第57話 最後の敵

 その者は黄金色のスキル玉を手にして部屋を立ち去った。かんかんかん、と地上へ続く階段を走る靴音が響く。エラント皇帝だ。これはエラント皇帝の靴音に違いない。


「ミミカ! ラミイ! エラント皇帝がガリュウの神域スキルを持ちだした!」


 二人はその意味をすぐに悟る。慌てて三人で部屋を飛び出した。それにフィーネ、カルニバス、ドリルと続く。


 部屋からこぼれ出たスキル玉は階段の下まで溢れている。六人が部屋から飛び出すと部屋の扉がすうっと音もなく消えた。階段の下にこぼれ出たスキル玉だけが残されて、そこはただの石壁になった。


「マヒロ! 部屋の扉が……!」


 ミミカが消えた扉に気がつく。ラミイもそれを見て慌てながら尋ねる。


「マヒロ、あの部屋のスキル玉どうなったん?」


 ラミイは知らないはずだ。あの部屋は永久凍結山に繋がっている。多くのスキル玉が失われ、永久凍結山の氷の中で眠ることになるだろう。だが、そんなことにかまっている暇はない。


「今は皇帝が持ちだしたスキル玉を取り返すほうが先だ!」


 皆を促して階段を走りだす。六人で皇帝を追う。


 皇帝は……皇帝はどこへいった?


 フィーネが俺達を先導するように前に出た。


「お父様はたぶん……玉座の間です!」


 その言葉にフィーネの後をついて玉座の間へと向かう。ほどなくして巨大な扉の前に辿り着く。身の丈の二倍ほどもある両開きの扉。


 フィーネを先頭に、その扉を押し開ける。


 視界が一気に開ける。一面が大理石の床の広大な空間。見上げるほどに高い天井。そこから垂れ下がる数多くの旗。床から天井まで伸びる何本もの太い柱にはすべて精緻な彫刻が施されている。


 真っ赤な絨毯が玉座までまっすぐに伸びている。その先には五段の階段。それを上がったところにある玉座と、そこに座る者の手には黄金色のスキル玉が握られている。


 広大な空間で待っていたのは一人のゴブリン――エラント皇帝。


 エラント皇帝は座ったまま静かに六人を見下ろしている。


 俺は叫ぶ。


「エラント皇帝! そのスキル玉をどうするつもりだ!!」


 皇帝は静かに口を開く。


「これを手にしたからといって、どうにもせんよ。ただ身を守るためさ」


 息を切らせて駆けつけた俺達とは対照的に、エラント皇帝は落ちつき払い、慌てる様子はない。


「国を統治するということは、こちらが望みもしない敵を作ってしまうことがあるのだよ。私のことを独裁者などと呼ぶ者すら現れる。私はただ国のために為政(いせい)の衝(しょう)に当たるだけだ。有能な者がただ一人、その寿命が尽きるまで統治すれば、国にとって、国民にとって、それほど幸福なことはないのではないか?」


「つまり身を守るため、そのためだけにそのスキル玉を使うってことだな」


「そうだ。ただそれだけのためだ。これで私を殺せるものはいなくなった。私の寿命が尽きるまで正しい国の政治が保証される」


 これだけ聞くと正しいことのためにスキル玉を使おうとしているように聞こえる。だが本当にそうなのだろうか。このためだけに、あれほどのことをする必要があったのだろうか。


 俺はウェポンブレイクのスキル玉を握りしめる。


「エラント皇帝、まだあなたを殺す方法は残っている。その方法は残しておくのか?」


 握りしめたこのスキル玉、そしてミミカの悪魔的レッサースキル。


「私は同じ手は食わんよ。ガリュウと同じ方法では私を倒せない。これでもう私を倒せるものはいなくなった。それは確かだ。だが言わんとすることは分かる。お前とミミカのスキルを残しておくことは私を倒せる可能性を残しておくことだ。それに、何時そのスキルが奪われるやもしれぬ」


「つまりは……」


「つまりは、私はいままでと同じことをするだけだよ。国のためには私を脅かすスキルはこの世に存在しない方がいい。私はそう考える」


 そこまで聞いて、エラント皇帝の次の行動を予測したフィーネが叫ぶ。


「お父様はこの世界を平和裏に統治するのではなかったのですか?」


「そうだよ、フィーネ。これが私が考える平和なのだ」


 そしてエラント皇帝が俺達に向き直り、計画の仕上げにかかる言葉を口にする。


「さあ、マヒロとやら、そしてミミカ。最後の決戦を始めようか」

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