第3話

 第52話  剣聖シオン


 それからシオンは《剣の院》へと向かった。

 そこには大勢の騎士志望が訪れていた。

 しかし、今のシオンにとって、彼らの実力は大したモノに

見えなかった。

 そして、それは正しかった。

 倍率が100倍の実技試験をシオンは最優秀で合格した。

 

 シオンは特別に、従士を越えて騎士見習いから

訓練を始める事となった。

 しかし、一ヶ月後には、騎士の称号が与えられ、次なる訓練が施された。

 これは戦時下で早急な育成が必要だった事を考えても異例だった。

 しかし、それ程までにシオンの剣技は完成されていた。

 そして、シオンは聖騎士の特別訓練-過程に入るのだった。


 そこではヴィルや、後(のち)の狂戦士ローが居た。

ヴィル「へぇ、君が噂(うわさ)の。いやぁ、思ったより若いな」

ロー「いやいや、ヴィルも若いでしょ」

ヴィル「ローだって、俺と1歳しか違わないじゃないか」

ロー「いやいや、若い頃の一年は非常に大きいんだよ。

   もう、私の心は-もはやオッサンだよ」

ヴィル「はは、ほんと、ローは早熟だなぁ」

 そんな二人のやり取りを聞き、シオンは-ここでなら

上手くやれそうな気がした。

 そして、聖騎士の訓練が始まった。

 しかし、それはシオンにとって、大した苦では無かった。

 ガルンと共に乗り越えた-あの地獄の特訓に比べれば。

 とはいえ、今回の訓練はヴィルやローには厳しいようで、

二人は-いつも弱音を吐(は)いて、教官のレイヴンに怒られていた。

 ただ、そんなヴィルやローであったが、きちんと訓練には-

付いて来ており、その実力はシオンに勝るとも劣るとも言えぬ

程であった。

 

そして、この三人は約半年後に、聖騎士の称号を得て、

実戦に投入されるのだった。

 シオンは聖騎士の位(くらい)を獲得した事を、手紙でガルン達に

送った。

 しかし、これから向かうのは最前線であり、手紙の返事は

恐らく届く事は無いだろう。

 

そして、シオンとヴィルとローの3人はケルト河に敷かれた

絶対防衛線を守護する任を与えられた。

 彼らは-それぞれ300人程度の大隊を率(ひき)いるのだった。

 もし、ケルト河を抜かれれば、王都は目と鼻の先であり、

ここの防衛は絶対の任務であった。

 対岸にはゴブリンだけでなく、オークや巨人、さらに

植物族が結集していた。

 魔族達も、この場所に戦略的な拠点として重要である事を

理解していた。

 

そして、毎日、河を挟(はさ)んでの死闘が繰り広げられた。

 しかし、このような場合、攻める側よりも守る側の方が

有利であり、所々、渡河される事はあるも、防衛線が突破さ

れる事は無かった。

 河には毎日、魔族とヒトの死体が流されていった。

 その様は-あまりに酷(むご)たらしく、後(のち)に吟遊詩人(ぎんゆうしじん)は

『ケルト河は赤く染まる』と詠(うた)うのであった。

 

 しかし、段々と騎士達は、魔族の単調な攻撃に

慣れきってしまった。

 予想外の攻撃に対する心構えを失ってしまっていた。

 そんな気の緩みを突く形で、植物族の女王リステスが

巨大な食虫(しょくちゅう)花(か)に乗り、攻め込んできた。

 その背後にはゴブリンとオークの連合部隊が

船に乗って迫っており、もし、渡河を許せば、

防衛線は破れる可能性が高かった。

 

 この非常事態に真(ま)っ先(さき)に動いたのは聖騎士ローだった。

 彼は普段は気が緩(ゆる)んでる風(ふう)な分(ぶん)、他の者達が気が抜けている時には逆に警戒する習性が-あった。

 そして、進んで見張りを自(みずか)ら行っており、夜闇にまぎれて

河を渡ろうとする植物族を発見したのだった。

 ローは急ぎ、伝令を本部並(なら)びに各部隊に送った。

 伝令を送りすぎて、ローの部隊の人数は減ったが、

至急(しきゅう)、周囲の部隊を結集する必要があり、本部の命(めい)

を待つ余裕が無かった。

 そして、ローは時間稼ぎのため、残りの人員で

船に乗り込み、植物族を迎(むか)え撃った。

 

 その時、植物族の女王リステスの魔眼が輝いた。

 それと共に、従士や騎士達は魅惑(みわく)の魔法にかかり、

体を自由に動けなくなった。

 ローは舌を噛み、その魅惑(みわく)の呪縛を解き、水面(みなも)を駆け

リステスに迫った。

 しかし、それをリステスの護衛であるラフアが阻(はば)んだ。

 ラフアは体中の花々から、種を弾丸のように放ってきた、

 それをローは盾で防(ふせ)ぐも、衝撃で吹き飛ばされた。

 そんなローをラフアは追撃し、リステスから引き離すのだった。

 

 リステスの乗る巨大な食虫花は今にも対岸に着きそうであった。

 その時、シオン率(ひき)いる大隊が真(ま)っ先(さき)に駆けつけた。

 しかし、植物族は渡河に成功し、シオンの大隊との交戦

が始まろうとした。

 そして、リステスの魔眼が再び妖(あや)しく光ると、シオンの部下達の動きが止まってしまった。

 その時、シオンはリステスの魔眼を直視していた。

 シオンはターニャとの記憶を思い出していた。


シオン『ターニャは瞳(ひとみ)が綺麗(きれい)だね』

ターニャ『あはは、そうかな?まぁ、少し、綺麗に見せてる

     しね』

シオン『どういう事?』

ターニャ『少し瞳をうるませたりとか』

シオン『でも、普段から-とっても魅力的な目をしてると

    思うけど』

ターニャ『・・・・・・目も商売道具だからね。男を引き寄せるような目を持つ娼婦は売れるんだよ。私の場合は、それが地(ぢ)になってしまっただけで、ある意味、演じてる

     みたいなモノだよ』

シオン『そういうモノかな?ターニャの目はターニャの心が

    反映されてるから輝いてるんだと思うけど』

ターニャ『ありがとう、シオン。でも、シオンの目の方が

     私は魅惑的だと思うなぁ。だって、シオンの目は

     あまりに深くて、本当に吸い込まれてしまいそう

     で、あんまし、じっくりと見つめて-いられないっていうか・・・・・・』

シオン『そうかな?』

ターニャ『そうだよ。シオンが本気で見つめたら、大抵の女は

     いちころ-だよ』

シオン『俺は、ターニャ一筋(ひとすじ)だから』

 そして、シオンはターニャを抱きしめるのだった。


 シオンは今、リステスの魔眼と必死に戦っていた。

 リステスという存在を愛したくて仕方ない衝動を

必死に抑えていた。

 しかし、ターニャへの愛が、ギリギリの所で、リステスの

魔眼を打ち消していた。

 さらに、シオンはリステスに功性(こうせい)の視線を送った。

シオン(来いッ!俺の目を見ろッ!)

 そう強く念じ、視線を飛ばした。

 すると、リステスの顔に動揺(どうよう)が走った。

 リステスは悔しげに顔を歪め、シオンから目をそらした。

 それと共に、騎士達にかけられた魔眼の呪縛が解(と)かれた。

 だが、その時、まさに植物族が渡河を終え、上陸を開始した。

 そして、植物族と騎士達による混戦が引き起こった。

 

 その中央で、シオンはリステスと死闘を繰り広げていた。

シオン(速く、もっと速くだッ!巨大な敵に対しては、

    自身の動きを捕捉(ほそく)させるなッ!)

 そう-シオンはガルンの教えを体現していった。

 今、シオンは巨大な食虫花の攻撃を華麗に躱(かわ)していった。

 しかし、一方で、近くに居た兵士は、食虫花の触手による

攻撃に巻き込まれ、吹き飛んで行った。

シオン「寄るなッ!奴は俺に任せろッ!」

 指揮を放棄してでも、シオンはリステスを食い止めねば

ならなかった。

 そして、シオンは『将(しょう)を射(い)るなら馬(ば)から』という

ガルンからの教えを忠実に行(おこな)った。

 食虫花の足の部分に剣技を放ち、食虫花を動けなくした。

 すると、リステスは舌打ちをして、食虫花から降りてきた。

 そして、リステスとシオンの一騎打ちが始まった。

リステス『アハハッ!』

 と狂い笑いをあげながら、舞うように花びらの刃を

シオンに放った。

 シオンは冷静に-それらを叩き斬った。

 しかし、実力の差から、徐々にシオンの全身に傷が

出来ていった。

 すると、シオンは体に違和感を覚えた。

シオン(これは・・・・・・毒?)

 シオンの全身は痺(しび)れだしていた。

 その時、リステスが薄(うす)い笑(え)みを浮(う)かべるのが見えた気が

した。

 そして、リステスはシオンに対し、猛攻を仕掛けた。

 花びらで構築した双刀で、リステスはシオンへと剣撃を

放ってきた。

 それをシオンは必死に-さばくのだが、段々と追い込まれていった。

 その時だった。

 銅鑼(どら)と角笛(つのぶえ)の音が響いた。

 ゴブリンとオークの軍勢が上陸し出したのだった。

 シオンは-この絶望的な状況に、頭が真っ白になった。

 しかし、背後から騎士達の鬨(とき)の声(こえ)が-あがった。

 リステスはハッと表情を引き締めた。

 シオンは雄叫(おたけ)びをあげた。

 そして、リステスに対し、最上級-剣技を放った。

 何度も何度も剣技を放っていった。

 リステスは必死に花びらの盾で-それを防(ふせ)ぐも、

次第に、花びらの数が尽きていった。

 リステスの苦戦を見て、ゴブリンやオーク達がシオンに向かった。

シオン「クッ」

 今のシオンにリステス以外を相手する余裕は無かった。

 その時、ゴブリンやオーク達の首が、遠方からの攻撃によって切断された。

 それはヴィルの遠距離用の剣技飛燕(ひえん)による連撃(れんげき)だった。

ヴィル「シオンッッッ!やれッッッ!」

 その何よりも頼もしい声を背に、シオンは5連撃を

リステスに向かって放った。

 最初の3撃をリステスは何とか弾いた。

 その時、シオンは時が凍り付いたかに感じた。

シオン(これがッ!父さんの剣技だ!)

 次の瞬間、残りの2連撃がリステスに炸裂(さくれつ)した。

 そして、リステスの体は肩から割(さ)けていった。

リステス『クッ・・・・・・』

 リステスは迷う事無く、後ろに跳び、シオンと距離を

取った。

 そして、周囲でゴブリンやオーク達がヴィルの部隊にやられているのを見て、歯軋(はぎし)りをして、河に身を投げ、逃げ出した。

 それから、シオン達は残った魔族を駆逐し、防衛線の守護を

果たしたのだった。


 この時の功績(こうせき)がもとに、後にシオンは剣聖の地位を得る。

 しかし、シオンは真の功労者はヴィルだと確信していた。

 あの時、シオンやローの部隊は-指揮官不在で混乱しており、

その兵力を短時間でまとめて、統合して指揮をしたのがヴィル

だった。

 しかし、騎士団の上層部は、植物族の女王のリステスを

返り討ちにしたシオンに高い評価を与え、ヴィルには何の

感心を示さなかった。

 これには理由が-あり、ヴィルは本来-与えられた守備範囲を

越えて、シオン達のもとへと参戦してきたのだ。

 この一種の命令違反を騎士団の上層部は良く思わなかった。


 こうして、真の英雄であるヴィルの名は、歴史の中に-うずもれるのだった。

 しかし、その場の騎士達は皆、知っていた。

 ヴィルこそが真に讃えられるべき英雄であると。

 だからこそ、シオンは剣聖と呼ばれてもなお、ヴィルの事を

『先輩』と言って尊敬するのであった。

 そして、この感情は、シオンの最期の時まで、いや-遠い来世

においてさえ、全く変わる事は無いのであった。


 ・・・・・・・・・・

 そして、戦況は目まぐるしく変化していく。

 シオン、ヴィル、ローの3名は離れた戦線に配置されたが、それでもそれぞれ快挙とも言える活躍を示した。

 ただしヴィルに限り、一見-地味に見える働きなのだったが。

 

 人とゴブリンの赤い血が降る中、シオンは鬼神の如(ごと)くに敵を斬った。

シオン(ターニャ、ターニャ。あと少しだ。もう少しで戦争は

    終わる。そうすれば報償が出る。そのお金で・・・・・・)

 気づけばゴブリン達は退却をしていた。

 深追いはせず、シオンは逃げ遅れた敵を容赦なく殺していくのだった。

 血よりも朱い夕焼けの中、高台から見渡せば、ゴブリン達の軍船が次々と出航しているのが見えた。

シオン「勝ったのか・・・・・・?」

 あまりにあっけない程に、エストネア国での獣魔-戦争は終結を迎(むか)えた。

 いや、厳密には諸々の島などでは奪還戦が繰り広げられていたが、国をあげての戦いは終わったのだ。

 

さらに半年後、ルネ島を奪い返し、ようやくエストネアにも落ち着きが戻って来た。近隣諸国もそれぞれ魔族を追い払うのに成功しており、ランドシン全域で見て獣魔-大戦は幕を降ろした。

 そうなれば、武勲(ぶくん)の授与が行(おこな)われる。領土などの配分を考えねばならないため、元老院と王宮は折衝(せっしょう)を重ね続けたが、ついに結論が出た。

 もちろん、これをシオンは待ち望んでいた。

この時、シオンは父やターニャに手紙を何度も送っていたが、交通の要所が戦火を受けて復旧しておらず、しかも治安が悪化していた為、その手紙が届くことは無かった。

 

さて、王宮には輝かしい騎士達や貴族達が集っていた。

 彼らの誰もが獣魔-大戦を越えた歴戦の勇士である。

 そんな中、シオンは身分の低さに気まずさを覚えたが、あえて堂々と振るまおうとするのだった。

 ちなみに、この場にヴィルはおらず、彼は事情があり聖騎士位を剥奪(はくだつ)されていたのだが、それをまだシオンは知らなかった。

 

 そして、論功行賞による受勲が始まった。

 誰が何を受けるか、この時、知らされていなかった。

 なので、真っ先にシオンの名が呼ばれた時、シオンは反応に困ってしまった。

宰相「聖騎士シオン。来なさい」

 との重々しい声に従い、シオンは怖(お)ず怖(お)ずと前に進み出た。

 そうして、国王の前でシオンは緊張を隠せずに跪(ひざまず)いた。

 国王の口上が述べられるが、シオンの頭には入らなかった。

 しかし、その後の言葉を聞き流す事は出来なかった。

エシュタス「今ここに、そなたを剣聖と認定する」

 その国王の声にシオンはポカンとした。

 周囲は非常にざわつきだしており、宰相が「厳粛(げんしゅく)に、厳粛(げんしゅく)に」と注意を促(うなが)さねばいけない程だった。

エシュタス「剣聖シオン、そなたにイリヒムの称号を与える。これよりは、剣聖シオン・イリヒムと名乗るが

良い」

シオン「・・・・・・ありがたき幸せに存じます」

 刹那(せつな)、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

 こうして、剣聖シオンが誕生したのだ。

 

 歓迎の式典やら何やらが長々と続き、シオンの苛立(いらだ)ちは募(つの)るばかりだったが、ようやく全てが滞り無く終わり、シオンにも休息が与えられる事となった。

 そして、報償の金貨を貰(もら)ったシオンは急ぎ、故郷へと戻る事にした。何故か胸騒ぎがしたのだ。そして、悲しいかな、その予感は的中する事となる。


 故郷の港町ゴートスに軍馬で単身シオンは向かった。

 途中の荒廃した光景には心が痛んだが、シオンは先を急ぐのだった。

 そうして半月程の旅が終わり、ようやくゴートスの街に着くと、辺(あた)りの様子がどうもおかしかった。

 ごろつきの傭兵と見られる連中がたむろしており、街の

雰囲気が一変していたのだ。退廃的な空気の中、シオンは

まずは義父であるガルンの下(もと)へ行(ゆ)くのだった。

 かつての実家に辿(たど)り着(つ)いたシオンを待ち受けていたのは、

ガルンの恋人であるカシュアだった。

カシュア「シオン?シオンなのッ?」

シオン「お久しぶりです、カシュアさん。父さんは?」

 すると、カシュアは押し黙ってしまった。

カシュア「・・・・・・ガルンは、死んでしまったわ」

シオン「え?」

カシュア「落ち着いて聞いて、シオン。ガルンはね、丁度、

一週間前に亡(な)くなったの」

 これを聞き、シオンは頭の中が真(ま)っ白(しろ)になった。

シオン「嘘、だ・・・・・・。父さん、父さん、返事をしてよ、ねぇ

    父さんッ」

 よろよろと家の中に入り、シオンは声を掛(か)けるのだった。

 しかし、答える者は誰も居ない。

 一方、そんなシオンを見て、カシュアはむせび泣くのだった。

シオン「カシュアさん、父さんは何処(どこ)に居るんですか?俺、

    剣聖になったんです。最高の称号を得たんです。

    それを父さんに早く報告しようと、急いで戻って

    来て。手紙、届かないし」

カシュア「シオン、良く聞いて。あなたが剣聖になったという

     知らせはね、届いていたの。とある魔導士さんが教えてくれてね。それ     を聞いて、ガルンはね、とても、

     そうとても喜んでいたのよ。本当に。

     でも、それを聞いた翌朝、安らかに眠るように亡(な)くなってしまった      の。・・・・・・ガルンは、幸せだったのよ、あなたが立派に育ってくれて」

 そして、耐えきれなくなったかに、カシュアは泣き崩れた。

 シオンはそれを呆然(ぼうぜん)と眺(なが)める事しか出来なかった。

シオン「父さんは・・・・・・死んだんですね」

カシュア「ッ・・・・・・ええ」

シオン「墓とか、あるんですか?」

カシュア「え、ええ」

 そう答え、カシュアは涙を拭い、シオンを裏の庭に案内するのだった。

 庭の真ん中には、石で出来た小さな墓があり、そこには花が供(そな)えてあった。

 その時、シオンの脳裏に情景が浮かんだ。

 幼いシオン達とガルンが、この庭で遊んでいる風景。

 失われてしまった光景だった。

シオン「あ・・・・・・」

 思わず手を伸ばすと、それは幻(まぼろし)として消え去ってしまった。

カシュア「シオン?」

 とカシュアは心配そうに尋(たず)ねてきた。

シオン「いえ、何でもありません。少し、一人にしてもらえま

    せんか?」

カシュア「ええ、ええ。もちろんよ、ごめんなさいね。何もしてあげれなくて」

シオン「いえ・・・・・・」

 そして、シオンは一人、墓石の前で佇(たたず)んでいた。

 風がそよぐ中、シオンは歩み寄り、恐る恐る墓石に手を触れた。冷たい感触がシオンに伝わる。

シオン「父さん、俺、やったよ。すごい活躍したんだ。みんなに言ってやったよ。父さんの剣術のおかげだって」

 と声を震わせながら言うのだった。

シオン「でも、聖騎士になっても、剣聖になっても・・・・・・、

    これじゃ虚(むな)し過(す)ぎるよ、父さん」

 その時、一陣の風がそっと吹き付けた。

 木の葉や花びらが宙を舞う。その先に、シオンはガルンの姿

を確かに見た。

ガルン『シオン、ワシはお前を誇りに思っているぞ、悲しむな。

    ワシの人生はお前のおかげで幸せだった』

 風と共に、その言(こと)の葉(は)も通り過ぎていった。

 気づけば、ガルンの姿は無くなっていた。

シオン「ありがとう、父さん」

 涙目ながら、シオンはようやく微笑みを見せるのだった。


 ・・・・・・・・・・

 裏庭から戻るとカシュアが神妙な顔つきで待っていた。

シオン「ありがとうございました、カシュアさん。父の面倒を

    最後まで看(み)てくれてたんですよね」

カシュア「それは私が望んでした事だから。それより、シオン。

     あなたに言わねばならない事があるの。ただ・・・・・・」

シオン「なんですか?お金ならありますけど」

カシュア「そんな事じゃないの。その・・・・・・ターニャの事よ」

シオン「ターニャ。今から会いに行こうと思ってるんですが、

    元気にしてますか?」

カシュア「シオン、よく聞いて。ターニャはもう長く無いわ」

 とのカシュアの言葉に、シオンはキョトンとした。

シオン「長く無いって、何がです?」

カシュア「彼女、ひどい病気にかかって、って、シオンッ?」

 しかし、シオンはわきめもふらず、ターニャのもとへ駆け出すのだった。


 ・・・・・・・・・・

 かつてシオンも暮らした娼館はさびれており、よどんだ空気が立ちこめていた。しかし、シオンは構わず、中に入っていった。

 そこには娼婦のニルファが居た。

ニルファ「え?シオン。本当にシオンなの?」

シオン「ニルファ。ターニャは。ターニャは何処(どこ)に?」

ニルファ「あ・・・・・・知っているの?」

シオン「いいから教えてくれッ!彼女に会いたいんだッ!」

 とのシオンの怒鳴(どな)り声(ごえ)が辺(あた)りに響いた。

ニルファ「落ち着いて聞いて、シオン。ターニャはね、憐病(れんびょう)

     にかかってしまっているの。それでッ・・・・・・全身が

     腐ってしまってて、とても人目にさらせる状態じゃ」

シオン「ごたくはいいから、早く会わせてくれ。頼むよ・・・・・・」

ニルファ「・・・・・・分かった。案内するね」

 そして、ニルファはシオンを先導するのだった。

ニルファ「触れたりしても感染はしないけど、気を付けてね」

シオン「ああ」

ニルファ「じゃあ、開けるよ」

 と言い、ニルファは部屋の扉を開けるのだった。

 中からは、果物の腐りかけたような甘酸っぱい匂いが漂(ただよ)った。

 そこへシオンは何のためらいも無く、入っていくのだった。

 部屋の奥のベッドには、全身に包帯が巻かれた何かの姿があった。それこそターニャなのだが、彼女の赤毛はくすんでおり、とても以前の姿と似ても似つかないのだった。

シオン「ターニャ」

 しかし、シオンは変わらぬ声で、優しく彼女の名を呼ぶのだった。

ターニャ「シ、オン?」

 かすれた声が彼女の口から漏れた。

シオン「ああ、俺だよ。帰って来たんだ。ごめんよ、遅くなって。ごめん    よ・・・・・・」

 涙をポロポロとこぼしながら、シオンは言うのだった。

 対し、ターニャは苦悶で息を荒げながらも、微笑みを浮かべ

ようとした。

ターニャ「女神・・・・・・アトラ。感謝、します。最期に、この人に会わせて、いただき・・・・・・」

 そして、一筋の涙を零(こぼ)すのだった。

シオン「やめてくれ、最期なんて。そんなの。そうだ、俺さ、

    頑張って活躍して、いっぱいお金を貰(もら)ったんだ。

    金貨-何百枚もある。王都にはもっと預けてあるんだ。

    だから、これで借金も返せる。もう、ターニャは自由

    なんだよ。おいしいものも、いっぱい食べれる。栄養のあるものを摂れ     ば、きっとすぐに良くなる。高い医者にだって、かけてあげられる。だか    らさ」

 対し、ターニャは悲しげに、それでいて困ったふうにするの

だった。

ターニャ「私は、もう駄目・・・・・・。でも、良ければ、店のみんなを助けてあげて、シオン」

シオン「もちろん、店のみんなも助ける。でも、俺はターニャ、

    君(きみ)に幸せになって欲しいんだ」

ターニャ「私はもう十分に幸せだよ、シオン・・・・・・。あなたに愛してもらえて、最期にこうして会えて。でも、分かってたん、だよ・・・・・・。私みたいな、薄汚れた女じゃ、シオンに、釣り合わないって・・・・・・。だから、

     私の事は忘れて・・・・・・もっと、別の」

シオン「忘れるものかッ、忘れられるものかッ!嫌だ、死なな

いでくれ、ターニャ。俺を一人にしないでくれ」

 しかし、運命は無情だった。

ターニャ「シオン、あなたを・・・・・・愛して・・・・・・」

 と言い残し、ターニャは去った。その想像を絶する痛みから今、彼女は解放されたのだった。

 だが、それはシオンに新たな痛みを与えるのだった。

シオン「嘘だ、ターニャ?嘘だろ?どうして、そんなッ!

    ああ、ああああああッッッッ!」

 愛する人を立て続けに失ったシオンは、ただ泣きじゃくる事しか出来なかった。


『俺は結局、守れなかった。何もかもが遅すぎて。後悔しか

出来なくて、本当に・・・・・・馬鹿みたいだ』

 

 ・・・・・・・・・・

 ターニャの遺体を入れた棺が燃えていく。アトラ神殿の神官が祈りの言葉を発して、彼女の御霊を送っていく。

 それをシオンはボンヤリと眺(なが)めていた。

シオン(死って何だ?消えてしまうのか?俺も死ねばターニャに会えるのか?分からない。でも、ターニャは居ない。

    俺の手の届かぬ所へ行ってしまった。死にたい。死にたい。死にたい・・・・・・。ターニャ・・・・・・)

 涙は涸(か)れ果(は)て、それでも心は血の涙を流し続ける。

 しかし、時は少しずつ彼の心を癒(い)やした。

 一週間もすると、ようやくシオンはターニャの部屋から出てきて、外で食事をするようになった。だが、彼の顔からは生気は戻ってなかった。

シオン「そうだ、借金を返さないとな」

 ポツリとシオンはニルファに言った。

ニルファ「うん・・・・・・。でも、本当に良いの?」

シオン「ああ。ドン・ポトカの所へ行って来る」

ニルファ「え、でも大丈夫なの?」

シオン「ああ・・・・・・」

 「それに、言ってやりたい事もあるしな」との言葉は小声で呟(つぶや)くのだった。


 ・・・・・・・・・・

 一際大きな遊郭(ゆうかく)の最上階がドン・ポトカの居城となっていた。

 そこにシオンは用心棒達に案内されて連れてこられた。

ドン・ポトカ「ようこそ、剣聖シオン。ワシはお前を歓迎す

るよ」

 と貫禄(かんろく)を漂(ただよ)わせながら、ドン・ポトカは言うのだった。

シオン「ドン・ポトカ。ここに金がある。ターニャの娼館に

    居る娘達を解放して欲しい」

ドン・ポトカ「いいだろう、いいだろう。金さえ払ってくれるなら、なんら問題は有りはしない。ましてや、

       剣聖様の頼みとあっちゃ断れない」

シオン「それで、ターニャの事を知っているか?」

ドン・ポトカ「ああ、亡くなったそうだな。あれは良い女だった。お前さんが惚(ほ)れるのも分かる」

シオン「・・・・・・ゲスがッ」

用心棒「貴様、ドンに向かって、なんて口を」

 と言い、用心棒達はシオンを取り囲みだした。

シオン「黙れよ」

 刹那(せつな)、シオンの全身から魔力が吹き荒れ、用心棒達を部屋の壁まで吹き飛ばした。

 一方、ドン・ポトカは涼(すず)しげな顔をしていた。

シオン「俺は貴様を許さない、決して」

ドン・ポトカ「なら、ワシを殺すか?」

シオン「殺しはしない。だがッ、殴らせろッ!」

 そして、シオンは魔力を解き、拳でドン・ポトカの顔面を殴りつけた。これを喰らい、ドン・ポトカは後方へと転がっていった。

 しかし、首を振り、ペッと血を床に吐き捨て、ドン・ポトカは立ち上がった。

ドン・ポトカ「気は済んだか?」

シオン「少しは・・・・・・」

ドン・ポトカ「それは良かった。じゃあ、お礼に一つ、いい話をしてやろう。何        故、ターニャが憐病にかかったか知っているか?」

シオン「いや」

ドン・ポトカ「そうか、ニルファは話さなかったか。獣魔-大戦も半(なか)ば、負傷       した傭兵達は戦闘を放棄して、安全な地域で療養をし出した。それ       が、この街さ。

       それで一人の憐病持ちの薄汚い傭兵がターニャの娼館に訪れたの        さ。肌は腐り崩れ、一目で病気だと分かった。当然、ターニャも拒       むわけだ。しかし、奴は強かった。ターニャの雇った数人の用心棒       を瞬く間に倒し、店で暴れ出した」

シオン「・・・・・・それで」

ドン・ポトカ「仕方なしに、ターニャは奴の相手を引き受けた。

       一種の人身御供(ひとみごくう)さ。他の娘に病気がうつらない

       ように自分を犠牲にしたのさ。そして、不運な事

       にターニャも病気に感染してしまった。

       女神アトラも娼婦には微笑んでくれないらしい」

シオン「その傭兵は今、何をしている?」

ドン・ポトカ「さぁな、西の方へと去って行ったらしいぜ。

       なんだ?復讐でもするのか?」

シオン「分からない」

ドン・ポトカ「そうか。まぁいい。えぇと、何処(どこ)にやったか、人相書きがあってな。ああ、これだ。これをやるよ」

 そう言って、ドン・ポトカはその傭兵の似顔絵をシオンに

渡すのだった。シオンはそれを黙って受け取った。

シオン「・・・・・・約束は違(ちが)えるな」

ドン・ポトカ「分かってる。ターニャの娼館の奴らには手を

       出しはしない。流石に剣聖に目をつけられた

       ら厄介(やっかい)だからな」

シオン「また、俺はこの街に来る」

ドン・ポトカ「分かった、分かった。別に見てない所で悪さも

       しないから安心しろ。ワシは良心的だからな。

       契約には忠実なんだ」

シオン「契約に従えば、何でも許されるとは思うなよ」

ドン・ポトカ「肝(きも)に銘(めい)じておこう」

 との答えを聞き、シオンはそれ以上は何も言わずに、立ち去ろうとした。

ドン・ポトカ「ああ、そうだ。剣聖シオン・イリヒム。お前は

       どうせすぐにターニャの事を忘れて、違う女を

       作るぜ。ワシには確信がある。女はお前を求めてやまないだろう。       そして、それにお前は抗う事が出来ない。女の魔性(ましょう)に魅入       (みい)られたお前はな」

シオン「その薄汚い口を今すぐに閉じろ、さもなくば」

ドン・ポトカ「分かった、分かったから」

 対し、シオンは虚(むな)しげに-ため息を吐(つ)き、今度こそ本当に場を

後にするのだった。

 

 ・・・・・・・・・・

 そして、旅立ちの日が来た。元-娼婦達はこぞって、シオンを

見送りに来ていた。

ニルファ「シオン、本当に行っちゃうんだね」

シオン「ああ。この街は今の俺にとって哀(かな)しみしか感じられないんだ」

ニルファ「そっか・・・・・・でも、私達はみんな、シオンに感謝してるから。それは忘れないで」

シオン「ああ。そっちも酒場を始めるんだろう?気を付けてな」

ニルファ「うん。《ターニャの酒場》を守ってくよ」

シオン「・・・・・・きっと、ターニャも喜んでるよ」

ニルファ「シオン・・・・・・」

 すると、シオンは切なげに微笑みを見せた。

シオン「もう行くよ。これからカシュアさんの所へ行って、

    お別れを言ってくるんだ」

ニルファ「そっか。じゃあ、またねシオン」

シオン「ああ、また。みんなも」

 こうして、シオンは《ターニャの酒場》を後にするのだった。


 養父であるガルンの家に向かうシオンであったが、途中で

ターニャの埋葬された墓地へと向かう事にした。

シオン(もう一度、行っておこう。駄目だな、行っても辛く

    なるだけなのに。でも、当分、機会は無いだろうし)

 そして、共同墓地へと歩みを進めるのだった。

 

 いつしか霧(きり)が出だしていた。

シオン(妙だ。ゴートスの街に霧なんて。でも、霧にまぎれて、

    ターニャの霊が現れてくれないかな・・・・・・)

 などと思いながら、シオンは墓地を進むのだった。

 すると、ターニャの墓の前に、一人の女性が立っていた。

 金髪で壮麗(そうれい)な姿の彼女にシオンは見覚えがあった。

シオン「君は・・・・・・聖騎士エレナ?何故、こんな所に」

 すると、エレナは妖艶(ようえん)な笑みを浮かべ、答えた。

エレナ「剣聖シオン。贈り物があるの」

 そう言い、彼女は何かを袋から取り出した。

シオン「う・・・・・・」

 見れば、エレナの手に掴(つか)まれているのは、人の生首だった。

 ツンと血の匂いが鼻につく。これは本物だった。

 しかし、シオンはその生首の顔に見覚えがある気がした。

シオン「それは」

エレナ「傭兵。あなたの愛しの人を苦しめた傭兵よ」

 それを聞き、シオンはドン・ポトカから貰った似顔絵を

取り出した。確かに、生首と絵の両者は似ていると言えた。

シオン「なんで、君が」

 おぞましさを感じつつ、シオンは尋(たず)ねた。

エレナ「洗脳をするのには、心(こころ)の隙(すき)をつく必要があるのよ。

    少しは動揺してくれたかしら」

シオン「お前は何者だッ!」

 瞬時に抜剣し、シオンは叫んだ。

エレナ「私は・・・・・・神。あなたは私の守護者にふさわしい。

    その魂、魂を手に入れさせて貰うわ」

シオン「なッ」

 刹那、不可視の術式が発動し、シオンの意識は薄れていった。

『記憶を操作しましょう』

 とのエレナの言葉が最後に聞こえた気もしたが、それすらも

すぐに忘れ去っていく。

さながら、記憶という名のキャンパスが白く塗りつぶされていくのを、シオンはぼやけた意識の中に感じていた。

そして、後にはエレナの妖艶(ようえん)な笑い声が響くのだった。


 気づけば霧(きり)など嘘のようで、墓地には晴天が広がっていた。

エレナ「シオン、起きて、シオン」

 との声で、シオンは目を覚ました。

シオン「・・・・・・エ、レナ?」

エレナ「そうよ」

シオン「ここは?」

エレナ「墓地よ。なんとはなしに立ち寄ったのよ。そしたら、

シオンが倒れてしまって」

シオン「そうなのか?寝不足だったのかな?というか、あれ、

    変だな。なんで、俺、こんな所に居るんだっけ?」

エレナ「偶然、この街で私達-再会したんじゃない。それで、

    付き合う事になって」

シオン「え?あ、ああ。そうだった。そうだったな・・・・・・」

エレナ「ともかく行きましょう。こんな辛気(しんき)くさい所」

シオン「ああ・・・・・・」

 しかし、シオンは一つの墓地から目が離せずに居た。

シオン「ターニャ?」

 その簡素な墓碑銘(ぼひめい)が妙に心に残った。

エレナ「行くわよ、シオン」

 と言い、エレナはシオンと手を組んで無理に引っ張って

いくのだった。

シオン「あ、ああ・・・・・・」

 何度もチラチラと墓石を振り返りながらも、シオンは

そこから遠ざかっていくのだった。


 シオンとエレナが去って行き、見えなくなった後、

ターニャの魂は墓石の前に姿を現わした。

 彼女は全てを見ていたが、何も出来なかったし何も

しなかった。

ターニャ『シオン。いいんだよ、それで。私の事なんか

     忘れて、新しい恋に生きてくれれば。だって

シオンが幸せなら、それで私は十分だから。

本当だよ』

 と寂しげに届かぬ言葉を呟(つぶや)き、ターニャの魂は消えていくのだった。

 しかし、それを今のシオンは知るよしも無かった。


 

・・・・・・・・・・

 こうして改竄(かいざん)された記憶をシオンは国王のエシュタスに語り終えた。同時にそれを聞いていた諸侯や騎士達も感慨深(かんがいぶか)く頷(うなず)いていた。

エシュタス「泣いておるのか、剣聖シオン・イリヒムよ?」

 との国王の言葉に、シオンはキョトンとしてしまった。

 そして、自身の目から涙が零れている事に気付き、急ぎ、

目を拭うのだった。どうしてか、胸が締め付けられるかに

痛むのだった。

 大切な何かが失われてしまっているような感覚がシオンを

涙させたのだった。

シオン「も、申しわけ御座(ござ)いません」

エシュタス「よい。昔を語り、感極まる事もあろうぞ」

シオン「ありがたきお言葉」

 対し、エシュタスは重々しく口を開いた。

エシュタス「しかし、なる程、剣聖シオンよ、そなたは養父の技を世に示すために剣を振るっていたのだな。

なんという美談か。そうであろう、皆のもの」

 との言葉に、人々は「イエス・マイ・ロード」と応(こた)えるのだった。

エシュタス「それに比べ、そなたの兄というものは、力こそ

      あるようだが、なんたる親不孝(おやふこう)か。まぁ、よい。

      剣聖シオン・イリヒムよ。そなたの力量が剣聖に

      ふさわしいのは余も十二分に認めておる。本来、それを他の騎士達と比べても仕方ないであろう。

      だが、シオン・イリヒムよ。騎士とは己を随一(ずいいち)

      と思わずには居られないのだ。それはそなたも

同じであろう。ゆめゆめ、それを忘れるでないぞ」

シオン「かしこまりました」

 と言い、シオンは恭(うやうや)しく頭を下げるのだった。

エシュタス「長くの語り、ご苦労だった。惜しみなき拍手を

      贈(おく)ろう」

 そのエシュタスの言葉と共に、割れんばかりの拍手が響くのだった。

 そして、シオンはこの場を何とか乗り切るのだった。


 ・・・・・・・・・・

深夜、城壁の上でシオンは物思いにふけっていた。

シオン「何かを忘れてしまっている気がする。でも、それを

    思い出せない・・・・・・」

 そうシオンは呟(つぶや)くのだった。

 刹那(せつな)、赤い流れ星が落ちた。

シオン「あ・・・・・・」

 その時、シオンは脳裏に赤毛の女性を無意識の内に浮かべるのだった。その人をシオンは知らないのに知っていた。

シオン「今のは・・・・・・いや、全ては感傷か?」

 と呟(つぶや)き、シオンは城内へと戻っていくのだった。



 時は流れ、意外な形でシオンにも子が生まれる。

 ただ、シオンの息子、シオネスは生涯シオンと出会う事は

無かった。

 しかし、記憶なる世界にて二人は邂逅(かいこう)するのだった。


シオン『待っていた、シオネス。お前を』

 そうシオンは息子に告げるのだった。

シオネス「あなたが、父さん・・・・・・なのか?」

シオン『ああ、そうだ。長く話す時間は無い。世界に滅びが

    訪れようとしている」

シオネス「俺は彼女に会いに来たんだ。精霊のターニャに」

シオン『分かっている。彼女なら、この奥で眠っている。

    恐らく、お前を待ち続けてな』

 と言い、シオンは言葉を区切った。

シオン『・・・・・・シオネス。俺には心残りが二つあった。

    一つはヴィル先輩のもとで働けなかったこと。

    そして、もう一つはターニャを幸せにしてやれ

    なかった事だ。だが、その双方をお前は代わり

    に叶えてくれた。感謝しているんだ、シオネス。

    お前には』

シオネス「父さん・・・・・・」

シオン『さぁ、行け。時間が無い。それに、お前もターニャに

    一刻も早く会いたいだろう?」

シオネス「ああ。じゃあ、行くよ。でも、父さん。俺も父さんには感謝しているんだよ。

ヴィル団長にも、ターニャにも出会えたのは、

父さんのおかげなんだから」

 とのシオネスの言葉に、シオンは柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべるのだ

った。

シオン『ありがとう、シオネス。お前が息子で良かった』

シオネス「俺も父さんが父さんで良かったと思う。じゃあ、

行くよ」

シオン「ああ、行ってこい」

 こうして、親子は別れ、父の想いを受けて息子は先を進むのだった。

 霊界と物理世界の狭間(はざま)とも言える記憶世界、その果てには

花畑が広がっていた。

 そこをシオネスは歩み続け、とうとう大きな睡蓮(すいれん)の花の前に

辿(たど)り着(つ)いた。その上で眠り姫の如(ごと)くに横たわっているのは、

精霊と化したターニャだった。

シオネス「起きてくれ、ターニャ」

 そう愛(いと)おしげに、シオネスは彼女に語りかけるのだった。

 すると、ターニャは反応を示し、目を覚ました。

ターニャ『シオネス?』

シオネス「ターニャ、迎えに来たよ。帰ろう、みんなも

     きっと待ってる」

ターニャ『ええ・・・・・・でも、いいの。シオネス、私なんかと

     再び契約してしまって。あなたなら、もっと強い

     精霊と契約が出来るはずなんだよ』

 しかし、シオネスは首を横に振った。

シオネス「俺が傍に居て欲しいのはターニャなんだ。だから、

     もう一度、俺と契約して欲しい。駄目かな?」

ターニャ『・・・・・・本当に良いの?私は生前』

シオネス「いいんだよ、俺もロクでも無い事ばかりをして、

     女性達を悲しませてきてしまった。だから、もう

     あなただけを愛したいんだ」

ターニャ『シオネス』

 そして、二人は手を握り合わせた。

シオネス「今ここに、永遠の契約を」

ターニャ『ええ・・・・・・』

 二人の唇(くちびる)は重なり、その瞬間、新たな契約が交(か)わされた。

 それを睡蓮(すいれん)の花は祝福しているのだった。


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ランドシン伝記Ⅲ キール・アーカーシャ @keel-a

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