないのか」


「うん、戦うしかないわ。残念だけど……」


 俺は、一瞬にして、絶望感と空虚感に包まれた。


「ミチノブ、大丈夫?」


 首を傾げ、少し笑みを浮かべながら言うウル。


 こんな時に、そんな顔するか……。


「大丈夫なわけないだろ。まぁでも、必ず国が黙っていないはずだ。今はとりあえず飲み物を買って家に帰ろう。……俺はもう疲れたわ」


 と、苦笑う俺だが、唯一ウルの笑顔だけは癒しになった。



 俺は車から降り、腕を大きく上げ、背伸びをした後「あぁーあ」と声を漏らしながら、早々とコンビニに入っていった。


 現代のコンビニは、従来のように人も働いているが、大きくは数種類のロボットによって運営されている。まぁ、ロボットといってもAI搭載のロボであり、その役割、形は、人間と変わらない。そして、俺の一番お気に入りのサービスは、商品の購入予約をしておけば、コンビニに着いたときにはもう商品が用意されているという画期的なものである。もちろん、じっくりと商品を選ぶこともできるし、昼間ならドローンが配達もしてくれる。


 それから、俺は1分も経たずにお茶を買って出てきた。なぜなら、他の客と戦闘になる可能性があったからだ。だが、当然ながらアップデートされたばかりで、システムの把握もままならない、ごく普通の人たちが、カズマのようにバトルを仕掛けてくるはずはなかった。……今はバトルをするやつのほうが珍しいだろう。


「あ、そうだウル。AIAマネーって直接、現行通貨として使えるんだよな」


「そうよ。直接というより、自動的に現行通貨に変換されるの」


「なるほど。……あ、それと、バトルに勝ったはずなのに、所持金が32410円のままだったんだけど」


「あぁ、報酬の勝利マネーの40000円分は次の日に振り込まれるから安心して」


「まじか……。本当に40000円が振り込まれるんだな。まだリアルマネーってことが実感できない」


 まてよ。ってことは、その日にどれだけバトルに勝って、マネーを増やしたとしても、次の日になるまでは、現段階で持っている所持金で凌がなければならないってことなのか。


 はぁぁ、本当に把握する情報が多すぎる。この調子だと、また、ルールブックをじっくり見ないといけないな。


 その後、5分程過ぎたであろうか、俺は黙ってウルの隣でお茶を飲みながら空を見上げ、落ち着いていた。


 闇夜の空一面を輝かせる星々。


「なぁ、アニマって星が綺麗だとか思うのか」


「うん、思うよ。どうしてかな。やっぱり、データと生で見るのは違うと思う。それに、その時の環境に状況とか、雰囲気によっても感じ方は様々だと思うから」

 

 なるほどな。やっぱ、他の人工知能ロボと違って、感情みたいなものがちゃんと備わっているんだな……。


「そっか。それにしても、今日の星空はホントに綺麗だな」


 コクリと頷くウル。


「そういや、話変わるけどさ。あの時、ウルはキラーから毒攻撃をくらって30秒で戦闘不能になるはずだっただろ?なのに、なんで倒れてなかったんだ?」


「うん、それはね、特殊能力の効果は決着がつき次第、バトル終了と同時に無効化されるからなの。あの時は確か、ポイズンの効力が発動する残りコンマ数秒で決着がついたから、30秒経たないと効果を発揮することのできない能力は無効になったってわけ」


「なるほどな。ってことは、アニマもそれだけ種類が異なると、きっと敵の特殊能力も効果も無限にあるってことだよな」


「そうなの。だけど、このバトルは実戦だけじゃなくて、ルールから、駆け引き、システムの使い方まで、全てが勝因へと繋がるわ。だから、アニマが強いだけじゃ勝てないこともある」

 

 やっぱ、そうなれば、情報戦になるのも必然か……。


「まぁ、そんな単純なわけなよな。ペナルティも人生もかかっているんだし。ってことで……」


 その瞬間、俺は『医療キット:ウルを治療する』と脳に指示を出す。


『アニマ:ウルを治療するためには、3200円かかりますがよろしいですか』と視界に表示されるが、すかさず俺は『はい』と指示を出した。


 すると、みるみるうちにウルの体の怪我は治っていき、それに合わせて服も綺麗に元通りなっていく。 


 服もしっかりと綺麗になるんだな。

 

 と感心する俺を、驚いた様子で見るウル。


 まぁ、これは俺だけの力で勝ったわけじゃないからな。お金のある時は、できる限り回復しないとな。と俺は思いながら、


「生き残らないといけないからな」


 とウルを見て言った。


 そして、ウルは嬉しそうに口を開いた。


「そうだね。ありがとう。ミチノブ」 


 しかし、この時、俺は決して、バトル中の激しい戦闘により、ウルの衣装が綺麗に破け、悩殺ボディがはだけでることを望むような、よこしまな気持ちは、多分、なかったとだけ言っておくとする。


「あっ、それと、言うの忘れていたけど、バトル中は医療キットが使えないからね」


「あぁ、そうなのか。覚えておくよ」


 これは俺の推測だが、バトル中の回復システムを敢えて取り入れていないのは、長期戦を阻むためか、それとも回復に価値をおく、回復系アニマでもいるってことなのかもしれない……。まぁ、どっちらにしても、バトルにおいて、回復は重要ってことだもんな。

 

 なんて、思い、ウルと会話をしながら、俺達は車に乗り、自宅に向かった。


 




 帰り道。車の中で俺は、何気にふと親父の留守電のことを思い出す。


「そうだ、ウル、留守電を流してくれないか?」


 一応、家に着く前にメッセージチャットでも連絡を返しておかないとな……。 


「わかったわ。それじゃ再生するよ」

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