凍りついた時間

楠樹 暖

 

 転送されてきた手紙は亡くなった父親宛だった。送り主は産婦人科病院の凍結センターだ。

 生活保護法の改正により、生後一週間以内の赤ちゃんは冷凍保存をし、数年後に解凍することが可能となった。それにより、低収入で生活に困る夫婦でも共働きでお金を稼ぎ、生活が安定してから解凍して育て始めることができるようになった。少なくない家庭がこの制度を利用している。

 父もこの制度を利用していたのだ。

 確か父は学生結婚をし、働き始めてからすぐ私が生まれたと聞いている。二人目を育てる余裕が無かったのだろうか?

 病院の凍結センターへと足を運ぶ。

 照会された赤ちゃんには既に名前が付いていた。

《一郎》

 一郎……まさか……。

 私の名前は《次郎》である。小さな頃から何の疑問も持たずにいたが、――二番目――次男だったのだ。

 凍結保存された赤ちゃんは私のお兄さんだったのだ。

 凍結センターの話は契約更新の件だった。契約を延長し凍結し続けるか、解凍するか。契約更新なら前金で五年分の保存料を支払うことになる。解凍するなら育てる必要がある。父も、母も既に亡くなっており、育てるとしたら私が育てるしかない。身寄りのない子供を預ける施設という選択はしない。どうするか?

「育てましょうよ」

 恋人の藍子が言った。藍子とは付き合い始めて二年になる。そろそろ結婚を、とは考えていたが結婚資金が貯まらずに二の足を踏んでいた。

「もちろん、結婚してから……だけどね」

「でも、君と血の繋がらない子供になるわけだけど……」

「あら、あなたとだって血は繋がってないわ。あなたの両親から生まれた子でしょ? あなたと似たようなものじゃない? 大丈夫よ」

「…………」

「あっ、もちろん、その前に聞きたい言葉があるけどね」

「……決めた。藍子、結婚しよう」

「はい。素敵な家庭を作りましょうね」


 婚姻届を出しに役所へ行った。戸籍謄本を確認すると確かに長男=一郎、二男=次郎となっている。両親の死亡届は叔父さんに任せていたので知らなかった。ただし、長男の欄には《凍結》の文字がある。お兄さんの時間は凍りついたままなのだ。

 婚姻届を提出し、私は戸籍の筆頭者となった。これからは家族を守っていこうと思う。

 叔父さんに聞いたところ、父と母が学生結婚をしたのは母が妊娠したからだという。子供を堕ろして学業を続けるという選択もあったが、母はどうしても生むと言ったという。学業を続けるために子供は凍結センターに預け、卒業後に解凍するつもりだったが、二人目の私を妊娠し、出産。生みたての私の方に情が移ってしまい、お兄さんの方はそのまま凍結し、私の方を育て始めたのだという。


 凍結センターでお兄さんを受け取りに行った。コインロッカーのような施設の一つが引き出しのように開き、一人の嬰児が取り出された。解凍処理を行い、再び動きを取り戻した心臓。嬰児の口からは第二の産声が発せられた。

「解凍は無事成功です。元気な男の子ですよ」

「私たちの子ね」

「あぁ、これからはずっと三人一緒だ」

「あら、四人目も欲しいのだけど……」

「あぁ、そうだな。子供たちが自然な兄弟になるように二年くらい空けた方がいいかな」

「ふふ、楽しみね」

 こうして私のお兄さんは、私の子供になった。ちょっと複雑な気分だけど慣れていこう。


 *


「解凍は無事成功です。元気な男の子ですよ」

 解凍センターで解凍された赤ちゃんは僕の弟であり、僕の甥っ子だ。

 僕の育ての親は事故で死んでしまった。

 僕の育ての親といっても実は僕の弟だ。

 僕を育てるために、自分たちの本当の子供を冷凍保存していたのだ。僕が居なければもっと早くに世の中に出てこられたのに。

 僕はこの子を自分の子として育てるつもりだ。僕が弟にそうしてもらったように。


(了)

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凍りついた時間 楠樹 暖 @kusunokidan

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