第23話 竜退治

 王の配下の軍勢の士気は高く、どんどんと襲ってくるモンスター達を退けて山道を進んでいった。

 このままボスまで倒してゲームクリアしちゃうんじゃないだろうか。光輝がそんな期待まで抱いた頃。

 山頂が見えてきた。アクバンが最後に襲ってきたザコモンスターを斬り伏せた。勝ち目が無いと見て戦意を失ったザコモンスター達は逃げていった。

 元より竜の力に引き寄せられて集まった者達だ。より力の強い者が現れれば、彼らに戦う意思は無かった。

 辺りからザコの気配が消え去った。静かになった道を軍団は進んでいく。

 そして、光輝達はついに山頂に辿りついた。

 休んでいた竜はびっくりして顔を上げた。

「げげーっ、闇の王! どうしてここへ!」

「お前を倒しに来た!」

 名指しで呼ばれたので大きな声で答えておいた。配下の悪魔達が盛り上がった。

 竜は負けじと声を張り上げた。

「ここには多くの魔物がいたはずだぞ!」

「みんな倒した!」

 アクバンと配下の軍団が、とは言わなくて良さそうな雰囲気だった。

 睨み合う空気の中で部下が進言する。

「奴めの相手はあなた様が。どうぞ荒野の果てまで届くよう高らかに詠唱なさって、みなに王の力をお示しください」

「王自らがあの竜を退治なさるぞー!」

「おおーーーー!!」

 盛り上がる空気の中、断れる雰囲気では無かった。

 光輝はせいぜい威厳がたっぷりに見えるように剣を抜いた。鎧と同じく漆黒の禍々しいデザインの魔剣だ。

 希美が尊敬の眼差しで見ているが、光輝にとっては恥ずかしいだけだった。もう早く終わらせて帰りたい気分だった。

 相手は悪魔達の住む城を破壊したほどの竜だが、一度退けた相手だ。それほど危険視はしていなかった。

 むしろ周囲の視線の方が強敵と言えた。恥ずかしい姿を見せないように、長く語られても平気なように、意識して戦わないといけない。

 光輝は呼吸を落ち着ける。

 王の戦いの姿に配下の悪魔達が盛り上がる。

 竜は掛かってくるかと思ったのだが、

「前の傷もまだ癒えていないのに、お前の相手なんてしてられるか! ここは逃げさせてもらうぞ!」

 扉を開いて逃げてしまった。ゼネルは困った顔をした。

「困りましたな。人間界へはこれほどの軍勢は送れません。ハンターどもに恰好の口実を与えるだけでしょうから」

「でも、お兄ちゃんだったら」

「うむ、王だけなら。今はあちらの人間。行ってくれますな?」

「うん」

 どうも行くしかなさそうだったので、光輝は扉を通って竜の後を追うことにした。


 扉を抜けた先は光輝の知っている場所に繋がっていた。

 多くの机が並び、先生と生徒達のいる場所、教室だった。

「何でここへ来たー!」

 今は授業中のようだった。向こうでも午前中だったので、時間は同じようだ。

 しかも光輝のいるクラスだった。

 クラスメイトの視線が痛い。見られたくないと思っていたのに、嫌なことに限って当たってしまう。

 今の光輝は漆黒の鎧を着て漆黒の剣を持っている。

 こんな趣味を持っているなんて思われたくは無かった。

 目の前には教卓と机を押しのけて、大きな竜が狭そうにのたうっていた。みんなが驚いた顔で見ていたが、パニックは起こっていなかった。

「この世界ならお前の人質が取れると思ったのだが……狭い! 飛べん! それにこの結界は何だー!」

 見ると竜の全身を光の網が捕えていた。なるほど動けないならパニックにもならないか。人々には恐怖よりも珍しい動物を見る興味の方が勝っているようだった。

 動きを封じる結界がある説明を聞き覚えのある少女の声がしてくれた。

「闇の者が現れた場所だから本部に頼んで結界を用意してもらっていたのよ。まさか竜が掛かるなんて思わなかったけど」

「ちくしょう! 炎にやられたダメージさえ無ければこんな物ー!」

 郁子が教室に来ていた。堂々としたハンターの存在も人々に安心を与えていた。

 例え目の前に猛獣がいても、相手が檻の中にいて猛獣使いやハンターが大丈夫だと言って傍にいれば、人々は安心してしまうものだ。

 頼りになるハンターに光輝は訊いた。

「体調はもう大丈夫なの?」

「鍛えているからね。本当だったら一日だって休むわけにはいかないわ」

 郁子は剣を抜いた。両親から闇の世界の事情を説明されていた先生は今度は止めることはしなかった。教室のみんながちょっと盛り上がった。

「倒すの?」

「もちろんよ」

 調和を守るハンターとして。当然のことを郁子は答えた。

「さあ、あなたも攻撃を。結界が捕えている今がチャンスよ」

「分かった。けど……」

 光輝は剣を構えながらシャドウレクイエムを撃つべきか迷った。だが、行動する前に

「すみません! もう悪さしません。だから命ばかりはお助けをー!」

 竜が結界の中で平身低頭あやまってきた。光輝は今度は別の意味でどうしようかと迷った。

 視線を集める中で行動するのもどうかと思ったが、あやまっている相手に攻撃するのもためらわれた。

 郁子に目線で訊ねる。倒していいかと。彼女の答えははっきりして淀みが無かった。

「あなたを狙ってきた敵よ。あなたが倒せと言うなら、わたしはこいつを倒すのに何のためらいも抱かない」

「それもどうかと」

 光輝は迷ったが、結局許すことにした。やはりあやまっている相手に攻撃するのにはためらいがあった。

「離してやってよ」

「分かったわ」

 光輝の頼みを郁子はわりと素直に聞いてくれた。

 この状況で止めを刺すのは、やはり彼女にもためらいがあったのかもしれない。

 光輝は敵が襲ってきたら斬るぐらいの心構えはしていたが、相手にその気はもう無いらしかった。

「シャドウレクイエムはもうこりごりだ。これからはあなたの手下として働かせてください」

「いや、帰っていいよ」

 竜をも従えた光輝はその日のうちに学校の有名人となった。


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