第51話 溶ける水晶
ガリュウの表情に浮かぶのは愉悦。口を半開きにし、口角を目一杯に上げ、目には勝ち誇った色を浮かべる。声こそ上げない無言の表情だが、高らかに笑うガリュウの心の哄笑がそこから聞こえてくるようだった。
笑みを浮かべたまま、剣を受け止めた左腕を大きく振るった。俺は反対側の壁まで大きく飛ばされ、そこに叩きつけられた。俺に向き直り、ガリュウは心から楽しそうな声を発した。
「この小娘は無駄死にだったな」
笑うことを我慢でもしているかのようなガリュウの口元からはひっひっ、と空気が漏れる音だけが聞こえる。笑いたくて笑いたくて仕方がない。そんな仕草が俺の心を削りとる。
足元で倒れているラミイをガリュウは足で転がした。ラミイの体がうつ伏せになり、顔が床で押し潰れて歪む。その頭の上にガリュウは右足を乗せる。足を動かしてころころとラミイの頭を転がす。足を動かすそのたびにラミイの顔は違った形で崩れて醜い顔を晒す。
俺は、やめろ、と言ったつもりだったが、それは空気を吐き出す音にしかならなかった。もう怒りを通り越し、ラミイを失った絶望しかなかった。体中から力が抜けている。反撃する気力が減退する。
呆然と立ち尽くす俺の反応が期待はずれだったのか、ガリュウはラミイを蹴飛ばし、ラミイの体はミミカが眠る水晶が置いてある台座の下に転がった。
ガリュウは腕に絡みついていたワイヤードプラントを外し、脇に立つラミイの傀儡に向かって投げつけた。主人からの命令を失って蝋人形のように立ち尽くしていた傀儡が、ワイヤードプラントが当たったことで後方へ倒れた。マネキンが転がされたように、ワイヤードプラントを絡ませながらころころと転がった。
「先ほどの勢いはどうした? もう向かってこないのか?」
ガリュウは挑発するように、左腕を広げて攻撃を迎え入れる仕草を取る。
「念の為に俺のスキルを説明しておこうか? 俺のスキルは【ドラゴニック・エクストラ・カウンターアタック】。聞いているだろうが、一千万以下のダメージを跳ね返す文字通り無敵のスキルだよ」
それ以外にも転生人から奪った一万五千のスキルもあるけどね、とガリュウは含み笑いをする。
「跳ね返すってことはさ、俺を攻撃することが自殺行為って意味だよ。自分の攻撃で死ぬんだからね。見たところ君の攻撃力はせいぜい数十万ってところかな。ゴブリンの魔剣にゴブリンの魔法強化でようやく到達できた数値だね。ところでさ、その数十万のダメージを跳ね返されたら君は死ぬんじゃない? そんなに体力値は高くないよね、きっと。相手の力を引き出せるっていっても、自分の体力値が上がるわけじゃないしさ。君は俺を攻撃することすらできないんだよ」
俺の背後にあった黒い影は消えていた。力を増幅していた【
再び【
それでも数万の攻撃力。この魔剣の攻撃が通れば倒せないこともない。だがその攻撃が通らないというのだ。一撃で一千万を超える、そんな攻撃がいったい誰に可能なのだろうか。
「ちなみに一撃で一千万を超える攻撃力というのは『神の雷槌』レベルだよ。神から認められたものが、その幸運の果てに手にすることができるという、まあ伝説だね。君はそんな伝説の勇者になれるのかな。とてもそんな玉には見えないけどね」
その時、かつん、と床を踏む足音が部屋に響いた。
「じゃあ、マヒロには伝説の勇者になってもらわないとね」
透き通った声が部屋に響いた。視線を向けると水晶が置かれた台座から降りるミミカの姿があった。いつのまにか水晶は完全に溶けてなくなっていた。しゃがみこみ、ラミイを抱きかかえる。部屋の隅にラミイを寝かせ、その上にアイテムボックスから取り出した水色のローブを掛ける。
「ずっと見ていたよ」
立ち上がりながら、ラミイからは視線を外さずに静かに囁くように話す。
「マヒロがガリュウの腕を切り落としたこと。稲妻に貫かれたこと。ラミイちゃんが入れ替わりになったこと」
ミミカが閉じ込められていた水晶の台座の周囲が濡れたように光っている。ガリュウがスキルを獲得したことに連動して水晶が溶けたようだ。溶けた水晶が一部固まりだし、結晶化してキラキラと光を反射している。
なぜガリュウの出現と同時に水晶が溶けるようになっていなかったのか、なぜガリュウがスキルを獲得するまで待つ必要があったのか。そこに皇帝の何らかの意図があったのだろうか。それはわからない。
今になってようやく水晶が溶けた。ミミカは水晶の中で俺とラミイの戦いをずっと見ていた。やはり意識があったのだ。どんな思いで俺たちの戦いを見ていたのだろうか。どんな思いでガリュウが腕を切り落とされるところを見ていたのか。どんな思いでラミイが稲妻に貫かれる姿を……。
「遅い、遅いよミミカ。俺のスキルが有効化されてしまったじゃないか」
ガリュウはミミカの姿を見て、嬉しそうに心から笑う。
――これで役者は揃った。
今から転生人の生き残り同士、殺し合いを始めようか。
ゲームだ。これはゲームだ。
さあ、今からゲームを楽しもうじゃないか――
声に出さずとも、ガリュウの意志が伝わってくる。
だがこのゲームに俺達の勝ち目はない。
すべての攻撃が跳ね返される。どうやってもガリュウを倒せない。
倒すだって? それどころか傷一つすら付けられないのだ。
傍(はた)から見たら片腕のないガリュウ、一対二のガリュウ。ガリュウ側が不利にしか見えない。
そうではない。スキルを行使した圧倒的な力。一千万以下のダメージを跳ね返す。その他に一万五千以上のスキルを持つ。
完全にガリュウによる一方的な戦いなのだ。
これはゲームなんかじゃない。
最初から勝者が決まっている一方的な戦いが始まった。
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