第45話 救出

 ラミイとエミリスさんは磔(はりつけ)にされていた十字架から降ろされ、断頭台に乗せられていた。両手両足を縛られ、目隠しをされ、猿轡(さるぐつわ)を噛まされている。二人の体は屈強な男により押さえつけられ、横には二人の死刑執行人がそれぞれ斧を手にしていた。


 ラミイはぶるぶる震えている。遠目からでもその顔から血色がなくなっているのが分かる。一方エミリスさんは覚悟を決めたような落ちつき払った様子だった。固い表情だったが、運命を受け入れているようにも思えた。


 処刑場に溢れた群衆は死刑の執行を今か今かと待ちかねている。群衆は、二人がなぜ処刑されようとしているのか本当の理由を知らないだろう。重罪人が殺されようとして、それを期待し、望むような空気だけがあった。正義が執行されるのだと誰もが信じていた。


 執行人はゆっくりと二人に近づく。見逃すまいと群衆が静まる。ラミイの横にいる執行人が最初に斧を持ち上げた。斧の先端が太陽を反射して一瞬だけぎらりと光る。それを見て俺は焦った。一刻も早く二人を助けなければならない。


「まずい、俺は一人でも行くぞ」


 神獣を急降下させようとした時、ドリルとカルニバスの乗った神獣が進路を塞いだ。


「ゾゾゲのような『おばか』はまっすぐ突っ込んでいこうとするよね」


「まずはこの群衆を散らすのだよ」


「お姉ちゃん、『ぬけがけ』なしね」


「ドリルこそ」


「じゃあ、『しょうぶかいし』ね! フィーネちゃん、ちゃんと審判よろしく!」


 二人に緊迫した雰囲気はない。目を合わせてにやりと笑う。ドリルとカルニバスは同じ神獣に乗っているため、お互いの行きたい方へ神獣を向けることができない。仕方なくその場で二人は呪文を唱える。召喚魔法を唱えていた。


 ドリルは群衆の周囲に幻獣を配置。


 カルニバスは中央で死霊を出現させる。


 断頭台の周りに黒い霧が立ち込め、かろうじて人の形を保っている一体の死霊が姿を現す。死霊はゾンビとは違う。その姿は二本の脚でしっかりと大地を踏みしめている。だが、体からは黒い影が溢れだし、ゆらゆらとその外殻を型どっている。死霊は魂を刈り取るかのような仕草で、巨大な鎌を振り上げた。その鎌を群集に向かって大きく振り下ろした。


 死霊を目にした群衆は騒ぎ出す。「死神だ……」「おい、俺達も巻き込まれないか……」「違う。あれは死霊だ。死霊が引き寄せられてきたんだ……」「逃げろ」


 口火を切ったのは誰だったのかはわからない。群衆の一人が逃げ出そうとして、後ろの人間にぶつかったようだ。それを皮切りに群衆は乱れ、あちこちで叫び声や怒声が鳴り響いた。


 逃げろ逃げろと前から押してくる群衆に、後方に位置していた者はわけのわからないまま逃げ出すしかなかった。


 群衆が断頭台から離れていく。そしてその背後で咆哮する複数の幻獣。四足で立つ、ライオンと鷹のキメラのような獣。ドリルが群衆の周囲に配置した幻獣だ。幻獣に囲まれていると知り、さらに怯え、逃げ惑う人々。だが、幻獣の配置は絶妙だった。ちゃんと逃げ道が用意されているのだ。人々はドリルが意図した方向へと走らされる。それは騎士団が集まっている場所だ。


 群衆が押し寄せた騎士団は幻獣の排除に向かうことができない。向かってくる群衆をいなしながら、その保護を優先せざるを得なかった。


 断頭台では執行人すら、すでに逃げ出していた。そこには縄で縛られたラミイとエミリスさんが残されている。


 ドリルとカルニバスはお互いに牽制しあっている。二人は同じ神獣の上で、互いに相手が降りられないようにつかみ合っていた。


 フィーネがすばやくエミリスさんのところへ向かう。エミリスさんの縄を切る。遅れて俺がその場に向かった。そしてラミイの縄を切る。猿ぐつわを外し、目隠しを取る。恐怖で歪んでいたラミイの顔はぐちゃぐちゃになって泣き顔に変わる。「マヒロ、マヒロ、怖かった。怖かったんやあ」ラミイは俺に抱きついてきた。


 エミリスさんをフィーネが拾い上げて神獣に乗せる。素早く上空へと離脱した。


 ラミイを俺の神獣に乗せようとする。力が抜けてしまったのか、ラミイはなかなか神獣に登れないでいる。それを俺が下からぐいと押し上げる。「マヒロ、おしり触ってる」小さい声でそう言いながらラミイは俺の顔面を踏み台にしてなんとか登った。


 顔を踏まれたことなど気にせず、俺はひらりと神獣に飛び乗る。レベルが上がったため身体能力も向上しているようだ。ラミイの前に位置して、神獣の手綱を握る。


「ラミイ、俺にしっかり掴まれ」


 俺は自分の腰にラミイの腕を回させて掴ませる。震える手を伸ばしながら「マヒロ、背中がごっつくなったなぁ」とラミイは言っていた。俺はラミイの腕をにぎり、しっかりと腰に固定させる。ラミイの腕に力が入ったところで、手綱を操作して神獣は空へと舞い上がった。


 ドリルとカルニバスは上空で旋回したまま、相変わらずじゃれあうような喧嘩をしていた。


 救出されたラミイとエミリスさんを目にして二人とも不思議な顔をする。


「あれ? なんで『たすけちゃう』の?」


「ちょっと待て、この場合の勝者はどうなるのだ?」


 二人の言葉にフィーネが断言する。


「ラミイさんはマヒロが助けました。エミリスさんは私が助けました。だから、そうですね、あえて勝者を決めるとしたら、わたし?」


 その言葉にドリルがあんぐりと口を開ける。口の動きに同調するように両耳がぴんと逆立つ。


「なんで、なんでフィーネちゃんが手を出すの? ダメでしょ。フィーネちゃんは審判してくれなきゃ」


 それに対し、フィーネはつん、とすまして答える。


「わたしが参戦しないっていつ言いましたか? この勝負はわたしの勝ちです。マヒロはわたしのモノですね」


 それを聞いてドリルは発狂する。


「ゾゾゲを、ゾゾゲを『わたしなさい』よぉ」


 それにカルニバスも追従する。黒い羽を大きく広げて喚く。カルニバスの美しい顔が醜悪に歪む。


「ドーテーを、ドーテーを渡せえぇ」


 ドリルとカルニバスの乗った神獣が俺の方へと向かってきた。その間にフィーネの神獣が割り込んだ。


「じゃあ、第二ステージに行きますか? そこを決勝としましょう。全員揃わないと不公平ですから」


「全員?」


 その言葉にドリルとカルニバスのみならず、ラミイとエミリスさんまでもがきょとんとする。


「ラミイさんとエミリスさんにも参戦してもらいます。『マヒロ争奪戦』です」


 ラミイが首を傾げながらフィーネに尋ねる。


「争奪戦ってどういうこと?」


「お二人を助けた人がマヒロを獲得するっていう勝負だったんです。でも次はガリュウ。ガリュウを倒した者が勝者です」


 ドリルとカルニバスはそれを聞いて息巻く。「ドリルがガリュウをたおしちゃうから!」「私がガリュウを倒してみせよう」そういってさっさと神獣をエル・ゴビアス帝国へ向けてしまう。


 フィーネはこっそり俺に囁く。


「みんなでガリュウを倒すんですよ。みんなで行けばなんとかなるんじゃないかと。ミミカちゃん一人じゃきついですから」


 この場で一番の策士はフィーネだった。


「私は少年などに興味はないがな。だが助けてもらった恩は返そう」


 フィーネの後ろで、エミリスさんは相変わらずの口調で断言した。神獣に乗って王国の遥か上空にいながら、エミリスさんは何も動じる様子がない。


「私も……マヒロになんか興味ないがな……」


 変なイントネーションでラミイが俺の後ろで呟いた。とても小さい声だった。ラミイは俺の腰に回していた腕をぎゅっと絞った。神獣に乗って高い空にいる状況に不安を感じているようにも思えた。


 ドリルとカルニバスの神獣はすでに遠方で小さくなっている。それをフィーネとエミリスさんが乗る神獣が追う。遅れて俺とラミイが乗った神獣が空を駆ける。


「マヒロ、ありがとな」


 そういってラミイはさらに腕をぎゅっと絞った。ラミイの柔らかな部分が背中に当たる。後ろに乗るラミイの体温が伝わってくる。


「怖かったわあ、ほんま怖かった」


 そしてラミイは、ほんまに殺されると思った、と息を吐いた。


 俺は力強く手綱を握り、神獣を操る。心なしか俺の腕も少しだけ太くなったような気がいていた。頭の中にアナウンスが流れる。


『スキル【ディボウテッド・ハート】がマヒロに対して有効化されました』


 同じアナウンスがラミイの頭にも流れているのだろう。ラミイと繋がるラインの影響でラミイに起こった変化が俺にも伝わったようだ。


 この【ディボウテッド・ハート】はオルマール共同墓地で餓死した者が残したスキル玉のスキルだ。ラミイが持っていたのだが、発動しても何も起こらなかったと言っていた。ディボウテッド・ハートの意味は「貢献する心臓」だ。別名「犠牲の心臓」などとも呼ばれ、対象者に危機が迫った時にその効果が発揮されるスキルだと後で分かったのだが……。


 俺の頭の中の思考はラミイからミミカに移っていた。これから助けに行くミミカのことしか考える余裕がなかった。


 神獣を操りながら静かに目をつぶる。瞼の裏にはミミカのきれっきれのダンスが鮮やかな映像で残っている。


 ミミカは異世界で活躍していた。


 それは俺が空想の中で描いていたものとはかけ離れたものではあったが、俺にとってはとても眩しいものだった。それは憧れ。賞賛を浴びて、人々から耳目を集める。決してミミカのことが好きだという感情ではないと思う。


 そう、憧れだ。俺の求めるものを手にしているミミカに対する憧れ。そんな感情に違いない。


 そのミミカが囚われている。それを俺が助けに行く。今ならなんとなくできる気がしていた。内から力が溢れてくる。


『マヒロのレベルが11に上がりました』


 頭の中にアナウンスが流れる。それと同時に全身に流れ込む不思議な力。これは魔力かもしれない。なぜだかそう感じていた。


 洗練されたダンスを踊り、栗色の髪をなびかせるミミカの姿が浮かぶ。声優のような甘い声の歌声が脳内に響く。


 そう、俺はミミカのファンだ。ただの一ファンだ。英雄に憧れる一人のファンなんだ。ミミカに会いに行こう。ミミカの顔が見たい。もう一度ステージで歌ってもらうんだ。


 切れのいいあのダンスを、ちょっとおかしい歌詞のあの歌を。もう一度見たい、もう一度聴きたい。ミミカに会いたい。これは好きという感情なんかじゃない。ただの憧れだ。好きという感情なんかじゃない。


 ラミイは強い力で俺にしがみついていた。背中に当たっているのはラミイの大きな胸だろう。ラミイには悪いが俺はそれどころではなかった。ミミカのことしか今は頭になかった。ラミイの心臓の鼓動が早まっていたが、怖い思いをしたんだろうな、とその程度に思っていた。それ以上の意味があるとは思いもしなかった。ラミイは頬を俺の背中にぴとっとつけた。「ありがとな、マヒロ」ラミイは小さく呟いた。あまりに小さいその声、俺はその声を聞き取ることができなかった。


 ラミイと繋がるラインを通して彼女の感情が伝わってきた気がした。甘い香りも流れてきた気がした。俺はあえてそのことは考えず、神獣を走らせることに集中した。

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