第6話 駆け引き ①

 不意に、誰かが俺の肩を二度叩く。


 俺は恐る恐る、背後を振り返ろうとするが、それよりも早くアニマが俺に話しかけてきた。


「あなたのうしろに、だっさいチンピラ野郎がいるわ」


 おい。こいつ何言ってんだ……。何勝手に喧嘩売ってんだよ!


 俺は、一瞬にして背筋が凍った。さらには、ドクッ、ドクッとしだいに大きくなる心音。


「大丈夫。後ろのチンピラには、私の声は聞こえていないから。周りには、見えるように設定しないと私は相手には見えないし、声も聞こえないの」


 よかった……。って俺、今どんな顔してたんだろ。


「おい、お前、ここで何をしていた?」


 俺の後頭部に響く挑発がかった声……。


 その直後、俺は後ろを振り向き、すかさず答えた。


「えっ、あの、ちょっとネットショッピングをしてました」


 しかし、そのいかにも、イキリ立つ金髪で短髪のチンピラ男は、その言葉を無視するかのように鼻で笑った。さらには、ニヤニヤとしながら、大きな口でガムを噛みながらクチャクチャと音をたて、俺の肩を突き押してきた。


 ……俺は、まじでこういうタイプの人間が嫌いだ。


「お前、そこに、アニマいんだろ。」


「えっ?」


 ……その発言は、かなり俺を焦らせた。なぜなら、リアルマネーバトルが頭に過ったからだ。


 なんとなくアニマの話になることを予想はしていたが、悪い状況であることには間違いない。あまりにもバトルをするにはタイミングが早すぎる。……これはアニマを使った合法的な金の奪い合い。もし、バトルにでもなれば、俺が勝ったとしても、見す見す逃してはくれないだろう。

 

 知らず知らずのうちに額から流れる汗。


 考える暇を与えずにチンピラ男は笑いながら話を続ける。


「バトルしようぜ」


 最悪だ……。

 

 アニマがいない、なんて隠し通せないと思った俺は、冷静に受け答えた。


「いや、まだ設定とかいろいろ終わっていませんし、いろいろとまだ把握できていないこともあるので、またでいいですか?」


「そんなの俺もだよ、そう固く言うなって、リアルマネーバトルだぜ?いいだろ?おーいっ、おーいっ……」


と、「おーいっ」と言うたびに、ふざけて俺の肩を突き押すチンピラ男。


 俺の横で、苛立つアニマ。


「なんなのこいつ? もうバトルすれ……」


 アニマの言葉が途中で止まる。


 俺は苛立ちと焦りとともに、一点を見つめ、冷静にどうするかを必死に考えていた。

  

 本当に、めんどうなことになった。もし、ここで戦闘をすれば、もう3日間誰ともバトルをしなくていいというメリットはある。でも、情報が不十分すぎるから、負ける可能性も、もちろん高くなる。……いや、まて、向こうもアップデートをしてそんなに時間は経っていないはず。初心者同士、勝ち負けは五分五分てところか。


 よし、それじゃ、ここは1万円を賭けて、穏便に事を済ませよう。これなら負けても大丈夫だ。怪我をするよりかはましだろう。

 

「わかりました。でも、まだ名前も決めていないので少し設定はさせてください」


「よし、いいぜ。はやくしろよ」


 ニヤニヤしているチンピラ男は、ガムを地面に吐き捨て、シャドウボクシングをしはじめた。


 よし、少しまだ考える時間がある。


「よかったの?なんかすっごい嫌そうな顔してたのに」

 

「あぁ、どうせ、このシステム、チュートリアルとかもないんだろ?」


「うん、ないわ。実践あるのみよ。だけど0円以下にはならないようにね」


「うん。……そういや、ペナルティって何があるんだ?」


「それは、今は言えないことになっているの。ごめんなさい」


「そっか、まぁ、このままいけば、ペナルティを受けることはないだろ。それより、とりあえず、名前を決めないとな。てか、自分で決めないのか?」


「うん。つけて、名前……。あなたが呼びやすければ、それでいいから」


「って言われてもな~」


 う~ん。名前か……。こういうの、めっちゃ迷うんだよな。すずは……違う違う!それは元カノの名前だ。あいり……それはAV女優だろ! えぇーっと。


 俺は、アニマを見つめた。


「なにっ?!」


 あまりにも俺が顔を見るので驚き照れるアニマ。


「ウル……」


「ウル?」


「なんとなく、今、頭に浮かんだ。なんかいいじゃん!」


「わかったわ。それじゃ、それを設定するのと一緒に、あなたの名前も登録して」


「わかった。設定はこれくらいでいいのかな」


「そうね。一応、その他にもいろいろルールや設定はあるけど、とりあえずはこれでバトルができるわ」


 俺は、頭で『アニマ名:ウル』『パートナ名:ミチノブ』と指示を出す。


『一度登録すれば変更はできませんがよろしいですか?』と視界に表示される。


 俺は、迅速に『はい』と指示を出した。


「よし、少しでも早い方がいい……あいつに知識をつけられると不利になるからな」


 シャドウボクシングをするチンピラを見て俺は安心する。


 ……脳筋野郎でよかった。もし、ここでルールブックの確認でもしていたら面倒だからな。てか、あいつ自分で戦う気かよ……。


 車の中に、豆乳とプリンの入った袋を入れた俺は、チンピラ男に声をかけた。


「準備ができました」


「よっし、それじゃ、はじめるか」


「いくぞ、キラー」


 キラー?こいつのアニマの名前か。よく見ると、チンピラ男の頭上には、『ID:Kazuma』、『戦歴:0戦0勝0敗』の文字が表示されている。


 なるほど、他人に与えられる情報は「ユーザーネームと戦歴」で、今はこれだけってことか……。


「ちょっと待ってくれ、まず、俺から申請していいですか?」


「もう送ってんだよ」


 そう、言うと、俺の視界には『バトル申請』のバナーが現れていた。


 くそっ、相手の所持金がわからないと、こっちはかなり不利になる。

負ければ1発で所持金0円だってありえるからな。どうしよう……。


「ミチノブ、バトルマネーのことがあるからバトルの承認は慎重に決めるべきだわ」


 頷く俺。ここは素直に……


「あの、すみません。全額とられたらペナルティくらうんで、賭け金をはじめに言ってくれませんか」


「あぁ?1万だよ1万。お前も1万しか入ってなかっただろ?」


 こいつ、金の変換も理解していないのか。これは好都合だ。相手は俺が1万円しか持ってないと思い込んでいる。だから、もし、このままいけば、申請を承認しても1万円しか賭けてはこないだろう。これなら俺が負けてもペナルティをくらうことはない。よし、ここは、あまり刺激を与えないようにしよう。変に勘ぐられても困るからな。


「あ、あぁ。1万ですよね。負けたら、ペナルティくらいますけどいいんですか?」


「勝てばいいんだよ」


 大きな口で笑うカズマ。


 よし、のった。こっちのペースだ。


「ウル、いくよ」


「わかったわ」


 俺は、この勝負、わざと負ける。


 そして、俺は『承認する』と脳に指示を出した。

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