第43話
――何よ……ここ……。
そこには、見たことも、想像したこともない光景が広がっていた。
ゴゥン――。
ゴゥン――。
ゴゥン――。
鳥の鳴き声でも虫の鳴き声でもない、得体の知れない唸り声が、一定の間隔で鳴り響いていた。
――何なのよ……。
私は薬籠を求め、屋敷を探し回っていた。
最初のうちは戸を「手」で開けようとしては透かされ、己が体など持たない意識だけの存在であることを思い知らされた。恐る恐る戸の中に浸透することを繰り返していく内に、自分の存在が霧のように、光のように、いや、影のように、どこへでも染み渡ることができることを認識していった。
そんな私が、「ここ」に辿り着くには、そう時間を要さなかった。
――どうして、床下に、こんなところがあるのよ……。
私はふと、屋根裏や床下へと意識を潜らせた。そういうところに大事なものを隠している家がある、と聞いたことがあるからだ。
だけど、床下を覗き見た私が見たものは、物をしまっておくような小さな隙間でもなく、軒下のようなハズレでもなく。蔵と呼ぶべきだろうか、いや、こんな蔵なんてどこにもないだろう。まさに、私達の住むところとは異なる世界、それこそ神々か、悪鬼か、得体の知れない何かが住まうような世界が、ぽっかりと広がっていた。
ゴゥン――。
ゴゥン――。
ゴゥン――。
私はその世界に、降り立った。風のない空を綿毛がゆっくり地表へと向かうように、意識が、その世界の床に触れた。
――床下に、床なんて。
辺りを見渡すと、やたらと円形や矩形の立体が目に入った。透明な石細工のようなもの、金物のような光沢を帯びたもの、丹念に磨かれた石のようにテカテカとしたもの。巳回家きっての庭師でも、ここまで正確な円や角を描けないだろう、と私は思った。
――こんなものを作れる「人」がいるとは思えない。
もしここが常の世なら、ここには「人ならざるもの」がいるのかもしれない。
私は、「人ならざるもの」の存在を知っている。
『――畢生ヲ共ニスル覚悟ガアルナラバ、ソノ孤独ヲ断チ切ロウ。
畢生ダ。覚悟ヲ違エバ、永遠ノ孤独ヲ味ワウ。
我ガ名ハ伊那倭。ソナタニ名ト能ヲ授ケヨウ』
私の中に残る、1つの記憶。生まれる前の、思い出。
兄に、名と才を与えた存在。
私に、生を与えた存在。
伊那倭という「人ならざるもの」。
私自身、伊那倭の気まぐれで創られた、「人ならざるもの」なのかもしれない。
――いけない、急がなきゃ。代志子が。
私はハッと我に返ると、また慌ただしく辺りを探し回った。
もちろん、得体の知れない世界を1人で探索することは、怖い。本当に怖い。
だけど、鬼が出ようとも、妖かしが出ようとも、体のない私は怪我の心配もないから。
そう言い聞かせることで、私は自らを奮い立たせた。
――あれは……人……かしら?
しばらくして、私は自分と同じくらいの背丈の人影を見付けた。
遠目にも女の子だと分かり、私は少し安堵を覚えた。
――何よ、いるじゃないの、人!
私は急に強気になって、その子の元へと急いだ。
まだ動きに慣れないせいか、なかなか速度が出ず、私はもどかしい気持ちで前へ前へと踏み出した。
――え?
女の子の顔がようやく認識できるくらいまで近付くと、私は凍り付いたかのように顔を強張らせた。
おかしいと思っていた。
その女の子は、先程から微動だにしていない。
それどころか、生きている感じもしない。
それは、虚空の1点を凝視し、まるで人形のように硬直していた。
そしてその顔は、幾度となく鏡で見たことのある……
――いやあああああああああ!!!!
私。
そこにいたのは、私。
ただ、表情も生気も失った、作り物のような私。
これは、私の。
死骸。
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