第47話 地下室へ

 エラント皇帝が去った応接間。沈黙がその場を支配していた。


 最初に沈黙を破る口火を切ったのは、フィーネだった。


「お父様は口にしたことは必ず実行します」


 皇帝はガリュウとの戦いが不利だと判断した時点で、全員を石で固めると言った。多数のスキルを所有するガリュウは生き残ってしまうかもしれないが、それ以外の者は確実に死ぬだろう。


 地下へと足を踏み入れた時点で逃げ場がないということだ。


 奴を倒せる確証がない限りは行くべきではない。だから俺は言った。


「俺が一人で行くよ」


 たぶんガリュウを倒すことなんてできない。ならせめて俺くらいはミミカといっしょにガリュウを巻き込んで死んでやろうと思った。


「ラミイ、悪いんだけど墓地の地下で拾った【ワイヤードプラント】のスキル玉を貸してもらえるかな」


 あのスキル玉はガリュウの足止めに使える。地下を石で埋め尽くすまでの時間稼ぎに利用できるだろう。


「マヒロのアホ。このスキル玉は私のや。絶対に貸さへん」


 ラミイは俺の目をじっと見つめてくる。私も行く、と言外に告げている。


「マヒロ、私も行きたいけど、お父様は行かせてくれないはず……」


 フィーネが言う。地下への入り口は厳重に固められているだろうと。ドリルもカルニバスもどうやっても地下へは行けないはずだと。


「ゾゾゲ死んじゃうんだー。じゃあもうペットにできないね。ちょっと悲しい」


 耳をまったく動かさずに言うドリルはいつもと違う視線を俺に向けた。遊び相手がいなくなってしまうことを嘆く子供の目ではなく、俺の運命を見据えている大人の目だ。


「ドーテーよ。そなたが望むなら、今この場でそなたの初めてを食してもよいぞ」


 軽口を叩くカルニバスは、いつもならここで舌なめずりの一つもあっただろう。だが、本気で俺が望むならそれを叶えそうなくらいの落ち着いた口調だった。


 結局のところ選択肢はそう無いのだ。誰もミミカのところへ行かないか、俺かラミイのどちらかが行くか、あるいは二人共が行くか。


 そして俺もラミイも決断する選択肢は一つしか持ち得なかった。


「マヒロ、行こか」


 明るく微笑みラミイが俺の手を取った。


「ああ、行こうか」


 俺はその手を握り返す。一瞬だけミミカの顔が浮かんで心がちくりとした。しかし俺はそれを振り払い、ラミイの手を強く握り返した。


 六人は無言のまま地下室への入口へ向かう。


 案の定、地下へと降りる入り口には複数の兵士がいた。もちろんすべてがゴブリンだ。そこには急ごしらえであろう扉があった。後付ながら扉は分厚く、堅牢に作られていた。この奥に地下へと降りる階段があるのだという。


 兵士は槍を手にしたまま「転生人のみ降りることを許可する」と冷たい声で言い放った。


「マヒロ、帰ってきてね」


 フィーネは俺に抱きついてきた。俺はその頭を撫でながら「ちゃんと帰ってくるよ」と言った。


「なんだゾゾゲ、かえってくるんだ。死なないんだ。じゃあかえったら遊ぼうね」

「そうだ、私とも楽しいことをしようじゃないか。待っているぞ」


 ドリルの耳は皇帝との謁見からずっとぴくりとも動かなかったが、今はぴこぴこ動いている。カルニバスもいつもの軽口に戻っていた。


 ゴブリンの兵士が地下へと続く扉の鍵を外す。金属がきしむ嫌な音を立てながら、重い扉を開けていく。呑み込まれそうな暗闇がそこにはあった。なぜだか光が差し込まないその階段はほんの数段先までしか見通せない。まるで何年も封鎖されていたかのように、閉じ込められていた湿気を含む空気が溢れ、カビ臭い匂いが鼻をつく。地下の奥深くから瘴気が上ってくるように感じ、同時に嫌な気配を運んでくる。


「じゃあ、行ってくる」


 そう言って、俺とラミイは地下への階段へ踏み出した。石に囲まれた狭い空間は冷気でひんやりとしている。背後で再び重苦しく金属がきしむ音がして扉が閉められた。階段は完全な暗闇に包まれた。

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