第42話 フィーネの懺悔

 そこはフィーネの母親がかつて住んでいた屋敷だった。ここにはフィーネと使用人のエルフがいるそうだが、母親の姿はここにはない。フィーネが単身で軟禁状態に置かれているようにも思えた。


 俺達はその屋敷の応接間へと通された。フィーネと俺が向き合って座る。ドリルは子供らしく耳をぴこぴこ動かしながら無邪気に遊んでおり、カルニバスがその相手をしている。


「ごめん、マヒロ……」


 フィーネは俯きながら口を開いた。


「いいよ、何があったのかゆっくり話してくれ」


 俺はなるべく穏やかな声を出して、フィーネに向き合って話を聞いた。


「お父様がミミカちゃんを連れて来いって。この国を救うために必要だって……」


 フィーネは静かに語りだした。


 フィーネはエラント皇帝に面会し、ミミカが書いた手紙を直接渡すことができたそうだ。


 手紙を読んだ皇帝はミミカとの謁見を許可したが、ミミカがガリュウを殺すことを条件とした。


 そしてその理由を話した。


 エラント皇帝はこの世界を平和裏に統治しようと考えていた。どの種族も分け隔てなく暮らす世界、それを目指しているそうだ。


 しかし思い通りにいかないのが人間種、特に転生人だった。その中でもガリュウの存在は大きな障害であるともいえた。


 エラント皇帝は平和に統治するためには、ガリュウを殺さなければならないと判断していた。


 ガリュウはこの世界の支配を目論んでいるという。いまのままでも十分やっかいな存在だが、【最終スキル】を手に入れてしまうと手の施しようがないと話す。


 このガリュウを倒せる可能性のある存在、それがミミカだというのだ。


 だからエラント皇帝はミミカと謁見するだけではなく、ガリュウを倒すように要求した。ミミカがガリュウを倒さないとこの国、いやこの世界が大変なことになると。


「それでも、わたしは断ったんだ。ミミカちゃんの身が危ないと思ったし」


 しかしフィーネは断った。種族間の共存にフィーネは賛成だし、世界を平和に統治することにも賛成だが、ミミカをガリュウと戦わせることに反対したのだ。ミミカを危険にさらすことになるからだ。ガリュウを倒すにしても他の手段があるはずだと考え。


 ところがエラント皇帝はフィーネを力ずくで従わせる手段に出たという。


「お父様はマヒロ達を人質に取ったんだ。お父様はすでにエアリアス国にも手を伸ばしていた。騎士団を陰で支配している状態だったの……」


 エアリアス王国の騎士団にはすでにエラント皇帝の息がかかっていた。ゴブリンの調査を積極的に進めるエミリスさんみたいな人物が日陰に追いやられるほどに。


 実際ゴブリン側が一斉にエアリアス王国に攻め入ればたやすく攻め落とせるのだ。あくまで平和裏にことを進めたいエラント皇帝が手を出していないに過ぎない。


 王国の騎士団としても帝国の管理下にない野良ゴブリンの対処だけで手一杯なのだ。何が最善かといったら、皇帝の率いるゴブリンの軍勢を自国へ招かないことだ。騎士団が懐柔されたのも当然かも知れない。


 皇帝は争いの少ない手段で世界を統治しようとしていた。


 それでも犠牲を出さずに目的を達成することも困難だ。大きな目的のために小さな犠牲はやむを得ないと考えるのもエラント皇帝だった。


 皇帝はどうしてもミミカを連れて来させる必要があった。


 だからフィーネと行動を共にしていた者を反逆者としてエアリアス国内で手配させた。


「エミリスさんもラミイさんも、それにマヒロもミミカちゃんも王国での国家反逆罪で手配させたの。だからミミカちゃんを連れてこないとみんなが捕まって殺されるって。ミミカちゃんを連れてくれば助けるっていうから」


 だからフィーネはミミカとマヒロを引き渡す決断をせざるを得なかった。


「俺はどうして奴隷馬車に乗っていたんだ?」


「お父様はマヒロを殺そうとしたの。マヒロが『鍵』であると知ってしまったから。だから私はマヒロを逃がすように別のゴブリンに頼んだの。まさか奴隷として連れ出すなんて思ってなかったから。……ごめん……マヒロ」


 エラント皇帝は俺が生きていればガリュウが異界で実体を持ってしまう可能性があることを恐れた。俺がいなければガリュウが【最終スキル】を手にすることはないと考えたのだろう。


 すでに一万五千以上のスキルを手にいているガリュウにこれ以上余計なスキルを与えたくないのも当然だ。


 だから皇帝は俺のことを殺そうとしたのだが、フィーネは裏で別のゴブリンに手回しをして逃がしてくれていた。


「ミミカは今どこにいるんだ? 助けに行かなきゃ」


「怪我をしたミミカちゃんならお父様も戦わせないと思ったんだよ。だけど連れて行ってしまった」


 フィーネはミミカを引き渡す決断こそしたが、ミミカとガリュウと戦わせることは避けようとした。いくらエラント皇帝でも、弱らせた手負いのミミカをガリュウにぶつけるとは思わなかったからだ。ところがフィーネのその判断は裏目に出てしまった。


「ミミカをどこへ連れて行ったんだ?」


「城の地下に転移結晶で囲まれた場所があるの。そこにガリュウが戻ってくるから、たぶん城の地下に幽閉されていると思う」


「本当に皇帝はミミカの治療をしていないのか? フィーネは怪我をしたミミカに勝ち目があると思うか?」


 フィーネは首を振る。その仕草は俺の質問の両方を否定していた。


「思わないよ」


「じゃあ俺がガリュウを倒すっていう手もあるじゃないか? 俺がガリュウを倒してやるよ。転生人の不祥事は転生人が片付けるべきだと思う」


 自分で口にしながら馬鹿な発言だと思った。俺がガリュウを倒せるはずがない。それでもこれは転生人の問題だと考えた。だから言わずにいられなかった。俺は無関係ではいられないはずだ。


 フィーネは俺を見た。その目はフィーネより遥かに弱い俺がガリュウを倒すなんて無理だと分かっている目だ。


 そう、二人とも分かっている。俺はガリュウを倒せない。このままだとフィーネがガリュウを倒すと言い出しそうな雰囲気だった。


 そこへカルニバスが口を出してきた。


「ドーテーは面白いね。ガリュウの強さは知らんが、そんなに弱いのにどうやって皇帝が手を焼く相手を倒すんだい?」


 カルニバスは俺のレベルを探知する能力を持っている。だからこその発言だ。


「わからないけど……。何か方法があるはずだ。きっと」


 もちろんそんなものはない。でも、それでもこれは転生人が解決しないといけない問題だと考えていた。


「今のゾゾゲよわい。ゴブリンの一匹も倒せない。同じ人間にも負けそうなくらい弱い」


 ドリルもカルニバスと同じことを言う。子供のようなドリルでも俺の能力が分かるのだろうか。俺はドリルは気にせず、フィーネに向き直る。


「フィーネ、とりあえずラミイに連絡をとって作戦を練ろう。ラミイだって転生人なんだ。きっといい方法を思いつけるはずだ」


 そうは言ったが、どのようにラミイと連絡を取ろうかと考えて気づく。今の俺にその方法はない。そんなことは痛いほど分かっていた。本当に自分の無力さが悔しい。俺は何もできない。本当になにもできない。力が無い。力が欲しい。


 せっかく異世界に来たのに無力なままだ。元の世界で、現実放棄して小説の世界に逃げていた時と同じだ。そうだ、思い出した。俺は小説の世界に逃げていたんだ。小説の中でかっこ良く活躍する主人公に自分を重ね合わせて、これは自分の未来の姿だ。いつか俺もこうなるんだ。こんな風に憧れの的となり、尊敬され、活躍する。そう信じ込んでいた。しかし、それはただの現実放棄だった。


 小説の世界を信じながらも、同時に心の奥には否定していたもう一人の自分が隠れていた。もう一人の自分はあり得ないと囁いていた。あり得ないと分かっていた。小説はただのお話。現実ではない。


 人生がうまくいかない俺は小説の世界に逃げていただけだった。


 ところが実際にこうして異世界に来てしまった。現実になったのだ。異世界に来て俺は生まれ変わったと思った。この世界に来るまでは確かにそれは現実放棄だったんだが、こうして異世界に来て自分の活躍にちょっとは期待した。小説は現実なんだと思った。


 けれど、やっぱりこの世界でも俺は変わらなかった。相変わらずうだつの上がらない、目立つことのない存在だ。力なんて手にできない。ひ弱な存在だ。やっぱりこの世界でも変わらないちっぽけな存在……。


 そんな俺の肩をカルニバスの指がちょんちょんと横から叩いてくる。いつのまにかカルニバスは水晶球を手にしていた。それを見ながら俺に言う。


「ラミイってのはこいつか? エアリアス国の処刑場で磔(はりつけ)にされているぞ」


 カルニバスが水晶球を見せてくれた。そこには二台の断頭台、そして二対の十字架。そこに磔にされているラミイとエミリスさんの姿。


 フィーネがその姿を見て青ざめる。


「どうして……お父様……ミミカちゃんを連れてくれば助けてくれるって言ったのに……」


 ラミイとエミリスさんは十字架に縛り付けられている。それを群集が目にしている。その姿を見て俺は絶望にさいなまれる。


「なんで……なんでラミイとエミリスさんが……」


 そして俺の頭は混乱し始める。


 エアリアスの騎士団に反逆罪の容疑を解くように伝達が届いていないのか? 伝達が遅れているのか? いや、そうじゃないか。これが皇帝の意志なのか……。


 俺のその考えを肯定するかのようにカルニバスが言い放つ。


「ようするにエラント皇帝は転生人が邪魔なのさ。転生人がいない方が平和だと考えているのじゃないかな」


 たぶんこのカルニバスの言葉は正しいのだろう。皇帝はミミカを手中にすれば他の転生人は必要ないし、いないに越したことはないと考えているんだ。


「とにかくラミイとエミリスさんを助けなきゃ。どうする? ミミカとこの二人と、両方助けなきゃならなくなった」


 俺は独り言のように呟いた。実際すごくやっかいな問題だった。ここエル・ゴビアス帝国の城とエアリアス国の処刑場。場所が離れすぎている。近いのはここ帝国の城の地下にいるであろうミミカだ。しかし危険が迫っているのはラミイとエミリスさんだ。俺は考える。ミミカのところへ向かうのとラミイとエミリスさんを助けるのとどっちが先だ?


 無力な俺ではどちらも救えないんだ。でも、それでも俺は助けたい。俺は変わりたい。変わらなければならない。


 力が、力が欲しい。力がないのが悔しい。


 それでも救う。力がなくても俺は両方救うんだ。無力なままだっていい。やるしか無いじゃないか。俺は顔を上げる。


「フィーネ、ガリュウはいつごろ戻ってくるんだ?」


「正確な日はわからない。一週間以内って言ってた」


「よし、じゃあまずはラミイとエミリスさんを助けに行こう」


 俺はエアリアス国へ戻ってラミイとエミリスさんを先に助けることを決断した。


 だがカルニバスとドリルはくすくす笑っていた。


「ドーテー面白いね。そんなに非力なのに。お前が行って何ができるのだ?」


「ゾゾゲ、たぶん、ちのう足りない。おつむ空っぽ」


 お子様のドリルに言われたくないと思ったが、ドリルの瞳の奥には深い知性が宿っているいるように感じて反論はしなかった。


「ゾゾゲ、力は求めるものではないよ。そこにあると気づくものだよ」


 ドリルは耳をぴこぴこ動かしながら、くすくす笑っていた。

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