第43話 ドリルとカルニバスはマヒロが欲しい

 俺はラミイとエミリスさんを助けに行くことを決意した。カルニバスはそんな俺の頬に手を当ててくる。繊細な手つきで頬をまさぐり、くすぐるように指を動かす。唇を舐めながら俺を見つめてくるカルニバスの妖艶な顔にどきりとしてしまう。


「かわいいね、ドーテー。処刑は明日の正午だって。どうするの? 本当に行くの?」


 カルニバスは水晶球を通して処刑場にいる者達の声が聞き取れるそうだ。


「どうするの? ゾゾゲ、ほんとうにいくの?」


 つぶらな瞳でドリルも俺に聞いてくる。獣耳以外はまったく普通の幼女にしか見えない。


「もちろん助けに行く」


 俺は強い口調でそう答えた。


「わたしも助けに行く」


 フィーネも俺に同調する。転生人の問題にフィーネを巻き込むべきではないのかもしれないが、正直フィーネの力を借りないと助けだすことは無理だろう。


 俺の頬に当てられていたカルニバスの手をドリルがのけた。


 カルニバスに対抗するように両手を俺の頬に当てようとしてくる。背伸びしながらなんとか手を当て、一生懸命大人っぽい口調を真似する。


「おバカなゾゾゲにドリルがおしえてあげるよ。ここから早馬で駆けつけてもまにあわない。神獣にのればギリギリかな。でもギリギリじゃあ、たいへんだね。役に立つのはフィーネちゃん、ひとりだもんね」


 ドリルは大人びた口調だった。流暢な話し方でさらに解説してくれる。


「それにね、こうして公開処刑にするってことはね、誘いだしてるよ。にげたゾゾゲを。ねえお姉ちゃん」


「ドーテーはね、いろいろ知らないことが多いの。そこがドーテーの魅力なの。私がいろいろ教えてあげるのよ」


「エラント皇帝はゾゾゲだけが『かぎ』だって思ってるのかな? そのラミイとかいう子も可能性があるなら『しまつ』したいだろうし、まとめて『しまつ』しちゃいたいよね」


 確かにドリルの言う通りかもしれない。転生人が目障りだとしても理由なく敵に回したいものでもないだろう。ラミイを処刑すれば俺が敵に回る。すぐに処刑にしないあたり、俺をおびき寄せるためならばドリルの話も筋が通っている。


「ドリルってお子様なようで、考えてるんだな」


 頬に手を当てられたまま俺は感心する。ドリルはカルニバスの真似をして舌を出して自分の唇を一周する。色っぽさの全くないその仕草は、不二家のペコちゃんにしか見えない。


「これでも族長やってるしね」


 ドリルは小さい胸を張る。俺に褒められて嬉しかったのか、ドリルの耳が垂れてお辞儀をしていた。今ならどんなお願いでも聞いてくれそうに感じた。


「ドリル、神獣に乗れば間に合うって言ったよな。時間がない。神獣を貸してくれ」


「嫌! 神獣なんてたくさん持ってるけどさ。ゾゾゲはわたしのペット。ペットがわたしに要求なんて『なまいき』」


 ところがドリルはあっさり断った。


 子供みたいな容姿で勘違いしていたが、ドリルの中での力関係は俺が遥か下に位置しているようだ。どうする? ペットとしての立場でお願いするか?


 その前に俺はカルニバスに向き直る。


「カルニバス、協力してもらえないか?」


 ところがカルニバスもあっさりと協力を拒否する。


「嫌に決まってるでしょ。ラミイもエミリスとかいう騎士もどっちも女でしょ。どうして愛する男が他の女のところへ行く手助けをするのよ」


 俺は、はあっ、と小さくため息をつく。当たり前だよな、ドリルはさっき会ったばかりだし、カルニバスも俺に協力する義理なんてない。フィーネと二人で行こう。問題はその手段だ。短時間で神獣とやらを確保することができるのだろうか。


 俺がそんな考えを巡らしているとは知らずに、ドリルとカルニバスがわけの分からない言い争いを始めてしまった。


「お姉ちゃん、ゾゾゲはわたしのペット。わたしのもの。お姉ちゃんはあきらめてくれる?」


「ドーテーは私が最初に唾を付けたの。私の愛する人なの。ドリルの方こそ諦めて」


「お姉ちゃんがあきらめて」


「ドリルが諦めて」


「お姉ちゃんが!」


「ドリルが!」


「お姉ちゃん――」


「ドリル――」


 姉妹喧嘩のようだった。二人が睨み合って、今にもつかみ合いを始めそうな勢いだった。


 欲しいおもちゃを取り上げられそうになったと思っているドリルと、幼女相手に男を取られそうだと思っているカルニバス。わけのわからないことで揉めている。どちらが先に手を出したのか、髪の引っ張り合いが始まった。


 早くラミイのところへ駆けつけたいのに。もうこの二人は放っておいてフィーネと二人で相談しよう。そう思った時、ナイスな提案を出したのがフィーネだった。


「ドリルちゃん、カルニバスさん、聞いてください。いい方法があります。最初にラミイさん、エミリスさんの二人を助けたものがマヒロを獲得するものとしましょう。いい解決方法でしょ?」


 ドリルとカルニバスはお互いの髪を引っ張っていた手を止めてフィーネを見る。フィーネはにやりと笑う。


「勝負はエアリアスの処刑場についてから、そこまではみんなで協力して行く。いい?」


 このフィーネの提案にドリルとカルニバスは反射的に応じてしまう。


「まけない。ゾゾゲはわたしのペットにする」


「あらあら、私に勝てるの? ドリル。ドーテーの初めては私がいただくの」


「ドリルもゾゾゲの『はじめて』ほしい」


「何を言っているの。お子様には無理よ。ふふふ」


 俺を勝負の結果の報酬として差し出すことで、二人の協力を得る方向で話が動いていた。どちらが勝っても俺はうれしくない。ドリルが勝ったらドリルのペットとして一生奴隷のような生活をするのか? カルニバスが勝ったら一生カルニバスの寵愛を受けるのか? あれ、カルニバスが勝ったほうが自由はありそうだし、いい思いできそうだし、おっぱい大きいし……。いやいや、俺は首を振る。今は余計なことを考えず、二人の協力が得られたことを喜ぼう。


 俺は問題を先送りすることにした。結果を見てから考えることにしたのだ。とにかくラミイとエミリスさんの元へ急がねばならない。

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