第4話

「ね、そういやさ、写真どうするの?」


 もちろん私も吾朗もカメラ付きを持っているけど、果たしてちゃんと二人が映るような位置に設置できるだろうか? 友達はペアチャレの時に他の友だちを読んで撮影してもらったって言ってたのをすっかり忘れていた。


「いや、カメラ付き使えばいいでしょ」


 吾朗はあまり何も考えていなかったようだけど、ここでこの話題を掘り下げても現地を目で見ないことには仕方ないし、何より吾朗の気が変わってしまわないかの方が心配だった。ひとまず撮影の仕方については忘れて吾朗に着いていくことに専念した。


『行く先に、亥馬神社と無縁亀甲戸と書かれた分岐がございます。そこで無縁亀甲戸の方へ降りて行って下さい』


 むえんきっこうべ、と言われてもどういう字を書くのか分からなかったけど、亥馬神社と書かれた分岐があったらだいたい分かるかな、と私は思った。多分吾朗にも分からなかったと思うけど、ただ黙って頷いていたので私が代わりに平仮名でメモを取っておいた。そんなことを思い出していると、私の手前を早足で進んでいた吾朗の動きが止まった。


「これじゃない? 無縁……って書いてあるし」


 私がそう言うと、吾朗も「そうだな」と同意を示した。吾朗は何ていう分岐だったかも覚えていないんじゃないかと思ったけど、この際気にしないことにした。


「墓地だな」


 吾朗が目を向けた先には、石が積み重ねられて出来た小さなドームのようなものがあり、その周りにはいくつかの墓石が無造作に散らばっていた。墓石にはいずれも名前が彫られていなくて、何かは欠けているものや横たわっているものもあり、花が添えられているわけでもなく墓場というにはあまりに荒れ果てていた。


「卒塔婆とかないんだね? これほんとにお墓?」


 どちらかというと歴史の教科書にあった貝塚とか古墳とか、そういうイメージに近かった。こんなところに埋葬したら逆に親族が呪われるんじゃないだろうか。


「卒塔婆ってそもそも神社じゃなくてお寺じゃね。てか神社にお墓ってあるんだな」


 吾朗がそう返したけど、神社とお寺の違いなんてよく知らないし、お墓が神社にないってイメージもなかったので私は「ふーん」とだけ返した。でもよく考えたらこの前の修学旅行で行った神社もお墓あったぞ。同じ班のキミと一緒に回ったぞ。心の中でツッコみながら、二人で周りを観察して道を探した。


「何が?」


 私がドーム状の石造りの脇をうろついていると、石造りの正面の方から吾朗が話し掛けてきた。


「何がって何が?」


 私は何のことか分からずに吾朗に聞き返すと、吾朗は間の抜けたような顔で答えた。


「いや、今『ありがとう』って言ったでしょ」


 私が「言ってない」と返すと吾朗は「言った」と意地を張った。私は薄気味悪かったので、「鳥の鳴き声と聞き間違えたんだよ」と断言した。さっきから近くで「ウーウー」と鳥の鳴き声が聞こえることは確かだ。しかし吾朗は私のいたずらだと思ったのか気を悪くしたようで、道を見付けると「あったぞ」とだけ言ってさっさと歩いて行ってしまった。


「あれ? あそこじゃない?」


 しばらくして、私は目的のものを見付けた。私が指をさす方向に吾朗も目をやった。


「これだね、桐の祠」


 占い師が示した目的地。それがこの「桐の祠」だった。ここは亥馬神社へ続く道の途中。特に名前が記されているわけでもない。古びた木製の箱。観音開きになった戸の内側には、読み方の分からない変体仮名が直接書き込まれ、いくつかのお札が無造作に貼られていた。


「じゃとっとと済ませるぞ」


 吾朗は燭台を中へ入れ、桐の祠の右手に立った。桐の祠の左右には覗き穴があり、そこから蝋燭がちょうど見える仕組みらしい。私はちょうどいい高さの石柱を見付けたので、カメラを設置し、そのまま動画撮影を開始した。私は吾朗と反対に、桐の祠の左手に立った。


「あ、そういえば火」


 私が蝋燭に火を付ける手筈だったのでスカートのポッケからマッチを取り出そうとすると、こちら側の覗き穴から既に蝋燭に火が付いているのが見えた。吾朗が付けてくれたのだろう。私はマッチを再びポッケの奥に戻す。覗き穴から見える火の先には、吾朗の姿も見えた。恐らく吾朗からも火の向こうに私が見えているだろう。石柱に置いたカメラに目をやると、録画中を示す光が点灯していた。よく見ると石柱は3本あり、いずれも顔や手が書かれているようだった。私は「お地蔵さんの一種なのかな?」と思った。だとしたらカメラを頭に置いてしまったようで、少し罰当たりな気がした。


『蝋燭の火越しに相手を眺めて下さい。火が消えるまで、その場所を動いてはいけません。もし動いてしまったら、大きな災厄がお二人を引き裂くでしょう。逆に火が消えるまでお二人がその場にい続けられたら、お二人は永遠の祝福が約束されます』


 あの時の占い師の表情はこちらからはよく見えなかったけど、何となく笑っていたようだった。災厄とやらを本当に信じているわけではないけど、かと言ってカメラをどかすために動いてしまうのは何となく後味が悪い気がした。私は諦めて覗き穴を見ると、先程より蝋燭の火が少し大きくなったようで、吾朗は完全に火に隠れてしまっていた。


「……?」


 蝋燭を眺めていると、火の中で何かが燃えているように見えてきた。いや、燃えていた。火に隠れているように見えた吾朗の体が、実際に炎に包まれていることに、私はようやく気付いた。

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