第4話 闇の炎と闇の者達

 そう待つこともなく、玄関の外で何かがふわりと動いた。

 光輝はそちらの方を見る。そこに見たことのない黒いドレスの少女が微笑んで立っていた。瞳のぱっちりした可愛らしい感じの少女で光輝の鼓動はちょっと跳ね上がった。

 彼女は言う。


「そこにあるのね」

「え……」


 少女は光輝を見ていた。いや、正確には光輝の右腕を見ていた。


「闇の炎シャドウレクイエム」

「その名前は……うおおおおお!」


 まるで少女の声に呼ばれて呼応したかのように右腕が蠢き出した。彼女の瞳が歓喜に見開かれ、口に笑みが広がった。

 光輝は包帯の封印を破って出ようとする炎を必死に抑えた。


「静まれ! 静まれよ、僕の右手―!」


 同じことを言ってしまってから思い出す。郁子がやっていたことを。

『封印! 封印!』と言ってしっぺしていた。


「そうだ、封印!」


 光輝も同じことをやろうと指を揃えて振り上げるのだが。

 それよりも早く少女が駆け寄ってきて光輝の右手を抱きこんできた。柔らかい感触。あまりの大胆な行為に光輝はびっくりして指を止めてしまった。


「やっぱりここにあるんだ! シャドウレクイエム!」


 少女の顔にあるのは歓喜の表情だった。少女の笑顔と腕に当たる感覚に光輝はドギマギしてしまう。


「ちょうだいよ! シャドウレクイエム、あたしにちょうだいよ! それが無いとあたし王様になれないの!」

「ということは君は!」


 光輝は両親の言っていた話を思い出そうとする。だが、それよりも少女の行動の方が早かった。


「お兄ちゃんのケチんぼ! あたしにシャドウレクイエムちょうだいよ!」

「いや、僕は君みたいな妹知らないし。危ないから離れてよ! シャドウレクイエム出ちゃうから!」

「いーやー! シャドウレクイエム欲しいのー!」


 まるで駄々っ子だ。可愛いのに何て聞き分けがないんだろう。興奮も冷めてきて光輝がそう思った時、


「ほほう、やはりシャドウレクイエムは王……いえ、元王が持っておられたのですな」


 リティシアの背後に老人が現れた。野心家の目を光らせる彼の姿を光輝はどこかで知っていた。

 腕から離れたリティシアは彼の元へと駆け寄った。祖父に訴える孫のように言う。


「聞いてよ、おじいちゃん。お兄ちゃんがあたしにシャドウレクイエムくれないの!」

「それは何ともケチなお兄ちゃんですなあ」

「いや、ケチと言われても」


 困ってしまうのだが。その時、


「光輝さん、家の中に仕掛けはなかったわ。ハッ、この闇の力は!」


 郁子が玄関のドアから顔を覗かせた。これで何とかなる。光輝は不安ながらもそう思ったのだが、


「フフ、そう我々こそが」

「あの闇の力は!」


 郁子は名乗りでようとしたゼネルとその隣のリティシアを見ていなかった。光輝とゼネルとリティシアも視線を辿って上空を仰ぎ見た。

 黒い雲がうずまき、そこに巨大な竜が現れた。

 竜は上空から重々しい声で告げた。


「王に連なる者がこんな場所で相談か? 我は闇の竜ダークラー。全てを支配する者なり!」

「闇の竜ダークラーだと!?」


 光輝達若者にはぴんと来なかったがその存在のことは老人の司祭ゼネルが知っていた。

 リティシアが訊ねる。


「おじいちゃん、知っとるんけ?」

「王がかつて封じた闇の竜です。なぜここに現れるのか」


 訊ねるように視線を向けられても光輝には分からない。自分が封じたと言われても王だった時のことなんて光輝は覚えていなかった。

 竜の重々しい声が告げる。勝ち誇った顔で。


「封印が無くなったのだ。王がいなくなったようだな」

「王がいなくなったせいで……」

「お兄ちゃんのせいで……」

「いや、僕のせいと言われても」


 困っていると郁子が前に進み出た。


「闇の者の相手はわたしに任せて!」


 郁子は剣を構えて跳躍して振る。振る。振る。


「はあはあ、卑怯者め! 降りてこい!」


 彼女の剣では上空の竜には全く届いていなかった。投げ上げた剣が竜の爪に弾かれる。

 弾かれた先で黒い悪魔に刺さっていた。


「あたしの使い魔がー!」


 リティシアが悲鳴を上げる。悪魔はリティシアに良い笑顔を残して消滅していった。彼にとってリティシアは良い主人だったのだろう。

 司祭ゼネルが光輝に告げる。


「あの竜を倒すにはシャドウレクイエムしかありませんぞ」

「お兄ちゃん、シャドウレクイエム使うん? あたしの使い魔の仇取ってくれるん?」


 妹が心配そうに覗きこんでくる。よく分からないが、やるしか無さそうだった。


「仕方ない。やってみるか」


 光輝は右手の包帯を外して上空の敵を見上げた。竜は悠々と空を飛び、郁子の相手をしている。注意を引いている今がチャンスだ。


「来いよ、俺の炎」


 呼びかけるとすぐに黒い炎は答えてきた。燃え上がる炎にゼネルとリティシアは驚嘆の眼差しを向けた。


「何という力。やはり我らの王はあなただけ」

「お兄ちゃん、めちゃんこ綺麗やわあ」


 地上の炎に上空の竜も気が付いた。光輝の顔を見て驚く。


「あの黒と金の瞳はまさしく闇の王! 行方知れずとなっていたのでは無かったのか!」


 金の瞳はカラコンなのだが。事情を説明するつもりも無いのでともかく闇の炎を撃つ。


「いっけ、シャドウレクイエム!」

「くっ、同じ技で二度もやられる我ではない!」


 竜は炎を抑えようとするのだが、


「あっつ、闇の炎あっつ、ふうふう」


 息で吹くとより一層強く燃え上がる。竜はたまらず後退した。


「くっそー、覚えてろよー!」


 竜は闇の雲の中へと撤退していく。

 黒い雲が晴れ、青空が戻ってきた。

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