第41話
桐の祠で何が起きるのか、未来の伊那倭は教えてくれないようだ。だけど、私は夢の八千代を使ったとっておきの方法で、未来を知ることが出来る。
――翌日の夢。
『見付かったかしら?』
開口一番、私は夢の八千代に問い掛けた。すると夢の八千代は表情を曇らせ、もじもじとこちらの顔色を伺った。私が黙って返事を待っていると、夢の八千代は
『うん……でも……』
と言葉を濁した。こうなることは大方の予想はついていた。恐らく、桐の祠で何か、大きな不幸が起きるのだろう。
私が夢の八千代を使って未来を知るとっておきの方法。
それは、私が夢の八千代に、過去を教えること。
それも、夢の中でなく、夢の八千代にとっての現実で教える。
どうやって?
それは簡単。私が、夢の八千代に手紙を遺せばいい。
『ねえ、頼み事があるのだけれど……』
昨日の夢で、私は夢の八千代に1つの頼みをした。
『うん、何?』
以前も同じような頼みをしたことがあるので、その効果は確証済みだ。
『申渡で最も大きい樹の根本、日の昇る方に、書を埋めるわ。あんちゃんに気付かれないように、掘り出して読んで欲しいの』
夢の八千代と伊那倭は、ここ巳回家に住んでいない。どういう理由か、少しだけ離れた申渡に住んでいる。申渡は寂れた町だ。若者の多くは出稼ぎに行ってしまっていて、この辺りと交流もあまりない。そのせいか、巳回の名声は遠い町にも響く程なのに、申渡にはまるで知られてもいないようだ。
夢から醒めても、私は何かをするわけではない。書を埋める必要もない。何故なら、それは「自分で今やることではない」からだ。どういうことかは後ですぐに分かるので、話を一旦その翌日の夢に戻す。
『見付かったかしら?』
私の問い掛けに、表情を曇らせる夢の八千代。
『うん……でも……』
これは予想通りだ。あまり良い内容が書かれていなかったのだろう。だから、私は予め嘘を考えておいた。
『実はね、うちに仕えている人にお伽話を書く男がいるの』
これは本当のことだ。確かに巳回家お抱えの者が1人いた。
『え? お伽話?』
それを聞いた夢の八千代は目を丸くして驚いた。
『ええ。私達を題材にして書いてくれて、おもしろいものが多いのよ。だけど起きている間に読み切るのは難しくて。私もあなたと同じ、眠りを患う者だから。それで、あなたにも読んでもらって、この夢で聞かせてもらえたらな、って』
これは、嘘。夢の八千代が読んだものは、お伽話ではない。しかし夢の八千代は私の言葉をすっかり信じ込み、胸を撫で下ろして笑顔を見せた。
『なーんだ、そうだったの。私はてっきり、……ううん。じゃあ早速教えてあげるね。書の名は、「桐の祠」だよ。えへへ、たまたま昨日の話と繋がってて、面白いね』
――桐の祠
亥馬の山に、桐の祠というものがあった。
それは、常の世へと繋がる門。
巳回に伊那倭という男がいた。
伊那倭には代志子という妻と、八千代という妹がいた。
八千代は言った。
夜明け前に桐の祠に火を灯し、桐の祠を挟んで立てば道が拓かれる、と。
ただし、桐の祠の火に恐れを抱いてはいけない。
桐の祠は、ふさわしくない者に道を拓くことはない。
伊那倭はそれを信じ、代志子と共に常の世へ赴こうとする。
しかし、道が拓けたのは代志子だけだった。
伊那倭は、桐の祠に拒まれた。
怒りを覚えた伊那倭は、八千代を殺め、巳回を去る。
その行く末を、知る者はなし。
夢から醒めた私は早速、伊那倭と代志子に桐の祠のことを教えた。
もちろん、大事なところをごまかした上で。
「信じがたいでしょうけど、夢の八千代が言っていたのだから間違いないわ。あんちゃんは代志子と、2人で常の世に行く。そこへ行けない私の代わりに、夢の八千代が2人の前に現れる。その子を、幸せにして欲しいの」
これまでも何度か信じがたい予言があったけど、全て現実のものとなった。だからこそ、2人は私を信じた。
「もし断られたら、夢の八千代が生まれない世になってしまうの。それは悲しいこと。私の大切な友だから。その子を私だと思って、この上なく愛してあげて欲しい」
伊那倭は、置いていくことになる私のために泣いてくれた。
その涙はとても優しくて、私は幸せだった。
少しだけ、胸が痛んだ。
代志子はショックで、しばらくは何を言っても聞き入れてもらえなかった。
だけど私から何度も歩み寄り、やっと「運命」を受け入れる覚悟をしてくれた。
代志子が私のためにそこまで心を乱すとは思っていなかった。
とても、胸が痛んだ。
私の提案で、伊那倭は巳回家に出入りする男に依頼し、本を書かせた。
題名は、「桐の祠」。私が、もっともらしくしようと言って
「火から逃げてはいけない」
というキーワードを盛り込むと、伊那倭も脚色を混ぜて土亀の神様を登場させるよう指示した。
後日、私は男に1人で会い、もう1つの「桐の祠」を書くよう依頼した。
私が夢の八千代から聞いた、本当の「桐の祠」の内容を、そっくりそのまま。
もちろん伊那倭と代志子には内緒で。
そして出来上がった本は巳回家には届けず、申渡の一番大きな樹の根本に埋めるよう指示を出した。男は不思議がっていたが、巳回家から勝手に持ち出した高価な石を与えると、喜んで引き受けた。
この本を、遠い未来に夢の八千代が見付けることになる。
こうすることで、私は未来の伊那倭を介さずに、夢の八千代に過去を教え、私にとっての未来を知ることが出来た。
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