第56話 黒幕はスキル玉を握る
ガリュウが死んだこの部屋は静まり返っていた。誰も口を開く者がいない。
俺はラミイがスキルで呼び出した傀儡のそばまで行き、そっと起こした。のっぺらとした顔には目も鼻も口もない。これをラミイの遺品として飾っておこうかな、目とか口を書いたらラミイはあの世で怒るかな、なんて考えていた。
ふと、何もない空間からスキル玉が湧きだした。
ぼこ、ぼこ、と最初は一個ずつ現れてきた。だがやがて速度を増す。ぼこぼこぼこ。スキル玉が溢れだす。ぼこぼこぼこぼこ……ぼこぼこぼこぼこ……。
「そうか、自分のダメージで死んだからガリュウは自死した扱いなんだ。だからガリュウが持っていたスキルがこうして……」
床いっぱいにスキル玉が広がり出す。ほとんどが緑と赤のスキル玉。たまに銀色。スキル玉の湧出は止まる気配がない。何しろ一万五千以上のスキル玉だ。すごいことになるだろう。
ドリルとカルニバスはまるでボールプールで遊ぶかのようにスキル玉を投げて遊びだした。フィーネはそれを困った顔をして見ていたが、ドリルに手を引っ張られ、仕方なしに二人に加わった。
ミミカはそのスキル玉の山に両手を突っ込み、ごそごそと探りだした。何かを探しているようだった。
「ミミカ、何をしてるんだ?」
「ラミイちゃんのスキル玉を探してるの。ラミイちゃんのスキル玉が無い。無いの……」
ごそごそとミミカはスキル玉をかき出す。
「一万五千あるんだから、そう簡単に見つからないだろ。そもそも探し出すことなんてできるのか?」
「それでもラミイちゃんの遺品だもん。探さな……」
ミミカはラミイの傀儡に目を止めた。マネキンのような傀儡は溢れるスキル玉に押し流されて倒されようとしている。そして「あっ」と小さく呟いた。ラミイのスキルは発動中なのだ。彼女のスキルはガリュウに奪われたわけではなかった。
スキル玉を探すのをやめ、今度はラミイが横たわっていた辺りに移動する。そしてラミイの体を掘り出した。
「ラミイちゃん、まだ生きてる……」
「え!?」
ラミイは生きていた。
ラミイは俺と見えない糸で繋がっていたままだ。カルニバスがその糸を通じてラミイの生命力の数値を覗き見る。生命エネルギーの反応が確かにあった。
カルニバスによると、その糸は俺が繋がる者の力を利用するだけでなく、相互に力を共有することが可能なんじゃないか、とのことだ。
ラミイの側でも俺の生命力を利用できていたのかもしれない。
つまり糸を通じて生命エネルギーがラミイへと流れていた。繋がっていたからラミイは命を繋いでいた。
スキル玉は次々と溢れている。その中でフィーネ、ミミカ、ドリル、カルニバスの四人が持てる力を使ってラミイの蘇生を図る。魔法、薬術、妖術。やがてラミイは静かに目を開けた。
「ラミイちゃん、ラミイちゃん!」
ミミカが泣きながらラミイに抱きつく。
「あ……あれ……」
ラミイが静かに口を開く。細く開けた目がミミカを見つめる。
「あれ? 私どうしたん? あれ? ガリュウは……? ガリュウはどないしたん……?」
ミミカはラミイを強く抱きしめた。「痛い、痛いよミミカちゃん……」。ミミカは無言のままラミイの頭をくしゃくしゃっと掻きむしった。ミミカの涙がラミイの頬を濡らした。ラミイは状況を把握できないまま、ミミカを抱きしめ返した。
それにしても絶望的な状況だった。奇跡が起こってガリュウを倒せたが、まるでオルマール共同墓地の地下で閉じ込められていた時のようだった。あの時と少し似ている。あそこでは四人の転生人が餓死させられようとしていた。
ここでも俺達は閉じ込められ、永久凍結山の中で餓死をするはずだった。
先に俺達がガリュウに殺され、続けて残ったガリュウがここで一人餓死していく……。
オルマール共同墓地のようにならなくてよかった。あのときは四つのスキル玉だけど、今回はすごいことになっている。今まさにスキル玉の海に埋もれかけている。
まさかこんなことになるなんてな……。いまだに湧き続けるスキル玉を眺め、軽く笑みを浮かべた。しかし疑問を感じてすぐに真顔に戻る。
ふと、何かが頭をよぎっていた。そういえばあの時の犯人は判明していない。四人の転生人をオルマール共同墓地の地下に閉じ込めて餓死させた者。ミミカの手紙を書き換えて、俺やラミイをあそこへおびき寄せた者。
今のこの状況と似ていないだろうか。
まてまて、するとすべての犯人は彼だということになる。
何のためにそんなことを? 「実験」……たしか墓地の地下で死んでいった者がそう呟いていた。「異界の書」には転生人やスキルのことが書かれていないという。だから「実験」したというのか?
転生人を殺してもスキルを奪えないことは知っていたのだろう。だが転生人同士でスキルの奪い合いは発生している。スキルの能力を得る方法があると考えたのではないだろうか。
この場所でガリュウが生き残ろうと、奇跡が起きて俺とミミカが生き残ろうと、彼にとっては結果は同じなのだろう。生き残ったものがすべてのスキルを手にする。
そして最初から石棺なんかで生き埋めにするつもりなんてなかったんだ。自ら手を下したらスキルは消失してしまうのだから。
ガリュウをこの場所に封じ込めること、それは彼の本当の目的ではなかったのだ。いや、むしろガリュウなんて脅威にすら感じていなかったのではないだろうか。いつでもガリュウの対処なんてできたんだ。こうして簡単に封じ込めることができたのだから。
ガリュウに対処すること、つまり殺すことや封じ込めること、そんなことが目的じゃなかったんだ。
彼の目的はこれだ。単にこれが欲しかったんだ。欲しかったのは――。
これか……。
俺はスキル玉の海からひとつを手にしてそれを見つめる。それをぎゅっと握りしめて顔を上げる。目に入った部屋の一角で、ある異変に気がついた。消えたはずの扉がそこにはあった。壁だった場所に扉が出現している。しかも開いた状態で。
開け放たれた扉からスキル玉が溢れ出している。その入口にはいつのまにか黄金色に輝くスキル玉を手にする者が立っていた。逆光で顔は見えない。手に持ったスキル玉だけが黄金色に輝き、光を反射している。
まずい……。
そのスキル玉は……。
その色のスキル玉はきっと……。
そのスキル玉を手にされたら、もう倒すことなんて無理だ。不可能だ。ミミカの悪魔的レッサースキルをもう一度発動させるなんてできっこない。
彼にはもう手の内は知られているのだから。彼は魔法道具を通してこの部屋を観察していたのだから。
まずい。彼に「神域スキル」を渡してはならない。【ドラゴニック・エクストラ・カウンターアタック】を……、そのスキルを彼に渡したら倒すことは完全に不可能だ。
皇帝は、
皇帝は第二のガリュウになろうとしている。
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