第9話 兄の悩み

 放課後になって翔介が話しかけてきた。相変わらずの爽やかな笑みをして。


「君が郁子を助けてくれた少年か」

「はい」


 彼の真っ直ぐな瞳に光輝は少し緊張してしまう。


「たいそうな働きだったようだ。あのことも話しておいた方がいいか」

「お兄様」


 隣の郁子が声を上げる。

 兄妹の間で無言のアイコンタクトが行われる。何かが伝わったのか翔介はうなずいた。


「別に何かを無理強いする話ではないよ。ただ彼もあながち無関係でも無いので我々の事情を少し知っておいてもらおうと思ったのだ」

「事情?」


 光輝は訊ねる。ハンターだということは郁子から聞いていた。彼はそれを肯定した。


「我々はハンターだ。闇の者と戦うことを仕事としていることは君も知っての通りだろう」

「はい」


 前のことを思い出す。

 郁子は自分が闇の者と戦うハンターだと言っていたし、連絡する相手がいた。

 翔介の話は続く。


「最近、闇の世界の動きが活発になっているようなのだ。情報では闇の竜が討伐されたらしい」

「へえ」


 後ろでは今日の飼育当番の生徒が「ドラきちに餌を上げに行こうよ」「うん」とか言っている。

 竜はクラスのみんなの間ではドラきちと呼ばれていた。

 どこまで情報を知っているのか、翔介の真面目な話は続く。


「我々はこう考えているのだ。ついにリティシアが闇の女王の座について動き出したのかもしれないと。彼女の腹心のゼネルは野心家だ。この動きには気を付けないといけない」

「あたし何もしてへんけど」


 リティシアは不思議そうに小首を傾げる。郁子は下を向いて黙ったままで、光輝はどう反応していいか迷った。

 翔介は純粋な少女の言葉に大人びた笑みを浮かべて返答した。


「そう言えば、あなたの名前もリティシアと言ったか。同じ名前なのには驚いたが、俺の言っているのは闇の王の妹のことなのだ」

「だからあたしが闇の王の妹なんやけど」

「え?」


 翔介の大人びた笑みが凍り付いた。初めて見せる彼の動揺だった。リティシアは調子付いて言った。


「だからあたしが王の妹のリティシアなんやけど」

「え?」

「で、こっちがお兄ちゃんの闇の王やけど」

「え?」

「どうも、闇の王っす」


 光輝は焦りながら挨拶した。剣を向けられたらどうしようと思ったが、幸いにも彼の矛先は郁子に向いた。素敵な笑顔で訊ねる。


「郁子、本部に情報は上げたかね?」


 その威圧感と迫力に郁子はびっくりして顔を上げた。


「いや、だって、脅威じゃ無かったし」

「闇の王がいるんだぞ!」

「だって、光輝君とリティシアちゃんだし」

「む」

「どうも」


 探るような視線を向けられて光輝は苦笑いするしかない。翔介は矛を収めた。その手が郁子の肩をがしっと掴んだ。


「郁子、ちょっと話をしようか」

「う……うん」


 そうして郁子は根堀り葉掘りと話を聞きだされていった。




 数分後、そこには頭を抱えた兄の姿があった。


「王と姫が同じクラスにいたとは……」

「お兄様、知ってて来たんじゃ……」

「俺はエスパーかよ!」


 翔介はどんと机を叩いた。さすがの彼でも精神に来る物があったらしい。普段の爽やかさも忘れ、語気を荒げていた。


「お前が久しぶりに通信を寄越したと聞いたから来たんだ。何かあったんじゃないかと思ってな。そしたらご覧のありさまだよ!」

「何かごめん」


 光輝は代わりにあやまってしまった。翔介は怒りを収めた。


「まあいい。王と姫がいるということは何かが起こる前触れかもしれない。様子を見させてもらう」

「そのために転校を?」

「関係者以外は立ち入り禁止だと言われたから仕方無かったんだ」


 どうやら彼もなかなか思い切った性格のようだった。さすがは郁子の兄だと光輝は納得した。

 翔介は窓から外を見た。放課後の校庭では飼育小屋から出された竜がサッカー部に混じって運動をしていた。


「竜がいるな。闇の竜ダークラーとはもっと恐ろしい存在なのだろうなあ」


 あれがそのダークラーなんだけど、とはとても言えそうに無い雰囲気だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る