第9話 特殊能力

 視界がブレ、そのまま俺は前方へと顎から崩れ落ちた。


 ドサッツツッ

 

 痛ってぇ……


「ハハッ。戻ってくると思ってたぜ、チキン野郎。俺の鉄拳、効いただろ」


 俺の耳に微かに聞こえるカズマの声。


 地面だけが薄らと見える……


 待ち伏せ、かぁ……


 くそっ。意識が遠のきそうだ。


『だからお前はくそニートなんだよ!』


 ふと、脳裏に聞こえる秀の声……。


 ……ニートだってな、やるときは、やるんだ……よ。見てろよ、秀、いや、俺をニート呼ばわりしたやつら……。こんなところで、こんな、くそチンピラ野郎にまで負けてたら、今までの俺の維持がすべて、無駄になる。


「……こんなところで負けてられるかよ」


 俺の口から無意識にこぼれ落ちる言葉とともに少しずつ戻る意識。


 目を瞑り、深呼吸をした俺の口元は自然と緩んでいた。


 ドシッ

 

 俺の背中に腰を下ろすカズマ。


 くっそ。何とか、意識は取り戻せたけど、これじゃあ逃げれそうにないな。


 それに、斜め前には、爬虫類の鱗が敷き詰められた、恐竜のような足も見える。


 キラーもいるのかぁ……。


「カズマ、あのメイドの女、逃げ足が速すぎて追いつけない。俺のクラスはガンナーだから、向こうに戦う気がないと捕えきれないぜ」


 やっぱり、思った通りだ……。こいつはガンナーだったのか。


「チッ。しょうがない。戦闘不能の加減がわからないが、こいつを先にやっちまうk……」


 突如、カズマの声が止まる。


 俺は、首を少し上げ、後ろを振り向くと、そこにはなんと、カズマの首に右足で蹴りを入れようとするウルが立ち構えていた。


「むち打ちじゃ、すまないわよ」


 俺は、ウルの蹴り構えるフォームのかっこよさに見惚れるも、束の間、スカートの下に見てはいけないものを見てしまっ……


 ……はいていた。いや、こんな状況で俺は何を期待している。集中しろっ。


「てめぇ、脅しのつもりか?」


「本気よ。この位置なら、そいつも安易に攻撃はできないわ。あなた、今の立場わかってるの?」


 カズマはニヤニヤと笑っている。


 そして、時が緊迫するも一瞬……


「あぁあ!!」


 突如、カズマは立ち上がり、懐にしまっていたナイフをウルに向けて振るう。


 と、その隙を突き、同時に俺も立ち上がり、前方へと逃れるように走った。


「ナイス、ウル!」


 俺は、声だけを掛け、ウルの方も振り返らずに、逃げることにだけに専念した。


 それは、言うまでもないが、ウルには、カズマの攻撃を避けれるだけの身体能力があると確信していからだ。しかし、それだけではない。それよりもあの状況で、俺が助かることのほうが第一の優先事項だと断定できたからだ。


 そう、この戦いは、どちらか一方でも戦闘不能になれば敗北する……。


 すぐに、逃げたことに気づいたキラーは、俺に向かって肩のキャノン砲を連続して撃ち込んでくる。 


 地に響く衝撃音。

 

 俺はすぐさま、1台の車に隠れ、ウルを待った。


「ハァ、ハァ、なんとか逃げ切れた」


 ガンナーって、あんな砲弾、生身の人間が1発でも当たったらどうなるんだよ。


「どいつもこいつもなめやがてえええ!!!」


 叫ぶカズマの声が聞こえる。


「痛てっ」


 俺の耳を引っ張るウルが隣にいた。


「ボロボロだね」


「あぁ、もう疲れた」


 俺は、少し安心したのか、自然に笑みをこぼした。


「さっきはありがとうな。おかげで助かった。信じてよかったよ」


「いえいえ。パートナですから。さて、ミチノブ、これからどうする?」


 俺は頷く。


 無差別に鳴るキャノン砲の衝撃音。


「これって、リアルにあるモノが攻撃を受けた場合どうなる?」


「それは、リアルな戦闘を感じさせるために、今見たとおり、煙が立ったり、地面が砕けたり、モノが破壊されたように映像は見えるけど、実際には、破壊されてはいないわ。でも、壊れた映像演出になったモノは、実質の機能としての意味が損なわれるの。だから、例えば、ここにある車が破壊されたとしたら、アニマの攻撃に対する壁の役割は持たなくなる」


「なるほど、そういうところもリアルにできてるってわけか。ということは、この車も破壊されるのは時間の問題だな」


「うん」


……爆音が止まる。


「おーいっ、隠れても無駄だぜ!早くでてこい、チキン野郎」 


 カズマが大声で叫んでいる。


 早くしないとな……。幸い、ウルのおかげで、なんとか逃げていた時間を使って作戦は立てられた。よっし、やるか。


 そして、俺はすぐに、ウルの耳元に近づき作戦を伝えた。


「よし、それじゃ俺の合図で、キラーに向かって走って行ってくれ。頼んだぞ」


「わかったわ」


「くっそ。逃げてばかりでおもしろくねぇなぁ。撃つのやめたんだからさっさと出て来いよ!おらぁ!」


 痺れを切らすカズマ。


 俺は、そのタイミングで、車の脇からカズマとキラーの前に出た。


「あぁ。俺ならここにいる。もう逃げないから安心しろ……この、クソチンピラ野郎が」


「アァア、コラァ!!」


 カズマがキレる暇もなく、キラーの弾は俺に向かって飛んできた。


「よっし、ウル、いまだ!!」


 その瞬間、俺の背後から現れたウルは、キラーの弾を避けるように、俺の手首を引っ張った。


 外れる弾は大きな爆音と煙を上げる。


 そして、ウルは、そのまま俺の手首を握り、煙の中を通って、キラーに向かって走った。


 よっし、いける。


 キラーが2発目を打ち込もうと、キャノン砲の先端を光らせた瞬間、俺はウルの背中を、引っ張られる手とは別に、もう片方の空いた手の平で触れ……そして、言い放った。


「タッチアップ発動!!」


 その瞬間ウルの体をオーラがまとう。


 そして、キラーが弾を撃ち放つと同時に、ウルの背中を前に押し出し、俺は後退した。


「ハァ、ハァ」


 よし、完璧だ……なんとか、無事に能力は発動してくれたみたいだ。


 外れる2発目の弾の衝撃音で能力の発動を確信するとともに、先ほどウルに伝えた作戦が俺の頭に過った。


『ウル、俺は今、こんな体だ。変に動いたら、また足を引っ張ってしまう。だから、俺が先におとりになって、あいつらの注意を引く。そうすれば、多分、すぐに攻撃が可能なガンナーであるキラーが俺に向かって攻撃をしてくるだろう。そしたら、次に俺は、その攻撃が当たる前に合図を出すから、ウルはその合図とともに俺を引っ張って、その攻撃を避けてほしい。これで1発目の攻撃は確実に避けることができるだろう。

 そして、その後、次のキラーの攻撃までの間に、俺とともにキラーにできる限り近づき、俺のタイミングで特殊能力を発動する。そうすれば、ウルの身体能力は今の3倍になるはずだから、そのままキラーに一発お見舞いしてやってくれ。……悪いが、俺は足を引っ張る前に、能力を発動次第、後退する』


 その作戦通り、目の前には、凄まじいスピードでキラーに近づくウルがいた。


 よし、ギリギリまでキラーに近づいたかいがある。


 あと10秒もある。


 ウルは2歩余りでキラーへ近づく。


 突然現れるウルに身動きが取れないキラー。

 

 残り8秒……


 拳を握るウル。


 いける。


「3倍……」

 

 7……


「ウル、パンチ!!」


 ウルは強烈な拳を振りかざす。


 よしっ……

 

 しかし、次の瞬間、俺は目を見開いた。

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