第8話 二人の転校生

 恐るべき闇の竜ダークラーは光輝の手下になった。

 竜が教室にいても邪魔になるので飼育小屋に入ってもらって、クラスのみんなで面倒を見ることになった。

 みんなは和気あいあいと珍しい動物の世話をして、竜も大分懐いたようだった。

 そんな平和な日々が続いたある日のこと、光輝達のクラスに転校生がやってきた。

 何の因果か二人同時に。男の方は光輝の知らない人だったが女の方は知っている人だった。

 少女はとびっきりのくったくのない可愛い笑顔で挨拶してクラスの男達が喝采を上げた。光輝は喝采に混ざることもなくただびっくりしただけだった。


「時坂リティシアで~す。宜しくお願いしま~す。あ、お兄ちゃんや。やっほー」


 光輝は彼女の人懐っこい無邪気な視線から逃れようと目をそらすが無駄だった。クラスの男子達が鋭い目つきをぶつけて質問してくる。


「おう、時坂君よ」

「お前とリティシアちゃんってどんな関係なんだ?」

「聞かせてもらえるかなあ?」

「い……妹です」


 迫力に押されながら何とか答える。とたんに男子達の威圧が和らいだ。


「義兄さんと呼ばせてください」

「何でだ」


 光輝が困惑していると、今度は男の方が黒板に名前を書き終わって自己紹介した。


「凛堂翔介だ。よろしく」


 そのかっこいい男子の姿にクラスの女子達が華やいだ声を上げる。光輝にとっては一つ気になることがあったが、ほっと安堵した。隣の郁子が歓声に混ざっていなかったからだ。


「こんな時期に転校生なんて珍しいよね」


 思い切って隣に声を掛けると、彼女はうつらうつらと寝そうになっていた。

 郁子は竜との戦いが一段落ついて平和になってから色んな運動部に顔を出して助っ人をしながら戦いの腕を磨いているらしかった。昨日は弓道部で矢を撃つ訓練をしてきたと言っていた。

 疲れて眠たいのは仕方ないが、今はまずい。

 転校生の視線が二人揃って光輝達に向いていた。光輝は焦って彼女の肩を揺さぶった。


「起きてよ。転校生が来てるよ」

「ん……」


 彼女は目を開けた。そして、その目をそのままびっくりして見開いた。


「お、お兄様。どうしてここへ?」

「え……」


 光輝は驚いたが、クラスの女子達の視線が突き刺さってきてさらに二度びっくりした。

 みんなが見ているのは郁子だった。光輝は視線の邪魔にならないようにそっと自分の席に退いて静かにした。

 郁子は視線を避けようと上体を揺すったり横を向いたりするが、椅子に座ったままでは避けられるものではなかった。

 さらに剣に手を出そうとしたが、その手が触れる前に女子の声が飛んできて、手を顔の前に持ってきて防御した。


「ちょっと凛堂さん」

「あなたと翔介さんってどんな関係なの?」

「あ……兄です」


 手を下ろしながらしどろもどろに答える郁子。


「義妹にしてあげるわ」

「何でよ」


 あきらめて静かに座り直した。

 ともあれ、不思議な転校生がやってきた。




 休み時間、リティシアは人ごみが集まる前に早速隣の椅子を占拠して光輝に引っ付いてきた。右は郁子の席なので左の席だ。

 光輝は気が気では無かった。


「リティシア、その席はまずいよ」

「何で? 右は彼女さんの席やから、あたしはこっちに座るしか無いやん」

「そうだけど」


 光輝は彼女なんて呼んだのが郁子に聞かれてないか心配したが、隣では郁子が翔介に声を掛けられて教室から連れ出されていた。それはそれで気になるのだが、今は目の前の問題に対処するのが先決だ。

 リティシアが座ったのはクラスで一番怖い鬼崎虎男という生徒の席なのだ。彼は名前の通りとても大きく恐くて密かに番長とも囁かれているほどなのだ。

 何も知らないリティシアは呑気なものだ。


「ずっと空いてたからええやんか」

「そうかもしれないけど」

「あたし一番後ろの窓際の席よりお兄ちゃんの隣がええわ。お兄ちゃんも両手に花の方が嬉しいやろ?」

「どこでそんな言葉を覚えてきたんだか」

「お兄ちゃんの部屋にあった書物やけど」

「別の書物じゃなくてよかった……」

「……?」


 帰ったら整理しなければなるまい。そう決意しながら周囲を警戒する。

 虎男はたまにしか教室に来ない。今日も来なければいいがと思ったが、そう思った時に限って来るものなのだ。


「おう、邪魔するで」


 教室のドアを低そうに潜って彼の巨体が現れた。そして、鬼も殺せそうな目付きでリティシアを睨んだ。


「何じゃ? 何でわしの席に女が座っとるんじゃ?」


 光輝は迫力に答えられない。代わりに手を動かしてリティシアの肩を叩いて小声で急かせた。


「だから言ったじゃないか。ほら、リティシア離れて」

「いやや、あたしが先に座っとったもん。お兄ちゃん何とかして」

「ええー」


 彼の迫力にはリティシアもびびったようだ。光輝にしがみついてくる。無理もない。似てないように見えても光輝とリティシアは兄妹なのだから。

 光輝は頼られた兄として何とかしようと思うが何も出来なかった。虎男はもう前まで来ていて二人を睨み下ろしてきた。


「ああん? お前は光輝の何じゃ?」

「い……妹です」


 リティシアが口を噤んでいるので代わって光輝が言う。虎男はぎろりと光輝を睨んで、リティシアに視線を戻した。


「妹がいたなんて聞いたことがないのう。まあええ。そこはわしの席じゃ。どかん言うなら力づくでどかすまでや」


 虎男の力強い腕がリティシアを掴もうとする。その手を止めた剣があった。横を見ると剣を抜いた翔介が涼しい顔をして立っていた。

 その後ろには郁子もいた。彼女もびっくりしているようだった。お互いに視線を交わし、状況を見つめ直す。


「俺の前で争いをするのは止めてもらえるかな?」

「何じゃお前は。お前も光輝の隣の席がええんか?」

「興味が無いな。だが、悪を裁き調和を保つのがハンターの仕事なのでね」

「ええ度胸や。表出ろや、コラァ」

「いいだろう」


 そうして二人は出ていった。光輝は気になったが、リティシアがしがみついているし、郁子が難しい顔をして隣の席に戻ったので、動くに動けなかった。

 慎重に隣を見て、視線が合ってお互いにそらしてしまう。が、勇気を出して何とか訊く。


「お兄さんと何か話したの?」

「ハンターの仕事のことでちょっと」

「そう」


 それっきり無言になってしまった。

 やがて翔介は一人で戻ってきた。


「彼は病院に行ったよ。分かってもらえなかったので仕方なかったのだ」


 周囲では見に行った人達の話で持ちきりだった。何とも凄い喧嘩だったらしかった。

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