第3話
「ペアチャレですか」
占い師は驚いた様子もなく、淡々と聞き返してきた。
「知ってるんですか?」
私は少し意外に思った。ペアチャレ、というのは最近うちの学校や塾で流行っている、一種の悪ノリのことだ。誰が最初に始めたのかは知らないけど、こういう話にすぐ飛び付くような友達でもペアチャレを知ったのは2週間前って言ってた。それをこんな中年が知っているものなんだろうか。
「ええ。何しろ占い師は色んな年齢層から情報収集を行いますし、そもそもそういった話題は他の相談者からもありましたので」
なるほど、言われてみれば、私達以外のカップルがここに来ていたとすれば何ら不思議ではない。それなら話は早い。悪ノリなだけに大人には相談できないことだけど、オリジナリティが大事だから友達にも相談できないわけで、こういうのを聞くのは全くの第三者にしたかったところだった。
「要するに、ペアチャレというのは、カップルがお互いの愛情を表すために二人でちょっとしたチャレンジをして写真や動画に収める、というものと認識しております。チャレンジ、と申しましても本当に危ないことや、人様に迷惑がかかることは駄目。せいぜいバレたらちょっと問題になる程度のことまで。例えばドミノ倒しとか、ファミレスのドリンクバー全種類制覇とか、人のいない時間に橋からのバンジージャンプとか」
占い師が次々と例を挙げると、吾朗は少し気乗りしない様子で話を遮った。
「いや、静稀が勝手に言ってるだけで、俺はあんまりそういうの……」
実のところ、私が「ペアチャレをやろう!」と誘い出したはいいものの、なかなか吾朗がその気になってくれていないのも悩みの一つだった。しかしそれを直接吾朗の前で占い師に相談しようものなら余計に意地を張ってしまうと思うので、何とか占い師に吾朗が興味を持ちそうなアイデアを出して欲しかった。
「そうですか。しかしとっておきのチャレンジがございますが、度胸試しにいかがでしょう? 簡単な肝試しだと思って下されば結構です」
肝試しかあ。私は別に怖い系が苦手というわけではないけど、得意かと言われたらそうでもないわけで、多分吾朗もそんなに好きではないと思うんだよなあ。私はそう思い、あまり期待せずに吾朗を見た。
「いや、肝試しとかいいんで」
予想通りの反応だった。吾朗を動かすにはもっと男の子の好きそうなチャレンジじゃないといけないんだろうな。限界まで焼き肉食べるとか。無駄に変身するロボット作るとか。
「おや、彼氏さんは怖いのはお苦手でしたか。それならば無理はなさらずに。誰にでも得意不得意はございます」
占い師がそう告げると、吾朗は全力で否定した。
「いやいや、怖いとかじゃなくてそういうのは興味が無いっていうか、やっても意味がないから」
ちょっとトゲのある言い方に私が「ちょっと!」という意味を込めた視線と肘グイをすると、吾朗はバツの悪そうな顔をして反論を止めた。それに対する占い師の反応は冷静なものだった。
「実は先日も学生さんのカップルがいらっしゃいまして、同じようにペアチャレについてご相談して下さいました。その時にこのネタを差し上げようと思ったのですが、彼氏さんの方が聞く耳を持たず、絶対に肝試しは嫌だとおっしゃっていたのですよ。彼女さんの方が乗り気だった分、少しかわいそうでした。最近は怖いものが苦手な男性も多いのですよ」
そう言うと占い師は私の方に目配せをした。あ、なるほど。そういうことね、と私は思った。
「私もいいと思うな、肝試し。私も怖いの苦手だけど、吾朗はそういうの大丈夫なんでしょ?」
私が吾朗に問い掛けると、吾朗はすかさず「全然余裕だ」と宣言する。そして何ら補足をさせる間もなく、占い師がとんとんと話を進めていく。
「それでは決まりということで。早速明日の朝、日が登る前に亥馬岳でちょっとした度胸試しをしてみましょう」
亥馬岳というのは近所にある低い山で、亥馬神社があるので夜中でも一応道に明かりが付いているらしい。なるほど、確かに肝試しには持って来いだな、と思った。それからは占い師のやや強引な話に二人とも流される形で従うこととなった。占い師の下を去ると、何やら不満をこぼしている吾朗を尻目に私は翌朝の計画をおさらいした。
――そして今朝。私は「学校に宿題のプリントを忘れたから早く取りに行って終わらせなきゃいけない」と嘘をついて家を出た。私が亥馬岳の入り口に着くと、吾朗の方が先に着いていた。
「よっ。おうちの人には何て言って来たの?」
私がそう聞くと、吾朗はムスッとしながら「部活」とだけ答えた。何で部活の時間が急に早まってしかも日の出前なのか、絶対おうちの人に問いただされたに違いないと思った。吾朗は嘘も下手なので、私が気を回して予め言い訳も考えてあげれば良かったな、と思った。
「や、怖いね……」
思ったより、亥馬岳は暗かった。辺りには私達の足音とちょくちょく踏み折る小枝の音、そして周囲を取り囲むような大量の虫の鳴き声、更にはどこから聞こえているのか分からない「ウーウー」という鳥っぽい鳴き声。朝の山中は人の話し声や車の音も聞こえず、代わりに周囲の音がやけに自分の近くから聞こえてくるように感じた。
「……別に」
何より、吾朗がやけにずんずんと前へ進んでいってしまうのが不安だった。こういうのは慣れている、とでも言わんばかりに先へ先へと歩を進めるのは構わないが、私のことも思いやってくれないと。足元の土が少しぬかるんでいたり、ちょっと跨ぎにくい倒木があったりと、うっかりしていると転んでしまいそうだった。そもそも肝試しなんだし、手くらい繋げよと思った。いや、吾朗からそういうことをする性格ではないということは分かっているし、むしろそういうことが頭によぎっているからこそ私の前をどんどん歩いているような気もした。まあ私も手を繋ごうとか言ったりしないけど。
「ちょっと待って、ここ」
吾朗が通り過ぎた後に、こじんまりとした東屋があった。吾朗よ、キミはどこを見て歩いているんだね。そう言いたい気持ちを心の中に留めて、私は占い師の言葉を復唱した。
『東屋の屋根の近くの梁に、小さな燭台と蝋燭がある』
二人で下からじっと見回していくと、確かに梁の上に真鍮製の燭台と、燭台に刺さったままの細くて小さい蝋燭が1本見付かった。吾朗がベンチを踏み台にしてそれらを手にする。
「うわっ!」
吾朗の叫び声に、私までびっくりしてしまった。そして床からは金属音。吾朗が燭台を落としたようだった。
「何?! どうしたの?!」
私が東屋の柱の陰に隠れながら恐る恐る尋ねると、吾朗は燭台に触った手を振りながら、深く溜息をついた。
「ナメクジ、最悪……」
私のポケットティッシュで手と燭台を拭いた吾朗は、不機嫌な様子でまた黙々と先を急いでしまった。それでもまだこの肝試しに付き合ってくれていることに安堵を覚えつつも、私は重大なことを思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます