第52話 希望のない戦い
ミミカが俺の元に歩み寄る。そして手に持った何かを差し出す。
「これ、ラミイちゃんの遺品」
突きつけられたのは緑のスキル玉。
転生人がスキル玉を残すのは自死した時だけだ。これはラミイがオルマールの共同墓地で拾ったスキル玉だ。ワイヤードプラントのスキル玉を俺の手の中にねじ込み、無理矢理に握らせる。
「なに情けない顔をしてるのよ」
気丈な声を出していたが、ミミカの口調はいつもと違った。絶望と怒りと混乱とが入り混じった、当惑と悲観と、我を忘れるような、危険を承知でどこにでも向かって行ってしまいそうな、失望と、失意と、無謀を兼ね合わせた。それはいつものミミカではなかった。
「ラミイちゃんのかたきを討つ。あいつは絶対許さない」
ミミカはいつの間にか青を基調とした神官服を身に着けている。本来なら使わないような大ぶりのシミターを手にしていた。
盗賊が使うようなその武器は三日月型の曲刀だ。ちぐはぐな武器を取り出す辺り、怒りと動揺の表れでもあった。
「許さない。許さない。絶対に許さない」
ミミカはぶつぶつと呟きだす。
いまだ放心状態である俺を尻目に、ミミカはガリュウに突進する。普段はそんな武器なんて使わないのだろう。不器用にシミターを振るってガリュウに斬りつける。その扱いは初めて剣を握った者、そんな印象さえ与える。ガリュウはそれを避けようともしない。
不敵な笑みを浮かべたまま、斬りつけられるままになっている。ガリュウからはキンキンという音とともに、火花が散る。火花が瞬く度にミミカの体が切り裂かれる。すべての攻撃がミミカに跳ね返る。神官服が切り裂かれ、その下の肌が露出し、皮が裂かれ、血がにじみ出る。
それでもかまわずにミミカはガリュウを切り続ける。ミミカの顔にも無数の切り傷が刻まれる。
まるで自傷行為だった。
すべての攻撃がミミカ自身に返ってくる。全身を真っ赤に染め、切り傷を増やし、それでもミミカは攻撃の手を緩めない。
「やめろ、やめるんだミミカ」
俺は後ろからミミカを羽交い締めにした。逃れようとミミカは暴れる。
「こいつは、こいつはね、ラミイちゃんだけじゃない。エミルちゃんもライカもコバも、みんな殺してきたんだ。いままで散々私の友達を奪ってきた。生かしておいちゃいけない。ここで倒しておくんだ。倒しておかないと」
顔中に切り傷を作って血をにじませながらミミカが喚く。
「ガリュウのスキルはわかってるんだろ? 普通に攻撃したって攻撃が通らない。何か考えるんだ。きっと方法があるはずだ」
俺の言葉に気を悪くしたようにガリュウは不快な声を出す。
「方法があるだと? あるはずがないだろう。ゆっくり遊んでやるよ」
ガリュウは左腕を振り上げた。
小さな竜巻のような風が俺とミミカを襲う。俺達は風に巻き込まれるように床から持ち上げられ、回転しながら後方へ飛ばされた。
「ノーマルスキルじゃこんなもんだな。【リトル・トルネード】だ。しかもリチャージ時間が一五分ときている。使えないことこの上ない。ゴミスキルだな」
「それはコバの……コバのスキル……」
ミミカがガリュウを睨みつける。
「一万五千もスキルがあると役に立たないスキルもあって困るな。もう少しいろいろと試させてもらうんだから、すぐに死んだりするなよ?」
ガリュウは本気を出していない。手持ちのスキルを小出しにしてその効果を試すようでもあった。
俺はなおもガリュウに向かっていこうとするミミカを押さえつける。
竜巻に飛ばされたおかげでガリュウとの距離ができた。俺はミミカにだけ聞こえるように囁く。
「ミミカ……ガリュウを倒したいか?」
「当たり前じゃない……でも……」
俺の言葉でミミカの力が緩んだ。ミミカの混乱が少し収まったようだ。ミミカをなだめるように話しだす。
「聞け、俺は伝説の勇者になる。犠牲は一人でいい。ミミカは部屋から出て逃げろ」
「何をわけのわからないことを言ってるの?」
「エラント皇帝はこの部屋を石で埋めると言っていた。だからガリュウを足止めする。たぶん奴をどうにかする方法はこれしかない。殺せないのなら封じ込めるんだ」
「そんなこと、できるの?」
「わからない。でもこれしかないんだろう。倒すことが不可能ならこれしかない。ラミイが残してくれたワイヤードプラントがある。これでなんとかしてみせる」
「マヒロだけ残して逃げるわけにいかないでしょ」
「犠牲は一人でいいよ」
「マヒロ、二人でガリュウを倒してやろうよ。ラミイちゃんが見てるのに逃げるなんてできないよ」
ラミイの体は部屋の隅でミミカが横たえた。その上には水色のローブがかけられており、ラミイの顔は見えない。両足だけがローブの先から覗いている。こちらを見ているわけもないのだが、ローブの下の顔は俺達を向いているように感じた。ラミイの弔い合戦だ。
ミミカを逃したかったが、よく考えるとガリュウが素直に逃がしてくれるわけもない。二人で倒そう。二人でガリュウを封じ込めよう。俺が先にガリュウに突っ込めばミミカが逃げる隙もできるかもしれない。そう考えて口を開いた。
「……わかった。なら協力してガリュウの足止めをしよう。ミミカがワイヤードプラントのスキル玉を使ってくれ。俺はワイヤードプラントが切られないようになんとか防衛してみる」
俺はスキル玉をミミカに渡し、ガリュウの元へとゆっくり歩み寄った。手には魔剣を手にしている。これでガリュウを攻撃するわけではない。そもそも攻撃は通らないし、今こちらができることは攻撃ではない。防衛だ。防戦に徹する。そのためにガリュウの攻撃を魔剣で受け止めるのだ。
「何を企んでいるのか知らないけど、俺を倒すなんて考えない方がいいよ」
ガリュウは相変わらずの笑みを崩さない。だが、そのいやらしい笑みを崩してやる。俺はそう思った。
スキルを警戒しながらゆっくりとガリュウに近づく。
ガリュウが何らかのスキルを使おうとしたその時だった。部屋を囲むように配置されていた無数の黒い魔石からいっせいに灰色で粘性のあるものが吹き出した。
まるで俺達の様子をどこかで観察しているかのようなタイミングだった。あわててガリュウの元へ走る。
ミミカが【ワイヤードプラント】のスキルを発動させた。何本もの蔦が床から伸び、ガリュウの足元へと絡みつく。
灰色のどろっとしたそれは勢いを増す。あっという間に膝元を埋め尽くす。俺はガリュウの直ぐ側でまるで固まる前のコンクリートに足を取られたように動けなくなる。
ワイヤードプラントはガリュウの上半身へと伸びる。
「なんだこれは?」
ガリュウのその言葉は下から伸びる蔦と魔石から噴き出る粘性のものとその両方に向けられたものだった。
ガリュウと近距離で向き合ったまま、腰まで灰色の粘体に埋まった。
「なんだこれは?」
再度ガリュウが同じ言葉を繰り返す。
ガリュウの顔からは笑みが消え、醜悪な表情で俺を睨みつけている。
「お前を倒す最終手段だよ」
俺はかろうじて動かせる両腕でガリュウの顔との間に魔剣を掲げた。奴がどんなスキルを使おうがこれで受け止めるつもりだった。
「『なんだこれは』、とは、なんだこの茶番は、とそういう意味だ」
ガリュウの顔からは怒りが滲んでいたが、封じ込められようとしていることに対する怒りではなかった。もっと違う種類の怒りだった。
「俺を馬鹿にしているのか? こんな稚拙な手段で俺を封じ込められるとでも思っているのか? 一万五千のスキルの中には超レアスキルも所有している。お前らは、攻撃が通らないなら、動きを封じればいい、石の中に閉じ込めればいい、そう考えたとでもいうのか?」
俺達はすでに胸まで埋まっている。身動きがとれない。全身が埋まるのも時間の問題だった。
「無駄なんだよ。無駄。何のために一万五千ものスキルを獲得したと思ってるんだ。俺はこの世界で絶対者として君臨するんだよ。さあ、このまま全身が埋まるとどうなると思う? 俺はこんなことでは死なないよ。しかしお前ら二人は死んでしまうだろうな。そうしたらスキルはどうなると思う。お前らが所有しているスキルのことだよ」
ガリュウは問いかけるが俺は答えない。
「お前らがこうして死んだ場合、エラントが殺したことになる。するとスキルは誰の元にも渡らない。消失するんだよ。転生人による殺戮でないとスキルを奪うことができないんだ。もったいないじゃないか。ゴミスキルとはいえ、こうして消えてしまうのは。だからお前らは俺が殺してやると決めている。エラントなんかには手を出させないよ」
そう言ってガリュウはスキルを使った。超レアスキル、【バグズ・イーター】。ガリュウの顔の脇に真っ白い子豚のような生き物が現れた。空中にふわふわと浮かんだまま、大きく口を開けて空気を吸い込む。辺りの空気が吸い込まれる。魔剣の揺らめきもその方向に流れる。
しばらく空気だけを吸っていたバグズ・イーターだが、その勢いを増す。最初に吸い込まれたのは魔剣の揺らめきだった。魔剣は形を崩し、バグズ・イーターに吸い込まれた。次に首元まで這い上がってきていた灰色の粘体を吸い込みだした。
強力なバキューム力で粘体を吸い込みだす。小さな体にとても入りきるとは思えない量の粘体を吸い込む。それといっしょにワイヤードプラントも吸い込まれる。瞬く間に、部屋が元の状態に戻っていた。
想定していた以上の量を吸い込んだのか、バグズ・イーターは軽くゲップをして霧に姿を変えたあと消え去った。
「こいつは魔法により生成したものを吸い込んでくれるんだよ。魔法で生み出した強力な幻獣なんかも吸い込んでくれるから、魔法でやっかいなことをされた時には役に立つ。本当に無駄な努力だったな。それと、不愉快だから部屋にある魔石は破壊しておくよ」
ガリュウは【ミリオン・アロー】を発動した。無数の矢が部屋を埋め尽くした。その矢は一本残らず正確に部屋の隅にあった魔石を破壊する。黒い欠片が飛び散って部屋を囲むように細かな黒い破片だけが残った。
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