第46話 エラント皇帝との謁見
俺達は再び一日かけてゴブリンの国――エル・ゴビアス帝国へと戻ってきた。
どのようにミミカのいる場所を探し、そこへたどり着くかが問題だった。だがフィーネがガリュウを倒すという俺達の意志をエラント皇帝に伝え、皇帝との謁見が許されたことで道が開く。
拍子抜けするほど簡単に開かれた道だったが、俺は皇帝のことを敵と見なしていただけだったのかもしれない。ガリュウ討伐という共通の目的があれば皇帝はそれを受け入れるということだろう。
謁見は応接間で行われるという。城の玉座の間で跪いて謁見することを想定していた俺は、ここでも皇帝の配慮を知る。
皇帝は転生人に対して、上位者として支配しようとしているわけではない。あくまで全体の目的に沿って政治を行っているに過ぎなかった。
そして転生人に対しては賓客扱いすることが通例であると。
俺達六人――フィーネと俺、そしてラミイとエミリスさん、ドリルとカルニバスが応接室へと通された。
そこは応接室と呼ぶにはあまりに豪華過ぎる空間だった。
天井にはシャンデリアが吊るされ、ひと目で高価だと分かる調度品に囲まれている。調度品の表面には手の込んだ彫刻が施されていて、はめこまれたガラスを通して見える食器や動物の置物なども金や銀があしらわれている高価なものだ。
部屋には他にも大きな壺や全身鎧が飾られており、装飾品の数にもかかわらず閉塞感はまったく感じない部屋の広さだった。
部屋の中央には十人以上が座れるであろうソファーとテーブルが置かれていた。従者に促されてソファーに座る。ソファーに座ると、座面が深く沈み込む。紅茶が出されたが、誰も手を付けなかった。
それからだいぶ待たされた後に皇帝が応接室へ向かう廊下を歩いてくる気配がした。俺達は立ち上がり皇帝を迎える態勢を整える。
扉を開けて入ってきた皇帝は二人の警護をつけていた。
皇帝の警護もやはりゴブリンだった。警護のゴブリンは醜悪な顔で牙をむき出しにしている。二人とも腹が大きく膨れ、鈍重な動きを感じた。一方の皇帝は筋肉質ではあるが、すらりと伸びた体躯は鍛えられた王国の騎士を思わせる。顔つきも知的で、ゴブリンというより緑の肌をした人間寄りの顔をしていた。皇帝が精悍な足取りで近づいてきた。
警護の二人は入り口に立って待機している。皇帝が歩いてフィーネの脇に立つ。
フィーネの頭を撫でながら話しだした。
「我が娘のご友人たちよ。よくいらした。娘からおおよその話を聞いて入るが、詳しく話を聞こうと思う。まずは座ってくれたまえ」
座る前に、エミリスさんが深く礼をして口を開いた。
「皇帝陛下、まずは謁見の許可を賜り、感謝の意を述べさせていただきます。私にとっても今現在何が起こっているのかが不明であります。お忙しいことと思われますが、そのあたりのことも陛下の口からお聞かせ願えればと思っております」
「そうだな。まずは座ってくれ。話をしよう。今日の公務はおおよそ片付けており、とりたてて急ぎの仕事はない。時間は取れるよ」
皇帝が促して俺達がソファーに座った。皇帝は上座に位置するであろう一人がけのソファーに座った。
「まずは、そうだな、マヒロ、ラミイ。そなたら二人が転生人だったな。そなたらの仲間であるミミカをこの城の地下に幽閉しているのは事実だ」
皇帝はさっそく本題を切り出してきた。それに対し、エミリスさんが疑問を投げかける。
「ミミカ殿がこの国に危害を加えないことはご存知かと思います。何故にそのような処置をされているのでありましょうか」
ガリュウ討伐のため、ということはエミリスさんも知っているはずだが、それを皇帝の口から語らせようとする。
「娘から聞いているんじゃないかな。ガリュウだよ。やっかいな転生人だ。彼を殺すためにミミカが必要だった」
それに反論したのはミミカとずっといっしょに活動していたラミイだった。
「ですが、ミミカちゃんは怪我をしているはずです。それにミミカちゃんにガリュウを倒すことは、とてもできないと思います」
「私も難しいと思っているよ」
意外にも皇帝はラミイの言葉に同調した。
「それでは、なぜ……」
「ガリュウを倒せなければそれで仕方がない。元々倒すことは不可能に近いのだ。足止めさえしてもらえれば、あとはこちらで対処するつもりだ」
「どういうことでしょうか?」
「マヒロ、ラミイ、二人には申し訳ないが、ガリュウを殺せる可能性があるのは彼女だけだ。そしてガリュウを殺せなかった時は二人まとめて石棺を予定している」
皇帝はミミカが敗北した時のことを考えていた。むしろ敗北の可能性が極めて高いのだ。その準備をしていないわけがなかった。
ガリュウが戻ってくる転移結晶が置かれた部屋はぶ厚い壁に囲まれた地下室だ。その部屋、そしてそこへ降りる長い階段、それらの壁際には隙間なく魔法石を配置していると言う。
十数人の魔術師が待機しており、魔法の発動によりいつでもその魔法石からどろどろに溶けた石が噴出する。空間を埋め尽くした石はすぐに固まり、地下の部屋と階段は石棺として封鎖される。
一万五千以上のスキルを持つガリュウに対してそれで封じ込めることができるのかは疑問だが、皇帝は自信を持っていた。
石棺が完成するそのわずかな時間だけガリュウを食い止め、ミミカには共に石の中に沈んでもらうつもりだった。ミミカはそのための生け贄のようなものだ。
当然そんなことに納得できる俺ではない。別の方法、最善の方法が他にあるはずだ。
「俺達がガリュウを倒すという手段もありますよね」
俺のその言葉に皇帝はすぐに否定を返す。
「無理だと思うがな」
「私も戦います」
そう言ったのはフィーネだった。
「ならん。我が娘を危険に晒す親がどこにいるというのだ」
「わたしも『たたかおう』とおもいます」「皇帝陛下、私も戦うぞ」
ドリルとカルニバスがフィーネに賛同する。
だが皇帝は首を振る。そして冷酷に言い放つ。
「形勢が不利になった時点でお前達ごと石の中に固めるが、それでも良いか」
その場にいた者の決意を皇帝が打ち砕く。一同は無言になった。
「私は犠牲は最小限にするべきだと考えている。しかしそれでもその場へ向かおうという者の気持ちもわかる」
皇帝は少し考え、顔を上げて言葉を続けた。
「――それでは転生人のみ、転移結晶が置かれた部屋への入室を許可しよう。私から言えるのはそれだけだ。犠牲を最小にすることを選択するのか、転生人同士で全滅するのか、好きにしろ。以上だ」
これ以上は話すことはないと皇帝が立ち上がり、警護の二人とともに部屋を立ち去った。
ミミカの元へ行くことが許されたのは俺とラミイだけだった。それはもう絶望的な状況に思われた。
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