第49話 ガリュウの時間稼ぎ

「お前らは誰だ」


 再び少年が俺達に問いかける。威圧感のある悪意に満ちた声が部屋に反響する。素直に応えるわけもないのだが、何より少年の異質な姿に気圧されていた。


「答えないのか。まあいいよ。さしずめ俺を殺しに来た転生人ってとこか。一人はミミカといっしょにいたところを見たことがある。もう一人は……お前は知らんな。そうか……」


 少年は、「お前か、そうかお前が鍵なのか――」と言ったあとに不気味な笑みを浮かべた。


「あんたがガリュウやね?」


 ラミイが気丈に声を出した。少年はそれには答えない。答えないことが、彼がガリュウであると物語っていた。


 ガリュウと思われる少年が舌打ちをして悪態をつく。


「それにしてもエラントめ、よくも俺を嵌(は)めやがったな」


 ガリュウの言葉の意味はわからなかった。その言葉は皇帝にだまされたことを示唆していたが、ガリュウは本気で悔しがっている様子ではなかった。むしろこの状況を楽しむ、そんな雰囲気だった。


「エラントが『異界の書』を手にしていることをお前らも知ってるんだろ? その書があったから奴はこんな真似ができた」


 俺は異界の書というものを知らない。


「『異界の書』だって? それは何なんだ?」


 ガリュウに問いかけながら、横にいるラミイを見ると彼女は首を振る。ラミイも知らないようだ。


「ふふふ、知らんのか。そうか。ふはははは」


 ガリュウは勝ち誇ったように高らかに笑う。


「『異界の書』、わかりやすく言うとこの世界と元の世界とその両方の世界における知識の集大成だ。とはいっても転生人については書かれていないけどな。転生人とスキル以外のあらゆる知識を集めてある情報源だ。当然そこには元の世界に戻る方法も書かれている。俺はエラントにそそのかされて元の世界へと戻った。そのままでは実体化できないとも知らずにな」


 そしてガリュウは話を続ける。どうやって元の世界へ行ったのか。そこで何をしていたのか。どうやってここへ戻ってきたのか。

 ガリュウはさらに語る。皇帝と出会った時のこと。皇帝とのやりとりのこと。

 一方的に話していたガリュウに区切りがついた時、俺は問いかけた。


「お前は元の世界に戻りたかったのか? 元の世界が懐かしくて帰りたかったのか?」


「懐かしいだと? まさか、この世界は天国だよ。ここでもどれだけ騙そうが、どれだけ殺そうが自由だ。ゲームだよ。ゲーム。こんな楽しいゲームは手放したくはないよ」


 ガリュウは無邪気な少年のような顔を一瞬見せた。


「俺が戻った理由は簡単だ。ちょっと物足りなかったんだ。ゲームをもっと面白くしたかったのさ」


 この異世界と俺達がいた元の世界。ガリュウは二つの世界を支配したいのだと言う。そしてこの二つの世界の融合を望んだのだとガリュウは話しだした。


 二つの世界を融合する方法が一つだけあることをガリュウは知った。それが【最終スキル】だった。


 【ワールド・インテグレーション(世界統合)】。それが最終スキルの名称だ。


 ガリュウは元の世界で多くの人を殺戮し、この世界へ連れてくる。そして【ワールド・インテグレーション(世界統合)】を獲得した転生人を探し出し、スキルを奪うつもりだった。


「ところが、元の世界で実体化するためには女神の力が必要だったんだよ」


 両方の世界を繋ぐ役割をしているのが女神だった。人はどちらかの世界でしか存在を許されていない。女神は双方の世界に対して干渉することができる。女神の能力を持ってすれば両方の世界で実体化することも可能だと言う。


「お前は女神と繋がっている。だからお前は女神の力を引き出せるんだよ。それすらも知らなかったのか? お前は自分のスキルの能力も把握していないのか」


 俺は自分でも気が付かない間に経験値が増えてレベルが上がっていた。それはラインを通じて経験値が流れ込んできているのだと思っていた。そうではなかった。繋がる者の力を利用していたんだ。


「マヒロにそんな力あるんかいな」


 ラミイは半信半疑でガリュウに問いかける。


「あるんだよ、こいつには。女神の能力は元の世界で実体化することだけではない。そもそも最終スキルはまだ存在すらしていないんだ。女神にスキルダイスの内容を書き換えてもらう必要がある。まさに新しいスキルの創造だよ。それはとてつもない力だと思わないか?」


 俺はまだ女神の能力を利用する方法なんてわからない。仮にそれができたとしても、元の世界で実体化するとか、新しいスキルの創造とか、ガリュウとは違ってそのことに利用価値があるとは思わなかった。


「エラントにはすっかり騙されたよ。元の世界へ戻るにはさ、こうして裸じゃないとだめなんだ。スキルも装備もこっちの世界に置いていかないとならない。そしてこっちに戻ってきた俺はまだ完全に実体化しきっていないんだ。完全に実体化するまでには時間が掛かる。しばらくはスキルも使えない無防備な状態ってわけさ。そこをお前らに襲わせる。それがエラントの本当の狙いさ」


 元の世界へは何も持っていくことができない。実体化していない状態ではスキルも装備も持ち込むことはできない。いったんこの世界に置いてから向こうへ行く必要があった。


 しかも戻ってきたらスキルはすぐには使えない。

スキルは転生人に特有の能力だ。世界間の移動をしたあとはスキルの能力が戻るまでに一定の時間が必要とされる。


 スキルが使えないうちにガリュウを殺す。それが皇帝の狙いだった。


「最初に言ったエラントに嵌められたってのはこういう訳さ」


「なんでそんなことを、わざわざ解説してくれるんだ」


 ガリュウは無敵のスキルを持っていると聞いていた。しかしそれが今は使えない。自分の弱点をぺらぺらと話す。長い時間を掛けて。それは単に自信の表れなんだと思った。だが、そうではなかった。


「わからないのか。『異界の書』すら知らない時点でお前らは何も知らないと思ったよ。俺がスキルを使えない無防備な状態なのは三〇分だけだ。時間を稼がせてもらったってことさ。残りはあと五分くらいかな。残念だったな。三〇分もあれば俺を倒せていたかもな。五分で俺を倒すのは不可能だ。遊んでやるよ。スキルなんてなくてもお前らくらい何ということはない。さあ、ゲームを始めようか」


 ガリュウは時間稼ぎをしていた。ラミイがアイテムボックスからアイテムを取り出したのと同じように、両手を何もない空間に差し込んだ。引き出された両手には二本の剣が握られていた。


「エラントは『異界の書』を手にして調子に乗ってたみたいだな。だからお前達に情報を与えなかったという初歩的なミスを犯す。さあ、もう時間がないぞ。せっかくチャンスをあげたんだ。せいぜいあがいてみせろ」


 ガリュウは二刀流で剣を手にしてラミイに突進する。ラミイは慌てて一歩下がって後退したが、真紅のローブが胸のあたりで切り裂かれた。切り口からはローブの色とは違う鮮やかな赤が滴り落ちていた。ラミイは苦痛で顔を歪める。


「ラミイ!」


 俺が叫ぶ。五分という短い時間が与えられ、ガリュウとの戦闘が開始された。

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