第50話 制限時間

 切りつけてきたガリュウとラミイの間に割って入る。剣を握っての戦闘は初めてだが、ラミイ秘蔵のライトアーマーのおかげで迅速に行動ができた。ガリュウは素早く一歩後退した。


「くくく、戦闘も初心者のようだな」


 俺の動きを見て笑うガリュウだが、一歩後退したところを見ると、こちらの攻撃を警戒したからだと分かる。ガリュウ自身が言ったように、スキルが使えない無防備な状態であることは事実なのかもしれない。


 ガリュウの足元にある魔法陣が消えかかっている。おそらくこの魔方陣が完全に消えるまでがタイムリミットだ。


「ガリュウは純粋な戦士タイプ。スキルが使えないなら隠し玉がない。剣による攻撃だけに注意すればいい」


 ラミイが早口で説明する。スキルを多数所有する転生人は戦士タイプが多い。魔法よりスキルを好んで使う。魔法を取得したり、魔法力を向上させる代わりに、その労力をすべて戦士としての戦闘力に注げるからだ。


「スキルは使えなくても、こうしてポーションは使えるのだよ」


 ガリュウは中空に手を差し入れ、ポーションを三本取り出す。


 ガリュウはアイテムの類は使用することができる。だがラミイは「使う暇を与えなければいいんだよ」と俺に囁く。魔法による回復でも、ポーションによる回復でも必ず一定の時間を必要とする。それにアイテムボックスから取り出す場合、アイテムを選び出すために注意が削がれるし、その間は格好の的となる。


「マジックアロー!」


 杖を振りかざしながらラミイが叫ぶと空中に現れた三本の矢が見事な精度でガリュウの手にしたポーションを射抜いた。ポーションは割れ、紫色のドロッとした液体の飛沫が空中で霧散する。


 ガリュウは小さく舌打ちをする。


 ラミイはガリュウにアイテムを使わせる余地を与えないつもりだ。アイテムに関しては、片方が相手をしている間にアイテムを使うことのできるこちらが有利だ。


「マヒロ、よく聞いて。今のうちに倒しておかないと、彼を倒すことが不可能になる。ガリュウのスキルは1000万ダメージ以下を全部反射するから。私たちが与えられるのは、せいぜい一度に数百ダメージが限界」


「ガリュウの体力ってどのくらいなんだ?」


「知らない。でも推定数千万といわれている」


 ラミイは【エミーの傀儡】を発動する。顔がつるりとして目鼻口がないラミイの分身が二体現れた。一体はラミイの半分の身長。もう一体はラミイの四分の一の身長。


「その傀儡って二体も呼べたんだ」


「何体でも呼べるんだけど、どんどん半分になっちゃうからそんなに役に立つものでもないよ」


 ラミイと話している間でもガリュウは積極的はこちらを攻撃してこない。


 彼からしたら、こちらを倒すことよりも防戦に集中するつもりなのだろう。なにしろ数千万の体力値があるといわれているのだから。


 こちらは五分の間に一万回以上の攻撃をヒットさせる必要がある。五分で倒すのは不可能だとガリュウが自信たっぷりに話したのも分かる。


 ラミイは呼び出した二体の傀儡のうち二分の一サイズの傀儡に剣を持たせ、ガリュウに突進させた。四分の一サイズの傀儡には杖を持たせ、魔法弾を連射させた。


「私と小さいので援護するから、マヒロはガリュウを攻撃して」


 その言葉と同時に俺はガリュウに突進する。二刀流のガリュウが俺と傀儡を相手するが、時折その体に剣を受け、ガリュウの黒い鱗があたりに飛び散る。


 ガリュウの剣が俺を襲うが、ラミイの援護でその剣は魔法弾で跳ね返される。


 一方的な展開ではあったが、ガリュウに与えたダメージはせいぜい数千といったところ。このまま五分が経過しても数万ダメージを与えられるかどうか。


 防戦一方のガリュウは不敵な笑みを浮かべながら剣を振るう。ガリュウがなぜ完全に実体化する前に俺達に攻撃させたのか、その理由がわかった。


 こうして弱い姿をさらけ出しておきながら、時間さえあれば倒せるかもしれないという期待感を抱かせる。だがやがて制限時間が訪れる。スキルを手にして圧倒的な力を振るい、こちらを絶望に落とし入れるつもりだ。ガリュウの高笑いが見えるような気がした。


 そうはさせない。ガリュウを倒してみせる。ガリュウの思惑を打ち崩す。どうすればいい? 何か打開策は?


 魔法陣が消えかかる。ほとんど時間は残されていない。


 ラミイが【ワイヤードプラント】を発動させる。ガリュウの二本の腕を巻き取って動きを封じる。それでもガリュウの余裕の笑みは消えない。俺とラミイの傀儡は次々とガリュウに斬りつける。鱗が飛び散るばかりで決定的なダメージは与えられないでいる。


「マヒロ、だめかもね……」


 ラミイが諦めのような声を出した。時間がない。なさすぎる。


 俺はふと、剣の動きを止めた。そして思い出したように呪文を唱える。もしかしたら無駄かもしれない。意味が無いかもしれない。


 それでも唱えた。


 ――深き闇の底よりさらに深遠なる幻魔におります我が主よ、すべてを引き裂くその魔刃の力を我に貸し与え給え。顕現せよ、【幻想の蒼き魔剣イマジン・デモニック・ブレード


 俺の手に幻想の魔剣が出現した。驚愕の表情を浮かべるガリュウ。


 もちろんこれで終わるわけがない。


 ――我を支えよ我の血肉となれ【悪魔の越境デモニック・エンチャント


 俺の背後に気配がある。きっとそこには黒い異形の影が姿を現しているはずだ。天井までその影が膨れあがる。周囲の温度が急激に下がったのを感じた。俺の中にある魔力量が跳ね上がる。同時に手にする魔剣の怪しい光の揺らめきが激しくうごめき出す。


「ゴブリンの……力だと……」


 フィーネに繋がるラインを通じて引き出した力だ。


 俺は魔剣を手にしてガリュウに襲いかかる。そしてそのままガリュウの右肩に斬りつける。あれほど硬かったガリュウの皮膚は、鱗などないかのように、すっと剣が入っていく。ワイヤードプラントで絡み取られたままガリュウの右腕が切り離された。


 ガリュウの顔つきが変わった。そこからは余裕が消えている。力を手にしたものに対する驚愕と腕を切り取られたことの苦痛で顔が歪む。


「すごい、マヒロ、これならやれる!」


 だが、魔法陣はほとんど消えかかっていた。


 時間がない、とどめを刺すんだ。俺は焦りからガリュウの動きが見えていなかった。これで最後だ。これで、この一撃で倒さなければ。一撃でガリュウを倒すべく、ガリュウの首を狙った。魔剣を水平に振るった。ガリュウの首を落とそうと。


 ガリュウが大きく口を開ける。喉の奥から赤黒い物。喉の奥から口へと上(のぼ)ってくる。


 ガリュウはこちらの世界へ戻ってきた時にそれを飲み込んでいた。口へ上ったその赤黒い物はガリュウの口を一杯に埋めた。そこに覗いていたのは赤黒いスキル玉だった。スキル玉を咥えた状態のガリュウ。


 ガリュウは【デモニック・ライトニング・ランス(悪魔の雷槍)】を発動した。


 稲妻の槍がガリュウの口からまっすぐ伸びる。それは俺の心臓を狙って飛び、瞬時に俺の胸の前まで迫った。時間が止まったかのように、その瞬間が目に焼き付いた。そこから走馬灯のようにゆっくりと稲妻の槍が動く。実際は一瞬の出来事だったが、スローモーションのように見えた。俺のライトアーマーに食い込む。死ぬ。そう思った。


「スキル玉を隠し持ってたんか!」


 ラミイが叫ぶ。てっきりガリュウはスキルが使えないものと思って油断していた。スキルが使えると分かっていたなら対処する方法があったかもしれない。しかし不意打ちで使われた今はそれを避けるすべがなかった。


 稲妻は確かに俺の心臓を貫いたはずだった。だがライトアーマーの胸のあたりにぽっかりと穴を開けて、俺はガリュウに対して離れた位置にいた。代わりにガリュウのすぐそばで稲妻の槍に心臓を貫かれている少女がいた。ラミイ。


 ラミイの【ディボウテッド・ハート】が発動していた。


 心臓を貫かれたまま血を流す。苦悶の表情で声を絞る。


「マ……ヒ……ロ……ガリュウに……とどめを……」


 ディボウテッド・ハートは貢献の心臓。想い人が死ぬ直前に身代わりとなるレアスキル。別名犠牲の心臓。


 このスキルは例え想い人に対してであっても、発動させる意志がないと働かない。つまりはラミイの意志で発動したということだ。


「ラミイー!!」


 ガリュウが稲妻の槍を引き抜く。ラミイの胸にはぽっかりと大きな穴が空き、体はどさりと床に落ちた。大量の血が空いた穴から流れ出す。


 ラミイは残った力で震えるように顔だけを向ける。うつろな目でぱくぱくと口を動かす。マヒロ強くなったね、そう言ったように思えた。そしてラミイは目を開いたまま、動かなくなった。


「うわああああ」


 俺はガリュウに走った。


 元々後方で支援していたラミイの位置はガリュウから遠かった。俺とラミイの位置が入れ替わっていたためガリュウのところまで僅かな時間が必要だった。


 魔法陣は消えていた。


「時間切れだ」


 ガリュウはそう言い放って俺の振るった魔剣を残った左腕でそのまま受け止めた。

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