第23話
そして私は、お爺さんに言われた通りに、2人が去った後のホームで起きたことを話した。思い起こせば、いつだって私のそばにはお父さんがいた。ホームの皆がいた。私は、幸せだった――。
「芽ぐちゃん、また歌ったね?」
私はいつものように、空いちゃんのおじさんに叱られていた。ホームで研究をしている人達は優しかったけど、私が歌を歌うことだけは目くじらを立てて怒った。
「……うん」
私は歌が好きだった。小さい頃から、お母さんが聞かせてくれた歌。とってもあったかい気持ちになる、不思議な歌だった。
「その歌はね、僕らが君のお母さんのために研究して作った特別な歌なんだよ。今もその研究のために、このホームはずっと機械を動かしているんだ。それなのに別の歌声が混ざってしまうと、研究のノイズになってしまう。分かるかい?」
ちっとも分からなかった。誰が作った歌でも、私が歌っちゃいけない理由なんて、想像もつかなかった。ただ、空いちゃんのおじさんがお母さんの歌について話す時の顔は、少し怖かった。
「唯二の天才と言われた、音触媒の遺伝子工学的研究の始祖。その2人でさえ辿り着けなかった答えを、僕が、創り出したんだ」
いつの日か、私もお母さんと同じ検査をすることになった。私はそれがとても嬉しかった。お母さんと話している時も、たまに空いちゃんのおじさんが割り込んできてお母さんを連れていくことがあって、それが寂しかったから。
お母さんが、私の知らないところで何をしているのか、知りたかった。別にお母さん一緒に検査するようになるわけではないけど、同じ検査をすることで、お母さんが私のいないところでどんなことをしているのか分かるようになって安心した。
「さあ、この歌を歌ってごらん」
そして私に歌詞の書かれた紙が手渡された。その言葉に、私はキョトンとしていた。
「いいの?」
そう聞き返すと、空いちゃんのおじさんはニッコリと笑い掛けた。
「ああ、好きな歌だろう? こうやって研究に使う時だけは、好きなだけ歌っていいからね」
最初はただ、リラックスして歌うだけだった。次第に色んな機器を体に付けていくようになり、そしてちょっとだけ傷が付いたネズミさんが連れてこられた。
「この子は患者さんだよ。さ、この子の傷口を撫でながら、歌を歌ってごらん」
私は渋々それに従った。ほんの小さな針で付けたような傷でも、血に触ることには抵抗があったけど、そうすれば痛みが引くのだと言われ。ネズミさんのために、私は従った。そして、私は、そして空いちゃんのおじさん達も、みな目を見張った。
「これは……」
「まだ子供だというのに、本当に水平遷移を起こしている……」
「やはり歌声のデータは間違っていなかった! この子は、最初から、持っている!」
私は自分の口ずさんでいる歌、お母さんに教えてもらった歌が、本当にすごいものなんだって、その時初めて実感した。それからというもの、検査の頻度が増え、自由な時間がなくなっていった。私を検査している時の空いちゃんのおじさんは、これこそが希望だ、人類史に残る発見だ、不老不死への足掛かりだ、と嬉しそうだった。
「ねえお母さん。どうしてお母さんの歌は、ネズミさんの怪我を治せるの?」
私がいつか、お母さんに聞いたことがある。お母さんは困った顔をして、こう言った。
「色んな人達の思いが詰まった、大事な歌、だからかな」
検査は、あまり面白くなく感じるようになっていった。歌は、歌いたい時に歌いたかった。歌えと言われて歌う歌は、楽しい歌ではなかった。邪魔な装置をいっぱい着けられて、喉が痛いって言ったら首に注射を撃たれて、それが嫌だから頑張って歌っていると喉が枯れてしまい、そうしたらチューブで喉に薬を流されて。
「楽にしてていいからね。電気で勝手に筋肉を動かして、喉から歌声が出せるんだ」
私が歌いたくないと言うと、大掛かりな装置を取り付けられた。楽にしていれば良いと言われても、それは、ひどく苦痛だった。
私は次第に、空いちゃんのおじさん達が苦手になっていった。それでも、検査以外の時間は皆とっても優しくて、お姫様のように扱ってくれた。だから皆悪い人じゃないって分かってた。無理してでも、協力しないといけないんだって思ってた。
「すまだい、芽ぐ。相談があづ」
そんなある日のことだった。お父さんは私に、1つの頼みごとをした。
「最近、声がうだく出せないんだ。空いくんのおばさんに、伝えで欲しい」
もちろん、毎日ずっと一緒におしゃべりをしている私には、お父さんの変化なんて言われるまでもなく分かっていた。くぐもったような、はっきりとしない声。それに手で持っていると、たまにすごく熱くなっていることがある。更に、お父さんの体がほんの少し、触ったら何となく感じる程度に膨らんでいた。
「うん」
私は少し不安に思っていた。何か、大きな病気なのかもしれない。もし検査の結果が悪かったら、しばらく会えなくなるのかもしれない。そう考えるとあまりお父さんを検査には出したくなかった。だけど、そんな先延ばしが無意味であることは私にも分かっていた。
「あら、分かったわ。お父さんを少し診させてもらうわね」
私はお父さんを空いちゃんのおばさんに預けた後、不安な気持ちを紛らわせるためにお母さんの下へ向かった。お母さんは検査中の時間だけど、何とかお願いをすれば会わせてもらえると思った。すると、たまたま休憩の時間だったようで、お母さんは何か飾り物を作っていた。
「お母さん、それなあに?」
私がそう問い掛けると、お母さんはうっとりとした目でその飾り物を撫でた。宝石のような、砂のような、色とりどりの輝きが、私の心を鷲掴みにしていた。
「おばあちゃんの形見。と言ってもおもちゃだけどね」
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