【造花】
斗月冬歌
第1話 風に属する生き方
「寅、デリやるか?」
「は・・・!?」
「いや、起業の仕方、教えたろか?」
「ふ・ふ・ふっ・・・風俗業界ですか!?」
「何をドン引きしてんねん?簡単やぞ?」
「いや、簡単とかそういう問題じゃなくてやな・・・デリ・・・デリヘルなぁ・・・」
目の前のこのイケメン、坪井氏とは、高校からの友人で、もう20年もの付き合いになる。彼は・・・文句なしに「いい男」だ。
情に厚いし義理堅いし、男としてこういう奴を友人に持つのは、幸福なことだとさえ思う。
女性を紹介してくれたことは1度や2度じゃないし、若い頃はよく2人でミナミにナンパにも行って揃って性病貰ったこともあるし、失恋した時は朝まで何も言わず傍にいてくれたし・・・。
ただ・・・岸和田出身の独特の濃ゆいオーラを身にまとう彼は、極めてイカツイ。イケメンには違いないのだけれど、何というかその・・・
時計は「お前はバブル期の化石か!?」というほどに「キンピカ」だし、車は「よぉ自身のキャラを自覚しとるわ」的なベタな外車だし、噂ではお父上がややこしい人だというし・・・。
「っていうかさ、ツーちんは「そんなん」やから風俗なんてやれるんやろ?」
「「そんなん」とはどんなんやねん!?」
「いや、だから・・・背後に「ややこしいの」とか必要なんやろ?」
「アホか!そんなもん必要あるかいな。本職の方々はこの業界にはおらんわい」
「えっ?そうなん?俺はまた風俗店なんてそういう怖い方々の資金源やとばかり思ってたんやけど・・・?」
「漫画の読みすぎやな。たかがデリにバックなんておるかいな」
「え、でもお前、バックがないならないで困るがな?俺では対処しきれんようなタチの悪い客にヤカラ飛ばされたら、どうすりゃええのよ?」
「そんな客、殆どおらんよ。実際この2年、俺もそういうトラブルは一切ナシやったしな。意外にな、デリヘル業界って、店側も客側も普通の人ばっかりやねん。恐らくな、プロの方々からすりゃ、こんな微々たる儲けにしかならん業界は、眼中ないんやろな」
「ふーん・・・。意外・・・」
「ま、やり方だけ教えといたるから、気が向いたらしてみろや?ちなみに今、金はいくらくらい持ってるんや?」
「まぁ・・・100万円くらいなら何とか・・・・」
「上等や。ホレ、これ、風俗用の求人誌の担当と広告の担当の名刺や。やる気になったら連絡入れてみ」
「うん・・・ま、とりあえず考えるわ・・・」
そう言って別れたものの・・・風俗・・・風俗でっせ!?
そんな抵抗感満ち溢れる響きの商売をおいそれと始められる奴、そうそうおらんでしょ?
とはいえ、当時の僕の置かれた状況はお上品に表現すれば、
【ドン詰まりの袋小路のフン詰まり】
親友と共同運営していたコンビニが10年目にして閉店し、口が裂けても余裕がある状況とは言えなかったのです。
この数ヶ月は結婚情報系会社の起業も目論んでいたものの、資金が全然足りずにあえなく頓挫。
正直、35歳で普通免許以外資格もない僕の選択肢は、あまりにも少ないと言わざるを得ないですわね。
(営業に戻るか・・・もう少し、自営の道を選ぶか・・・)
昔の栄光とはいえ、これでも、訪問販売の布団屋で活躍したことのある元営業マンだったりするわけです。
年齢的に簡単じゃないだろうけど、営業職に就けさえすれば売る商材が何であれ、最低限、食べていけるくらいは稼げるはず。
ただ、この10年間のコンビニ運営生活において、1度たりとも満足な所得を得られなかった無念は、胸中に色濃く漂っておりました。
自営への未練・・・ないと言えば、嘘になるよね・・・。
(・・・100万円落としたと思って・・・やるか!)
決意が定まってしまえば動きが速いのが僕のいいところであり、そして悪いところでもあります。
とりあえず再度、友人から師匠に昇格した坪井氏に会い、詳細をレクチャーしてもらいました。
そしてその夜には、早くも自分で【エコ最優先】の起業計画を立ててみることに。以下が、その時の幼稚なプランでございます。
・店名「美人十音」~ビジートーン~
(常に「話し中」という意味・繁盛を願って名付けました)
・待ち合わせ方式のホテルヘルス
(駅で待ち合わせをして、お客様と2人でホテルへゆく方式)
・雇用したい嬢の人数:4~5人
・求人方法:ツーショットカード、ネットの風俗系求人掲示板(無料)
・通勤:完全送迎式
・料金:80分14000円
(嬢の取り分:新規9000円 リピーター:10000円)
・営業時間:未定(後述)
待ち合わせ方式にしたのは・・・当たり前ながら僕1人で店を回すわけで、女性をお客さんの家まで送迎する「デリバリーヘルス」は不可能だと判断したからです。
雇用人数も同様。あまり多くなるとどうにも捌けなくなりますので、この辺りが限界かと思いました。
求人の方法は、風俗系求人誌の掲載費が予想より少し高かったので節約。
プレイ料金は他店との兼ね合いで定め、遊べる時間を10分ほど長くして、差別化を図りました。
通勤の完全送迎式というのは、働いてくれる嬢に向けて他店との差別化をアピールしたわけです。
店の都合で待ち合わせ方式にする以上、毎日4、5人を送り迎えするくらい、オーナーとしてはやって当たり前、というのが僕の感覚でした。
営業時間に関しては・・・これは後述致します。
こうして、ない知恵を絞って餅は絵に描いたわけなんですが、その餅をモノホンの越後の杵つきに変えるには・・・
難関が2箇所あったのです。
坪井氏の教えてくれた起業手順・無店舗型風俗開業に必要な物・6点
1、働いてくれる嬢(最低3~4、理想は5人は欲しい)
2、通信環境のある事務所兼嬢の待機所
3、HP(ホームページ)の作成とネットの集客環境整備
4、その事務所を元にした地元警察への届出
5、送迎用の車
6、資金(100万円あれば十分)
上記の中で特に問題なのは、1と2です。
まず1ですが・・・働いてくれる嬢がいなければ、当然風俗店は成り立ちません。ミルクを入れないコーヒーはそれでもブラックとして普通に成り立ちますが、嬢のいない風俗店は成立しようがありませんから、彼女らを確保できなければもう、この計画自体が絵空事になってしまいます。
「優秀な嬢の確保」というのは風俗店にとってまさにライフライン、一流店でさえ必死にならざるを得ないポイントなんですね。
ただ僕の店はとりあえず「優秀な」なんて贅沢は言っていられません。
(面接者は問答無用で全員即採用!)
そんななりふり構わない決意にまかせて、ネットの風俗系求人掲示板に、下記のような書き込みをしました。
【急募!!】
待ち合わせ式のホテルヘルスを来月新規開業するにあたり、オープニングスタッフを募集致します。待機所在り、通勤は完全送迎、アリバイ対策万全。事務所は大阪市内南部(応募者様には事務所所在地をお伝え致します)となります。外見、年齢、経験、一切不問(基本的には全員採用を目指しております)お客様お1人につき10000円支給の即日全額払い。開店日に合わせ新聞各誌とネットに広告をうちます。雑費の徴収や講習などは一切ありません。興味がおありの方は、以下のアドレスまでご一報下さい。
・・・まだHPもなかったので説得力の欠片もない募集内容でしたが、求人広告にお金は回さないと決めた以上、とりあえずダメ元でもやるしかありません。
掲載順位が下がってゆくので、書き込みが常に上位に表示されることを心掛け、毎晩毎晩、せっせと更新。
するとまぁ、本当に運が良かったんでしょうね。
1ヶ月ほどで2名の嬢を確保するに至りました!
(嬢の詳細なデータは後述)
そして、ツーショットカードの方ですが・・・。
当時、そこそこ知られていたそのツーショットカードには「逆ナンパ」というシステムがありました。
つまりはこちらがメッセージを入れ、そのメッセージ内容を聞いた女性の方から男性側の携帯に電話が入る・・・という方式。
上記掲示板に書いたような内容で、淡々と求人メッセージを入れた僕の携帯は、2日間で3度だけ鳴りました。
そしてその3名との会話は、これまた幸運なことに全て面接に繫がりまして・・・。
何と1人も外れることなく、3名の嬢の確保にすんなりと成功!
(嬢の詳細なデータはこれまた後述)
どこかのリフォーム番組風に言えば、まさに
(何ということでしょう~!?)
と・・・いうところですね。
こうして、本来ならなかなか揃わないであろうオープニングを迎える為の5名の嬢は、あっという間に全員揃ってしまったのです!
(とりあえず注ぐお酒は用意できた。あとは器の方やけど・・・)
器とは・・・つまりは事務所のこと。
せっかく5人もの嬢が来てくれるというのですから、彼女達が日々健やかに働ける環境を、早急に整えなくてはならないわけです。
坪井氏マニュアルでいうところの、
【2、通信環境のある事務所兼嬢の待機所の用意】
ですが、これがまた・・・
なかなかに厄介でございました。
「無店舗型風俗店」というものは、どこででも開業できるというわけでは全くないのです。事務所を置くマンションやテナントの立地には厳しい縛りがあり(詳しくいえば学校や商業施設との兼ね合い)届出を出す前に訪れた警察署で尋ねてみると、僕の地元の市において営業している無店舗型風俗店は、何と1店舗もありませんでした!
「えっ!?何で1つもないんですか!?」
「1年前までは1店舗あったんやけどな。すぐ潰れたわ」
「やっぱ・・・ここじゃ難しいっすかね?」
「そりゃアンタ、こんな田んぼばっかりののどかなとこで風俗はなぁ・・・。やっぱり、有名どころでした方が儲かるんとちゃうか??」
失笑しながら呆れ気味に応える、生活安全課のお巡りさん。
坪井氏からも聞いて少しは覚悟していたものの、歩き始めた途端の、いきなりの行き止まりであります。
(市内は・・・高いよなぁ・・・)
風俗店向けにオールウェルカムにテナントを貸してくれる街はあるにはありますが・・・それすなわち「激戦区」だということですわね。
大阪でいえば、なんば、梅田、十三、日本橋、谷九、京橋・・・等の周辺一角あたりです。
ただやはり、そこは世の常・人の常。
風俗店を起業する人間に選択肢がなく、そこで借りざるを得ないということになれば、当然、貸し手も強気の値段設定を組んでおります。
いや、立地の縛りに触れないマンションやテナントなんて、それこそどの街にだって無数にあるんですよ?
ただ貸主であるオーナーが「風俗店」に部屋を貸すのを嫌うわけですね。
そりゃそうです。周囲の住民さんへの影響を考えれば、至極当たり前。
とりあえず有名な賃貸屋をハシゴして回ってはみたものの・・・。
「う~ん・・・。厳しいですねぇ」
とか。
「その部屋ではサービスは行わないとオーナーさんに伝えたんですが・・・」
とか・・・。
(ちっ!軟弱な営業ばっかりやなぁ?契約するってカモネギな客が目の前におるんやから、もうちょっと踏ん張らんかいな!)
そんなことを内心思いもしたけれど・・・言っても詮無いことですからそそくさと退散。なまじ営業経験があるだけに、営業マンの立場や気持ちが分かってしまい、ついつい詰めが甘くなる僕でありました。
(しゃーないな・・・。自分の足で探すか!)
まだ当時、それほど風俗店のなかった大阪市内の某駅(現在はソコソコあります)に狙いを定め、僕は近隣を歩き回りました。
原始的ではありますが、営業とは富山の薬売りの時代から、やはり、飛び込みが基本なのです。
そしてその日ほどなく、あるマンションが目に留まりました。
細長い、1フロア2部屋・5階建てのマンションには「空室有」の看板。
それよりも何よりも、ホウキで駐車場を掃くあのお方は・・・まさか家主さんではないのか!?違うの!?どうなの!?
・・・とか思うより先に声を掛けるのが元訪販の性質です。
気の良さそうなオジサマに、僕は努めて明るく挨拶をします。
「こんにちはっ!ちょっとお尋ねしてよろしいでしょうか!?」
「ああ、はいはい、何でっか?」
「このマンションの・・・家主さんとかじゃないですよね・・・??」
「はぁ・・・そうでっけど??」
「あ、良かった!!いやっ、実はですね・・・」
僕は事情を丁寧に、詳細に、なるべく包み隠さずに話しました。
交渉というのは、時と場合によっては全てを晒して話した方がいいことがあります。この家主さんには・・・
(全部馬鹿正直に話した方がいいな、多分)
それは元営業の勘働きだったのですが、あながち間違いでもなかったようです。
「デリヘルなぁ?そういやたまにチラシが入っとるな?ま、お兄さん良さそうな人やし、ワシは別にかまへんのやけどな・・・」
そうこうしているうちに家主さんの奥様も出てきて、一緒に話を聞き始めます。聞けばこの夫婦、このマンションの1階に暮らしているんだそうな。そして現在の空き部屋は、5階の2室のみ・・・。
「つまり、このマンションにお客さんは来ぇへんねんな?」
「はい!あくまで事務所兼待機所です!」
「何人くらいが営業時間中、待機するんや?」
「僕含め4~5人かと・・・」
「うーん・・・。うちはまぁ、半年以上借りてくれるんならその程度やったら何の問題もないけどな。なぁお前、どう思う?」
「とりあえず2部屋あるし、中見てもらったら?見る?」
「え!?いいんですか!?」
「ま、そちらが気に入るかどうかも分からんし、詳しくは中で相談しまひょ」
そんなこんなで見た部屋は、予想以上にしっくりくるものでした。
1DKで、日当たりも良く、事務所として僕だけが使うなら広さは申し分なかったんですが、ただ・・・
(嬢が待機できるのは、3人までってとこかな・・・)
戸を閉めるにしても、オーナーと同じ空間にいたら嬢同士何かと話しづらいこともあるでしょうし、しかも坪井氏はこう言っておりました。
「嬢は大半が・・・いや、8割が喫煙すると思うで?」
ここで4~5人が頻繁にタバコを吸えば、換気扇全開にして空気清浄機まで導入しても、目の前のこの白い壁紙は速攻ヤニで変色すること確実ですわね・・・。
「ま、タバコに関しては火の元用心してくれて、ちゃんと換気してくれたら別にええよ。あんまりひどくクロスが汚れたら退去時お金貰う時もあるけど、そりゃよっぽどの場合や。今までも何人も喫煙する人住んでたけど、ちょっとくらいなら目ぇつぶるしな。ただな、お兄さん、問題は女の子の出入りや。平日は良しとしても、夜と土日祝日は殆どの住民さん、在宅してはるからなぁ・・・」
おぼろげながら考えていたプランがはっきりと固まったのは、まさにその瞬間でした。
「いえ、それは大丈夫です。働く女性は既婚の方が多いので、お店の営業時間は10時から19時、夜間は閉めます。もちろん、土日祝、盆と正月はお休みです」
「へ~!?そんなんでやっていけるんかいな?」
「ぶっちゃけ分かりません!でも・・・もし仮にあかんかっても1年はやめませんので、安心して下さい!」
そこで不意に、奥様が人の悪い表情を作り、おどけ口調で介入。
「なぁお兄ちゃん、どうせならいっそこと、隣の1ルームも一緒に借りて~な?それやったらウチらは大歓迎やで?なぁ、アンタ?」
「おお!そや!あっちも借りてーな兄さん!?女の子3~4人常に待機するんなら、それでちょうどよろしいがな!後から新しい住人さんが向こう入ったらさすがにワシらもちょっと気になるけど、兄さんが両方押さえてくれたら何の問題もないわ!どないや!?余裕ないか~?」
「よ・よ・よ・・・余裕ですか?ま、まぁ・・・なくはないですけど?」
「よっしゃ!決まりや!!2部屋一緒に借りてくれるっちゅうなら、ワシらも気持ちよう貸すわな、それでどや!?」
ほんま・・・あんさんら、
【ナニワを絵に描いて豪華な額縁に入れて白亜の壁に飾ったような夫婦】
でんなぁ。
ただ、それは本当に名案でした。
確かに残りのもう1部屋を店で押さえてしまえば、エレベーターで住人さんに会う以外は、何の気兼ねもなく仕事ができます。
(嬢達もそっちの方がテンション上がるやろうし、リラックスできるな)
迷いは一瞬でした。
著名な風俗街のメジャービルで事務所を構えることを思えば、この程度の家賃、ハナクソみたいなもんです。
たとえ2部屋借りたとて、そんなもんどうってことないわい!→多少不安
それよりも何よりも、今日たまたま辿り着いたこのマンションのこのフロアが丸々全部空室やったことは・・・何かの啓示やないのか!?
このおっさんとおばはんとの出会いはどうやねん!?
明らか、何かに導かれとるがな!?
(これはもう・・・この流れに乗るしかねーな)
その安易な決定は、1年後と3年弱後、店に影を落とすことになります。
ただその時の僕は、もちろん、先のことなど微塵も考えてはおりません。
「そうしますわ!両方とも借ります!」
「えっ!?ホンマに!?おい、お前、言うてみるもんやな!ほんならお兄さん、いつ頃から入居する予定でっか?」
・営業時間:月曜~金曜 10時~19時 土日祝(休)決定!
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