第24話 二人の転校生

 恐るべき闇の竜ダークラーは光輝の手下になった。

 図体のでかいドラゴンが教室にいても邪魔になるので飼育小屋に入ってもらうことにして。クラスのみんなで面倒を見ることになった。

 ちょうど空いている小屋に入ってもらう。近くの小屋にはうさぎやニワトリもいるのでドラゴンも寂しくはないだろう。

「本当に飼っていいの?」

「おとなしくしているならね」

 郁子がそう言うので、光輝が気にすることでは無いのだろう。気にしないことにした。

 午後になって希美やリティシアも帰ってきた。

 希美はこっちの戦いが見られなかったのを残念がったが、向こうの世界は堪能した様子だった。怪しいお土産が部屋に増えていた。

 平和な日が続いた。

 クラスのみんなは和気あいあいと珍しい動物の世話をして、竜も大分懐いたようだった。

 そんな穏やかな日の続いた数日後のある日のこと、光輝達のクラスに転校生がやってきた。

「転校生を紹介するぞー」

 何の因果か転校生は二人いた。同じ日に同じ教室に転校してくるなんて何かの偶然だろうか。

 男の方は光輝の知らない人だったが女の方は知っている人だった。

 て言うか妹だった。前世の方の。毎朝見ている希美と違って制服姿が随分と新鮮に見えた。

 リティシアはとびっきりのくったくのない可愛い笑顔で挨拶してクラスの男達が喝采を上げた。光輝は喝采に混ざることもなくただびっくりしただけだった。

「時坂リティシアで~す。宜しくお願いしま~す。あ、お兄ちゃんや。やっほー」

 光輝は彼女の人懐っこい無邪気な視線から逃れようと目をそらすが無駄だった。クラスの男子達が鋭い目つきをぶつけて質問してくる。

「おう、時坂君よ」

「お前とリティシアちゃんってどんな関係なんだ?」

「聞かせてもらえるかなあ?」

「い……妹です」

 迫力に押されながら何とか答える。とたんに男子達の威圧が和らいだ。

「義兄さんと呼ばせてください」

「何でだ」

 光輝が困惑していると、今度は男の方が黒板に名前を書き終わって自己紹介した。

 男なんてどうでもいいとスルーするのも失礼だろう。騒ぎから意識をそらすためにも光輝は真面目に向き合うことにした。

「凛堂翔介だ。よろしく」

 そのかっこいい男子の姿にクラスの女子達が華やいだ声を上げる。光輝にとっては一つ気になることがあったが、ほっと安堵した。隣の席の郁子が女子達の上げる黄色い歓声に混ざっていなかったからだ。

 気楽に声を掛けることが出来た。

「こんな時期に転校生なんて珍しいよね」

「ん……みゅ……」

 何か静かだと思っていたら、彼女はうつらうつらと寝そうになっていた。

 郁子は竜との戦いが一段落ついて平和になってからは色んな運動部に顔を出して助っ人をしながら戦いの腕を磨いているらしかった。

 今まではあまり人と関わることはしてこなかった彼女だが、悪魔や竜が現れて剣の腕や高い運動能力が知られるようになってからは、割と声を掛けられる機会が増えているようだった。

 昨日は弓道部で矢を撃つ訓練をしてきたと言っていた。

 疲れて眠たいのは分かるが、今はまずいだろう。

 転校生の視線が二人揃ってこっちに向いていた。光輝は焦って彼女の肩を揺さぶった。

「起きてよ。転校生が来てるよ」

「ん……」

 彼女は目を開けた。そして、その目をそのままびっくりして見開いた。

「お、お兄様。どうしてここへ?」

「え……」

 光輝は驚いたが、クラスの女子達の視線が突き刺さってきてさらに二度びっくりした。

 みんなが見ているのは郁子だった。光輝は視線の邪魔にならないようにそっと自分の席に身を退いて静かにした。

 郁子は視線を避けようと上体を揺すったり横を向いたりするが、椅子に座ったままでは避けられるものではなかった。

 さらに剣に手を出そうとしたが、その手が触れる前に女子の声が飛んできて、手を顔の前に持ってきて防御した。

「ちょっと凛堂さん」

「あなたと翔介さんってどんな関係なの?」

「あ……兄です」

 手を下ろしながらしどろもどろに答える郁子。途端にクラスの威圧の空気が和らいだ。

「義妹にしてあげるわ」

「何でよ」

 あきらめて綺麗に椅子に座り直す郁子。

 ともあれ、不思議な転校生がやってきた。


 休み時間、リティシアは人ごみが集まる前に早速隣の椅子を占拠して光輝に引っ付いてきた。右は郁子の席なので左の席だ。

 光輝は気が気では無かった。

「リティシア、その席はまずいよ」

「何で? 右は彼女さんの席やから、あたしはこっちに座るしか無いやん」

「そうだけど」

 光輝は彼女なんて言ったのが郁子に聞かれてないか心配したが、隣では郁子が翔介に声を掛けられて教室から連れ出されているところだった。

 そっちはそっちで気になるのだが、今は目の前の問題に対処するのが先決だ。

 リティシアが座ったのはこのクラスで一番怖いと畏怖されている鬼崎虎男という生徒の席なのだ。彼は名前の通りとても大きく恐くて密かに番長とも囁かれているほどなのだ。

 何も知らないリティシアは呑気なものだ。

「ずっと空いてたからええやんか」

「そうかもしれないけど」

「あたし一番後ろの窓際の席よりお兄ちゃんの隣がええわ。お兄ちゃんも両手に花の方が嬉しいやろ?」

「どこでそんな言葉を覚えてきたんだが」

「お兄ちゃんの部屋にあった書物やで」

「別の書物じゃなくてよかった……」

「……?」

 帰ったら整理しなければなるまい。そう決意しながら周囲を警戒する。

 虎男はたまにしか教室に来ない。今日も来なければいいがと思ったが、そう思った時に限って来るものなのだ。

「おう、邪魔するで」

 教室のドアを低そうに潜って彼の巨体が現れた。遅刻を咎める命知らずな生徒など誰もいなかった。そして、彼は鬼をも殺せそうな恐ろしい不機嫌な目付きでリティシアを睨んだ。

「何じゃ? 何でわしの席に女が座っとるんじゃ?」

 光輝は迫力に答えられない。代わりに手を動かしてリティシアの肩を叩いて小声で急かせた。

「だから言ったじゃないか。ほら、リティシア離れて」

「いやや、あたしが先に座っとったもん。お兄ちゃん何とかして」

「ええー」

 彼の迫力にはリティシアもびびったようだ。光輝にしがみついてくる。無理もない。似てないように見えても光輝とリティシアは兄妹なのだから。

 光輝は頼られた兄として何とかしようと思うが何も出来なかった。虎男はもう前まで来ていて二人を睨み下ろしてきた。

「ああん? お前は光輝の何じゃ?」

「い……妹です」

 リティシアが口を噤んでいるので代わって光輝が言う。虎男はぎろりと光輝を睨んで、リティシアに視線を戻した。

「光輝の妹は一年の希美やなかったんか?」

「もう一人の妹です」

 前世の、とは答えなかった。

「聞いたことがないのう。まあええ。そこはわしの席じゃ。どかん言うなら力づくでどかすまでや」

 虎男の力強い腕がリティシアを掴もうとする。その手を止めた剣があった。横を見ると剣を抜いた翔介が涼しい顔をして立っていた。

 郁子の一見があったので今更抜刀を責めるような生徒は誰もいなかった。

 彼の後ろには郁子もいた。兄と虎男のぶつかりあいには彼女もびっくりしているようだった。

「俺の前で争いをするのは止めてもらえるかな?」

「何じゃお前は。お前も光輝の隣の席がええんか?」

「興味が無いな。だが、悪を裁き調和を保つのがハンターの仕事なのでね」

「ええ度胸や。表出ろや、コラァ」

「いいだろう」

 そうして二人は出ていった。光輝は気になったが、リティシアがしがみついているし、郁子が難しい顔をして隣の席に戻ったので、動くに動けなかった。

 慎重に隣を伺って、視線が合ってお互いにそらしてしまう。が、やっぱり気になったので勇気を出して何とか訊いた。

「お兄さんと何か話したの?」

「ハンターの仕事のことでちょっと」

「そう」

 それっきり無言になってしまった。

 やがて翔介は一人で戻ってきた。

「彼は病院に行ったよ。分かってもらえなかったので仕方なかったのだ」

 周囲では見に行った人達の話で持ちきりだった。何とも凄い喧嘩だったらしかった。

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