サクラノ扉(ゲート)前編

タケルらの通う蓮場学園から続く長い下り坂。


両脇には桜の木が立ち並びほぼ満開に色づいている。


花びらが舞い踊る桜並木を眺めながらメガネがつぶやいた。


「・・・今年で10年目か」


「どーしたんだよメガネ。神妙な顔して」


桜並木を真剣なまなざしで見つめるメガネの様子に何かを感じたタケルが問う。


「10年間、クリアできずにいるゲームがある」


メガネは桜並木をじっと見つめたままそのゲームについて静かに語りはじめた。


恋愛シミュレーションゲーム、いわゆる【ギャルゲー】に造詣(ぞうけい)が深いメガネ。その腕前から【落とし神】と呼ばれる彼は、ギャルゲーの登場人物である2次元の女子をこよなく愛している。


メジャーなタイトルのみならず世間からクソゲーと呼ばれるマニアックなタイトルまでありとあらゆるギャルゲーを攻略してきたメガネ。


彼の言う攻略とは100%。全てのヒロイン、全てのルートを完全に攻略した状態を指す。


そんなメガネでも未だ攻略できていないタイトル


それが。。。


【サクラノ扉(ゲート)】


ギャルゲー界の巨匠、苗場悠が開発したそのゲームは究極のドS無理ゲーと呼ばれ、攻略があまりに困難なため、発売開始から10年経過した現在でもフルコンプした者は未だいない。


究極の泣きゲー(ユーザー泣かせの意)としてハードコアユーザーに挑戦状を叩き付けたといわれる本作。


作者はこのゲームを最後としてギャルゲー界から引退。


あまりに無理な条件、無理な設定。


誰もがあきらめ、このゲームから去っていった。


メガネというただ1人の男を除いて。


【トゥルールート】と呼ばれる本当のエンディングは全てのサブヒロインを攻略した上でその年桜が満開を迎えるたった1日、24時間だけ開放される。


セーブなしの一発勝負。


トゥルールートに登場するヒロインの性格はもの静かで感情の起伏をあまり表に出さないタイプ。その上、花粉症という設定で常時マスクをしている為、表情が読み取りづらく、分岐点の判断が非常に困難を極める。


原作者いわく、最短10時間でクリアできると公式ページには記してあるが選択肢次第で即死エンドもあるため実質挑戦できるのは2回程度。


選択肢・コマンド入力・探索と様々なアドベンチャー要素を詰め込んだボリュームたっぷりのゲーム内容。


3年かけ全サブキャラを攻略し、トゥルールートを始めて7年。


綱渡りのような会話をヒロインと交わしながら去年、クリア寸前までいきかけたが最後の最後でヒロインの求める一言でミスを犯しクリアできなかったという。


このゲームについてメガネはこう語っている。


「例えて言うならそうだな、目隠しをした状態で高度な外科手術を成功させるくらいの難易度といったところか」


そして、今年の桜は今日がほぼ満開。


おそらく今夜、扉(ゲート)は解放される。



―深夜0時―


静寂に包まれた月明かりのみが灯る部屋の中


メガネは静かにPCの前に座り、サクラノ扉を起動する。


扉(ゲート)は開かれていた。


「今年こそ、私はこのゲームを攻略する」


「落とし神の名にかけて!」


美少女に命を賭けた孤高なユーザーの熱き24時間が今始まろうとしている。。。



つづく

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