第7話
とても涼しい朝だった。私は小鳥のさえずりを聞きながら、遠くの方から顔を覗かせた朝日に優しく起こされた。ぼーっとする頭で何だか体の節々が痛いなあと考えているうちに、昨日のことを思い出した。いつの間にか暗くなっていて、一番樹の上で野宿をしたんだった。辺りを見渡しても、クルミはどこにもいなかった。
「んく……っ」
体を起こして少し伸びをしてみた。慣れない姿勢で寝たからか、体の節々からパキパキと音が鳴るのが聞こえた。やっぱり外で寝るとちゃんと休まらないな、と思った。
「あれ?」
再び根に腰を下ろすと、すぐ隣にキラキラとしたものが落ちていることに気付いた。折れた枝に引っかかっているそれはとても美しくて、あっという間に私の心を鷲掴みにした。拾い上げてみると、それはどこかで見たことがあるような、懐かしいような、不思議な感じのするものだった。
(何かの飾り物かな? すごくおしゃれ……)
まだちょっとだけぼんやりしているけど、眠りにつく直前のことが何となく頭に浮かんだ。確か、クルミが何か置いていったんだっけ? クルミいつの間にいなくなったんだっけ? 最後の方はずっとうとうとしてたから、あまり細かいことは思い出せなかった。
(きれいな輪っか……ちっちゃい貝殻みたいな石が沢山くっついてて……)
私は目覚ましにもう一度朝日を目に入れて、手提げ袋に荷物を入れて勢い良く立ち上がった。お尻に付いた砂埃を右手でパンパンと払うと、根の水分を吸った布地が少し冷たくなっているのを感じた。昨日のうたた寝の時の、おばあちゃんの膝の上のようなひんやりとした気持ち良さを思い出した。
「おばあちゃん! また来るからね!」
静かな朝に染み渡るような大声で挨拶をして、私は一番樹を後にした。本当は水場に行って顔を洗いたかったけど、ちょっと怖かったのもあるし、何より早くお父さん、お母さん、ホームのみんなに会いたいと思った。
「ナ、メイエス――、ナ、キルエス――、ア、ナ、ヨフエス――」
帰り道は行きと比べてずっと楽に感じた。朝方だから日差しが弱いからかな。昨日の風は吹いたと思ったら突風みたいになったし、吹かないと思ったらずっと吹かなかったけど、今はそよそよと気持ちの良い風がずっと私の背中を押してくれていた。
「エスメイ――エスエン――、エスエン――メイナ――メイナ――」
歌を歌いながら、ぼーっと夢のことを考えていた。何か、とっても優しくて、とっても懐かしくて、とっても大切な夢を見た気がした。だけど、覚えていなかった。それに何故か、夢のことを思い出すと、楽しい気持ちにまじって悲しさが溢れてきて、鼻の奥がツーンとしてしまった。
「ヴォエ、ナ、ロイ――エスエン――(シャリッ)んぐっ(シャリッ)ふんふーん」
クルミの残した(シャリッ)リンゴと自分の食べ(シャリッ)かけのリンゴを順に手提げ袋(シャリッ)から取り出して、わた(シャリッ)しは朝ごはんぐんぐっ。
「おいしっ」
私は、腕に巻き付いたそれをじっと眺めていた。大人が時計を覗き込む時みたいに手首を顎まで持って来てみたり、腕を前にぴーんと伸ばしてみたり、太陽にかざしてみたり。歩いている間ずっと無心になれるくらい、その輝きは私の心をとりこにしていた。
(腕につけるにしては何かスースーして落ち着かないなあ)
私の手首より一回りも二回りも大きいその輪っかは、腕を下ろすと指までストンッ、腕を上げると肩までストンッ、常に手首を地面と水平にしていないといけなかった。
「んー……」
どうしても納得がいかなかった私は、色々と頭の中で色々なポーズを取って想像を膨らませた。
(足?)
ストンッという光景がすぐに浮かんだ。違うなあ、足じゃない。
(首?)
私の頭はこの輪っかを通りそうにない。あれ、でも少し引っ張ったら、輪っかは「みょいーん」と広がりを見せた。しかしその広がりは心もとなく、もっと力を入れたら切れそうだったので引っ張るのをやめた。
(なるほどね!)
私はフフンと鼻息を付いて、自信満々の笑顔になった。人差し指を下唇に当てて、ちょっとだけ眉間にシワを寄せて考えた。
(これだ!)
私はひらめくや否や、輪っかを親指、人差し指、中指、と順にクロスさせて引っ掛けてみた。小指まで行ってもまだ長さに余りがあったので二重にしてみた。そうして出来上がった何かは、あまりに不格好で、おしゃれとは程遠いものだった。
(……これじゃないなあ)
こんなことならもっとおしゃれを勉強しておくんだった、と思った。お母さんはお料理もおしゃれも、勉強もお花もすっごく詳しかった。お父さんも詳しいけど、何かお父さんは最初から全部知っていますっていう感じで、辞書とか図鑑に近いイメージだった。お母さんの詳しさは「お砂糖はちゃんとスプーンで量ってね」とか、「小麦粉を足す前に一旦火は止めようね」とか、「玉ねぎは火が通ってからほんのちょっとお水を加えた時に出るこの茶色がとってもおいしいんだよ」とか、うまく言えないけど、何となくお父さんの物知りとはちょっと違った物知りだった。
「いやいや、人は生きていればそれなりのことは知るから」
私が「へー」「ほー」「すごい!」と感心してお母さんを褒め称えると、お母さんはいつもそう言ってた。私もいつか大人になったらもっと何でも知っちゃうのかな、と思った。もしそうなっても、お母さんやお父さんにはかなわないだろうな。
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