第10話 逆転

6……


 体を後ろに傾け、凄まじいスピードで後方に跳ねるキラー。


 ……えっ?


 俺がそこに見たのは、ウルのパンチを瞬時に避けるキラーの姿だった。


5……


 なぜだ。なぜ、あいつが、3倍も身体能力の上がったウルのスピードに追いつけるんだ……。


 予想外の展開に、俺の全身の体温は一気に上昇し、焦りとともに、刻々と心音が大きく波うつ。


 キラーは、後ろに跳ねるも、すぐに、そのまま空中でキャノン砲をウルに向けて、何発か撃ち込んだ。


4……


 そして、ウルがその砲弾を避けようと、後退した瞬間、辺りが煙で見えなくなった。


 あとの3秒間は何も見えない……。


 額から流れる汗は頬を伝い、スゥーッと顎から落ちた。


 予想が外れた……。


 早く、次の策を練らないと……。


「シッシッシッシ」


 キラーの笑い声とともに、辺りの煙が消える。


 当然、俺はこの時、ウルがなんとか逃げ切っているだろうと踏んでいた。なぜなら、時間的に、ウルは特殊能力を持続していたし、それに、元々の身体能力が高いこともわかっていたからだ。


 が、しかし、次の瞬間……俺の視界には、予想外の出来事が映っていた。


 ウルが、キラーの尻尾に巻きつけられ、動けなくなっていたのだ。


「ウルっ……」


 俺の口からは小さく言葉がこぼれる。


 それに、続き、ウルを見ながら、キラーが話し出す。


「シッシッ。いやぁーホントに焦ったぜ。こんなこともあろうかと、近接戦対策のために尻尾のバネを使って反射的に後退する準備をしておいてよかった。いやぁー、ホントによかった」


「ハハッ。キラー、尻尾をバネに避けるとはやるじゃねぇか。ヘッ、軟弱女如きが爬虫類の反射力をナメるからこうなるんだよ」


「ミチノブ……ごめん」


 俺の耳に聞える、ウルの微かな声。 


 ……。


 俺は動揺から何も言えなかった。


「だろ、だろ?それに、煙は陽動……俺のこの目は煙の中でも、何でも良く見えるからなぁ。いやぁー目の弱い奴は、とっても捕まえやすかったぜ。なぁ、メイドのお嬢ちゃん」


 俺の頭は完全に真っ白になっていた。それは、戦うすべを失っていたからだ。


「さぁ、どうする変態チキン野郎」


 追い打ちをかけるように、言葉を吐くカズマ。


 …………。


「っていっても、お前らの負けはもう確定だがな。ハハッ」


 そう、もう、ダメなんだ……


 ギュギュギュっと、ウルを強く締め付けるキラーの尻尾。


「い、いたい」


 痛がるウル。


「いいねいいね、もっと苦しめぇ!苦しめぇ!」


 勝利を確信し、喜ぶキラー。しかし、カズマはそれほど喜ばず、冷静に終息に向かう様にキラーに指示を出した。


「おい、キラー、遊びはそこまでにしろ。そろそろ本気で終わらせるぞ。俺には5万円が待っている」


 大きく息を吸い、ニヤリと笑うカズマ。


「いくぜぇ、特殊能力発動!――ポイズン(毒舌)」


 キラーは、その合図とともに、緑がかった舌を口からニュルリと出し、ウルの頬を下から上へと舐めた。


「ハッハハッハハハハハッ」


 それを見て笑い上げるカズマ。


 いつも、そうだ……。そう、いつも……


 俺は、唖然とし、ずっと立ち止まっていた。


「ハハッ。キラーの舌で舐められたやつは、どんなやつであっても、30秒後、必ず戦闘不能になる。全く、最強の特殊能力だろ?どうだ、これで俺たちの勝利は決まった」


 ウルの体は、徐々に緑色に浸食されていく。


 また、このままなのか……。また、現実は俺を阻むのか。


 その時、俺の脳裏には、自身の力で及ばなかった結果が次々と浮かんでいた。……途中で辞めた部活、受験の失敗、彼女との別れ、そして、就職の失敗……


 くそっ、くそっ、くそっ……ぜったい、いやだ……  いやだ。


 

26……


 もう諦めるなよ……俺、


 ……なにかある、まだなにかあるはずだ。ぜったい、ぜったいに……。


20……


 考えろ、考えるんだ。


18……


 そうだ。


 この時、俺は、一か八か、1つの方法を思いつき、それに賭けることを覚悟する。


15……


 俺は、キラーに向かって全速力で走り出す。


 カズマは、ニヤリとしながら言う。


「もう、遅い」


「シッシッシ」


 同じくキラーも笑っている。


8……


「おぉおおりゃぁあああ」


 俺は、すぐさま、キラーに近づくと、キラーの尻尾に噛みついた。そして、尻尾の一番上の巻をずらすように、必死に、抓り、叩き、そして、殴り続けた。


「ウル、うでうぉ、うでうぉ」


「えっ」


 しかし、当然、硬く重たい尻尾は、ほんの少しの気持ちしか動かない。


「もう、いいよ。ミチノブ……」


 俺は、そんなウルの言葉が聞こえようとも、「最後まで諦めんな」と、言わんばかりの必死な面で、ウルを強く見た。


「うでうぉ、うでぇうぉだせ」

 

 もう、俺だって、悪あがきにすぎないのはわかっている。


 それに、理性など、10秒前に捨ててきた。


 到底、ウルが逃げることなんて、不可能なことも承知だ。


「いってぇな!いい加減離せ!もう、お前らは負けてんだよ!」


 俺は、キラーの言うことに耳を傾けることなく、すぐさま、キラーを後に、走り去った。


「はっ、あいつ諦めたぜ。シッシッシッシ」


「ほらぁ、逃げやがった」


 カズマとキラーが笑う。


3……


「うぁおおおおおおおお」


2……

 

 バンッ


 俺は、車のフロントに全力で手の平をつき、言い放つ。


「タッチアップ発動!!」


 その瞬間、尻尾から出るウルの片腕。


「なにっ」


1……


「200km オーバー パンチ!!」


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