第24話

 お母さんはつるつると輝く糸を取り出して、その小さな石達の穴に次々と通していった。お母さんの手のひらに散らばった数々の石達が軽やかに吸い込まれていく様子を、私はじっと見つめていた。


「おばあちゃんが使ってたのと違って切れにくいからね、芽ぐにも1つ作ってあげる」


 そう言ってお母さんは私の手首に糸を合わせ、長さを確認した。今からこの手にきれいな飾り物が掛けられるんだ、と思うと私はとてもわくわくした。しかし、不意に後ろから声を掛けられ、お母さんの手が止まった。


「そろそろ時間です。第3ベッドにお戻り下さい」


 それは、空いちゃんのおじさんだった。仕切りもなく広々としたホームの1階で、中央には一際目立つベッドがあった。いつもより多くの機械が密集していて、何やら大掛かりな検査が始まるようだった。


「お母さん、大変な検査なの?」


 私が心配になってそう言うと、お母さんは小さな声で「大丈夫」と笑い掛けた。そして空いちゃんのおじさんに連れられ、お母さんは去っていった。小さな机の上にはお母さんの小物入れやきらきらとした小さな石達が散らばっていた。




 ――地下へ降り、しばらく空いちゃんと遊んでいると、空いちゃんのおじさんが私を呼びに来た。その表情は少し固く、視線も鋭かったため、私は空いちゃんの前なのに少したじろいでしまった。


「芽ぐちゃん、少しいいかな?」


 お母さんの検査はもう終わったのかな、と思ったけど、それだったらお母さんが私を呼びに来る筈だと思った。空いちゃんのおじさんのただならない様子に、私は更に不安を募らせた。


「ちょっと緊急の検査がある。第3ベッドに来て欲しいんだ」


 第3ベッド。1階の中央の、検査用ベッド。さっきお母さんが検査で向かったところだ。




「はい、ここに座って。いつもの付けるからね」


 そう言うと、空いちゃんのおじさんはさっさと機械を私に取り付けていった。


「これ、補助するやつ? 私、これなくても今日は歌えるよ」


 私がそう抗議すると、おじさんは「ちょっと緊急なんだ」と言い放ち、黙々と検査の準備を整えていった。私はお母さんを探してキョロキョロと辺りを見回したけど、どこにもお母さんはいなかった。代わりに、どこかで見覚えのある、樹が見えた。


「今日はネズミさんの手当じゃないの?」


 不安を拭うために、私は空いちゃんのおじさんにひっきりなしに質問を続けた。だけど、空いちゃんのおじさんは軽く相槌を打つだけで、目線すら合わせてくれなかった。


「さ、歌って。辛くなったら補助機の方をオンにするから言ってね」


 そして、何も知らされないまま、いつもの検査が始まった。ここ最近はネズミさんの傷口を撫でながら歌わせられることが多かったけど、今日は違うみたいで少し安心した。




「おい、数値が戻らないぞ。拡声機の出力とノイズカットを最大にしろ」

「やばいですって、もうこれ、完全に……」

「うるさい! 理論上はまだまだ耐える筈だったんだ。続けろ」

「ですが、既に……」

「間違いはない。続けろ!」


 私が歌っている最中、空いちゃんのおじさん達は何やらケンカをしているみたいだった。ただでさえ急に連れてこられて歌わされているのに、私をほったらかして揉め事をしているようであんまり気分が良くなかった。


「……ぐ」


 すると、どこかから震えるような、かすれた声が聞こえてきた。色々な装置をつけられていて首を動かすことすら出来なかったので、目線で辺りを探ってみたけど、声の主は見付からなかった。


「……芽……ぐ」


 私はその声をはっきりと聞き取り、ハッとした。この声は、私を呼んでいる。どこか聞き覚えのある、この声は、もしかして。


「ダメだよ芽ぐちゃん! 休まないで!」


 空いちゃんのおじさんがいつになく怒気のこもった声で指示をしたので、私は慌てて歌を続けた。だけど、私の頭の中はさっきから聞こえているかすかな呼び声に気を取られていて、何度も歌を間違えてしまった。


「真面目にやって!!」


 更に空いちゃんのおじさんの声が険しくなり、怒鳴り声へと変わっていった。普段は優しかっただけに、ここまで豹変した様子を見たショックで、私はちょっとだけ泣いてしまった。


「あーあ、泣き声入っちゃいますよ……」

「うるさい! 早く安定薬を……いや、もういい。補助機を作動しろ!」

「え? あ、はい!」


 そして私は自由を奪われ、補助機の電気刺激で口と舌と喉が勝手に動かされ、歌を歌わされた。呼吸も機械で制御され、自分の好きなように息ができなくなり、本当に苦しかった。


「……芽……ぐ」


 もう頭で歌を考えるまでもなく、自動で歌声が口から漏れている。だから、私は他のことを考えて気を紛らわそうと、辺りを再びキョロキョロと見回した。


「……芽」


 そして、ようやく私は気付いた。この呼び声が、どこから発せられているのか。


「……ぐ」


 ベッドの手前、私の正面に立っている、樹。


「んぐうぐん!!」


 私は思わずその樹に向かって呼び掛けた。樹から聞こえてくる声は、どことなく、お母さんの声に似ていた。何で、樹から、お母さんの声がするのだろう。


「何喋ろうとしてるんだ! おい、補助機の制御値を最大レベルに上げろ!」

「しかし子供には負担が……」

「いいからやれって言っている!」

「う……はい……」




 そして、私は一切の声を出すことができなくなった。いや、正確には、機械によってずっと歌声を出し続けさせられていた。私は操り人形のように、何の自由も持たず、ただ歌い続けた。


「……ぐ……や」


 身も心も疲労でげんなりしてきた。大声で頑張れば機械の制御を振り切れるのかもしれないと思ったけど、そんなことをしたら空いちゃんのおじさんがどんな怒り方をするか想像もつかなかった。


「……め」


 そして諦めて樹を眺めていると、整った幹の中に1箇所だけ、不規則なウロを見付けた。そのウロは周りの樹皮から独立しているように形成されていて、そして、それがかすかに動くのが見えた。


「……て」


 よく見ると、そのウロは「唇」のようであった。「唇」の周りには、「目」や「鼻」のような痕跡があった。その「顔」は、まさしく、お母さんのものだった。2つの「目」はじっと私を捉えており、まさに今、目と目が合ってしまった。私はゾッとして、頭の中が真っ白になって、堪え切れずに叫び声を上げてしまった。




「い、いやああああああああああああああああああああ!!!!」

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