第5話 明日も学校

 光輝は家に客人を迎え入れた。というか勝手に入ってきた。


「ここがお兄ちゃんの今のキャッスルなんやなあ」


 リティシアは好奇心に目を輝かせて好き放題に物色して回っている。彼女には遠慮というものがない。


「こら、止めなさい! そこは駄目―!」


 光輝が言っても聞きやしない。彼女が頭が軽いという評判はどうやら本当のようだった。

 ゼネルは落ち着いた声で告げた。


「王よ、我らの城にはいつお戻りになってくださるのですかな?」

「いや、僕は明日も学校あるし」

「我らの王はあなたしかいないのですぞ」

「そやそや、あたしらの王様はお兄ちゃんしかいないのですぞ」


 リティシアも口調を真似て告げてくる。光輝はため息をついた。


「もう勘弁してよ。シャドウレクイエムあげてもいいから」

「いやいや、あれはお兄ちゃんが使ってこその炎や。あたしはそう確信した」

「うむ、わしも久しぶりに王の力を見て感服いたしました。やはりあなたは他の者とは違う。出し抜こうとした我らが愚かだったのです。どうか許してくだされ」

「うーん」


 光輝は改めて自分の腕を見る。

 あれほど強かった炎だが、今は随分と収まっている。


「大きな力を放ったから今は小康状態になっているようね」


 郁子が腕を調べてそう判断する。


「でも、すぐにまた湧き上がってくるだろうから包帯を巻いておくわね」

「おう」


 郁子に再び包帯を巻かれる光輝。そうされながらソファに座っていると、リティシアが隣に引っ付いてきて声を掛けてきた。


「で、お兄ちゃんはいつあたしらの国に帰ってきてくれるん?」

「だから明日も学校があるってさっき言ったよね」


 どうでもいいけどあまり引っ付かないで欲しい。吐息がくすぐったいし、恥ずかしいから。

 期待に目を輝かせるリティシアには悪いが、光輝がはっきりと断ろうとすると、


「でも、行かなくてはいけないわね。あの竜を放っておくわけにはいかないもの」


 同じく学校のある郁子がそんなことを言った。彼女はハンターだから敵を倒したいのだろう。

 それは分かるのだが、


「明日も学校があるだろ」


 さぼるわけにはいかない。


「じゃあ、今度の日曜日に」


 郁子は渋々とそう言った。

 どうやらしばらくは面倒事がありそうな気分だった。




 帰ってきた時はまだ明るかった太陽が山の向こうに沈みかけてきて、夜が近づいてきた。

 魔界から来た身内でもあるゼネルやリティシアは仕方ないが、郁子はいつまで家にいるつもりなのだろうか。

 光輝は気になって訊いてみた。郁子は取り込んだ洗濯物を畳んでいた手を止めて答えた。


「ずっといるつもりだけど」

「え?」


 自分の耳を疑ってしまう。再度訊ねても彼女の答えは変わらなかった。


「ここには闇の者達がいるのよ。あなたを一人にするわけにはいかないわ。両親からもあなたのことを任されているのよ」

「でも、それってまずくない?」

「何がまずいのか分からないわね」


 郁子の態度は変わらない。そこに話を聞きつけたのだろう、リティシアが寄ってきた。


「なんなん? なんなん? 郁子お姉ちゃんもここで暮らすん?」

「そうよ」


 郁子は少し不機嫌そうに答える。闇の張本人がいるのだから当然かもしれない。リティシアの方は能天気な物だった。気楽に話を続ける。


「あたし知っとるで。こういうのって同棲って言うんやろ?」

「え……?」


 郁子の動きが止まった。そう思った光輝だったが、自分の動きも止まっていた。彼女はぎこちなく振り返る。

 リティシアは容赦なく言葉を浴びせた。


「一つ屋根の下で暮らすのって、そう言うんやろ?」

「うむ、男と女が同じ家で伴に暮らす。その行為はそう呼びますな」


 新聞を読んでいたゼネルまで同意した。

 郁子は静かに立ち上がる。うつむき、呟く。


「帰る……」


 そして、顔を赤くして叫んだ。


「わたし帰るからー!」


 郁子は鞄と剣を掴んで足早に立ち去ろうと仕掛けて……戻ってきてメモ帳に何かを書きつけて、それを光輝に押し付けてきた。

 そこには郁子のだろう電話番号が記されていた。


「何かあったらすぐに連絡して。すぐに飛んでくるから」

「うん」


 目線を逸らしながら訴えてくる彼女の迫力に、光輝は押されながら受け取るしかなかった。

 郁子はすぐに身をひるがえして部屋を出ていった。


「お兄ちゃん、送っていかんでええん?」

「うん、今は別にいいかな」


 リティシアにそう言われても、とてもそんなことを言いだせる空気では無かった。

 仕方なく、郁子がやり残した洗濯物の片づけをするのだった。

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